芸能山城組のケチャ祭りに行った。二年半前にウブドで初めてガムランとレゴンダンスを観て以来、あの独特の響きと指先や目線にまで神経を届かせた複雑な動きにすっかり魅了されているのだが、それを新宿で無料で体験できるというので、すごく楽しみだった。
ジェゴグ(竹でできた木琴のような楽器)の手ほどき、山城組の十八番のグルジア男声合唱・ブルガリア女声合唱に続き、ようやく舞台にガムランの楽器が次々運び込まれてくる。ウブドと同じ、複雑な曲線模様を施した赤と金の楽器。白と黒のギンガムチェックの布で覆った太鼓。 ところが、おもむろに登場した肝心の奏者は、もろにジャパニーズなハッピ姿。しかもなぜか、ボール紙に螺旋の切れ目を入れて立体状にした帽子をかぶっている。町内の七夕祭りで笹の葉に飾られるようなシロモノ。ちょっと興醒めだなあ、と思いながら、最初の音が鳴る瞬間を待つ。 カーン。来た。鋭い金属音なのに、なぜか耳をつんざくキツさがない。何人もの奏者が奏でる音が重なり合って、速く遅く、高く高く(ガムランにはコントラバスのような低音のイメージがない)、まさに天に向かって神に奉げられるようだ。 思わず空を見上げると、ウブドの漆黒の闇の代わりに、暮れなずむ空に屹立する新宿副都心の高層ビル。舞台の反対側には、素足に短パン姿で一眼レフカメラを構える西欧人観光客の代わりに、仕事帰りとおぼしきワイシャツの襟元を開いたおじさんたち。不思議な気分。 もう一度舞台に視線を戻して、風景やギャラリー以上に決定的なウブドとの違いに気づいた。奏者たちが互いの顔を見合いながら演奏しているのである。譜面も指揮者もコンサートマスターもないガムランは、お互いがお互いの音色に合わせながら一つの音楽を創り上げていく。この楽器のリズムに合わせて、とか、あの楽器があのフレーズを叩いたら、いうふうに、キューを出しあっているのだろう。いかにも皆で支え合いながら合奏をしている光景は、それはそれで微笑ましい。 しかし、私が記憶している限り、ウブドのガムラン奏者はお互いの顔など見合わせていなかった。ひたすら宙を、あるいは自分の手元を見ながら、それでもぴったりと息が合っている。たまに、自分のパートが休みの時に観客席を見回す余裕をかます人もいる。それでも、タイミングがくれば、ぴっと弾かれたようにカナヅチのようなバチを滑らせ始める。 踊り手も、瞳を左右に動かすバリ舞踊独特の視線とは明らかに異なる、隣で踊るパートナーの動きを確かめるための横目線が何度か見受けられた。 やはり年季のちがいか。生まれたときからガムランを聞いて育ち、ヒンドゥー教がすっかり日常に溶け込んでいる。最初に観たガムランの観客はたった四人だったけれど、その五倍以上いる奏者たちは、興行料を気にする様子もなく美しい音色を聴かせてくれた。彼らにとっての演奏は、観光客のため以前に、神様に奉げる祈りなのだ。 それでもやはり、ひとつのものをみんなで創り上げて行く現場を自分自身の目と耳で体験し、その時間と空間を共有する醍醐味は何物にも代え難い。心配された夕立はなく、ビルの谷間を時折涼風が吹き抜けていく。 第二部は、紺のハッピから臙脂色のバリ風の制服に替わった。目を閉じて、ウブドの空気と香りを思い起こす。耳に響くガムランは、本場よりもほんの少しお行儀がよくて整った感じがした。
by miltlumi
| 2013-08-02 12:00
| Ubud in 2013
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