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若葉の季節に

 染井吉野は早くも花吹雪だが、入れ替わりに白い蝶々のような花水木が咲き始めた。木蓮や山吹や花蘇芳や雪柳、これからまさに百花繚乱の季節である。
 そうやって、ついつい視線は花木に奪われがちだけれど、葉っぱのほうも新緑の季節に向かって頑張っている。中でも、一足早く新緑、ではない若葉をあでやかに広げる木がある。
 
 ベニカナメ。
 ほとんど人目を引かない、何の変哲もないつるりとした楕円形の葉っぱ。生垣に使われ、どこでもみかける。それが、今の季節だけ、明るいレンガ色を身体じゅうにまとって、薄緑色の新芽の木々を圧倒する。
 この色を目にするとき、必ず小さな声で「ベニカナメ」とつぶやいてしまう。

 中学1年のとき、両親が住宅ローンの頭金を貯めて建てた家の庭は、建物の周りにぐるりと申し訳程度の広さだったが、一段高くなった北隣は同級生のカズミちゃんの家の畑で、すとんと抜けていた。
 大学生の頃だろうか。金網フェンス沿いに、カズミちゃんのお父さんがずらりと木を植えた。いかにも実務的な顔をした常緑樹に、視界が遮られてしまった。
 春先、北側の洗面所の窓の向こう側が、いきなり明るいレンガ色に染まった。ベニカナメだった。
 普段、庭木に何の興味も示さない父が、驚いたように尋ねた。
 「あれは何の木だ?」
 「ベニカナメ」
 父親と話すことが鬱陶しいティーンエイジャーが終わりかけていた私は、にこりともせずに即答した。母に似て、私は木や花が好きだった。

 翌春、同じように窓の外が紅く華やぎ始めると、歯磨きをしながら、また父が聞いた。
 「あの木はなんという名前だったっけな」
 「ベニカナメ」
 同じやりとりが何回続いただろうか。しまいには、その季節になると、私のほうから父に「ベニカナメが芽吹いたね」と話しかけるようになった。
 20代後半には実家を出てしまったから、ベニカナメの名前を毎年確認し合うことはできなくなった。それでもたまにその季節にあたると、「あ、お父さん、ベニカナメ紅くなったね」「おう」といった短い会話を交わしたものだ。

 父は、大工仕事や庭木の剪定などが不得意だった。わが家では、犬小屋を作るのも伸び過ぎた花蘇芳の枝をはらうのも、母の担当だった。たまに兄や私も手伝ったけれど、父はいつも高みの見物だった。
 父の定年退職後、母は「運動がてら金木犀でも剪定してちょうだい」と頼んだことがあったという。すると父は、植木鋏を手に取るどころか、なんと外出着に着替えて出掛けてしまった。電車に乗って書店に行き(実家は、まともな書店もない田舎町にある)、「庭木の剪定」という立派な本を買ってきた。2階の書斎にこもってじっくり読んでいたかと思うと、ぱたぱたと降りてきて、母に告げた。
 「今は剪定時期じゃない。だからダメだ」
 もちろん、剪定に適した季節になっても、父が庭に出ることはなかった。

 今、実家はそのまま置いて、母は兄の家の隣に住んでいる。たまに帰ると、母は「夏椿の枝がうるさいんだけど」などと訴える。私はおもむろに「庭木の剪定」の本を取り出す。「今は剪定時期じゃないよ」と言っては、母と笑い合う。
 ベニカナメは、実家の裏で、今年もあでやかに照り輝いている頃だろう。
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by miltlumi | 2018-04-01 21:57 | 父の記憶 | Comments(0)