新しい日記帳

 毎年この時期になると、丸善で外国に住む友だち向けのクリスマスカードと翌年のダイアリーを買うのだけれど、今年はそこに日記帳が加わった。といっても、「日記帳」という特別な棚にある”いかにも”っぽい「日記帳」ではなく、お目当てはB6サイズくらい、ぶ厚めの普通のノートである。結構真剣に見繕って、着ていたレザーコートと同じ鮮やかなオレンジ色の表紙を選ぶ。

 生まれて初めての記念すべき「日記帳」は、表紙にスヌーピーが寝ている赤いB5判ノートだった。小学2年生の9月。夏休みの宿題に飽き足らず、2学期に入ってからも自主的に続けたのだろうか。きっかけはもはや憶えていない。
 以来、延々今日に至るまで、そのときどきの気分で選んだ様々なデザイン、様々な大きさの日記帳。サンリオのキャラクターノート(中学の頃)からリバティー調の布張り(トロントに住んでいた二十代後半)まで、数えてみたら、31冊。

 8歳の頃から絶え間なく、しっかりきっちり毎日書いていたわけでは、決してない。平均して1か月に何回、とも言えないほど、頻度も書く分量もばらついている。途中、平気で1年も2年もブランクが空いたこともある。それは大抵、何の疑問も持たずに仕事に明け暮れていた、ある意味平和な時期なのだ。
 何かが起こって、心に波風が立つと、やおら書き始める。日記帳のページの残りが少なくなると、慌てて買いに行く。

 31冊目だけが、何かのワークショップに参加したときに配布された平凡なB6リングノート。半透明の若緑がキレイだから、という理由は後付けで、新しい日記帳選びという大切な作業を怠った、という事実が、当時のすさんだ気分と切羽詰まった状況を象徴している。結果的にB6サイズはとても使いやすいことに気づいたのは、ケガの功名なのだが。
 だから、「今日は日記帳を買うぞ」という勇んで出掛け、楽しくお気に入りの色を選べたことが、今の自分の健やかさの印みたいで、ちょっと嬉しかった。

 朝食を食べながら、ダイニングテーブルに乗っかったままのオレンジ色のノートを見て、ふと思い立つ。引き出しを開けて、年代順に並んだ31冊から、でたらめに1冊抜き取ってみる。
 あの頃の私がいる。すっかり忘れていた想いが綴られている。まさに「青春の一頁」、心の隅にはうすぼんやりした懐かしさしか残っていないのに、いきなり当時の生々しい、赤裸々な自分の気持ちに直面する。
 読んでみて、気づく。あのとき、あの状況で、こう考えたことは、大きな間違いだった。一瞬、胸にずきりと痛みが走る。

 このまま読み続けたら、今に戻って来られなくなりそうで、わざとパタンと音を立てて、古い日記帳を閉じる。
 いずれにしろ、済んだことだ。それはそれ。今は今。
 冷めてしまったコーヒーを飲んで、穏やかな気持ちを取り戻す。

 新しい日記帳は、そこから始める。

追記:
それでもやっぱり、「大きな間違いだった」という痛みは、強烈だったようだ。
今朝、当時のことがデフォルメされた、ものすごくリアルな夢を見てしまった。。。
読まなきゃよかった、と思わないでもない(><)


by miltlumi | 2018-11-30 21:51 | 私は私・徒然なるまま | Comments(2)
Commented by クマガイ at 2018-12-01 16:16 x
日記の読見返しは、老後の楽しみ?刺激?に取っておいたら。
Commented by miltlumi at 2018-12-01 22:42
あー、それ、まさに今うちの母親がやってます!
小学生の娘(つまり私)のずっこけ発言を書き連ねているらしく、「あんまり面白い箇所は書き抜きしてる」って…。
自分の日記帳のExecutive summary(!?)を作ってるらしいです(笑)
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