手術前に不愉快だったこと

 イレウス管のステージが不如意に終わり、手術をすることになった。手術前最大のイベントは、医師から家族と患者本人への説明である。

 余談だが、入院直後の手続書類記入の際、緊急連絡先はご家族でお願いします、とクギをさされた。独身で、親兄弟が遠方にいる場合はどうするのだろう、と思いながら、電車で2時間くらいのところに住んでいる兄の名前を書こうとすると、「お母様は…」と訊かれる。  
  「おりますが、兄ではいけませんか?」
 緊急事態が発生したとき、80歳近い母より兄のほうが頼りになるに決まっている。しかし女性看護師は遠慮がちに畳みかけてくる。
  「お母様とは、あまり連絡とってないんですか…?
 そういう誤解をされるか。心の中で苦笑しながら、仕方なく説明する。
  「緊急のとき、母だと動転するといけないので、兄にしておきたいんです」
 
 あいにく説明の日が平日で兄は仕事が休めなかった。当然のように母は「私が行きます」と言ったが、やはり頼りないというので、義姉が仕事を早退して来てくれた。
  I先生が、入院直後の病状から経過を丁寧に説明していく。どうやら「あとは手術しか手段はない」ということを正当化するためらしい。既にすっかり手術をする気になっているのに、なんだかまどろっこしい。患者によっては、この期に及んでも「手術したくない」とごねる場合もあるのだろうか。潔い私にとっては、いらぬお世話の不要な説明なのだが。

 もっといらぬお世話が「手術リスク」という項目である。前日に麻酔医がA4数ページに亘る説明書きとA5版カラーパンフレットまで使って丁寧に説明してくれたというのに、またぞろ「麻酔でショック症状が出てまれに死ぬこともあります」という不穏な説明が始まる。初めて説明を聞く母と義姉は表情をゆがめる。加えて、手術合併症として、縫合不全、創感染、腹腔内膿傷、腸閉塞(…。腸閉塞の手術が原因で癒着が起こり、また腸閉塞になる可能性があるのだ!)等々。さらに手術が元で肺炎や心不全や腎不全や脳梗塞になる恐れもあり、云々。
 聞いているうち、不愉快になってくる。可能性の話を始めたら、手術中に執刀医のほうが心不全を起こしてメスが私の胸にぐっさり刺さることだって、停電が起こって自家発電装置がうまく作動しなくてお腹を開けたまま放置されることだって、なんだってありだ。そもそも心不全の可能性がないか、事前に心電図を調べて心配なかろうというので手術が決定されたのではないか。
 世の中100%確実なことなどありえないのだから、あとは先生を信じて身を任せるしかないのに。こんな説明を聞いたら、かえって医師への信頼が揺らいで不安になるではないか。その結果、「やっぱり手術しません」という選択肢があるとでもいうのだろうか。

 「重篤な場合は死亡する可能性もあります」
 最後の1行を読み、おまけに「死亡」の漢字のところをボールペンで丸く囲みながら、先生のほうも苦笑する。
 「すみませんね、厚生省のほうで説明するよう指導されているもので」
 なるほど。お役所か。メーカーにPL責任を負わせ、行き過ぎた「使用上の注意」書きを促す。霞ヶ関の過保護的アプローチ。おかげで国民が自己判断能力を失って、何か起こったらどんどん「他人のせい」にする、モンスター化
 事実、そういうモンスター消費者や患者がいるのだから仕方ないのかもしれない。が、大多数は良識ある国民のはずだ。
「様々なリスクを勘案した結果、医師として手術をするのが妥当と判断しましたが、それでも万が一のことは起こり得ます。それらをひっくるめて私を信頼していただけますか? それとも、万が一のことをつまびらかに説明したほうがよろしいですか?」
 手術の覚悟を決めた後で、不愉快なことを延々訊きたいかどうか、患者の判断に委ねるという方法もありうるのではないだろうか。

 術後にお見舞いに来てくれた友人の中に、数年前手術をした人がいた。
  「手術前、色々言われたでしょう? あれ、やだよね~。聞きたくないよね」
 私と全く同じ感想だった。
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by miltlumi | 2014-05-15 17:56 | イレウス奮闘記 | Comments(0)
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