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箱根時間

 真鶴に住んでいた私にとって、箱根は、まあ庭みたいなものだ。湯河原から大観山経由、有料道路も使わずクルマで30分もあれば芦ノ湖畔に到着できた。

 23区内の住人となって久しい今、かの地は立派な旅行先である。このほど、公共交通機関による3泊4日の旅。きちんとした事前計画が欠かせなかった。
 何しろ観光地のバスは、本数が少ない。7分置きに来るバスの現在位置が逐一掲示板に表示される都バスや、5分置きのダイヤの1本が3分遅れただけで、日英バイリンガルで丁寧に謝罪をする「おもてなし」なメトロ とは、訳が違う。1本乗り遅れただけで目的地到着が1時間遅れることだって珍しくない。
 天気予報が曇り雨マークの日、御殿場プレミアムアウトレットに繰り出すことにした。ホテル近くのバス停から御殿場駅まで40分弱。朝はほぼ30分に1本、夕方は1時間に1本。駅から無料シャトルバスが毎時00分から15分ごと。夕方のシャトルバスは混んで乗り切れない可能性があるから、早めに並んで、1時間に1本を逃さぬように気をつけねば。

 当日、予報通りの曇天の下、御殿場駅経由新宿行きの高速バスは2分ほど遅れてやってきた。乗客が多いせいかと思ったら、車内はガラガラである。遅延の理由はすぐにわかった。料金前払いの上、降車場所が発音できずに運転手にスマホを指し示すガイジン観光客や、スイカの残高不足で財布を探して鞄をひっくり返す老夫婦。最初の遅れを取り戻すどころか、バスは遅れていく一方である。
 駅に9時50分到着予定だから、余裕で10時のシャトルに乗れると思っていたのに。8分遅れになったところで、我慢しきれず運転手さんに声をかける。
 「御殿場駅、50分着ですよね?」
 はいそうです、と言う清々しい声に、ほっとする。残りのバス停は乗降客が少なくて、きっとびゅんびゅん飛ばすに違いない。多少遅れても10時に着けば問題ない。

 ところが、9時50分時点でバスはまだつづら折りの道をのたりのたり下っている。10時のシャトルを逃したら、買い物時間が15分も減ってしまう。まあ、私がじたばたしてもミラクルは起きないから、深呼吸をして気持ちを整える。
 結局10分遅れて駅に着く。時間厳守の交通網を世界に誇るニッポンで、この大幅遅延はなんなんだ。しかも謝罪の自動音声もなければ、運転手の「すみません」もない。50分着って言ったくせに。このヤロー。ロータリーの向こうから速やかに発車するシャトルバスを見送りながら、心の中で悪態をつく。
 ところが、シャトル乗り場にはバスに乗り切れなかった人の列。たとえ10時前に着いても乗れかなったのだ。そういうことか。ちょっと溜飲が下がる。降り始めた霧雨の中、15分立ちんぼはちょっと寒いけど。

 と思ったら、5分後にやってきたシャトルは、客を乗せられるだけ乗せたら、定刻を待たずにさっさと出発した。10時08分。なんと。さっきの遅延もニッポンらしくないが、フライングというのも、いかがなものか。タイ旅行のとき、5分遅れでバンコクを出発したのになぜかアユタヤに5分早く到着した電車を思い出す。
 1分2分に目くじらを立てていた自分を笑いたくなる。結果的に、どこかで辻褄は合うものだ。大体、買い物時間が15分「減る」わけはない。20時の閉店まであと10時間もある。
 West ZoneもEast Zoneも制覇して数多くの戦利品をGETし終わると、15時前であった。帰りのシャトルはまだ空いていて、定刻に発車した。つまりは臨機応変なのである。

 再び御殿場駅。霧雨が横殴りの冷たい雨に変わり、例によってバスはなかなか来ない。前に並んだ女性は、薄手のコートをきつく身体に巻き付け足踏みしながら「なんで来うへんの?」「どこで何してんねん」と大阪弁を繰り返す。目が合ったので、にっこり笑う。
 「朝のバスも遅れましたよ。ガイジンさんが多くて、支払いに手間取ったりして」
 箱根時間ですし、と心の中で付け加える。遅れても、宿に戻って温泉に浸かるだけでしょう。

