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父の記憶-チェスの真剣勝負

 私の記憶の中で、「父と遊んだ」実感が初めてはっきりと刻み込まれるのは、小学校4年生のときだ。もちろんそれまでも夏休みの2泊3日の海水浴や、関西の祖父母の家に帰省したときの夏の川遊び、お正月の餅つきなど、あれこれ思い出そうと思えば思いだせるものの、「父と」「二人で」というのは、ともかくこの時が初めてなのだ。
 何がきっかけだったか、我が家にチェスというものが登場した。家族総当たり戦的に色々な組み合わせでゲームをしたが、父と私という組み合わせが一番多かった。必ずしも子煩悩でなかった父は、おそらく手加減などしてくれなかった。とはいえ、ときと場合によっては、脳みそが柔軟な子供のほうが鮮やかな駒さばきで大人を打ち負かすこともある。ゲームを重ねるにつれ、勝敗は互角になることが多くなっていった。

 今もって同世代の人たちに比べて早寝な私は、その頃から「早寝早起き丈夫な体」を実践していた。蛇足だが、小学5年生の時に社会の宿題がどうしても仕上がらず、兄に手伝ってもらってようやく終わった時、時計を見て9時半だったのに呆然としたことがある。この時間は、とっくにお風呂に入って寝る用意をする時間だったのだ。
 そんな私に、ある日10時過ぎに帰宅した父が、見るからに疲れた顔をしているにも関わらず、「○○、チェスをしよう」と言ったことがある。「ええ、こんな時間から?」と思ったものの、直感的につきあってあげないといけない、と思い、「うん!」とことさら明るい声で盤に駒を並べ始めた。
 疲れている父の駒は当然動きも鈍く、これなら勝っちゃうなあ、と思いながら、手を抜くのも失礼な気がした。記憶は曖昧だが、多分その日は私が勝ったのではないかと思う。それからも父はちょくちょく、遅い時間なのに、寝巻姿の私をチェスに誘った。

 社会に出て、会社勤めのつらさや理不尽を経験し、はや20余年。当時の父の年齢をとっくに超えてしまった私は、仕事に疲れて帰ってきて、早く寝ればいいものをついPCゲームに夢中になって気づくと夜中…ということがたまにある。あの頃の父の心境がようやく想像できるようになった。そしてあの時、父の誘いを断らなかった自分の判断は、娘として非常に正しかったと、少し誇らしく思っている。

 トロントに駐在しているとき、アートショップで大理石のきれいなチェス盤を見つけ、父にプレゼントしたことがある。いつの誕生日だったか、と思っていたら、父の回想録には、それが定年退職の記念だったことがちゃんと書かれていた。結局、その盤で父と一戦交えることは一度もなかった。
by miltlumi | 2011-04-30 18:06 | 父の記憶 | Comments(2)

マンモス狩り休戦、もしくは死んだふり

 久しぶりに友人に会った。前回とても盛り上がって楽しかったのに、その後ナシのつぶてで、ちょっと心配していた。何か彼を傷つけること言っちゃったかしら。それともあの時の話題をブログに書いたのがいけなかったかしら。そんな不安をよそに、再会した彼は「いやあ、よかったよかった」と満面の笑み。そして驚愕の告白。

 なんと、私に「一体どのツラ下げて会えるか」と、半年間逡巡していたというのだ。早い話、彼は今日日のマンモス狩り系男性の「ニッポン株式会社」の掟を破りまくって好き勝手していたツケが回って「肩たたき」にあった。就職活動の結果、幸いさらに好き勝手ができる理想的な職(大学教授である)を得て4月に着任、晴れて私にメールが出せたというわけ。
 「決まるまではさあ、『みるとるみ』の『milt』までメルアド打とうとすると手が震えて、『合わせる顔がない…』って思っちゃったよ。オレもタダのマンモス男だと気づいて、我ながら驚いた」

 彼とは、実はあの「超」マンモス男である。肩書・出世をかなぐり捨てて彼女に走り、あくせく働く「並」のマンモス男たちを尻目に人生エンジョイしてた。その彼でさえ、失職の危機にあっては世間に身を晒すことを躊躇するなんて。恐るべし、マンモスDNA。
 しかも、相手は私ですよ、ワタシ。マンモス狩りの熾烈な争いに参戦し、狩り場から脱落した男性をピンヒールの踵で容赦なく踏みにじるバリバリのマンモス女とか、あるいは男性の存在意義を社会的地位と年収で測り、でっかいマンモス捕ってくるのをひたすら待つ「カワイイ」女とか、そういう種族ならともかく。私なんて、大企業からとっとと身を引いて、資本主義社会の第一線から一抜けしてヒマな時間を謳歌している世捨て人(?)なのに。
 彼にとっては、種族関係なく、もっと言えば男女も関係なく、手負い傷が癒えぬうちは誰にも会えなかった。マンモスDNAの根は深い。

