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Anniversary-ミルトへ

              この世ではもう二度と会えない相手を想うとき
                決まって口をついて出てくる言葉は
                「ごめんなさい」と「ありがとう」

                伝えたかったのに、伝えられなかった
                 伝えたけれど、伝えきれなかった
               そんな心残りがいつまでも拭い切れない

              ミルトが天国に行ってしまってからちょうど1年

              ドッグフードばかり食べさせて、ごめんなさい
             長風呂してると様子を見に来てくれて、ありがとう

              気配が もう みじんもなくなってしまった部屋
                  でも時折フローリングの上で
             かちゃかちゃという爪の音が聞こえるような気がする
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by miltlumi | 2011-02-27 18:21 | フォトアルバム | Comments(1)

昭和の女とFacebook

 究極のエンタテインメントは、やっぱり「リアル」だと思っている。AV機器メーカーに勤めていた時、実は音楽を聞くならヘッドホンプレイヤーではなくて生のコンサートだと思っていた。映画はもちろん映画館、VHS(古すぎ)やDVD(もうBlu-Rayか)は映画館に行きそびれたときの妥協の産物。
 もっと言ってしまえば、Sceneryを楽しむ映画(ジュリア・ロバーツの「食べて、祈って、恋をして」は完璧にバリ・イタリア・インド観光局フルバックアップの旅行プロモーション映画である。私もバリに行く飛行機の中で観た。恐るべしガルーダインドネシア航空)は、実際その場に旅行するほうが格上だし、恋愛映画を観てうっとりする暇があるなら「映画みたいな」恋愛をしたいと思う(かくして私の趣味は、海外旅行と恋愛である)。

 だから、AV機器メーカーで「画期的な半導体」開発プロジェクトに携わったとき、そのチップを使って「(映画の)マトリックスみたいに、人間もモノも世界中の全てがコンピュータにつながる世界」を創造したい、という首謀者の熱い思いを聞いた瞬間、「あ、ダメだ」と思った。そんな、全く非人間的な「悪の帝国」の片棒担ぐような妙なモノを作って何が嬉しいのか。人間の一挙手一投足をコンピュータが監視するバーチャルな世界なんて。
 ポータブルプレイヤーやDVDにさえ意義を感じないくらいAV音痴の私は、いよいよこの会社では生きていけない、と思った(私事だが、これが会社を辞めた数多くの理由のひとつである)。

 「マトリックス」こそまだ実用化されていないが、今や世の中バーチャル真っ盛りである。ネット対応のPCとケータイのおかげで、私たちはいつでもどこでも「つながっている」。
 Facebookであんまり安易に「いいね!」と呼応するのもどうかと思う、という発言を、私より10歳年下の年代までは確認できたが、「あれはあれで新しい友情の証なのだ」と言われてしまえば、否定することはできない。それは、ネットがなかった時代の何らかのコミュニケーション手段の置き換えでさえなく、全く新しいエンタテインメントだと思ったほうがいいかもしれない。
 実のところ、ヘッドホンステレオだって、別にコンサートの置き換えのつもりは全然なくて、「歩いているときも好きな音楽を聴く」という全く新しいエンタメコンセプトを作りだしたのだ。中学時代に深夜ラジオの習慣をつけそびれて、「音楽を聴きながら何かをする」くせをつけなかった私だけが、その行為に興味を持たなかったに過ぎない。

 Facebookからの「友達リクエスト」を見ながら(そして、実はちょっと嬉しそうに承認ボタンを押しながら)、時代はこうやって変わって行くのだなあ、と思う。
 嗚呼、昭和は遠くなりにけり。
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by miltlumi | 2011-02-26 21:36 | 私は私・徒然なるまま | Comments(0)

