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お金と愛

「お金はちょっと愛に似ている。」

「僕はお金を使わずに生きることにした」という本の最初の1行を読んだ瞬間、私は本を閉じた。

  それなしでは生きていけない、と思うこともあれば、
  人生そんなものなくたって生きていけるさ、と強がりを言いたくなることもある。
  いずれにしろ、うまく付き合っていくためには、ある種の分別が必要だ。


というフレーズが一気に思い浮かんだ。

著者の答えは、こうだった。
  誰もが一生追い求めつづけるわりに、その正体を真に理解する人は少ない。

著者と私には、少なくとも1つの共通点がある。
どちらも、「人生」という枠から「お金」と「愛」をとらえている、ということだ。
この命題は、なかなか面白い頭の体操になる。

  ☆手に入れることより、ずっと持ち続けることのほうが大切で、しかも難しい。
    持ち続けることより、少しずつ増やしていくことのほうが大切で、しかも難しい。

  ☆人をすごく美しくすることができるけれど、すごく醜くすることもできる。

  ☆過度なリターンを期待しないこと、それが肝心だ。

  ☆得ることより与えることのほうが尊いとされる。

  ☆女はそれに現実を求め、男はそれにロマンを求める。

  ☆失うことへの恐れが、自分以外の人間に対する疑い深さを生む。

いくつでも思いつくなあ。
さて、あなたが考える「お金」と「愛」の似ているところは…?

ところで、この本そのものは、お金とも愛とも関係ない、というかそれらを排除した(愛のほうは、お金を排除した結果として消滅した?)ノンフィクションである。
タイトルどおり、イギリス・ブリストル在住の29歳男性が1年間お金を使わずに生活した、その手記である。まだ読んでいる途中だが、非常に興味深い。
Moneyless生活開始に先立ってタダで譲ってもらったトレーラーハウスと、世の中との最低限のコミュニケーションを維持するためのPC(アキバみたいなところで部品を買って組み立て)とプリペイド携帯電話(チャージしないから着信専用)、それらを動かすためのソーラーパネル(中古で£200)と徒歩とヒッチハイク以外で唯一の移動手段である自転車以外は、ほとんど自給自足&物々交換、もしくは肉体労働とのバーター。
ちょっとやってみたくなる。


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by miltlumi | 2012-09-06 14:09 | 忘れられない言葉 | Comments(0)

幼児の夜更かし

 「幼児の夜更かし減る」という新聞の見出しに、へえ、と本文を読んで、びっくりした。夜の10時以降に就寝する1~6歳児が全体の3割に「減少」したというのだ。私の感覚だと、3割もいるのか、という感じである。さらに驚いたことに、前回調査した10年前は4~6割だったって、ウソでしょう、と言いたくなる。
 夜10時といったら、立派に大人の時間である。はっきりとは憶えていないが、私は10歳くらいまでは夜9時には布団に入っていたような気がする。なんたって、8時スタートの「ゲバゲバ90分」は最後まで見られないなあ、と最初から見るのを諦めていた記憶があるもの。小学校4年生のとき、社会の宿題が終わらず兄に手伝ってもらっていたら9時半を過ぎてしまって、こんなに夜遅くなっちゃってどうしよう…と暗澹たる気持ちになった記憶もある。

 昨今は働くお母さんも多いから、退社してきて急いで夕飯を作って食べさせて、お風呂に入れて寝かしつけたらもう10時半、というようなことも多いのだろう。コドモは早く寝ろ、と一概に言うわけにはいかないのはわかっている。
 ただ、普段の日に「ゲバゲバ」を見ることのできなかった私は、11時45分までの「紅白歌合戦」を最後まで見ていても文句を言われない大晦日や、お酒好きの伯父がずるずると杯を重ねる大人の宴席に交じって夜更かしができる三が日は、明らかに「ハレ」の日だった。「夜遅くまで起きている」ということ自体が、特別なイベントだった。11時近い時計の針を見るだけで嬉しかった。

