冬の朝

 お風呂場で、服を着たまま急いで朝シャンをしていて、灼熱のカナリア諸島を思い出す。
 なぜかと言えば、服にシャワーのお湯がかからないように中腰で出来るだけ前かがみになると、お湯が鼻の中に入ってしまって鼻の奥がツンとして、それがプールの中で息継ぎを間違えたときと同じ感覚だからだ。

 大滝詠一の「ロングバケーション」に入っている「カナリア諸島にて」は大学時代からお気に入りの歌だった。10年以上前、「和楽」の旅行特集に掲載されたカナリア諸島のデザインホテルを見て、ロンドン・マドリッド経由、大西洋の孤島でショートバケーションしたことがある。
 6日間の滞在中、ホテルのプールで泳いでは読書、泳いでは昼寝、を繰り返した。平泳ぎやクロールに飽きると、潜水をしたり水中でくるりと回転したり。もともと泳ぎが得意でないから、すぐ鼻に水が入ってしまい、鼻の奥がツンとする。あ、やっちゃった、と思うけれど、しばらくするとまた水中クルリをしたくなり、またツンを味わう。
 椰子の木に囲まれた日差し眩しいプールサイドではなく、真冬の港区の狭いユニットバスの中であっても、顔にかかるのが大西洋から運んだ潮水ではなく東京都玉川浄水場の水道水であっても、鼻ツンの感覚はカナリア諸島と直結するのだ。
 今、カナリア諸島は、さぞかし暖かいだろう。

 東の窓から射し込むやわらかな朝陽は、部屋を暖めるだけの十分な力を持たない。寒いな、と思う。でも朝からエアコンを入れると、ただでさえドライアイなのが余計に乾燥して、PCに立ち向かおうにも目が痛くて仕事にならない。
 去年も一昨年も、小寒のこの時期エアコンなしで過ごすことが少なくなかったのに。寄る年波には勝てない。諦めかけて、突然思い出す。この季節は、ジーンズではなく裏フリースのあったかパンツを愛用していたのではなかったか。
 クローゼットから去年のパンツを引っ張り出し、ついでにフリースセーターを2枚重ねに着てみたら、すっかり安心の温かさが戻ってきた。
 よし。これで、エアコンなしで行けるところまで行てってみよう。
 南極探検に繰り出すような覚悟を決めて、室温12℃の中、コーヒーカップを両手で包み込んで暖をとる。

 朝食の食器を洗った後で、夕飯のお味噌汁用ににぼしを水につける。ついでにお米も洗っておく。お正月に、母がお裾分けしてくれた「年貢のお米」だ。兵庫県の片田舎に、父から兄へと受け継がれた先祖代々の田んぼがある。地元で米作を請け負ってくれる遠縁の親戚から母の元に、毎年秋になにがしかの新米が送られてくる。
 「本当にね、ものすごく美味しいのよ。ゆめぴりかよりも美味しい」
 ついでに大根も半分持って行かない?という母の声は断る。母の住む秦野から帰る小田急線の中、誤って鞄のふたが開いて、中からラップに包まれた昆布巻や伊達巻や松前漬けのみならず、大根が転げ出したら恥ずかしいではないか。
 そのじつ、年始のスーパーに並んだ「大根1/2本198円」の値札に、母の好意を有難く受け取るべきだったと密かな後悔を抱いたのだ。
 こんな寒い日は、根菜がたっぷり入ったさつま汁でも作って、細かく切った白ネギと唐辛子をたっぷりかけて、ふーふーしながら食べたい。

 1月。これからが寒さの本番。再びカナリア諸島に逃避行したい、と思いつつも、この透明な寒さを、味わい尽くしたい気もする。


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by miltlumi | 2018-01-09 13:54 | 私は私・徒然なるまま | Comments(0)
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