けんかをやめないで

 けんかをした。といっても、この歳でつかみ合いではない。美容院のお姉さん(私より一つ年上だから、世間一般にはそう呼ばないか、あるいは居酒屋の「お姉さん」と同義か)と、髪型をめぐり意見が対立したのだ。
 自分の髪の癖を熟知している私は、もう少しここをこのくらい切ってもらわないとハネると言い、プロの美意識に拘る彼女は、それだと全体のバランスが崩れると言う。「アタシが切れってんだから、つべこべ言わずに黙って切りなさいよ。がんこな女だな」「ド素人が口出しすんじゃないよ。大体アンタのくせ毛が悪いんだよ。面倒かけさせやがって」という意味のことを、お互いオブラート52枚くらいに包んでの、押し問答。鏡ごしに両者睨みあい。一触即発。
 だがやはり相手は客商売。切ってみておかしかったら下もハサミいれますよ、そしたら本来のボブスタイルじゃなくなりますよ、という捨て台詞で妥協した。心臓がどきどきした。

 大仰なけんかをしなくなって、どのくらいたつだろう。思いっきりけんかをしたことなど、成人後はそう何度もあるわけではない(と思っているのは自分だけで、相手はこっぴどくやりあったと思っているかもしれない。あるいは最初の一発で即死させていたか)。
 ちなみに、仕事で怒ったことは何度もあるが、あれはけんかではない。業務遂行上支障が出るから怒るだけ。罪を憎んで人を憎まず。このあたりの区別がつかない阿呆なおっさんは、会議の席上で反対意見を述べると逆ギレするから始末が悪い。

 話がそれたが、記憶に一番新しい大げんかは、一昨年の夏に母親と。もう親子の縁を切っても仕方ないと、がんがんやった。直後に兄に電話をして、母の老後の世話を頼みつつ、でも悪いのはお母さんだとぎゃんぎゃん泣いた。
 次に新しいのは2004年5月(こういう記憶だけは我ながらすごいと思う)。当時お付き合いしていた、典型的マンモス狩り系に対して、こともあろうにマンモス狩りの仕方についてケチをつけたのだ。わざと。だってあまりに品がなかったから。当然彼は烈火のごとく怒った。

 その前、というと、もう本当に記憶にない。離婚するときも、モノを投げ合ったり怒鳴り合うことはもちろん、けんからしいけんかはしなかった。というより、できなかった。心のどこかでもう諦めていたから、無駄な労力は使わなかったのだ。これ以上お互い厭な思い出を増やしたくないという、既に他人行儀な関係。

 一方、母とはまだ関係が続いているし、マンモス系と別れたのは全く別の理由による。本当に仲良くなければけんかはできない、というのは、全くその通りだ。けんかができる関係は、Facebookで「いいね!」のエール交換をしているだけでは、きっと難しい。何人の人と、私は心おきなくけんかできるだろう。

 そういえば、喘息持ちの弟をいつもいたわっていた従兄が、弟の早過ぎる死の直後に「一度でいいから思いっきりけんかしたかったな」と言った言葉が、いまだに忘れられない。
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by miltlumi | 2011-02-25 13:58 | 私は私・徒然なるまま | Comments(0)

父の記憶-関西弁の草野球

 社宅が平屋から3階建のアパートになって、大きく空いたスペースに野球グラウンドができたのは、私が小学校3年生のときだった。週末、父が兄とその友達たちと一緒に、広々としたそのグラウンドで、ランニングシャツ1枚で野球に興じていた。運動神経の鈍い私は、当然見物人である。
 男の子にとって「お父さんとのキャッチボール」は、幼少時代の幸せの象徴のような光景なのではないかと思う。キャッチボールどころか、ちゃんとしたダイヤモンドを踏みしめる、大人といえば父だけの草野球。

 父は、バットを思い切り空振りした直後に「ああ、しんどーっ」と、大きな声を上げた(よく通るその声は、私が確実に受け継いでしまった)。攻めのチームのほうで出番を待っていた兄の友達が、私の横で「『ああ、しんど』だって。なにそれ」と笑った。
 「しんどい」は関西弁で「疲れた」の意味。両親とも関西育ち。父は、大学卒業後に関東に出てきたものの、家庭内はもちろん職場でも関西弁交じりで大きな声を出していた。母は、子供の教育上ということか普段は標準語で話しているものの、自分の姉から電話があると途端に関西弁になってしまう。おかげで私は、自分からしゃべることはできないけれども、関西のボキャブラリーはほぼ理解できる。でも根っからの関東人には、奇異な響きだったようだ。

