トロントに赴任していた頃のメンバーが集まった。幹事の義務として、20分ほど前にレストランに入ると、「既に1名様いらっしゃっています」。私が赴任した時点でもう7年の勤務歴を持ち、すっかりカナダナイズなさっていた大先輩に、先を越された。
聞けば、年金支給年齢にはまだ少し間があるものの、つい先週会社を辞められたという。だから今は時間は有り余っているんだ、と。 「わあ、おめでとございます!!」と思わず出した明るい声に、彼はほっと表情を緩めた。 「だよな。外人に報告するとみんなそうやってCongratulations!と言ってくれるのに、日本人は、これからどうするんですか、とか心配顔で訊くんだよ」 想像に難くない。日本人とガイジンのちがい。 つい最近、別の赴任経験者との間でも、似たような話をした。半分趣味で、カナダ(彼もトロント勤務経験者だ)に和紙を輸出している彼は、和紙作りそのものもカナダ人に広めようとしたが、難しいという。日本の和紙職人の、徹底的に品質に拘る姿勢が、どうしてもガイジンには根付かないのだ。 「そうそう、ガイジンの仕事は、この程度でいっか、ってな感じでどっかいい加減なんだよな。どうしてだろうな」と相槌をうつもう一人の言葉に、どこかで読んだ本の内容をふいに思い出した私は、その聞きかじり説を披露した。 欧米では、ローマ時代から南北戦争時代以降まで奴隷制度が存在し、労働=奴隷がやること、という考え方が人々の心理に刷り込まれた。21世紀の今も、日々の仕事を「労働」とみなすかぎり、心のどこかで負のイメージがつきまとう。奴隷制度がなかった日本との大きな違いだという。 だから、必要以上に時間と手間をかけて、漉紙に浮かぶ不純物を取り除いて出来るだけ美しい製品に仕上げよう、といった発想がどうしてもわいてこないのだ。一方でRetirementは、労働というあらまほしからざる重荷から解放されて自由の身となれる、まさに祝福すべき出来事なのである。 でも、仕事と強制労働は、もちろんイコールではない。もっと言えば、お金を稼ぐことだけが仕事ではない。 労働=奴隷説に大いに納得してくださった相槌マンも、カナダナイズ氏も、同じ63歳。前者は「寿命80歳として、あと17年。やりたい仕事がいっぱいあるからさあ、オレは一生働くぞ!」と大いに気勢をあげていた。後者は「65まで会社勤めもなんだしさ、まあ“仕事”じゃないけど、やってみたいことがあるから」と胸ときめかせていた。私がおめでとう、と言ったのはまさにその意味だ。 やりたいことを仕事にできるのが、一番しあわせなことなんだな、と改めて感じた。 年金がもらえるかどうかもわからない年代だけれども、しかも天命も知る前にとっとと会社を辞めてしまった私だけれど、こんな素敵な人生の先輩を持てたことが、何よりの財産である。
by miltlumi
| 2012-03-15 13:20
| マンモスの干し肉
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