ロマンチック・グッズ

朝いちにFacebookを開けたら、友人から、昔の彼がくれたプレゼントが引き出しの中なら出てきて懐かしかった、と言うメッセージが入っていた。
趣味で集めていた品、すべて両親からのお土産だとばかり思っていたら、彼からもらったものが混ざっていたという。

タイムワープ。
意外なときに、意外な場所から、意外な人からもらった、意外な物が出てくる。
あの頃は、意外どころか、必然中の必然、人生のすべてと言ってもいいくらいの、大きな存在だった人。
今は、思い出すことさえ稀になってしまった。

羨ましいなあ、と思いながら、自転車をこいで仕事場に向かう。

ちょっと胸キュンな、こういうサプライズは、非日常的なロマンチックグッズだからこそ味わうことができる。
物心ついて以来付き合ってきた、2つの手の指だけで余裕で数えられてしまう人たちからもらったプレゼントを、桜田通りの真ん中でつらつらと遡ってみる。
相手が現実的なタイプだったのか、私がアンチ・夢見る乙女だったのか、思い出すのはどれも実用的なものばかり。身に着けるペンダントだったり暖かなストールだったり、あるいは使い勝手のいい大きさの取り皿だったり。
だから、日常いつも目のつくところにある。飾り棚の片隅や引き出しの奥にひっそりと仕舞いこまれて、意外なときにサプライズ、というロマンチックな展開が期待できない。

ちなみに、アクセサリーの中でも、ロマンチックランクNo.1カテゴリーである指輪は、別れた後のセンチメンタルジャーニーで、マウイの海に投げ捨てた。
それって十分ロマンチックじゃないか。
しかし、別の指輪は、黙って相手に返した。そしていまだに、「あれを質屋に入れていたら…」という「たられば娘」的後悔に苛まれている。
それに、実はあまり好みではなかったアクセサリーや洋服は、別れた途端にゴミ箱に捨てた。アクセボックスに残っているのは、つまり単純に自分の趣味に合っていて「モノ」として価値を認めたものばかりだ。
所詮、私のロマンチシズムはそんな程度である。

ああ、でも。
私にとって最大のロマンは、こうした3Dの物体ではなかった。
二次元の手紙。古くは、中学1年生のときに○○君からもらったものから、新しくは△△さんまで。
「思い出ボックス」と称するベッドサイドのチェストの引き出しの中で、小学3年生からつけている何十冊もの日記帳とともに、彼らはひっそりと肩を寄せ合っている。
そこに仲間入りできていないのは、HDDの中に格納されたEメールたちである。

お互い人生後半に入っている件の友人とは、いつも断捨離の話をする。しかし、「思い出ボックス」の中のあれやこれやはやっぱり捨てられないね、という結論になる。
今際の際に、あの手紙の束どうしよう、と思ったりするのだろうか。
今のうちに、「あの引き出しの中のものはすべて棺に入れてください」という遺言書を書いておこうか。
そうだ、EメールはDVDに落として、引き出しに入れておこう。

(本文の趣旨と全く無関係ですが、「東京タラレバ娘」は面白いです)


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by miltlumi | 2018-01-18 14:32 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)
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