 けれど、思えばこの手の「雲隠れ」には何度も遭遇している。昔の彼は(私の側に)何の理由もなく「ちょっと会えない」と言い放ち、数ヶ月姿を隠すことが何度かあった。その時期は彼の仕事がうまく行っていなかった頃に重なる。普通の男友達でさえ、最近連絡ないなあ、と思っていると実は…というケースが散見される。
 女性の場合、「今は会いたくないの」っていうのは、実は「会いたい」の裏返しだったりする。ところがこと男性に関する限り、会いたくないときは本当に会いたくないのだ。象が人知れず死に場所に行く、の一歩手前。死んだふり。そういうときは、そっとしておくしかない。マンモスDNAはナイーブだ。

 別れ際、彼は言った。
 「○○さんも、よかったら特別講義してよ。んで人気出たら客員教授にしてあげるよ」
 マンモス肉のお裾分けにもぬかりない。マンモスDNAは寛大だ。
by miltlumi | 2011-04-28 09:37 | マンモス系の生態 | Comments(3)

ズーラシアにて(下)-動物たちの格言

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私たち肉食だけど、マンモス男とは格が違うの。
足るを知る」って言葉の意味、知ってるもん。
おなかいっぱいな時は狩りなんてしないの。
無尽蔵にマンモス狩るなんて馬鹿よりヒドイ。
そんなに財産増やしたなら、
私たち姉妹を囲うくらいの甲斐性発揮してよね。



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どーせアタシらはタダのヤブイヌだけどさ、
オオアリクイの代わりってのは、
ちょっとどうなのよ。
天はイヌの上にアリクイを作らず、
イヌの下にアリクイを作らず。


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ん~ カリカリカリ
おいし~~
風太もリーリーもシンシンも
僕にはカンケーないもんね。
この笹に、一意専心
by miltlumi | 2011-04-26 20:56 | フォトアルバム | Comments(0)

懐かしのナイアガラトライアングル

 震災からこっち、入籍するカップルが増えているという。「明日死んじゃうかもしれないから」好きな人には即プロポーズ!というロマンチックな理由かと思いきや、そういうことではないらしい。

 知り合いに聞いた話だが、交通機関マヒによる帰宅困難女性4人が、とあるビルの軒下で夜露をしのごうと新聞紙を敷き始めたところ、そのうちの1人の夫が現れたそうだ。徒歩だか自転車だか知らないが、とにかく彼は彼女の元に駆けつけた。ひしと抱き合う二人を見て、残りの3人は「いいなあ、ケッコン」と垂涎の視線。1人はそれをきっかけに、めでたくゴールインしたとかしないとか。
 確かに、瞬間死ぬかと思ったあの地震の直後、ゼッタイ的に頼れる「誰か」がいるかいないか、これは精神衛生上大きな違いだったと思う。つながらない携帯メールに、必死に送信ボタンを押し続ける。ようやくお互い無事を確認し合ったときの安堵感。
 ましてや寒空の下で「迎えに来て」と半泣きの妻の訴えに、人混みを乗り越えて息せき切って登場した殿方は、さぞかし頼もしく見えたことだろう。
 つまるところ、かの地震は、かよわき女性達の「誰かにそばにいてほしい」シンドロームに火をつけちゃったわけである。

 でも一方で、たかだか4kmの道乗りを、自分の足で歩くこともしなければ旦那様が迎えに来ることもなく、赤の他人の店で一夜を明かしたという女性も私は知っている。
 だからと言って、彼の愛情が薄いとか二人の関係が壊れているとかいう結論を短絡的に導こうとは思わない。夫婦の関係なんて、外からは決して知り得ぬブラックホールみたいなもんである。それに、迎えに来てもらうことを望む女性ばかりでもなかろう。

 「ナイアガラトライアングル」というアルバムに入っている「白い港」という歌の、

 ♪スーツケースくらい 自分で持つと 君はいつも強い女だったね♪

 というフレーズを、私はこよなく愛している。人間、まず一人で立つことができて初めて、二人の関係もフェアで心地よいものになるのではないか。大瀧詠一には悪いけど、重い荷物を持ってあげることが最大の愛情表現だと思っている男なんて、私には物足りない。…地震当日、誰にも心配されることなく一人ちゃりで帰宅した私の負け惜しみに聞こえるかもしれないけれど(実際半分負け惜しみだし、実際一人で帰れちゃった自分がカナシイ)。
 
 ちなみに、上述の話をしてくれたのは、震災の後に離婚届を出したというホヤホヤの女性である。別に震災がきっかけというわけではないが、そういうタイミングになってしまったそうで。
by miltlumi | 2011-04-25 23:13 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(4)

ズーラシアにて(上)-オランウータンの反省

こうして平和なニッポンでa0165235_1714161.jpg
毎日のんびり暮らすのも
まあ悪くはないけどさ…

いつもおんなじ草喰ってると
ふと焦燥感にかられることがあるんだよな




オラ!a0165235_17145176.jpg 
オレのこのフランジ(頬だこ)を見てみろ!
どうだ、オレの強さの証だ! 
これになびくカワイ子ちゃんはいないのか!?






