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やさしい人はきらい?

 街頭インタヴューに答えて 
 私やさしい人が好きよと やさしくなれない女たちは答える
 話しかけた若い司会者は またかとどこかで思いながら
 ぞんざいに次の歩行者をつかまえる
 街角にたたずむポルノショーの看板持ちは 爪を見る

 NHKを見ながら、中島みゆきの「時刻表」の歌がふと思い浮かんだ。若者の理想のケッコン相手像に関するインタビュー番組、ではない。「クローズアップ現代」のいわゆる「やらせ」問題である。

 中島みゆきの司会者は、絶対にNHK記者ではなかろう。「やさしい人が好き」という誰もが安心して納得できる答えを口にする女性に辟易しているのだから。
 今般のNHKの事件はいわば、「やさしい人」と言ってくれそうな人を見つけて、いかにもそれっぽく言わせた、という類の話ではないかと思う。街頭で無造作につかまえた歩行者が皆口を揃えて「やさしい人が好き」と答えてくれたら、「またか」と思うどころか、「しめた」と思うにちがいない。もしも「無口でコワモテの人が好き」とか「メシが不味いってちゃぶ台ひっくり返す人が好き」とかいう答えが相次いだら、番組が想定する理想の答えを言ってくれる人が見つかるまで、延々インタビューを続けるかもしれない。
 そして、それを見る視聴者は「世の中、優しい人がモテるんだわ」と無邪気に信じるのだ。

 民放のニュースを見ないので比較はできないが、最近NHKニュースを見るにつけ暗澹とした気持ちになってくる。あまりに予定調和的である。
「大阪都構想についてどう思いますか?」「賛成です」「反対です」両者引き分け。本当のところ賛否はどのくらいの比率なのか、見当もつかない。原発のように、そもそもゼロサム的に賛成・反対と切って捨てられる問題でないことでも、短いニュースの中では短絡的な取り上げ方しかしない(限られた時間枠の中では仕方ないのだろうけれど)。
 ついでに言えば、件のクローズアップ現代事件も、「やらせ」か「やらせじゃないか」というゼロサム論議ばかりがマスコミでそれこそクローズアップされている。本質的な問題はそこではない。

 それから、ニュースの途中や最後の箸休め的な季節の話題。今年初めての真夏日、噴水遊びに興じる子供はマイクを向けられると反射的に「冷たくてキモチいい~」と言い、週末のどろんこ田植えイベントに参加した子供は「たのしかったですっ」と元気に応える。もちろん罪でもなんでもないけれど、彼らは既に、TVニュースというものの本質(?)を正しく理解している。「期待どおりの答えを即座に口にすること」
 小学生向けのちょっとしたプログラムを開催したときのこと。終了後、模造紙に一言感想を書いてね、とお願いした。てんでに色マジックを手にとった子供たちの中で一人、「面白かったって書けばいいの?」と訊いた子がいた。10歳そこそこにして、立派なTVインタビュイー優等生である。TVニュースの影響でなくして、何と言えばよいのだろう。

 ネオンまたたく雑踏の街角にいるわけではないけれど、ふと、爪を見つめる。

↓「時刻表」が入っている中島みゆきのアルバムは、「寒水魚」です

by miltlumi | 2015-04-29 20:24 | 私は私・徒然なるまま | Comments(0)

八ヶ岳をバックに

4月下旬。平日午前11時36分。
山梨県道608号線長坂町白井沢付近。
時折行き違う軽トラックの他、クルマも人影もほとんどない。
晴天。

突然、前方の畑に10頭近い鹿の大群!
こちらのクルマに驚いたのか、地響きをたてて猛ダッシュで逃げる。
二手に分かれ、一方はクルマの目の前を横切り、もう一方はそのまま畑の中を突進。

カメラのスイッチをオンにする手ももどかしくシャッターを切ったが、
画面に納まっていたのは最後の1匹だけ。

あまりに突然の出来事に、しばらく声も出ない。
近頃、人里に鹿が出てくる被害が増えていることは聞いていたけれど。
前日散歩した別荘地の一画の、定住者らしき古屋の軒先に出ていた看板。
「鹿の肉、売ります」
ジビエ、などという生易しいものじゃない。

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by miltlumi | 2015-04-28 09:39 | フォトアルバム | Comments(0)

定番ぼけ話

 近頃、同年代の友人と集まるたびにボケ自慢である。冗談めかしつつ自省するに貴重な機会なのだ。モノを持って行くのを忘れる、モノをどこに置いたか忘れる、メールを読み違える、約束の時間を間違える、バリエーションは増えていく一方である。そういう失敗発生率は慌てると余計に上がるので、できるだけ時間の余裕を持って行動するよう心がけることを始めた。

