ものが動かない

 当たり前なことだが、一人暮らしをしていると、自分がどこかに置いたものは自分が動かさない限り永遠にそこに置かれたままである。休日の午前中に下駄箱の上に鋏を置いたまま忘れてしまって、夕方になってまだ鋏がそこにあるのに気付いた時、気が遠くなりそうになることがある。「おもちゃのちゃちゃちゃ」の兵隊のように、夜中になったらやおら鋏に足がはえて、えっちらおっちらリビングルームのキャビネットの引き出しに戻ったりすることはありえない。

 もっとあからさまなのは食器である。夕食が終って、ダイニングテーブルからキッチンに食器を運ぶ。そこで私は自動的に、というか無意識に食器を洗いだすことができない。洗うか放っておくか。ほんの3秒ほど、頭のCPUはフル回転する。小学生の頃は「いやなことは先に片づける」をモットーとしていて、8月31日に夏休みの宿題に追われて泣きべそをかくなんて不名誉な所作とはまったく無縁だった。なのに最近は怠け者になって、きびきびと動くことができない。でも、そのままにしたら。翌朝、朝陽に照らされて完璧にα化したご飯粒のついたお茶碗、ムニエルの油と小麦粉がこびりついて固まったウェッジウッドの大皿、シーザーサラダドレッシングがひからびた青いガラスボールとかが、うらめしそうに台所にうずくまっているのだ。
 青春小説に、彼の下宿に初めて行った彼女が、台所の流しにうず高く積もった食器をかいがいしく洗う、といった場面がでてくる。現実社会では、鷹揚な旦那様とのんびり屋の奥様の家庭で、リビングルームにやたらめったら脱いだ靴下や雑誌や飲みかけのコーヒーカップなどが撒き散らされる。足の踏み場もない状態になり、それでもお互い意地になって片づけず、さらに数日たって、とうとう我慢しきれなくなった旦那様が片づけ始めると、奥様は満面笑みで「私の勝ちね」などとほざくらしい。
 
 しかし私は、突然エプロン持参で無料奉仕にくる彼氏はいないし、もちろん家事サービスも契約していないし、ましてや楽しく我慢比べをする伴侶はいない。だから、夕飯の食器は、夜も翌朝も無視したら、24時間たっても1週間たっても1ヶ月たっても、私が洗わない限り(そして地震が起きない限り)、私が置いたその場所から1mmも動くことなく、やつれたお岩の亡霊のようにずっとそこに沈黙したまま座り続けるのだ。
 ここまで考えると、この絶望的な事実に圧倒されて立ちくらみしそうになり、あああ、やはりさっさと洗ってしまおう、と自分を奮い立たせて洗剤に手を伸ばす。

 既婚の友達が「旦那も子供も出したものを片づけない。片づけてもちがった引き出しに入れる。皆で使う鋏はちゃんといつもの所に置いといてもらわなきゃ困るのに」などと愚痴をこぼす。けれど私としては、いつもの場所から鋏が消えて、隣の引き出しに入っていたりする魔法のような場面に一度くらいは遭遇してみたい気がする。
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# by miltlumi | 2010-03-06 22:44 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)

書籍コレクション

 マンモス系の特徴かどうかは定かではないが、男性は女性より本のコレクションが好きだ。明らかにマンモス系だった父は、とにかく「全集」を揃えるのが好きだった。「夏目漱石全集」「ドストエフスキー全集」「バルザック全集」に「世界絵画全集」… つましいサラリーマンだった父が、どうやってあの費用を捻出していたのか。「大原麗子シンドローム」にご登場いただいた「先に死んじゃうに決まってる」マンモス系銀行マンは、「コーポレートファイナンス講座・全5巻」みたいなシリーズものが大好き(しかも1頁も読んでないものが多いらしい)。昔ボーイフレンドの引っ越しを手伝いに行って、ものすごーく古い雑誌がXX年X月号から1冊も欠かさず何年分もあって嵩高かったので「捨てちゃえば?」と言ったら、彼は「オレの過去を否定する気か!」と怒鳴って手元のカラーボックスを殴り壊した。げに恐ろしや。

 あれはどういう習性なんだろう。収集癖は、むしろ干し肉(木の実拾い)系女性の特徴と思えるのだけれど。ただその場合は実用を伴うことが多い。木の実は食べるために集めるし、食べずに作った首飾りだってあくまで装飾品として使うため。むやみやたらと収集して家の中が収拾つかなくなるより、住空間を快適に保つほうに神経を使う。私はうちの中に本が増えるのがいやで、基本的に読みたい本は図書館で借り、気に入って何度も読み返したい本だけ購入することにしている。

 もしかして、動物の頭の剥製のコレクションの流れか。あれ、狩りで仕留めた獲物をみせびらかすために作るんでしょう。あと、魚拓っていうんですか、釣った魚の版画みたいなやつも。飾ってもあまり美しいインテリアとは思えない、単なるマンモス狩りの成果自慢。今日、男の役割が狩りという肉体労働から頭脳労働に移行したために、成果をVisibleに展示することが難しくなった。従って、頭脳というかインテリジェンスの発露として「オレってこんなことに興味持ってるんだもんね」と主張するために本を買い漁る? でも、だとしたら読んでもいない本を並べてもアナタの知性をRepresentしていることにならないでしょう。あるいは、マンモス系は単に狩りの方法を勤勉に習得すべく、あらゆる情報収集をしようとして、とにかく本を買いまくるのか。わからない。

 話はそれるが、「他人に本棚見られるのは、自分の脳みそ覗かれてるみたいで恥ずかしい」という声をよく聞く。なのに、うちに来て手持ち無沙汰だと私の本棚を眺める彼がいた。きちんと並んだ背表紙の中から決まって「男の脳は欠陥脳だった」という題名を声に出して読み上げていた。しかし、それを手にとって読もうとしたことは一度もなかった。
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# by miltlumi | 2010-03-04 15:06 | マンモス系の生態 | Comments(3)

Widow

信じられないのは
ミルトがこの世からいなくなったことではなく
ミルトがこの世からいなくなったというのに、世の中が1mmも変わりなく動いているということ

NHKの7時のニュースは時報通り始まるし
バンクーバーオリンピックの閉会式は行われた

何よりも、この私自身が私自身であり続けていることが信じられない
耐えきれないと思いながらも
きちんとドライヤーで髪を乾かして、駅の階段を踏み外さずに地下鉄に乗って
会議の最中、瞬間的にミルトのことを忘れている

私と一緒にあとに残されたルミは
私が帰宅すると、一人きりでいつものようにしっぽをぶんぶん振りながら出迎えてくれる
14年間連れ添ったミルトの不在を不思議がるでもなく
Widowになったことを理解しているのだろうか

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(手前がルミ、奥がミルトです)

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ブログを見て、メールを下さった皆様、本当にありがとうございました。
友達は、犬の次にかけがえのない存在です。

 
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# by miltlumi | 2010-03-01 23:04 | フォトアルバム | Comments(0)