ドゥ~~ンッa0165235_17153395.jpg
(強化ガラスに顔を打ち付ける音)
見てるのはオマエらだけか!
人間なんかに、
オレ様の価値が分かってたまるか!





はぁっ はぁっ …a0165235_17155717.jpg
またやってしまった

オレの、この行き場のないやるせなさを
やつら草食系にぶちまけたって
わかってもらえるはずないのによ
ばかなオレ。。。 

反省するのは
サルだけの特権じゃないぜ
by miltlumi | 2011-04-23 17:21 | フォトアルバム | Comments(4)

空き椅子療法

一時期 ミニチュアの椅子に凝ったことがある

下駄箱の上の飾り棚に お人形さんが座るような木の椅子3脚
掃除のたび 正確に置く角度を調整しなおした

精巧な螺鈿をはめこんだ中国製の椅子には お揃いのテーブルがあって
足下にはマルタ島で買った銀の犬

心理カウンセリングの手法のひとつに 空き椅子療法というものがある
相手と自分と第三者 3つの空き椅子を用意して
順番に座り その椅子で言いたいことを言い、見えるものを見てみる

あの頃 私は誰にどんな話をしたくて、誰のどんな言葉を聞きたかったのだろう

津波でばらばらになってしまった家の残骸
ブルドーザーで撤去される前に
「思い出探し隊」がひとつひとつ思い出の品を拾い集めているという

あの中には たくさんの椅子も混じっているだろう
言いたかった言葉 聞けなかった言葉
新緑の下 空想の椅子を3つ並べて 話しかけてみる
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by miltlumi | 2011-04-22 14:13 | フォトアルバム | Comments(0)

甥っ子の自慢話

 身内の自慢をするのは気が引けるが、この春大学3年生になった甥っ子は人間ができている。齢20にして、「怒らない」ことがモットーなのだ。スマナサーラもびっくりである。

 珍しく二人きりで電車に乗ったときに発覚した。「どうして?」と訊くと、小6から中3にかけて、「人の間でうまく生きるにはどうしたらいいか」を毎晩のように考えたという。そして、「怒ったら負けだ」という結論に達した。まわりでどんな子が友達に好かれているかを観察したところ、後藤君という子は、穏やかで絶対に怒らないせいか、誰からも好かれていることに気づいた。小さい頃からそうだった後藤君は、きっと天然だと思うが、甥っ子はちがう。小学校低学年の頃は、しょっちゅうキレてたと自ら認めている。ティーンエイジャー前半でそこまで自己分析ができたなんて。
 しかも、「怒らない」ための具体的スキルも自ら編み出した。
 「それはね、自分の言いたいことを言う前に、相手の言うことをよく聞くことなんだよ」
 …心理カウンセリングの基本中の基本、「傾聴」というやつだ。相手に言いたいだけ言わせて、そしてどういう立場で言っているか考える。と、大体はそれなりに納得できて、腹も立たないという。

 彼の父親(つまり私の兄)は最近、おじいちゃん(私の父)と同じく仕事の話をしたがり、多くの場合それは自分の活躍話とほぼイコールなわけで、そういう時は「ふんふん」と聞いてあげるのがコツなのだ。
 「お父さんがよくおじいちゃんの部屋に行って話聞いてあげてたでしょ。あ、オレ、あれと同じことやってるなあ、と最近思うんだ。みんなめぐりめぐるんだね。」
 それって、4年前くらいにようやく私が理解し、実行し始めた親孝行の手段だというのに、この子は私より数十年も早くそこまで悟っているとは。私って、甥っ子よりもコドモなんだわ。。。
 「そしたら、Sちゃんも自分の子供にそれ、やるのかしらね」と茶化すと、
 「そこなんだよ。今の時点ではそういうふうになる気はしないけど… でもどうなのかな」

