増上寺の境内で、仏壇を焼いていた。
三解脱門をくぐったとき、右手にちらりと炎が見えたから、お焚き上げかしら、と思った。大殿で阿弥陀如来様を拝んで、しばらく椅子に腰かけて堂内で煩悩の整理をして、明るい屋外に出ると、左下にずらりと仏壇が並んでいるのが見えた。 おおがかりな炎は、くっきり真四角に切られた穴から上がっている。白いYシャツにネクタイ姿の男性が3人、寺の事務員とでもいうのだろうか、いかにも業務中です、というふうにきびきびと動いている。消防署からのお達しなのだろう、一人が律儀に絶え間なく穴のまわりにホースから放水している。あとの二人は、仏壇を抱え上げては穴に投げ入れる。高さ150㎝以上の大きな仏壇は、高層ビルの躯体にでもなりそうな太い鉄棒でぐいぐい押して穴にずり落とす。いずれも火にくべる前、二人揃ってきっちり30度に頭を下げる。敬虔な挨拶のすぐ後に、「せえのっ」といういかにも俗世間的な掛け声が聞こえてくるのが、なんだか滑稽だ。 最期のときを待つ仏壇の上には、欄干からも判読可能なくらい大きな字で○○様、と書かれた紙が置いてある。檀家なのだろう。古びてしまった仏壇を新しいものに買い替えたのだろうか。近頃の住宅には仏壇が安住できるようなスペースが少ないから、見切ってしまったのだろうか。それとも、年老いたご両親が亡くなって実家を処分することになり、さすがにこれは粗大ごみに出すわけにいかない、ということになったのだろうか。 頑丈そうな作りでも、意外に火の力は強くて、放り込まれて数分もすると壁面からぼろぼろと焼け落ち、じきに骨組みのほうもばさり、という感じに崩れ去る。あっけないものである。 「あれはどうして燃やしているのですか?」 突然、横からおばあさんが声をかけてくる。 「古くなった仏壇を檀家の人が持ってきて、お寺さんに供養していただくのでしょうね」今しがたまで心の中で想像していたことを口にする。 「はあ。もったいない。まだ使えそうなのに」 地方からの観光客だろうか。ポシェット斜め掛け。鼻の下に生えている、産毛というには濃すぎる翳りは、女性ホルモンが減って相対的に増えた男性ホルモンのせいだろう。彼女の年齢を物語っている。白粉っ気のないつるぴかの頬が、髭とは対照的だ。 「私ね、昔コイシカワ、に住んでたんです。ブンキョウクの」 23区民には聞きなれた地名を、ぎこちなく慎重に発音する。小春日和の境内を散策する人々は少なくないが、欄干にもたれてじぃっと焚火を見つめている私が、余程暇そうに見えたのだろうか。78歳だというおばあさんは、中国人らしい。問わず語りに、身の上話を始めた。 ・・・(下)に続く
by miltlumi
| 2012-11-13 15:02
| 忘れられない言葉
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