 先日は、自宅でつい(珍しく?)仕事に没頭していて、ふと気づくと人と会う時間が迫っている。いや、でも、この時間ならまだ間に合う。心を落ち着けて身支度を整えて家を出て、待ち合わせ場所に着いたのは約束の5分前だった。よかった。でも、相手のA氏は珍しくもう到着していた。
 例によってボケ話。けれど今日は自爆話ではなく、友だちの最新状況である。
 「同い年のBさんね、私と違ってバリバリ働いているのに、それでもボケるみたいなのよ。会う日にちの相談してて『5日6日以外なら大丈夫』って言ったら『じゃあ4日か5日は?』だって。5日はだめだって言ってるじゃーんっっ、て言いそうになって、ああたぶん『5月6日』と読み間違えたんだろうなあ、と思い直して、優しく『5日はだめだから4日で』って返事したの」
 「ふーん、そういうの、あんまりないなあ」
 ちょっと年下のA氏は可愛げない。そんなことないでしょー、ほれほれ、としきりに水を向け、ついには「そういえば最近、免許証入りの財布を持たずにガソリン入れにクルマで出掛け、スタンドのにいちゃんに手だけ振って戻ってきた」と白状させた。ほらね、やっぱり。うふ。 

 先輩格の私はボケ防止策の伝授に入る。
 「色んな仕事掛け持ちしてると、今日はどこに何しに行くか、よほど意識してないと間違うから、とにかく意識するのが大切なのよ。今週なんて5日連続夜に予定が入ってるもんだから特に、朝から何度も自分に言い聞かせるの。今夜は6時半にAさん、6時半にAさん、って念仏みたいに唱えてさ~」
 あはは、と笑う私にA氏が鋭く切り込んだ。
 「今日の集合時間、6時だったんですよ」
 「はは…は、へっ?」
 冗談でしょ、と言う私。いいえ、と微笑む彼の眼が笑っていない。うえっ、やっちまったか。冷や汗たらり、思わず鞄から携帯電話(私は携帯のカレンダーでスケジュール管理している)を見ると、ちゃんと18:30となっている。やだ、間違ってるのはAさんのほうじゃないの。そう喉まで出かかって、かろうじて押し留める。
 人を疑うは老害の始まり。自分のボケを棚に上げて、ボケてるのは相手の方ではないかとなじるのは、美しく齢を重ねることを目指す身にはあるまじき行為である。でもなあ、この人、財布忘れたって言ってたしなあ。疑いは、心の底に泥炭のようにめたーっとたまったままであった。

 帰宅して、着替えるのももどかしくPCをオンにしてメールをチェックした。私からA氏に出したメールには、しっかり「18:00に」と書いてあった。素直に謝罪のメールを出した。


by miltlumi | 2015-04-26 17:43 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)

フロー状態あれこれ

 最近前に進んでる感がないんですよ、と知り合いの女性が言うのを聞いて、反射的に心の中で眉をひそめた。昔ある人に、「君と一緒にいても前に進んでる感じがなくて嫌なんだよ」と言われた記憶が苦々しく甦ってきたのだ。そんな私的感情を押し殺して、私はにこやかに質問を投げかける。 
 「厳密に言うと好きなのは、前に進んでる感じ? それとも上に上がっている感じ?」 
 即答だった。
 「前に進んでる感じ」 

 働く人の多くは、前に進むこと、あるいは上に昇っていくことに大きな喜びを見出し、そこに「フロー」を感じる。働くこと=上に上がる、つまり昇進昇格昇給、と信じて出世街道をひた走り、何かの手違いで(あるいは客観的評価の結果?)ラダーから脱落すると人生が終わったみたいに自暴自棄になる人さえいる。
 前に進むほうが、上に昇るよりは楽かもしれない。地球の重力に逆らう必要はないし、周りの景色が後ろに流れていくだけでも前に進んでる感は味わえる。単なる横移動でも、まあ進んでると言えば、言える。
 前進や上昇が1次元であるのに対して、2次元型もある。「拡がる感」追求型。古くはアレクサンダー大王からチンギス・ハン、果ては東西冷戦時の米ソ。身近な例では、仕事のやりがい=部下の数、みたいな人もいれば、牡犬のマーキングよろしくちょこっとつばつけて肩書きもらうだけでも、とにかく自分の縄張りが拡がるのが嬉しい拡大志向型は、枚挙に暇がない。

