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14歳からの哲学

 10年近く前に流行った「14歳からの哲学」の著者である池田晶子が、別の本で、この年齢を選んだ理由は、「すべての人は、14歳という年齢に質的な変換を遂げ」るからだと書いている。「言語と論理」を獲得して、自分が感じていることを理解したり言語化できるようになる、つまり「ロゴス」に目覚めるのが14歳、というのだ。

 私が「エッセイ」を書き始めたのは、まさに14歳である。ただしその内容は、ロゴスというよりアガペ、むしろエロス。というと誤解を招くが、要は同じ組の○○君を想って星空を眺める、みたいな微笑ましくも未熟極まりないもの。
 それより、14歳で何か「質的な変換」があったかなぁ、と自問した瞬間にフラッシュバックしたのは、内田先生のことである。

 内田先生は、中学2年の学年主任で、英語担当だった。何を隠そう私は1年生のとき、英語が苦手だった。担任が英語の先生だったのに、万事保守的な私は、小学校6年間で慣れ親しんだ国語算数理科社会、とは別の国からやってきた英語に、どうもなじむことができなかった。
 1学期の中間・期末試験も、英語が妙に冴えない点数だった私の顔をしげしげと眺めながら、ある日内田先生がつぶやいた。
 「どうしてできないのかなあ。やればできるはずなのに
 私に対して、というより独り言のようなその言葉が、胸にぐさりと突き刺さった。やらなきゃ。内田先生を悲しませてはいけない。別に若くてかっこいい先生だったわけではない。父と同年代の、無骨な黒縁眼鏡をかけた、長四角の顔をしたタダのおっさん先生だった。でもなぜか私は使命感に燃えた。

 そして2学期の中間試験は、みごと50点(あの頃は50点満点だったのだ)。どんな勉強が功を奏したかというと、教科書丸暗記である。中2の教科書なんてたかが知れている。Lesson7~9くらい、大きなフォントで20頁程度、ローティーンの脳みそに刻み込むのは不可能ではない。
 同じ頃、美術の授業で制作した版画が、郡(すみません、故郷が田舎なもんで、中学は○○郡○○町立だったんです)の美術展にまぐれで入賞した。英語の成績向上も知っていた担任教師が、
 「近頃、色んなことがうまく回ってるね。波に乗ってるね
 と言ってくれた。これは、私が1年生の3学期に「いじめ」に遭ったことをも踏まえた、応援の言葉でもあった。

 あれから今日までを振り返ってみれば、こうした14歳の経験を通して、おそらく私は、その後の人生の礎となる自分なりの「ロゴス」を得たのだ。つまり、
   「やればできる」
  「他人の期待には応える」
  「人生、波に乗ればうまく回る。波が来ない時はじっとしていれば、やがて来る」
 そういえば、常々「オトナだなぁ」と感心している甥っ子に、「いつ悟ったの?」と尋ねたら、「中2のとき」という答えだった。。池田晶子、さすがである。


by miltlumi | 2012-05-04 20:59 | 忘れられない言葉 | Comments(0)
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