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クリアホルダーの怪 (上)

 世の中に、クリアホルダーがあふれかえっている。ちょっと前までは(と指折り数えてみたらもう15年くらい前になってしまった)あれはオフィスの中でもちょっとした貴重品だった。貴重品らしい威風を保つために、レインボーを凌ぐカラーバリエーションが取り揃えられていた。

 貴重品だから、再利用が当たり前だった。いずこの部署からやってくるクリアホルダーは、中身だけ抜き取ってしばらく引き出しの中でスタンバイさせる。別の部署に書類を渡す段になって、引き出しのストックから1枚を抜き取って書類を差し込む。受け取り手の顔を思い浮かべて、オレンジ色にしたりピンクを選んだりする(あの頃から、仕事とカンケーないロジックを仕事に密かに適用することが好きだった。バカな私)。
 あまり分厚い書類を突っ込むと、左下角が紙の厚さにぶくっと折れ曲がって白い線がつき、二度と平坦なホルダーに戻れない。こういうB級品は他部署に回すわけにいかないから、しばらく自分用に使って後おさらばする。役員に提出する書類のときは、手元の在庫を全部ひっぱりだしてきて、もっとも傷の少ないつるつるのホルダーを慎重に選び出す。
 庶務さんがそれぞれ自分の趣味で発注するのか、流通するクリアホルダーの色には明らかに偏りがあった。水色やピンクはいくらでも貯まるからどんどん使っていくが、黄色や紫はあまりお目にかからない。そういう珍しい色は使わずにとっておく。
 大企業だったから、部署によって発注先のメーカーがちがうのだろうか、同じグリーンでも微妙にトーンのちがっていたりして、全くの同一色でないものは最低1枚手の途に残すようになった(あくまで仕事とカンケーないことに夢中になっていた。バカな私)。いつしか引き出しのストックは、スキポール空港で見かけた色鉛筆のような美しいグラデーションを描くようになった。それを見るたび、幸せな気持ちになった(んなことじゃなくて、やりがいのある仕事にシアワセを感じろ、と言いたい)。

 会社を辞める時、新卒で配属された部署からもらった「文房具セット」の中にあったオレンジ色のホチキス(もらったその日に、小学1年生よろしくアルファベットで苗字を書いたシールを貼って、以来部署を変わってもずっと持ち歩いた。今でも自宅にある)や色とりどりのファイル見出し用色シール(これも全色集めてシアワセだったなあ)とともに、グラデーションクリアホルダー一式を自発的お餞別として頂戴してきてしまった。業務上横領、ですか? でも、時効ですよね。。。

 転職した先の会社では、クリアホルダーはタダの消耗品に貶められていた。というより、時代がそのように変わってきていたのだろうか。今やカラフルグッズとしての地位を追われ、味も素っ気もない半透明一色のクリアホルダーが文房具キャビネットに大量に保管され、次々とまっさらなやつが拠出されていくのである。ホルダーが最も活躍するのは外部の取引先への書類送付、という環境だったから、使い古しのホルダーを使うわけにはいかない。
 しかし、社外向けだけではない。十数名しかいない社内では書類をいちいちホルダーに入れる必要性は低く、入れるときは中古品活用でしょう、と思うのはコスト意識の発達したメーカー出身の私だけで、他のメンバーは社内用にもバンバン新品を使う。社長宛ならともかく、私には使い古しのでいいからね、と何度部下に言っても(万年黒字の裕福な会社で1円単位の節約してどうする、という気がしないでもなかったが、私は根っからのビンボー性なのだ)、年長者を敬う躾の行き届いた彼等は私にぴかぴかのクリアホルダーをよこしてきた。嗚呼、モッタイナイ。
                                                   ・・・(下)に続く
by miltlumi | 2013-05-07 21:52 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)
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