 そんなつぶやきが聞こえるべくもない父は、「しんどー」を繰り返しながら、とてもはしゃいでいた。次のピッチを芯でとらえたバットの振りは力強く、半ズボンからにょっきりと出たすね毛の少ない足を一生懸命動かしながら、1塁をめがけて走りこんでいた。
 息子との草野球は、それほど頻繁に実行していたわけではない。兄が中学入学とともに野球部に入ると言い出した時、勉強にさし障ると言って大反対したのは母だったか、父だったか。

 ただその頃父は、会社でも昼休みに「テニポン」というテニスとピンポンの掛け合わせのようなスポーツに熱中していた。メーカーのいいところはこうした社員懇親を積極的に奨励することで、大会などもあったようだ。遺品を整理していたら、テニポン大会入賞第2位のメダルが出てきた。

 今、父が遺した回想録を読んでみると、彼がスポーツに熱中していたこの頃は、自ら開発した「割れないガラス」の事業撤退が決まった時期と一致している。週末や昼休みに、40歳を過ぎてそろそろ衰えが出始めたであろう身体に思い切り汗を流しながら、彼は何を洗い流そうとしていたのだろうか。
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by miltlumi | 2011-02-22 22:23 | 父の記憶 | Comments(0)

マウンテンゴリラの生態

 マウンテンゴリラの生態をTVで見た。群れのボスの地位争いは雄ゴリラの宿命だが、彼らはとても力が強いので、よほどのことがない限り、身体と身体を張った戦いをすることはないのだという。
 挑戦者は、慎重に回りの状況を観察して自分に地の利があるかどうか判断する。行ける可能性があるときのみ、奪おうとする敵陣に乗り込む。それも、最初の睨みあいで静かに互いの力量を値踏みし、ほとんどの場合闘うことなく、弱い方が目を逸らして退散していく。
 むやみと喧嘩して無駄な血は流さない。究極のエコ。さすがゴリラ。頭がいい。

 わが人間界においても、このようなエコな行動は目撃される。
 結構なボス猿的存在である男性が、ある女性にねだられてディナーをすることになった。せっかくなら、ということで、同じコミュニティーに属する女性3人にも声をかける。1:4。悪くない
 当日の2日前、女性のうちの一人が、やはり同じコミュニティーに属する男性にたまたま会った。こちらの男性も、前者に勝るとも劣らぬボス猿系だが、前者とは時系列がずれている。つまり次世代グループに属するのである。大勢ならもっと楽しかろうと、女性は男性に2日後のイベントを告げ、深く資料することもなく「来ない?」と誘う。
 ところが、第二ボス猿はしぶい顔で「No」の答え。そりゃそうだろう。1:4のパーティに闖入するなんぞ、馬鹿げたことである。第一ボスの座を奪わんと覚悟を決めるか、あるいは第一ボスの引き立て役として、尻尾を丸めて4人の美女(?)の前で毛づくろいにでも勤しむしかない。

 翻って女性は、全く逆の発想をする。本命男性とのディナーならともかく、とりあえず怒らせたくはない、そこらの強力ゴリラに対しては、集団で対応する方を好む。何しろ相手は天下のボスゴリラ(と自分で思い込んでいるの)だから、少々人数が増えたくらいで、1人当たりディナー予算を目減りさせるはずがない。同じ美味しいご飯を食べられるなら、そのお返しとしてのグルーミングの手間は少ないほど効率的。ディナーの間じゅう一人でボスの世話をするより、複数で分担したほうがそれだけ自分の役回りが減る。
 しかも女性同士でボスのオトコらしさについて勝手におしゃべりすれば、1+1=2以上になること請け合い。ゴリラと人間の大きな違いは、コミュニケーションの高度さにある。直接グルーミングされるより、第三者同士が自分を讃える会話を横で聞くという3者間関係のほうが、高次元の喜びを覚えるのである。

