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足裏の黒いヤツ(上)

 その瞬間、私の心を席巻した感情は、怒りでも驚きでも後悔でも羞恥でもなく、悲しみだった。
 スポーツジムに行こうとママチャリをこいでいて、思いっ切り電信柱にぶっかった。カゴからはみ出したかばんの紐に気を取られた瞬間、正面からぶつかり、横倒しに倒れて、右肘と右膝をアスファルトにしたたか打ちつけた。
 痛い。悲しい。えーん、と泣きたくなる。

 少し前、程よく空いた地下鉄の中で最後尾の車両に向かって歩いているときに思い切りすっころんで、座席に座る乗客の注目を一心に浴びて泣きたくなったのとは、次元の違う悲しさである。
 幸いここには、いいトシした女性がすっころぶ瞬間に目を瞠る他人の姿はない。黙って自転車を起こしながら、肘の下斜めに流れる赤い血に気づく。やだ、みっともない。初めて羞恥心が芽生える。ハンカチもティッシュもないので、血が流れるに任せて、そのままスポーツジムに向かう。

 受付でもらったバンドエイドで応急処置をして、いつも通りのセットをこなす…つもりが、最後のストレッチをしようとして、驚愕。右膝のすぐ下が、大福を張り付けたみたいにでっかく膨れ上がっているではないか。たんこぶって頭にできるものじゃなかったんか。
 膝に負担のかかるポーズは全部はしょってストレッチを終え、シャワーを浴びて服を着ようとしたら、スリムジーンズがはけないほど腫れている。痛い。

 湿布薬を買わなくては。ただでさえたんこぶを圧迫しているジーンズがさらに患部を押し付けぬよう、なるべく右足を曲げず、左足だけでチャリをこいでドラッグストアに向かう。
 ずらり並んだ湿布薬。30枚で498円(特価)と40枚で1980円。1枚あたり単価を計算しなくても、値段差は歴然だ。いくらなんでもこの差はひど過ぎないか。一秒でも早くたんこぶを冷やす必要があるにも関わらず、日頃の論理思考とケチ根性が鎌首をもたげる。
 「2枚の絵、5つの間違い探し」クイズよろしく、2つのパッケージをじぃい~~っと見比べる。ℓメントール(って何だ?)成分は一緒。1980円版はさらに鎮痛成分配合。ふむ。498円の「用途:肩凝り、腰痛、関節痛、筋肉痛、捻挫」に対し、1980円に「打撲」の表示。あ、決まり。こっちこっち。近来まれに見る大盤振る舞いで、お高い湿布薬をGETする。
 うちに帰って慎重にジーンズを脱ぐと、たんこぶは益々固く立派に育っている。まさか骨にヒビがいってるとか。幸い明日は骨盤矯正のため整骨院に行く予定だから、そこで診てもらえる。でも、何事もありませんように。お祈りしながら1枚50円の湿布をぺたんと貼る。

 翌朝、ベッドで目覚めたとたんに、おそるおそる膝を触る。うそのように大福がなくなっている。3倍の値段を出した甲斐があったか。
 整骨院の先生は、かくかくしかじか、私の説明を聞きながら、膝の状態を見てくれる。
 「ああ、骨は大丈夫ですよ。折れてたらそう簡単に腫れは引きませんから。でも、内出血が下に降りていきますからね。ちゃんとマッサージしておきましょう」
 内出血? 下に降りる? あっ。
 記憶の底から、数年前に友達から聞いた禍々しい言葉が浮上した。
 「足裏が黒くなる」                 ・・・(下)に続く

by miltlumi | 2017-04-27 17:41 | 私は私・徒然なるまま | Comments(0)
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