2018年 01月 29日 ( 1 )

たなぼた、もしくは隣の芝生

 少し前、DINKSの友人から緊急事態発生の連絡が入った。だんな様がアメリカに赴任することになったという。3年前に転職した会社の仕事がようやく面白くなってきたところなのに、辞めてついていくか、しばらく彼に単身生活してもらうか。
 青天の霹靂、思いは千々に乱れ…状態の彼女には申し訳ないが、正直うらやましい!と思ってしまった。

 この歳になって(といっても、彼女は私より10歳近く若い)、いきなりアメリカで暮らすチャンスが訪れるなんて、でっかいたなぼたではないか。私は20代で一度海外暮らしをしたことがあるが、今ならまたちがった楽しみ方ができそう。
 何よりも、他人(もちろん生涯の伴侶だけど)が自分の人生にどっかーんと影響を与える、そのサプライズ感、意外性。

 シングルアゲインになったとき、1人で暮らす部屋のカーテンを買いに行き、ずらり並ぶサンプルを見て「これ、自分1人で勝手に選んでいいんだわ」と驚いた、あの時の感覚を思い出す。
 どんなことも、自分が決めて、自分が実行する。逆の見方をすれば、自分が決めない限り、自分の人生は1㎜も変化しない。自分では思いもつかなかった選択肢が、突然たなぼた式に落ちてくることは、決してない。
 カーテンの前で味わった「なんでも自分」感と、彼女を羨む「たなぼた感」が、心の中を交差する。

 先々週、別の友人が、こんな言葉を漏らした。
 「自分だけが行きたい所に、自分だけで行きたい。そして、そこに居たいだけ居たい」
 彼女は、だんな様と小さな息子さんの3人暮らし。週末は子供の行きたい公園で子供を遊ばせ、夏休みはだんな様の行きたい旅先で男2人をカメラに納めるお役目…のだろうか。

 一方の私は、自分が長年行きたかったセドナに年末行ってきた。あまたあるトレッキングコースの中、気に入った場所に、居たいだけ居た。「そこに居たい」という欲求を妨げるものは、自分自身の生理的欲求(ト○レ)だけだった。
 旅の後半、アメリカに住む友人が加わった。研究熱心な彼女が「行きたい」と選んでくれたレストランは、たなぼたならぬ、たなからフレンチイタリアンメキシカン、美味しいサプライズの連続。自分一人だったら、決して行かなかった(行けなかった)だろう。
 家族を始めとする他人に振り回される不自由さは、裏を返せば、他人がもたらしてくれる世界の拡大につながる。

 さて、先日の大雪である。
 暗くなる直前に帰宅した私は、ゴム長靴に履きかえるや否や、外に飛び出した。降りたての雪をざくざく踏む、だけのつもりが、童心に火が付いた。
 降りしきる雪の中、うちの隣にある神社の境内にしゃがみ込んで、小さな雪玉を作る。滑らかな雪の上をころころ転がすと、それは「雪だるま式」に大きくなっていく。
 ふと振り返ると、放り出した傘の場所から、ずるずるぐるぐる雪だるまとゴム長の跡。幸い神様以外は誰も見ていない。

 ガラケーで撮った雪だるまをFacebookにUPしたら、ブログ宣伝より多くの「いいね!」。中の一人(彼女も既婚、子供あり)が、感心してくれた。
 「私も一人は好きだけど、『一人雪だるま』はやったことがない」
 はい。やれますよ。自分でやろうと思えば、いつだって。
 でも、自分の意図せぬまま、たとえば子供に手を引かれて足を踏み入れた公園で、雪の白さにびっくり、なんていうたなぼた式サプライズは、ない。

 家族から「たなぼた」の嵐に遭っている人は、「自分で決める」ことに憧れ、
 「自分で決める」しかない人は、誰かからの「たなぼた」サプライズに憧れる。
 つまるところ、隣の芝生。
 隣の神社の雪は、まだ解け残っている。





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by miltlumi | 2018-01-29 11:28 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)