 腕時計の広告といえば、りりしく10時10分を指している写真が大勢を占める。仕事が忙しい友人は、睡眠不足でお顔のハリが今一つの朝、旦那様から「顔が8時20分だね」と言われたそうだ。時計といえばアラビア数字が何時何分何十秒を表示するデジタル式が多くなってしまったが、オーソドックスな長針・短針は、それが指し示す「時刻」以上の何かを表している。
 7時25分とか8時12分とか、7・8時台には何度も見慣れて親密な感じのする時刻が多い。一方で1~5時台だと、特定の時刻を目にする回数が絶対的に少ない。時計の針が1日2回到達するうちの1回は、おそらく眠っているから。10~12時台はオトナになれば昼も夜も馴染み深い時間になるが、それとて一生のうちに見る回数は、7・8時台よりも子供時代の分だけ少ないはずだ(子供の頃はそんなに何度も時計を見たりしなかった、という冷静な分析はさておき)。
 「特別な時刻」を見るだけでドキドキする。ちょっとした「ハレ」気分を味わえる。単純なコドモだった。

 セブンイレブンができて、24時間牛丼が食べられるようになって、10時過ぎまで幼児が起きているのが普通になった。世の中便利になったけれど、もうちょっとメリハリがあってもいい気もする。
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by miltlumi | 2012-09-04 10:14 | 私は私・徒然なるまま | Comments(0)

9月の雨

 暑かった8月のカレンダーをめくった途端、しばらくご無沙汰だった雨が一日中降ったりやんだりの天気になった。昨日夜更かしして今朝は珍しく10時過ぎまで寝坊をしてしまった。扇風機もつけずに朝寝ができたのは、曇り空のおかげだったか、と思いながら、いつものように窓を開け放して遅い朝食を食べていたら、ざああっとやってきたのだ。
 土砂降りの雨を眺めるのが好きな私は、シリアルをすくうスプーンを投げ出して窓辺に駆け寄る。いきなり降り出した雨は、乾いた地面をばちばちとたたきつけて目に見えない土埃を舞わせ、都心の街をしばし田んぼのあぜ道のような土の香りで包み込む。

 雨粒が大きいのと風がないせいで雨はまっすぐに落下するから、窓から部屋の中に降り込んでくることはない。安心して網戸も開けて外を眺めていると、階下のテラスの洗濯物干し場にずらりとハンガーが並んでいる。最近2番目の赤ちゃんが生まれたらしい若夫婦が住んでいて、いつも洗濯物を外に干している。あらら、と思っていると、じきに「あ~っ」という声とともにお母さんが飛び出してきた。

 小学校1年生まで住んでいた家は、同じ間取り(今でいうと3Kだ)の木造平屋がずらりと並んだ社宅だった。6畳2間が並んだ南側に広い縁側がついていて、その先は、今の東京23区の標準と比べると贅沢と言えるほど広い庭だった。南東の端の木苺から始まって栗の木やすももの木、南西の端には柿の木があり、少し間を空けて道に大きく張り出した桜の木まであった。
 花や実をつける木に囲まれた真ん中あたりは、花壇になったり野菜畑になったりしたが、1年じゅう変わらないのは、少しだけ軒先寄りに高々と立てられた洗濯物干しだった。社宅を建てた大工さんがしつらえたのだろうか、真っ直ぐな2本の棒には、それぞれ等間隔で3か所、V字のとっかかりが釘でしっかり打ちつけられてあって、そこに竿竹を渡して、洗濯物を干すのだ。腕のかわりに竿竹を通された父のランニングシャツやタオルが、洗剤のCMみたいに空に向かってはためくのを眺めるのも好きだった。

 どこのうちも洗濯物の干し方は同じだったから、夏の暑い盛りに急に夕立が降ってくると、気づいた人が先陣を切って「スズキさーん、雨ですよお~っ」と垣根越しに隣に向かって叫ぶ。縁側からばたばたと降りてきたスズキさんは「どーもすみませんっ」と言って次の隣に声リレー。
 「た~けや~、さーおだーけ~」は今も健在だが、あの向こう三軒両隣に響き渡ったお母さん同士の声かけは、子供達の「サートコちゃ~ん、あーそーぼー」「あーとーでっ」という子供達の合言葉とともに、平成の声を聞くずっと前に絶滅してしまった気がする。
 
 すぐ下で束ねた髪を濡らしながら洗濯物をとりこむ人の後姿に、やっぱり声をかければよかったかなあ、と思いかけたが、エアコンで閉め切った部屋には届かないな、と思い直した。声をかけようにも、真下に住む人の苗字を、私は知らないのだ。
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by miltlumi | 2012-09-01 20:58 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)