 バスはやはり10分遅れた。ようやく開いた扉の向こうで、またぞろガイジンがスマホ片手に運転手と何やらやっている。「はよ降りてんか~」我慢の限界を超えたおばさんが叫ぶ。
 だからね、箱根時間なんです。
 箱根時間のほうが、きっと、グローバルスタンダードなんです。


by miltlumi | 2019-03-26 13:08 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)

女王陛下のお気に入り

 なんか面白そう、と思って見に行った映画。鑑賞した直後の一言感想をインタビューされたら、きっと「げっそりしました」と答えていただろう。
 「権力闘争」「権謀術数」といった四文字熟語は、男性の専売特許だと思っていたのに。
 デコルテを強調したドレスに身を包んだ女性たちが、ごてごてと飾り立てられた宮廷の中をふうわり広がる裾を翻して行きつ戻りつ、男性顔負けの抗争を繰り広げる。
  オンナって、こんなに権力に固執する動物だったっけ? しかも、権力闘争の戦術が、これまた男性的というか。。。

 18世紀初頭イギリス、アン女王と側近の女官、サラとアビゲイルの物語である。この3人を初め、登場するのはいずれも実在の人物のようだが、映画の筋がどこまで真実だったかはわからない。しかし、アビゲイルの宮廷入りやサラの失脚、フランスとの戦争終結のタイミングは史実だ。「最高権力者の寵愛」を勝ち得るべく、側近二人が熾烈な争いを繰り広げるという映画製作者が設定した筋書きは、当たらずとも遠からず、…だったのだろうか。

 女友だちにあらすじを尋ねられ、「オトコみたいに権力闘争してた」と答えたら、「何のために?」と畳みかけられた。これぞ、オンナの発想である。
 男性が権力闘争をするのは、権力を掌握するためである。権力を掌握するのは、掌握したいからである。男性にとって、「権力」そのものが目的なのだ。
 一方、権力闘争と聞いて「何のために?」と尋ねる女性は、権力を握ることによって、もっと別の目的を達成しようとしているに違いない、と反射的に考えるのだ。

 アビゲイルの場合は、「やんごとない生まれなのに、父親の没落でどこぞの貴族に売り飛ばされた雪辱を果たすため、再び貴族の地位に返り咲く」のが目的である。
 ではサラは? フランスとの戦争継続を強行して、夫に戦功をもたらし、さらなる権力を握りたかっただけか?
 そして、二人の争いの上に君臨していたアン女王の「目的」は? そもそも政治にも戦争にも興味がない。17回も妊娠したのに、いずれも死産や夭折で世継ぎを一人も残せなかった。なのに権力目当ての側近に心を赦してしまう、その理由は?

 別の女ともだちが、今日のニッポンの会社を評して、いみじくもこう言っていた。
「権力の座に10年も居座ったら、ダメなのよ。自分がエラいと思っちゃうし、周りも本当のことを言わなくなって、必然的に腐敗する」

アン女王もサラも、結局のところ、そういうことだったのだろうか。権力の魅力の前には、オトコもオンナもカンケーないのだろうか。はぁ~。

 数日もやもやとしていて、不意に気づいた。
 彼女たちが本当に欲しかったのは、権力や名声以外のものだったのではないか。
 アビゲイルが欲しかったのは、貴族に「買われた」立場ではなく、「本当に自分を必要とする人」との関係。
 アン女王が欲しかったのは、血を分けた自分の子供たちに囲まれて過ごすこと。
 そして、サラは、「アン女王」の黒幕として国家に影響力を及ぼしたかったわけではなく、純粋に、幼馴染としての「アン」を支えたかった、それだけなのではないか。

 ん~。ちょっと、美化しすぎかな。
 やっぱり単純に、人間というものは、オトコもオンナも関係なく、権力を掌握したいという本能的欲求を持っているのだろうか。
 けれど、アン女王が画面の端々で見せたあのやるせない表情は、権力だけが全てでないことを雄弁に物語っている。…と思うのだけど。


by miltlumi | 2019-03-16 10:12 | みるとるみ版・映画評 | Comments(0)

女王陛下のお気に入り

 なんか面白そう、と思って見に行った映画。鑑賞した直後の一言感想をインタビューされたら、きっと「げっそりしました」と答えていただろう。
 「権力闘争」「権謀術数」といった四文字熟語は、男性の専売特許だと思っていたのに。
 デコルテを強調したドレスに身を包んだ女性たちが、ごてごてと飾り立てられた宮廷の中をふうわり広がる裾を翻して行きつ戻りつ、男性顔負けの抗争を繰り広げる。
 オンナって、こんなに権力に固執する動物だったっけ?

