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過去は誰のもの

  「過去は俺のものだ!」
 新婚早々、学生時代の思い出の写真やら手紙を妻にみつけられて、開き直った彼はそう怒鳴ったという。それから3日間、口をきかなかったとか。
 学生時代の男友達(ちなみに夫婦喧嘩の元となった写真の主は私ではない。念のため)から聞いた話である。その彼ももう高校生の父親だから、その喧嘩は「犬も食わない」程度で終ったということだが。
  「なかなかの名言ね~」
 感心しながら、なんとなくひっかかっていた。ひっかかったまま、何日かが過ぎた。そして、思った。
 「過去」というものの持つ意味が、2・30代と今では、ちがうのだ。

 実は、彼より一足早く結婚した私も、似て非なる思い出がある。彼(というより男性全般)より注意深かったため、学生時代の思い出の写真や手紙は全てひとつの箱に詰めてガムテープで封をし、実家に送り返したのだ。「私が死んだら絶対に封をしたまま燃やしてくれ」という遺言(?)を母に託して。
 いわゆる結婚適齢期にケッコンした若人たちの間には、彼や私に限らず、自分の過去を現在の(そして願わくば未来永劫の)伴侶には見せてはいけない、という暗黙のルールがあった。それが相手への礼儀であり、かつ「過去は自分(だけ)のもの」という信条の裏返しだった。

 今はどうだろう。これからの未来より、これまでの過去のほうが確実に長い(そしてこの先その差は広がる一方である)年代になり、どんどん長くなっていく過去を「自分だけのもの」として心の奥深くにしまっておくのはどうなんだろうか。
 色んなことがもう時効になってしまった。「時効」のレッテルを貼らなくても、思い出そのものの記憶がだんだんに薄れてきている。でも、あのときあの人とのあの体験は、たしかに幼かった私に少なからぬ影響を与え、それが今の自分を形づくってきた大切なピースとなったのだ。

 なんとなく、ただシンプルに、そのことを誰かと分かち合いたい気がする。今の私の近くにいる誰かと分かち合えるほうが、「あるべき姿」のような気がする。「過去は私だけのものだ」とガードを張り巡らせるよりも。

 あのガムテープ箱の中身を、実家に送る代りにそれこそ若気の至りで燃やしたりしてしまわなくてよかったと思う。それを見られてはまずい相手がいなくなったときに、母がご丁寧にまた送り返してくれたのだ。だから、あの過去の思い出の品々は、現在そっくりそのまま私の手元にある。
 何が入っているかわかっているつもりだが、この前久しぶりに開けてみたら、すっかり忘れていたものを見つけてすごくびっくりした。そして、無性に誰かに話したくなった。

 これが歳をとったという意味なのだろうか。それともこういう発想は、友達同士なんでもぺらぺらしゃべってしまう女性特有の性癖なのだろうか。そういえば、冒頭の彼に聞いてみるのを忘れた。
 「今なら、奥さんと過去を分かち合いたいって、思わない?」
by miltlumi | 2014-03-25 18:00 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)
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