9月の雨

 暑かった8月のカレンダーをめくった途端、しばらくご無沙汰だった雨が一日中降ったりやんだりの天気になった。昨日夜更かしして今朝は珍しく10時過ぎまで寝坊をしてしまった。扇風機もつけずに朝寝ができたのは、曇り空のおかげだったか、と思いながら、いつものように窓を開け放して遅い朝食を食べていたら、ざああっとやってきたのだ。
 土砂降りの雨を眺めるのが好きな私は、シリアルをすくうスプーンを投げ出して窓辺に駆け寄る。いきなり降り出した雨は、乾いた地面をばちばちとたたきつけて目に見えない土埃を舞わせ、都心の街をしばし田んぼのあぜ道のような土の香りで包み込む。

 雨粒が大きいのと風がないせいで雨はまっすぐに落下するから、窓から部屋の中に降り込んでくることはない。安心して網戸も開けて外を眺めていると、階下のテラスの洗濯物干し場にずらりとハンガーが並んでいる。最近2番目の赤ちゃんが生まれたらしい若夫婦が住んでいて、いつも洗濯物を外に干している。あらら、と思っていると、じきに「あ~っ」という声とともにお母さんが飛び出してきた。

 小学校1年生まで住んでいた家は、同じ間取り(今でいうと3Kだ)の木造平屋がずらりと並んだ社宅だった。6畳2間が並んだ南側に広い縁側がついていて、その先は、今の東京23区の標準と比べると贅沢と言えるほど広い庭だった。南東の端の木苺から始まって栗の木やすももの木、南西の端には柿の木があり、少し間を空けて道に大きく張り出した桜の木まであった。
 花や実をつける木に囲まれた真ん中あたりは、花壇になったり野菜畑になったりしたが、1年じゅう変わらないのは、少しだけ軒先寄りに高々と立てられた洗濯物干しだった。社宅を建てた大工さんがしつらえたのだろうか、真っ直ぐな2本の棒には、それぞれ等間隔で3か所、V字のとっかかりが釘でしっかり打ちつけられてあって、そこに竿竹を渡して、洗濯物を干すのだ。腕のかわりに竿竹を通された父のランニングシャツやタオルが、洗剤のCMみたいに空に向かってはためくのを眺めるのも好きだった。

 どこのうちも洗濯物の干し方は同じだったから、夏の暑い盛りに急に夕立が降ってくると、気づいた人が先陣を切って「スズキさーん、雨ですよお~っ」と垣根越しに隣に向かって叫ぶ。縁側からばたばたと降りてきたスズキさんは「どーもすみませんっ」と言って次の隣に声リレー。
 「た~けや~、さーおだーけ~」は今も健在だが、あの向こう三軒両隣に響き渡ったお母さん同士の声かけは、子供達の「サートコちゃ~ん、あーそーぼー」「あーとーでっ」という子供達の合言葉とともに、平成の声を聞くずっと前に絶滅してしまった気がする。
 
 すぐ下で束ねた髪を濡らしながら洗濯物をとりこむ人の後姿に、やっぱり声をかければよかったかなあ、と思いかけたが、エアコンで閉め切った部屋には届かないな、と思い直した。声をかけようにも、真下に住む人の苗字を、私は知らないのだ。
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by miltlumi | 2012-09-01 20:58 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)
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