 前進する猪とか上に昇る猿(ブタかな?)とか縄張りに拘る狼とかは、なんとなくマスキュリンな感じだが、フェミニンなフローの典型は、ひたすら「貯める」のが好きなリスかもしれない。
 女性がよく、本職に関係のない資格をやたらめったらとりまくったり、出世を伴う異動を嫌がる一方で「他の業務も勉強したいんです」と単なる別部署への異動を希望する。あれはどう見ても「木の実貯めたい」本能なんじゃないかと思う。
 「会社は学校じゃないんだから、インプットだけじゃ困るのよ。ちゃんとアウトプットを出してもらわなきゃ」と言いたかったけど、むっとふくれて冬眠態勢に入られるとまずいので、我慢したことがある。

 私自身はといえば、猪でもブタでも狼でもリスでもない。アライグマである。仕事をする最大のモチベーションが、「片づけること」なのである。昔から、どんな部署に配属になっても、どんな会社に転職しても、まず率先遂行するのはファイル整理や在庫管理、なんちゃらリストの一覧表作りになんとかレポートの統廃合。個人レベルでは、Eメールの受信ボックスを空にする、というのが何よりの目標である。
 こういうことに喜びを見出すタイプは、前進や上昇タイプに比べてずっと人口密度が低いので、結構重宝されるのだが、仕事人として致命的欠陥がある。つまり、「仕事をする」モチベーションが「仕事を片付ける」ことなので、やればやるほど「仕事がなくなる」のだ。アライグマが一生懸命石鹸を洗って洗って、ふと見ると手に何もなくなっていて、びっくりきょろきょろ。あれである。

 「前に進む」のが好きな人にとっては、何でもさっさと片づけてあとは何もしない私が魅力的に映らなかったのもむべなるかな。そして私も、相手そのものを「片づけて」しまった。身辺整理。すっからかん。そろそろごちゃごちゃにこんがらがった毛糸玉でも探そうか。


by miltlumi | 2015-04-20 15:55 | マンモスの干し肉 | Comments(0)

ゴミ箱談義

 おしゃれな隠れ家風和食の店。妙齢の独身女性3人。真剣に議論しているのは「ゴミ箱」について。爆弾テロ防止のために駅構内にゴミ箱を撤去するや否や、あるいは世界文化遺産の富士山のどこに何個のゴミ箱を置くべきか、と言った政治経済社会問題としてのゴミ箱ではない。
 海外どころか国内旅行さえ行きたがらない出不精のA女曰く。
  「外国のうちのリビングルームにはゴミ箱がないのよ。うちのリビングもそんなふうにしたい」
 海外生活経験豊富なB女と私が口をそろえて即座に反発する。
 「うそ。外国のうちにもゴミ箱はあるわよ」
 「IKEAにはたくさんゴミ箱売ってるし」
 Aは負けない。
 「でも、私の理想とするところは、昔子供の頃…(長いので省略)…みたいな、あの卓袱台と茶箪笥しか置いてないような、茶室のような、静謐な空間なのよ。そこにゴミ箱なんて置きたくない」
 外国がいつの間にか日本家屋に置き換わっているが、細かいことは大目に見るとして。
 「だったら置かなければいいじゃん」
 「でもゴミが出るのよ。特にこの花粉症の季節は鼻かんだティッシュがすぐ机の上に山になる」
 突然Bはバッグからポケットティッシュのお化け、もしくはボックスのないティッシュボックス(エコティッシュとかソフトパックティッシュとか言うらしい)をがばりと取り出す。
 「あたしだって花粉症ひどいんだから。もうこれ、今日2袋め。外出には欠かせないのよ」
 いや、ですから、外出時の鼻水ではなく自宅のリビングのゴミ箱の話をしているわけで。すぐ横道に逸れたがるB女を無視して速やかに話を元に戻す。
 「だったらゴミ箱じゃなくて、机の上に小さいトレイとか置いて、立ち上がってトイレやお茶淹れにいくたびに中のゴミをキッチンのゴミ箱に捨てればいいのよ」
 これは実際私が遂行している方法である。百円ショップで買ったハート型の白いココット皿を机の上に置き、不要になった付箋やレシートや切った爪を束の間入れておくのである。
 「そんなちっちゃいのじゃあ、だめなのよ。たくさん鼻かむんだから」
 「じゃあゴミ箱置くしかないじゃない」
 なかば匙を投げた私を尻目に、AはBに矛先を向ける。
 「Bちゃんは、リビングにどんなゴミ箱置いてるの?」
 ちなみにBは美大出身、デザイン系の仕事が長く、その美的感覚たるや私など足元にも及ばない。案の定Bの答えはふるっていた。
 「東急ハンズで特注した」
 部下の男の子に内緒で引かせた図面を持って行って、アクリル素材でかっちょいいゴミ箱をオーダーメイドしたらしい。Aの瞳がきらり輝くが、すぐに現実に戻る。
 「えー、でも、それBちゃんなら出来るでしょうけど…」
 「あ、わかった。Aさん、つまりゴミ箱っぽいゴミ箱を置きたくないんでしょ。ならうちみたいに収納ボックスの引き出しをゴミ箱にすればいいのよ」
 うちに犬がいた頃、スイング式のフタつきゴミ箱の生ゴミの匂いを嗅ぎつけて鼻を突っ込んでひっくり返すので、スリムストッカーを流用することにしたのだ。引き出し毎に分別できて、極めて使い勝手がよい。
 「あー、知ってるー。○ちゃんちお邪魔したとき、見たわー」
 Bは拙宅のホームパーティーに何度も来ているから、まさに勝手知ったる他人の家、である。
 「わ、それ、いい考え! さすが整理コンサルタント」
 ようやくAが納得の兆しを見せる。白魚の天ぷらもそっちのけ、たかがゴミ箱に何分時間がかかったんだか。隣のテーブルのサラリーマン4人連れは、きっと耳ダンボだったにちがいない。