 18世紀初頭イギリス、アン女王と側近の女官、サラとアビゲイルの物語である。この3人を初め、登場するのはいずれも実在の人物のようだが、映画の筋がどこまで真実だったかはわからない。しかし、アビゲイルの宮廷入りやサラの失脚、フランスとの戦争終結のタイミングは史実だ。「最高権力者の寵愛」を勝ち得るべく、側近二人が熾烈な争いを繰り広げるという映画製作者が設定した筋書きは、当たらずとも遠からず、…だったのだろうか。

 女友だちにあらすじを尋ねられ、「オトコみたいに権力闘争してた」と答えたら、「何のために?」と畳みかけられた。これぞ、オンナの発想である。
 男性が権力闘争をするのは、権力を掌握するためである。権力を掌握するのは、掌握したいからである。男性にとって、「権力」そのものが目的なのだ。
 一方、権力闘争と聞いて「何のために?」と尋ねる女性は、権力を握ることによって、もっと別の目的を達成しようとしているに違いない、と反射的に考えるのだ。

 アビゲイルの場合は、「やんごとない生まれなのに、父親の没落でどこぞの貴族に売り飛ばされた雪辱を果たすため、再び貴族の地位に返り咲く」のが目的である。
 ではサラは? フランスとの戦争継続を強行して、夫に戦功をもたらし、さらなる権力を握りたかっただけか?
 そして、二人の争いの上に君臨していたアン女王の「目的」は? そもそも政治にも戦争にも興味がない。17回も妊娠したのに、いずれも死産や夭折で世継ぎを一人も残せなかった。なのに権力目当ての側近に心を赦してしまう、その理由は?

 別の女ともだちが、今日のニッポンの会社を評して、いみじくもこう言っていた。
「権力の座に10年も居座ったら、ダメなのよ。自分がエラいと思っちゃうし、周りも本当のことを言わなくなって、必然的に腐敗する」

アン女王もサラも、結局のところ、そういうことだったのだろうか。権力の魅力の前には、オトコもオンナもカンケーないのだろうか。はぁ~。

 数日もやもやとしていて、不意に気づいた。
 彼女たちが本当に欲しかったのは、権力や名声以外のものだったのではないか。
 アビゲイルが欲しかったのは、貴族に「買われた」立場ではなく、「本当に自分を必要とする人」との関係。
 アン女王が欲しかったのは、血を分けた自分の子供たちに囲まれて過ごすこと。
 そして、サラは、「アン女王」の黒幕として国家に影響力を及ぼしたかったわけではなく、純粋に、幼馴染としての「アン」を支えたかった、それだけなのではないか。

 ん~。ちょっと、美化しすぎかな。
 やっぱり単純に、人間というものは、オトコもオンナも関係なく、権力を掌握したいという本能的欲求を持っているのだろうか。
 けれど、アン女王が画面の端々で見せたあのやるせない表情は、権力だけが全てでないことを雄弁に物語っている。…と思うのだけど。


by miltlumi | 2019-03-16 10:12 | みるとるみ版・映画評 | Comments(0)

女王陛下のお気に入り

 なんか面白そう、と思って見に行った映画。鑑賞した直後の一言感想をインタビューされたら、きっと「げっそりしました」と答えていただろう。
 「権力闘争」「権謀術数」といった四文字熟語は、男性の専売特許だと思っていたのに。
 デコルテを強調したドレスに身を包んだ女性たちが、ごてごてと飾り立てられた宮廷の中をふうわり広がる裾を翻して行きつ戻りつ、男性顔負けの抗争を繰り広げる。
 オンナって、こんなに権力に固執する動物だったっけ?

