コインパーキングを踏み倒す

 友人のAさんと一緒に、彼女のだんな様(B氏)が出演するライブを聴きに行った。二人は、ライブが終わったその足でクルマで羽田に乗り付け、最終便でタイに飛んで、翌朝タイ人の友人の結婚式に参列するという。かなりの強行軍である。
 「アンコールがさくっと終わればいいね」
 久しぶりのライブの音を楽しみながらも、時間が気になって途中で腕時計を外してしまった。が、そんな心配をするまでもなく、アンコールの2曲目が大喝采の中フェイドアウトすると、かっきり9時半。
 余韻に酔いしれる彼女と私の横で、B氏はそそくさと楽器を片付けて荷造りすると、車を取りに近くのパーキングに走って行った。

 なかなか戻ってこないな、と思っていると、ライブハウスの電話が鳴る。B氏からだった。パーキングから車が出せないから、2人で来てほしい、という。
 クルマが出せない? 2人で来てって、どういうこと? 
 アタマに「?マーク」をいくつも浮かべながら現場に向かうと、精算機の電源が根こそぎ落ちていて、うんともすんとも言わない。
 「管理会社に電話したんですか?」
 「何度電話しても誰も出ないんだよ! あ~っ、これじゃあ飛行機乗れないよぉ!」
 B氏が声を荒げるのは、めちゃめちゃ珍しいことだ。実は、私にとってB氏は、「こういう人と結婚したらシアワセになれるだろうな」リストのトップ3に入る憧れの男性である。物知りで器用で、最安値の家電選びから家具の組み立て、生活上の難題解決はもちろん、不測の事態にも慌てず騒がず、冷静に迅速に対応できる、頼り甲斐満点のタイプなのだ。
 その彼が、アセっている。ヤバい。
 「えーっ、車出せなかったらどうなるの!?」
 有事はB氏に頼り切りのAさんが、さらに慌てる。私は念のため、看板に書かれた管理会社の電話番号にかけてみる。じーっ、じーっ、じーっ。出ろー、このー。

 B氏は、管理会社より自力本願である。
 「だから、この板、2人で踏んだら動くかもしれないから!」
 えっ。そんな。機械でしか動かないんじゃ…。とはいえ、B氏に従ってみるしかない。Aさんが運転席に座り、B氏と私がロック板に乗っかる。電話の呼び出し音が途切れる。
 「はい、〇〇管理会社です」
 出た! かくかくしかじか、状況を説明する。
 「これから羽田に行かなきゃいけないんです! 飛行機乗り遅れるわけにいかないんです!」
 B氏が乗り移ったように私が叫ぶ。
 「それなら、板に乗ってください。ちょっと動くでしょう。それで乗り越えちゃってください」
 えっ。そんな。やっぱりB氏の解決策が正しいのか。だったら電話した意味ないじゃん。
 「踏めって、言ってます!」
 「よし! せーのっ」
 うんしょっ、と二人で踏むと、数㎝ロック板が沈む。
 「ゆっくり進むんだ! もっとゆっくり!」
 B氏がAさんに指示を出す。じわっ、じわっ。後輪が板に乗り上げかかった途端、かくっと板の抵抗が消え、べたりと沈み、すいーっと車、脱出成功。
 「やった~! 出ました! ところでこれ、とーぉぜん、駐車料金はタダですよね!」
 思わず強気の発言。
 「あ、はい、結構です」

 かくして、車をライブハウス前につけ、キーボードその他をちゃっちゃか積み込み、二人は羽田へと走り去ったのだった。
 テールランプに手を振りながら、私は思った。
 コインパーキングって、ああすれば(文字通り)踏み倒せるじゃん…。

 ググってみたら、「コインパーキングの不正出庫で罰金10万円」みたいな書き込みがぞろぞろ出てきた。…そうだよね。監視カメラで全部撮られてるもんね。後から追跡されるに決まってるよね。
 であれば、あのとき電話で強気の“料金交渉”をして、ちゃんと「タダ」の言質をとった意味は、あったわけだ。いや、でも、あんな緊急事態、悪いのは管理会社のほうだ。料金払いたくたって、機械が動いてなかったんだし。ぶつぶつ。

 翌朝。Aさんから、余裕で最終便に間に合い、無事常夏のスワンナプーム国際空港に到着した、というメッセージが入った。おしどり夫婦は、タイの若きカップルににこやかに祝福を贈っていることだろう。


by miltlumi | 2018-11-20 22:38 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(2)
Commented by kearyioa at 2018-11-21 11:56
踏み倒す(笑)。
なかなかそんな言葉通りのシーンも無いですよね。
申し訳ないけれど、アーユルヴェーダのお話より、ずっと勉強になりました^^。
Commented by miltlumi at 2018-11-22 09:05
Kearyioaさん、アーユルヴェーダより役に立ちましたか…(笑)
でも、「踏み倒す」のは、緊急事態のときだけにしてくださいね~(笑)
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