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年賀状の季節

 明日何が起こるかわからないから、会いたい人には会いたい時に会わないと、と思うことが、いつか会えなくなる日が来ることを織り込んだ振る舞いのようで、つい躊躇ってしまう。躊躇い続けてもう1年近くになる人がいる。

 中学校時代の英語の先生だったその人は、父より2つ3つ年上だった。卒業後、年賀状のやりとりだけで何十年も過ぎてしまった。父の喪中に寒中見舞いを出した年の春、いきなり携帯電話が鳴った。最初しわがれ声の意味不明なつぶやきで、間違い電話かと思ったら、突然声が替わった。先生と同居している息子さんが「父がどうしても電話したいと申したもので。耳が遠いのですが…」
 先生は父のことをよく憶えてくださっていた。一言お悔やみを伝えたかった、気持ちばかりのお香典を送るけれど、決してお返しはしないように。先生はお元気ですか、私も何とかやってます。普段の半分の速度で大声を出しながら、一度絶対会いに行こう、と心に決めた。

 7月の初め、恩師との再会を実現させた。前の晩、久々に開いたアルバムから先生や私や仲良しグループが写った写真をはがして、手土産の水羊羹と一緒に持って行った。私と同世代の息子さんが庭木を剪定する音を聞きながら、補聴器ごしにゆっくりゆっくり話をした。耳が遠いほかは目も歯も丈夫だし、と言う先生は、  「NEWSの語源はNorth,East,West,South。東西南北の出来事を言う」と教えてくださった頃と同じ笑顔だった。
 だから、翌年の年賀状が先生の息子さんから来た時は本当に驚いた。脳溢血で倒れ、言葉や身体が不自由になったけれど病院でリハビリを続けていると書かれていた。急いでかけた電話口に出たのは、あの時麦茶を出してくださった息子さんの奥様。倒れたのは私の訪問後1ヶ月もしないうちだったと聞かされ、複雑な心境だった。
 入院先が東京から私の実家に行く途中の地方都市だというので、「今度実家に帰るついでにお見舞いに伺いますね」と電話を切ったが、私がのこのこ出掛けて行って、またその直後に何かあったら…という不吉な思いが頭をよぎったのも事実である。
 そんな臆病心を奮い立たせて病院に行ったのは、冷たい雨の降る2月半ば。4人部屋の左手前で、リクライニングを少し起こしたベッドにもたれかかっていた先生は、一瞬そうとはわからないほど表情が変わってしまっておられた。「先生、お久しぶりです。○○です。わかりますか?」と、他の患者さんに遠慮しつつも大きな声を出すと、わかったのかどうか、手を差し伸べてこられた。その手を握りながら、半年前の訪問のことや外の雨のことなどをぽつりぽつりと話す。もとより相槌は期待できないが、先生の眼はじっと私の顔を見つめていた。

 それから2回、息子さん代筆による先生からの年賀状をいただいた。それによると、体制の整った静岡県の病院で静かに過ごしておられるという。新幹線ならさほど遠くもないその病院に、また会いに行こうか、どうしようか、迷っているうちに今年もまた年賀状の売り出しが始まってしまった。
 明日何が起こるかわからないのだから、こうして思い出した時にふらりと会いに行くべきなのだろうが、躊躇いが心の隅で頑なに膝を抱えている。早くしなきゃ、と思うこと自体が不謹慎な気がする。来春もまた息子さんから年賀状が来ることを、すがるような気持ちで願っている。
by miltlumi | 2012-11-03 16:15 | 忘れられない言葉 | Comments(0)
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