 18世紀初頭イギリス、アン女王と側近の女官、サラとアビゲイルの物語である。この3人を初め、登場するのはいずれも実在の人物のようだが、映画の筋がどこまで真実だったかはわからない。しかし、アビゲイルの宮廷入りやサラの失脚、フランスとの戦争終結のタイミングは史実だ。「最高権力者の寵愛」を勝ち得るべく、側近二人が熾烈な争いを繰り広げるという映画製作者が設定した筋書きは、当たらずとも遠からず、…だったのだろうか。

 女友だちにあらすじを尋ねられ、「オトコみたいに権力闘争してた」と答えたら、「何のために?」と畳みかけられた。これぞ、オンナの発想である。
 男性が権力闘争をするのは、権力を掌握するためである。権力を掌握するのは、掌握したいからである。男性にとって、「権力」そのものが目的なのだ。
 一方、権力闘争と聞いて「何のために?」と尋ねる女性は、権力を握ることによって、もっと別の目的を達成しようとしているに違いない、と反射的に考えるのだ。

 アビゲイルの場合は、「やんごとない生まれなのに、父親の没落でどこぞの貴族に売り飛ばされた雪辱を果たすため、再び貴族の地位に返り咲く」のが目的である。
 ではサラは? フランスとの戦争継続を強行して、夫に戦功をもたらし、さらなる権力を握りたかっただけか?
 そして、二人の争いの上に君臨していたアン女王の「目的」は? そもそも政治にも戦争にも興味がない。17回も妊娠したのに、いずれも死産や夭折で世継ぎを一人も残せなかった。なのに権力目当ての側近に心を赦してしまう、その理由は?

 別の女ともだちが、今日のニッポンの会社を評して、いみじくもこう言っていた。
「権力の座に10年も居座ったら、ダメなのよ。自分がエラいと思っちゃうし、周りも本当のことを言わなくなって、必然的に腐敗する」

アン女王もサラも、結局のところ、そういうことだったのだろうか。権力の魅力の前には、オトコもオンナもカンケーないのだろうか。はぁ~。

 数日もやもやとしていて、不意に気づいた。
 彼女たちが本当に欲しかったのは、権力や名声以外のものだったのではないか。
 アビゲイルが欲しかったのは、貴族に「買われた」立場ではなく、「本当に自分を必要とする人」との関係。
 アン女王が欲しかったのは、血を分けた自分の子供たちに囲まれて過ごすこと。
 そして、サラは、「アン女王」の黒幕として国家に影響力を及ぼしたかったわけではなく、純粋に、幼馴染としての「アン」を支えたかった、それだけなのではないか。

 ん~。ちょっと、美化しすぎかな。
 やっぱり単純に、人間というものは、オトコもオンナも関係なく、権力を掌握したいという本能的欲求を持っているのだろうか。
 けれど、アン女王が画面の端々で見せたあのやるせない表情は、権力だけが全てでないことを雄弁に物語っている。…と思うのだけど。


by miltlumi | 2019-03-16 10:12 | みるとるみ版・映画評 | Comments(0)

井上靖と母

 井上靖のエッセイについて、もう1つ。

 「団欒という言葉はいい。一家団欒という言葉はよく使われるが、しかし、実際に一家団欒といえる状態を、家庭の中に生み出すことは、そう簡単なことではない。」
 この文章のあと、彼自身が「一家団欒」と言葉にいつも眼に浮かんでくる情景を描写している。
 祖母が渋柿の皮をむき、母が編み物をし、女学校を出るか出ないかの若い叔母が祖母を写生し、そして8歳の靖が庭の柿木によじ登って渋柿をもいでは祖母の元に持っていく。それぞれ自分の作業の手を片時も休めないまま、時折賑やかな笑い声が起こっている。
 「これなどはなかなか上等な(団欒の)部類に属するものである」と自画自賛しているところが、またいい。

 一方、私の脳裏に思い浮かんだ情景は、夏のお昼時、縁側に続く六畳間のちゃぶ台である。
 母と兄と私、そして同じ社宅に住むリョウちゃんが、昼ご飯を食べている。リョウちゃんがレタスの葉とトマトに塩をふるのを見て、兄と私がびっくりする。レタスにはマヨネーズ、トマトには砂糖(!)、と信じ切っていたから。それを聞いたリョウちゃんも、またびっくりしていた。
 生まれて初めてトライした塩トマトは、ちょっと大人の味がした。同じ間取りの同じ社宅に住んでいるのに、家庭によって「団欒」の形がちがうことを知った、おそらく原体験である。
 
