2017年 05月 29日 ( 1 )

風に締め出される、またの名を1Q84事件

 部屋には開け放した窓から涼しげな皐月の風が流れている。爽やかな土曜日。夕方からのホームパーティの料理作りがひと段落したところで、バゲットを買いに玄関を出る。扉が閉まりかけたその隙間。10㎝ほどの隙間に風圧がかかり、ひゅうぅ、と風が強まったと思うと、ガチン、バタンッ。 …? ガチン? まさか。

 そぉっとドアを開けようとして、予感的中。恐るべき事態が発生していた。中途半端に浮いていたU字ロックが風に煽られ、ロックされてしまったのだ。

 …うそでしょ。あはは。

 って、ここで笑ってどうする。玄関外の物置から棒を取り出し、ドアの隙間からU字ロックを外そうと試みる。もちろん、そんな小手先で外からロックが開くはずがない。っていうか、それで外れたら、ロックの意味を成さないではないか。冷静な思考回路が自分をたしなめる。


 そうだ。セコム。数年前、旅行先のホテルの部屋の金庫に家の鍵を置き忘れ、帰国早々お世話になったことを思い出す。管理人室に行き、かくかくしかじか。しかしあいにく今日の担当は、仲良しのA氏ではなく、保守的なB氏。

 「セコムさんは、マンションとの契約上合い鍵は預かってますが、家の中のことは関知しませんよ」

 「え、じゃあ、どうすればいいんですか!?」

 「管理室は共用部分にしか責任がありませんから」

 むかっ。毎月きちんきちんと管理費を払ってる住民が、自分ちから締め出されたっていうのに、なんだ、その他人事モードは。しかしここで怒鳴ったところでロックが外れるわけもない。冷静な思考回路は、再びウルトラCを思いつく。

 「じゃあ、ハシゴ貸してください」

ベランダの窓を開けたままにしていたのだ。うちは2階なので、1階のうちのテラスからハシゴでベランダによじ登れる。なんたる幸運。って、窓を開けていたから風が通ってロックが煽られ、この悲劇が起こったとも言えるが。ともあれ、B氏はあくまで保守的である。

 「階下のお宅に立ち入らないといけないじゃないですか」

 「これからお断りしてきます」

 「でも、ハシゴ落ちたら危ないですよ」

 「構いません!!」

 とっとと〇号室に行き、いつもテラスで子供と遊んでいる若いお父さんに了解をとると、いやいやハシゴを運んできた管理人と共にテラスに侵入する。


 通常は「く」の字で使うハシゴを一直線に伸ばすと、かろうじてベランダの手摺の1mほど下に届く。

 「普通はこういう使い方しないんですよ」

 あくまでネガティブなB氏は無視。が、足に履いた9.5㎝ヒールのミュールは無視できない。つい最近読み直した村上春樹の「1Q84」の青豆(知らない人は1Q84を読んでね)を思い出す。ぴっぴっとヒールを脱ぐと、バッグにぼんぼんっと突っ込み、はしっとばかりにハシゴを登り始める。どきどき。


 ハシゴの上まで到達。手を伸ばし、1ヶ月前の体力測定で30kg以上をマークした握力で手摺をがしっと掴む。

 「手摺、つかみましたっ」

 不安げに私を見上げているであろうB氏に報告する。ハシゴ最上段に足をかけ、むぎゅっと体を持ち上げて、さらりとベランダに着地。

 「ありがとうございました~」


 妙に新しい気持ちで、見慣れたはずのベッドルームに足を踏み入れる。そこが1Q84もどきの新たな世界だったら。一抹の不安が脳裡をよぎるが、今はそれよりバゲットが先決だ。

 玄関で、閉まっていたU字ロックを開け、今度はしっかりと畳み込み、慎重にドアを開ける。階下のお父さんとB氏にお礼を言い、メゾンカイザーに向かったのであった。


 それにしても、風に締め出されるなんて。U字ロックは最後まできちんと畳みましょう、とマンション掲示板に貼り紙しようとして、こんな記事を見つけた。





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by miltlumi | 2017-05-29 21:33 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(4)