 かくして、第二ボスは無駄な戦いはしない。勝てない戦場には近づかない。ゴリラ的エコ行動。そして、女性に代替案を提示する。「今度、別のところでやろうよ」
 同じコミュニティーに属する4人の女性は、自称ボスゴリラの饗応のハシゴをすることで、栄養満点となる。たまに女性だけで集まると、「ゴリラの品定め」会話に花が咲く。
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by miltlumi | 2011-02-21 09:02 | マンモス系の生態 | Comments(0)

土曜日のブランチタイムに

小さめのプールをめがけて、小魚がピュンピュンと飛び込んでいく。
最後のフィニッシュは、大きな鰈が2匹。
ああ、煮付け用だわ、と思ったとたん、プールは一抱えの盥になり、
唐揚げにする小魚と、煮付ける鰈のみならず、中トロの切り身が4枚泳いでいる。

広々したダイニングルームの端に、犬小屋がある。
布団代わりのセーター2枚を、またうちから引きずり出してしまっているから、
ほいっと投げいれてやると、犬はのろのろと中に入り、黒い瞳をこちらにむけた。

ほっくりと煮上がった鰈の身を崩さないようお皿に盛りつけながら、
バイトに行こうとしている妹に、「夕飯うちで食べないの?」と尋ねる。
ああ、いけない、今頃盛り付けなんてしたら、後で食べるとき温められないじゃない。
うちには電子レンジがないんだから。

と思ったところで、携帯電話が鳴って、うたた寝から目が覚めた。
前に弁護士を紹介してあげた友人の友人が、めでたく離婚成立した、という知らせだった。

よかったね、と言いながら、不思議な気持ちになる。

私には妹なんていないのに。
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by miltlumi | 2011-02-19 20:41 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)

旅における「日常」と「非日常」について

 読み始めた本の頁に、ブルネイという4文字を見た瞬間、ふいにまたバリを思い出した。ホテルと町を循環するシャトルバス。何度目かに利用したとき、珍しく定員いっぱいの6人だった。悠々自適の隠遁生活を始めたばかりという風の白人夫婦と、忙しいスケジュールを縫ってようやくバケーションにこぎつけた観のある若い白人とアジア女性のカップル。
 車が動き出す間もなく、リタイア側の紳士が振り返る。
 「いつからここに?私たちはさっき着いたばかり」
 「僕たちも今日の午後。イギリスからですか?」
 紳士のクィーンズイングリッシュに、若者は極めて順当な反応を示す。
 「そう。×××から。」
 「×××なら、○○の近くですね。僕らはあそこの△△大学だったんです」
 「おお、△△大学!私の知り合いも卒業生だ。君たちよりよほど年上だが。」

 知り合いの知り合いの知り合いの…って6回やると世界中の人とつながるって世の中ですから、そりゃあ、同じイギリス人同士、共通の知人くらいいるでしょう。どんどん早口になる会話の中から、若い方が「ブルネイから来た」という言葉が聞き取れた。ふうん。ブルネイ。世界一お金持ちの国。
 10分ほどのバスツアー、結局彼らは同乗する日本人には目もくれなかった。若いカップルは、「漁師」という日本食レストランの前で降りて行った。

 あのイギリス紳士は、どうしてあんなに饒舌だったのかな、と思う。もしかすると、初めての東洋だったのかもしれない。ヨーロッパと大差ない近代的な空港から車で1時間。ガラス窓に囲われていないフロントで、肌の色の違う(でも英語は通じる)異国人に遭遇して、いきなり心細かったのかもしれない。だから、いかにもアイビーリーグみたいな若者の顔に、大いにほっとしたのかもしれない。
 そしてそのアイビーリーグ君は、どうしてバリに来て日本食レストランを選んだのだろう。豚肉に甘いアップルソースをかけちゃうような人種にとっては、ミーゴレンも焼うどんも同じアジア料理、ということなのか。それともブルネイには和食レストランがないのかしら。
 