 「団欒」からちょっと横道に逸れてしまうが、芋づる式に思い出したことがある。

 リョウちゃんにはケンちゃんという兄とユリちゃんという妹がいた。お父さんは、息子たちの名前に「研」「量」という漢字を使うほどのバリバリの理系研究職だったが、お母さんはキリスト教系の宗派の布教に熱心だった。
 そのお母さんが、レタスとトマトの昼餉から5年も経たないうちに、ガンで亡くなった。神様の教えに反する治療法を拒んだせいらしい、ユリちゃんはまだ小さいのに…、と私の両親が話していた。3兄弟妹のうちに遊びに行くと、同じ間取りとは思えないほどごちゃごちゃと色々なものであふれていた。うちとはかけ離れたあの一家にも、彼らならではの団欒があったのだと思う。

 ある日、夕飯の買い物に行くため母と手をつないで歩いていたとき、向こうからユリちゃんが一人でトコトコやってきた。母が、するりと手を離した。ユリちゃんは角を曲がって行ってしまったので、私たちとはすれ違わなかった。
 その角を過ぎたところで、母がこっそりと言った。 
 「ユリちゃんは、お母さんがいないからね」
 お母さん、という言葉の前に、『手をつないで一緒に歩く』というフレーズが省略されていることを理解するくらいには、私も大人になっていた。 

 先日、母と近場の温泉に1泊旅行に行った。手すりのない急な階段を前に、「ちょっと危なそうだね」と母の手をとって、ゆっくりと降りた。久しぶりにつないだ母の手は、あの頃の記憶とは異なり、思っていた以上に小さくて柔らかだった。


by miltlumi | 2019-03-12 09:08 | 私は私・徒然なるまま | Comments(0)

井上靖と母

 井上靖のエッセイについて、もう1つ。

 「団欒という言葉はいい。一家団欒という言葉はよく使われるが、しかし、実際に一家団欒といえる状態を、家庭の中に生み出すことは、そう簡単なことではない。」
 この文章のあと、彼自身が「一家団欒」と言葉にいつも眼に浮かんでくる情景を描写している。
 祖母が渋柿の皮をむき、母が編み物をし、女学校を出るか出ないかの若い叔母が祖母を写生し、そして8歳の靖が庭の柿木によじ登って渋柿をもいでは祖母の元に持っていく。それぞれ自分の作業の手を片時も休めないまま、時折賑やかな笑い声が起こっている。
 「これなどはなかなか上等な(団欒の)部類に属するものである」と自画自賛しているところが、またいい。

 一方、私の脳裏に思い浮かんだ情景は、夏のお昼時、縁側に続く六畳間のちゃぶ台である。
 母と兄と私、そして同じ社宅に住むリョウちゃんが、昼ご飯を食べている。リョウちゃんがレタスの葉とトマトに塩をふるのを見て、兄と私がびっくりする。レタスにはマヨネーズ、トマトには砂糖(!)、と信じ切っていたから。それを聞いたリョウちゃんも、またびっくりしていた。
 生まれて初めてトライした塩トマトは、ちょっと大人の味がした。同じ間取りの同じ社宅に住んでいるのに、家庭によって「団欒」の形がちがうことを知った、おそらく原体験である。
 
 「団欒」からちょっと横道に逸れてしまうが、芋づる式に思い出したことがある。

 リョウちゃんにはケンちゃんという兄とユリちゃんという妹がいた。お父さんは、息子たちの名前に「研」「量」という漢字を使うほどのバリバリの理系研究職だったが、お母さんはキリスト教系の宗派の布教に熱心だった。
 そのお母さんが、レタスとトマトの昼餉から5年も経たないうちに、ガンで亡くなった。神様の教えに反する治療法を拒んだせいらしい、ユリちゃんはまだ小さいのに…、と私の両親が話していた。3兄弟妹のうちに遊びに行くと、同じ間取りとは思えないほどごちゃごちゃと色々なものであふれていた。うちとはかけ離れたあの一家にも、彼らならではの団欒があったのだと思う。