by miltlumi | 2015-04-13 21:19 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)

春なのに

 久しぶりにどさっと肩の荷が下りた。とある高名な年上の女性が、会って開口一番「最近楽しくないのよ」とおっしゃったのである。それを聞いて、すごくほっとした。

 実は私も、最近楽しくない。どうやら更年期障害のようで、昔から一定の周期でやってくる(そしていつもなら3日もすれば立ち去ってくれる)塞ぎの虫が、いつまでたっても脳みその中に居座ったままうろうろと歩き回っている。低気圧が近づくと、よけいに活動が活発になる。致し方なく、毎日空模様を気にしながら漢方薬のお世話になっている。
 一過性のものと思おうとするが、何をしても、その最中はそれなりに楽しめる(だからごく軽症なのだ)が、終わった途端に虚無感に襲われる。この先このまま生きていてもただこういうことの繰り返しで、さして面白くなさそうだと思ってしまう。朝ご飯を食べながら、今日のご機嫌はいかがでしょうかと、おそるおそる自分にお伺いを立てる。いやーな気分だったら強いほうの漢方薬を飲む。比較的穏やかな気分でも、日中にかけて下り坂になっていくのが恐くて、弱いほうを飲む。クスリ漬けの毎日(大げさっ)である。
 やだなーやだなーやだなー(なんて公の場で白状できること自体、大したことはない証拠なのだが)。

 同世代の友達に打ち明ける(ことができるというのは、何度も言うが、やっぱり大したことはないのだ)と、「大したことないのよね」「大丈夫よ。じきに終わるわよ」と心配してくれるのはありがたい。が、実はコレラ患者扱いされているのではないかと、こちらの心の中では勝手な被害妄想、疑心暗鬼が膨らんでいる(こういう心情になるのは明らかに症状の一つだ)
 ましてや、寄る年波もなんのそのとばかりに仕事に趣味に家庭生活にと忙しい毎日を生き生きと送っている友達を見る(こういうときFBは害悪以外の何物でもない)と、自分のふがいなさに拍車がかかる(と物事を僻んで見るのもやはり典型的症状だ)。

 だから、社会的にも政治的にも地位があり、それこそ八面六臂の活躍でばりばりやっている、しかも明らかに更年期障害のお年頃から卒業しておられる女性の率直かつネガティブな物言いに、変な話だが、救われる気がした。
 「わあ、実は私もそうなんですよ」
 あからさまに嬉しそうに反応できるのは、今朝飲んだ強い方の漢方のおかげか。ついでに、隣に居合わせた彼女と私の中間くらいの年齢の男性(近頃は男性にも更年期障害があると聞いている)に「○○さんはいかがですか?」と尋ねる(かなり社交的じゃないか)。
 「いやー、オレは、疲れちゃって」
 彼も、彼女ほどではないが、自由な身の上で自分の好きなことに時間とお金とエネルギーを注ぎ込むことができる、外目には羨ましい立場のはずだ。

 なあんだ。みんな(って、たった二人の意見しか聞いていないが)そんなもんなのか。よかった。
 で、女性の話をよくよく聞いてみると、マスコミ業界にも顔の広い彼女の回りで、売れっ子だった人が売れなくなって自らの命を絶ってしまうことが重なったらしいのだ。
 なるほど。低め安定の人生。上がらなければ下がることもない。ま、いっか。
 やっぱり今日は漢方薬がよく効いたようだ。それとも高気圧が近づいているのだろうか。


by miltlumi | 2015-04-01 18:05 | 私は私・徒然なるまま | Comments(0)