 皆の聞き役・まとめ役を買って出ているせいか、サークルの代表に選ばれたそうだ。
 「オレって、大人っぽく見られててさ。よく25、6?って言われるんだよね」という彼に、
 「じゃあ私は?」とおどけると、如才ない彼は間髪いれず答える。
 「○○ちゃん(『叔母さん』と呼ばせたことは、当然一度もない)はボクと3歳くらいしか変わらないように見えるよ」
 なら、こうして荷物抱えて二人並んで小田急線に乗ってると、同棲始めた恋人同士みたいじゃない、と言いかけて見つめた彼の横顔は、自分に少し似ていた。子供の頃、私は兄によく似ていると言われ続けていたのだ。
 これじゃ誤解されようがない。とすれば、姉か。人間ができていない私は、性懲りもなく考える。
by miltlumi | 2011-04-19 18:01 | 私は私・徒然なるまま | Comments(4)

名残りの春

ねがはくは 花のもとにて 春死なむ その如月の 望月の頃

西行法師は、この歌のとおりに、旧暦2月、まさに桜の季節に亡くなったという。
吉野の山奥にある庵には、実は3年間しか住まなかったけれど。

今年もまた、東京の桜の季節は、潔く終わりを迎えようとしている。
花吹雪、葉桜、そして新緑。季節は、めぐる。

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by miltlumi | 2011-04-17 21:09 | フォトアルバム | Comments(0)

タイムマシン冷蔵庫

 身内の恥を曝すのは気が引けるが、母の家の冷蔵庫はワンダーランド、というよりタイムマシンである。野菜室の奥から干からびたきゅうり、とか3週間前に煮た筑前煮、とかいうのはよくある話だが、こちらはケタがちがう。

 半年前の法事に叔母が持ってきてくれた両口屋の和菓子(幸い干菓子である)や、甥っ子が京都修学旅行先から買ってきた八ツ橋(幸い生八ツ橋ではない)、なんていうのは序の口である。1年前のハワイ土産のジェリービーンズ約20粒、2年前のローマ土産のジャムの小壜、半分使用済。 
 つまるところ、あまり母の口に合わないお土産物は、もらった手前すぐ捨てるわけにもいかず、とりあえず冷蔵庫に…。で、少しはつまむものの、食べ尽くすところまで行かず、いつしか冷蔵庫の奥に追いやられてそのまんま。

 父の好物だった烏賊の塩辛や雲丹くらげの壜(未開封、当然いずれも賞味期限切れ)には、さすがにしみじみしてしまう。戦前生まれの両親は、高級ないただきものを後生大事にとっておく癖がある。
 父は2年以上前に亡くなったわけで、まさに後生まで大切に持ち続けてしまったんか、これは、と泣き笑い。まさにタイムマシン。しかし、現世に生きる者の健康はノスタルジーに代え難く、塩辛とくらげはあえなく生ごみ用の袋にどろどろと流し込まれる。
 やはり好んで朝食のトーストに塗っていたブルーベリージャムにも一瞬どきっとするが、これはつい最近母が農協で買ってきた生のベリーを砂糖煮にした、と聞いてほっとする。

 不思議なのは、賞味期限が4年前のオイスターソース、これも未開封。この手の調味料はそもそも日持ちがするのだから、購入したのは6年くらい前か。仕方ないから捨てようとすると、「未開封の調味料はいつまでだって持つんだからっ」とゴミ袋から拾い上げる。少し前ならこの時点でケンカが始まるが、先月の母娘水入らずの4泊5日関西旅行で少し大人になった私は、心の中でひとつ大きく深呼吸をする。
 「そうかもしれないけど、お母さん、4年間1度も使わなかったんだから、これから先もオイスターソースの料理は作らないんじゃないの?」
 さすがに反論できず、むっつりと黙ったまま封を開けて、ゲル状になった物体を生ごみ袋に空ける母。

 かくして、烏賊と雲丹のオイスターソース和え・ジェリービーンズのトッピング、という、和洋中折衷料理が、ひそやかに流しの中で創造される。実家の夜は静かにふけてゆく。
by miltlumi | 2011-04-14 20:29 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)

桜・新学期・小学3年生

a0165235_2375469.jpg「会社をサボる」必要のない特権を生かして、
平日に満開の桜めぐりをした。

桜に囲まれた広場を高台から見下ろす。

すぐ隣の学校から次々繰り出してくる小学生。
新学年。新しいクラスの記念撮影。




a0165235_2311262.jpg撮影が終わった順に自由時間となると、
一斉に土埃をあげて高台目指して走り出す。

後ろの方で手をつなぐ、仲良し4人組。
「絶対、私たち、ずっと一緒だからね」







a0165235_2323737.jpg今はそのまま。ただ走って。

来年の今頃、見上げる桜は、
今年と同じように咲き誇ってくれるだろうか。
by miltlumi | 2011-04-12 23:30 | フォトアルバム | Comments(0)