 ある日、夕飯の買い物に行くため母と手をつないで歩いていたとき、向こうからユリちゃんが一人でトコトコやってきた。母が、するりと手を離した。ユリちゃんは角を曲がって行ってしまったので、私たちとはすれ違わなかった。
 その角を過ぎたところで、母がこっそりと言った。 
 「ユリちゃんは、お母さんがいないからね」
 お母さん、という言葉の前に、『手をつないで一緒に歩く』というフレーズが省略されていることを理解するくらいには、私も大人になっていた。 

 先日、母と近場の温泉に1泊旅行に行った。手すりのない急な階段を前に、「ちょっと危なそうだね」と母の手をとって、ゆっくりと降りた。久しぶりにつないだ母の手は、あの頃の記憶とは異なり、思っていた以上に小さくて柔らかだった。


by miltlumi | 2019-03-12 09:08 | 私は私・徒然なるまま | Comments(0)

井上靖と父

 神保町の古本屋さんでなんとなく手にした井上靖のエッセイを読んでいる。昭和54年に書かれたものだ。その中で何度か、自分の父親のことを書いている。こんな内容である。

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 父親の近くで生きていたと思っていたが、父親の一番楽しかったときのことも悲しかったときのことも知らない。結局のところ自分は父親のことはなんにも知っていないのだ。父親のお葬式の夜、そのことに気付く。

 そうして、自分の部屋で一人、父親に「まあ、どちらかというと恵まれない一生でしたね」と話しかけたら、「そんなことはないよ。心配しなくてもいい。私は私で結構楽しく生きてきたと思っている」、そんな答えが返ってきた。自分が父親の代弁をして、自問自答するしかないのだが、それはいささかの間違いもはいりこむ隙はないように思われた。間違ったら、子供ではないと思う。

 父親が生きているうちは話すべきこと大切なことは何一つも話さないで、死んだときにはじめて父親に本気で話しかける。考えてみればひどく迂闊な話であり、悲劇とも喜劇ともいうようなものである。

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 時折、ベッドルームの書棚の前にぺたんと座って、同じようなことを、私もしている。書棚は奥行きがあるので、手前と奥に二重に本を並べているが、「父のコーナー」だけは、写真立て、父自ら製本して親族だけに配った自叙伝、形見のペン、おりん、といったものだけをすっきりと置いている。その前で、おりんを気まぐれに鳴らしては、あれこれ父に話しかける。もっとちゃんと色々話しておくべきだった、という後悔の念が、そこには必ず伴う。私も、迂闊な子供の一人である。

 けれど、井上靖の文章を読んで、そういう思いにとらわれるのは私だけではないのだ、と少しほっとした。男親と息子の関係は、娘とのそれとは異なるものだろうが、それでもたぶん、そういうことなのだ、と自分を納得させるしかない。


 考えてみれば、血を分けた親兄弟と「大切なこと」を話す、という機会は、なかなかあるものではない。子供の頃はそれこそ親に甘えるか反発するかしか考えておらず、大人になれば自分自身の生活に夢中で、ましてや自分の家庭を持ってしまうと、親子水入らず、という状況をこしらえるのも容易ではない。たまに会っても、当たり前の日常会話。親戚の近況。たまに、仕事の話。

 幸か不幸か私の場合はシングルアゲインになったから、時間はいくらでも作れたはずなのに、年に12度実家に帰ったときも、父の部屋の煙草臭さに辟易して、二人きりの時間は30分が限界だった。


 今日、また書棚の前に座り込み、父のコーナーや雑多な本に視線を泳がせて、しばし思いあぐねた。4月から大学院生になるので、分厚い本が増えていく。その置き場をどう確保しようか。父のスペースを減らして写真の奥に本を並べればいいのだが。ふと、夏目漱石全集が目に付く。

 「あれなら、俺の居場所に置いてもいいぞ」

 父の声が聞こえた。

父が若い頃に買い求めた全集なのだ。高校2年のとき、旧仮名遣いに四苦八苦しながら読んでいると、「読んでいるうちに慣れてくる」と励ましてくれた。

 この歳になって学生をやる、と聞いたら、きっと父は「それはいいことだな」と喜んでくれるに違いない。


by miltlumi | 2019-03-09 15:40 | 父の記憶 | Comments(0)