 海外旅行をしたら、絶対その土地の食べ物を食べて(朝食は別だが)、知らない日本人に理由もなく話しかけたりしない。できるだけその国の情緒を、非日常を味わいたいから。
 でも、そうでなくて、旅先にできるだけ日常を持ちこむという旅の楽しみ方もあるのだろう。きっとアイビー君は、早起きしてスポーツジムでいつもと同じ筋トレ2ラウンドをこなしただろう。イギリス紳士は、アフタヌーンティーと称する4時からのお茶で、タロイモの笹巻きや硬い胡麻ドーナツに目を丸くし、スコーンやきゅうりのサンドイッチを所望したかもしれない。
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by miltlumi | 2011-02-18 21:41 | 私は私・徒然なるまま | Comments(0)

雪と梅

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雪が積もればいいのに…と思ったおかげか、バレンタインデーの夜は思わぬ大雪。
翌朝、きらきらに晴れた青空の下、意気揚々と有栖川公園に向かう。
前日の雪の重さで、梅の花がまるごと散っていた。

広場では、外人の子供たちが、a0165235_10301395.jpg
Kinder gardenの先生に引率されて
生まれて初めて見る雪に、目を輝かせていた。
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by miltlumi | 2011-02-16 10:32 | フォトアルバム | Comments(2)

バレンタインデーに思う

 高2の秋、クラスの中で私を含む女子5人の仲良しグループが自然発生的に形成された。そのグループは、なぜかクラスの男女から「鬼の五人組」と呼ばれた。5人が雁行形に廊下を闊歩するのを見たサッカー部男子が「お、おに~~っ」と叫んだのがきっかけだと記憶しているが、どういう意味だったのだろう。

 とはいえ、鬼も人の子、生まれて初めてボーイフレンドができた私は、2月が近づいたある日、五人組の中で恋愛先輩格のNさんに尋ねた。
 「ねえ、バレンタインデーにチョコレート、あげる?」
 彼が甘いものを好きかどうかもよくわからず、世の中が勝手にチョコチョコと盛り上がっているのを横目に、どうしたものかと思案したのだ。Nさんの答えは、意外にもYes。
 「『とりあえず私も世の中の商業主義に乗せられてみました』ってカードに書くつもり」
 「そっか~。じゃあ私もあげるか」
 当時、花も恥じらう17才。これじゃあオニ呼ばわりされても仕方ない、と今振り返ると反省しきりだが、ともかくNさんに励まされ、私もデパートの特設会場に向かった。
 ピンクや赤の可愛らしいパッケージが並ぶ中、それをそのまま買って渡すのも芸がない。雑貨屋で薪ストーブみたいな俵型のガラス瓶を買い、その中に銀紙でくるんだチョコボンボン(洋酒入り)をぎゅーぎゅー押し込んだ。

 その男子とのバレンタインデーは、それが最初で最後だった。その後は誰に何をあげたかほとんど記憶にない。
 そうこうするうち、バレンタインデーと言えば義理チョコ、という時期があった。面倒だなあ、と思いながらも、同じ部署の男の子が収穫ゼロでとぼとぼ帰路につくのも可哀想で、女性社員共同で大量購入したものだ。
 時代は下り、今や「友チョコ」だそうだ。ネイルサロンのお姉さんが、聞きもしないのに丁寧に生チョコの作り方を教えてくれた。たくさん作って友達に配るそうだ。先週、日本橋三越に50・60(+70?)代女性がわんさか集まっているのを見て、びびって退散した。

