例年より10日も早く梅雨入りした関東地方。通勤が一層疎ましい季節である。ただでさえ窮屈な電車の中が、服や傘についた雨粒のせいで体感湿度90%、駅からの出口は、傘を広げる作業のせいで渋滞度悪化。
その点、張り巡らされた地下道のおかげで、駅からオフィスビルまで傘なしで移動できる大手町・丸の内周辺は優秀である。6年前の3月に大手町に転職したときは、その至便性に感動した。 しかし、いいことばかりではない。都営三田線大手町駅から東京駅方面に向かう地下道には、立ち食い蕎麦屋さんがあって、朝も早くからサラリーマンたちが蕎麦やうどんをかきこんでいる。小さい頃から朝食はトースト派の私にとっては、きつね蕎麦程度ならともかく、どうして朝っぱらからカレー南蛮とか天ぷらうどんとか、あんなヘビーなものを食べられるのか、不思議で仕方ない。 まあ、食べたい人が食べる分には文句はないが、問題はその湯気である。当然ながら、蕎麦(うどん)の香りがする。それが、空調のよくない地下道に、朝から充満している。初秋の八ヶ岳の高原道あたりなら、食欲を誘うであろうその香りも、機嫌の悪そうな顔をしたおっさんたちが行き来するオフィス街の地下では、趣もへったくれもない。 新しく始めた仕事がもしも厭になったら、きっとこの蕎麦の匂いがたまらなくなるんだろうな、と、変な取り越し苦労が頭をよぎった。というのも、前の会社で、公私とも厭なことが続いた時、通勤途上にある目黒川のどぶ臭い匂いが急に鼻について我慢できなくなった経験があったからだ。 その時は、自転車通勤に切り替えるというウルトラC技で、どうにか乗り切った。さすがに今度は、大手町まで朝晩自転車をこぐ元気は出てきそうにない。 そして梅雨。仕事への好悪とは無関係に、日毎に蕎麦の香りを好意的に受け止められなくなってきた。今のうちに何とかしないと。 ある日、素晴らしい回避策を思いついた。地上を歩けばいいのだ。遅まきながら「丸の内OL」(実は大手町だけど)になったステイタスの印みたいに、縦横無尽に張り巡らされた地下道を闊歩していたけれど、空気の悪い地下に潜っている必要はない。 永代通りに上がると、新緑の色を増した銀杏並木が待っていた。足元が雨に濡れる難点も、蕎麦の匂いに嫌悪するのに比べたら大したことはない。かくして4年間、大手町の会社での仕事はとても大変だったけれど、蕎麦の匂いを逆恨みする愚行だけは避けられた。 黄泉国から帰った伊邪那岐は、禊をして穢れを落とそうとしたが、嗅覚は視覚よりずっと深いので、鼻から生まれたスサノオノミコトが悪神になったという。さほどに、匂いの持つ力は強い。 今、うちの玄関にはアロマキャンドルが置かれ、どこへ行くにも必ず私を気持ちよく送りだしてくれている。
by miltlumi
| 2011-06-14 11:23
| サラリーマンの生活
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