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消滅したレターラック

 会社の後輩から結婚式の招待状をいただいた。温かな肌触りの封筒の裏には、金色の「寿」のシール。毎日のように郵便受けに舞い込む、透明セロファンのマドから印字された住所氏名が見えている薄っぺらい明細書の類とは格がちがう。ペーパーナイフで開けると、紅白の和紙につるんとした薄い紙に「教科書体」のフォント。おめでたい知らせは、いついただいてもいいものである。
 返信はがきの「ご出席」の「ご」を二重線で消して「出席」に丸をつけて、一言メッセージを添える。あとで出掛けるときにポストに投げ込めばよい。
 紅白の招待状のほうは、会場地図も入っているから当日まで置いておかないと。手にしたまま部屋をぐるりと見回して、レターラックというものがうちの中から消滅して久しいことを思い出す。

 母が趣味で作った籐細工のレターラックを、長い間使っていた。20代前半の頃からだと思う。学生時代、地方の大学に行ってしまった高校の同級生や留学してしまった友達とたまに「文通」していた(そういえば、小中学校の頃に読んだ漫画本の後ろのほうには大概「ペンパル募集」コーナーがあって、「こちらテニス大好き少女。明るく楽しい人を求む」みたいな簡潔な文章がずらりと並んでいた)。
 社会人4年目でトロントに赴任してからは、そのレターラックには親や友達からのエアメールがぎゅうぎゅう差し込まれるようになった。

 レターラックの中身は1年に1度、年末にチェックをかけて、「スペシャル」な手紙だけを選り出し、あとは目をつぶってえいやっと捨てる。すかすかになった途端、年初めにはどかっと年賀状が大量注入される。「スペシャル」レターはどうしても年々増えていくから、数年に1度は「スペシャルのスペシャル」を選び抜いて別の思い出箱に移していた。
 年賀状以外がレターラックに入る頻度ががっくり減っているのに気づいたのはいつ頃だろう。気づけばスペシャルも何も、手紙自体を出したりもらったりすることがほとんどなくなっていた。あるのは、Eメールを使わない叔母から頂き物を受け取って、一筆箋に季節の挨拶とお礼を書いて送るときくらい。
 籐細工は、長年使ううちにしっとりと飴色になるのはいいが、編み目の間に埃がたまるという致命的欠点がある。数年間ほとんど中身が増えない事実も手伝って、とうとう燃えるごみに出してしまったのだ。残っていた「スペシャル」手紙はまとめて「思い出箱」行き。

 今はもう思い出箱に入れるような手紙は来ないし、年賀状は文房具を入れる引き出しに安直に突っ込まれている。代わりに、Hotmailのメールボックスに「Friend」という題名のフォルダーがあって、「スペシャル」なメッセージはみんなそこに入っている。ここ数日Hotmailの調子が悪かったが、Microsoftのサーバーメモリーが回復不能なほど吹っ飛んでしまわないことを祈るのみだ。

 それでも、松竹梅の図柄の切手が貼られた招待状をいただいたときくらいは、それにふさわしい文箱があれば、と思う。
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by miltlumi | 2012-09-08 14:11 | 私は私・徒然なるまま | Comments(0)