 すっかりツノが丸くなった元オニは、こういうのもいいものだな、と思うようになった。チョコでもマシュマロでも、他人に食べ物を贈ると、なんだか心があったかくなる。選ぶその瞬間だけでも、たとえ義理でもその人のことを想う。「食べる」という生き物に最も根源的な行動につながるわりには、食べたらなくなるというあっけなさがいい。
 そういえば、平均年齢60歳以上と思しきスポーツジムの更衣室では、「煮こごり作ったのよ」とか「香港のお茶、おすそ分け」とか言いながら、半裸の有閑マダム達がいつも物々交換をしている。人間同士のつながりの、一番基本かもしれない。鬼の五人組と呼ばれた頃は、人情の機微を悟っていなかったなあ、としみじみ思う。

 今5人は、私を除いて全員がMrs.。ちゃんと旦那様にもチョコレートを贈っているだろうか。
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by miltlumi | 2011-02-14 15:09 | 私は私・徒然なるまま | Comments(0)

正しい雪の楽しみ方

 豪雪地帯の方々には申し訳ないが、そうでない地方の人にとって「雪」はロマンだ。天地が全て白く染まる。しかも毎年起こるわけじゃないというレア感が有難味を増す。
 私が記憶している限り、東京(もしくは神奈川)の平野部が数10cmの雪らしい雪に覆われたのは、1967年(…年がばれる)、1980年、1994年、2001年(2002年だったかな)。一番最近の記憶が一番曖昧なのは、学校の何年生、という1年単位のプログレスがなくなったせいだ。

 見事に積もった雪の一番の楽しみ方は単純。公園の芝生(が生えているだろうと思われる平地)の上に、両手両足を広げてばったりと仰向けに倒れこむこと。
 雪の日でなくても、芝生の上に寝っ転がるのはとても気持ちいいが、①晴れた②週末の③昼間、という3条件を一つでも満たさず大の大人が単独行動をとると、泥酔してるとかアタマがヘンだとか誤解されかねない。その上、犬の糞なんぞが落ちていないか一応きちんと確かめないといけないし、無事倒れても起き上がった時に洋服に芝がついてチクチクするなど、楽しみに付随する負の副産物を考えると、ちょっと面倒になる。

 その点、雪は全ての雑事を排してくれる。糞は勿論多少の石ころさえ雪のクッションで包み込んで、地面は遍く滑らかな曲線を描くから、基本的にどこに倒れこんでも大丈夫(とはいえ、漬物石大の石が隠れていないとも限らないので、いきなりアタマから倒れこまないよう配慮は必要である)。
 あとからあとから落ちてくる雪片は天然の3D画像(もとい、こちらが本家か)。無限のかなたからふわりふわりと紡ぎだされてくる、その最初の点をみつけようと目を凝らして見つめるうちに、自分の方が天に昇って行っているような気分になる。

 似たような浮遊感は水中でも感じられる。泳ぎが不得意な私の、お気に入りのプールの楽しみ方は、うつぶせで頭を水につけて、手足の力を完全に抜いてクラゲよろしくぷっかり浮くこと。プールの底に映る太陽の光がオーロラのようで、自分が上がってるか下がってるか、生きているか死んでいるかわからなくなる。至福の瞬間。
 マウイのホテルのプールでこれをやっていたら、大声で「Are you OK!?」と叫ばれた。あまり人気の多い場所でやると、いささか面倒なことになりかねない。かといって人気のない場所でも、たまさか通りがかった人が声も掛けずにいきなり救急隊を呼んだりすると、さらに話はややこしくなる。とかくこの世は住みにくい。

 話を戻すと、だから雪の日は、アタマがオカシイとか救急車を呼ぶとか、そういうハタ迷惑な(どっちが?)勘違いが影を潜めて、「ああ、雪を楽しんでるな」と素直に思ってもらえる、有難い日である。
 あいにくこの週末は、大仰な天気予報にも関わらず、東京23区では全然積もらなかった。ばったり倒れるために、新幹線で雪国に行こうか。それともいっそマウイか。
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by miltlumi | 2011-02-13 11:07 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)