正しい葡萄の食べ方

 ネット通販で買い物もしていないのに、宅配便屋さんがやってきた。何かと思ってドアを開け、差し出された箱を覗きこんだら、差出人は仕事関係の方だった。「葡萄ですよ」とお兄さんがわざわざ教えてくれる。わあ、葡萄。いそいそと包みを開けると、大きな実でずっしりぎっしり重いピオーネの房が3つ。わあい、と立て続けに2・3粒、口の中に放り込んだ。

 子供の頃、葡萄といえば薄ぼんやりした海老茶色のデラウェアと決まっていた。ひと粒ずつ枝からむしってちゅっと押えて皮から実だけを吸い込む。大きな口を開けてがぶりとやれば好きなだけ果肉を頬張れる梨やバナナとちがい、あの小ささはあまりに頼りない。両手の親指と人差し指を使って出来る限りの速さで粒をむしっては口に運び…とやっていた。
 ところが隣の兄は、ひと房全部の粒をむしり取ったかと思うと、ざらざらっと一気に口の中に流し込んだ。あっけにとられて眺めていたら、兄はしばらく口をもぐもぐと動かしていたが、ごくりと飲み込んだかと思うと、大口開けてべえっと差し出した舌の上に、平べったい海老茶色の物体が。実だけ吸い取られた皮の塊であった。

 そうなのだ。葡萄は美味しいけれど、あの皮が面倒なのだ。中学くらいからだろうか、マスカットや巨峰が出回り出すと、粒が大きくなったのは嬉しいが、爪の間を紫色に染めていちいち皮をむくのが面倒だし、第一最後にタネをプッと吐き出さないといけない。
 20代後半で赴任したトロントの八百屋さんで「Seedless」と書かれた粒の細長い葡萄を発見したときは感動だった。タネがないだけでなく、皮ごと食べられる。
 野菜も果物も、皮と実の境目のところに一番栄養があるという。葡萄の境目は、実そのものよりほんの少し硬くて、でも甘味と渋味がほどよく調和して、美味しさという点でも絶品。でも指で皮をむくと、どうしてもあの境目の絶妙な部分が皮のほうにくっついていって、あとにはふるふるした薄緑の実しか残らない。
 だから、皮をむく手間もなく、境目ごと丸ごと味わえる北米の葡萄は、最高だった。デラウェアの3倍くらいの大きさのひと房を、ぺろりと一気食べしていた。

 最近の日本の葡萄は、種なし改良こそ進んだものの、皮ごと食べられる品種はまだ少ない。それでも、兄のスーパーな食べ方とトロントでの経験に洗脳されてしまった私は、お行儀の悪いことに、巨峰もピオーネもつい皮ごと口に入れてしまう。口の中で皮と実をくにくにと分けて、舌と上あごと歯を使って例の境目を皮からこそげとり、実と一緒に飲み込む。これぞ、最も正しい葡萄の食べ方である。

 件のピオーネも、そのように口の中でもぐもぐやりながら、不意に気づいた。そもそもこの葡萄、何の理由で彼は私に送ってきたんだろう。お中元や暑中見舞いの季節ではないし、最近何か特別の計らいをした記憶もない。もちろんメッセージカードなど添えられていない。げげ、もしかして、本当は私宛じゃなかったのかも!? 初物のピオーネの実の大きさと甘さへの感動が大きい分、不安が増大する。
 急いでお礼のメールを出したら、「ふるさと納税で葡萄の木を1本持っているので、皆さんに配っています」というお返事。ほっ。
 有難い気持ち新たに、久しぶりに指で丁寧に皮をむいてみた。一番美味しく熟したタイミングで摘み取られた葡萄は、例の薄紫の境目をちゃあんと実のほうに残して、するりとむけた。有難や、旬の味覚。
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by miltlumi | 2016-09-21 17:52 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)
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