人気ブログランキング |

忘れられない言葉-オイディプスの刃

 小学校の先生は、ものすごく恐い職業だと思う。できたてのおぼろ豆腐のように柔らかくて、大雪山に人知れず降る初雪のように真っ白な子供の脳みそに、アームストロング船長が月に刻んだような永遠の足跡をつけてしまう可能性があるのだから。

 小学5年のときの担任の先生は、今から思えばちょっと斜に構えたシニカルなタイプで、好きな女性にもつい皮肉な態度で接してあとで落ち込む、というような30代半ばの男性だった。
 前後の脈絡は全然憶えていないが、あるとき先生が右頬だけのかすかな微笑みを浮かべて、どういうわけか私を名指しで質問した。
 「XXはどうして毎日学校に来るの?」
 「勉強するためでえーすっ」
 「何のために勉強するの?」
 「中学でいい成績をとるためですっ」
 「なんでいい成績をとるの?」
 「いい高校に入るため…です」
 「何のためにいい高校に入るの?」
 「…いい大学、に入るため」
 「何のためにいい大学に入るの?」
 「……」
 「ふん、そこまでか」

 11歳の女の子に、勉強するのは知・仁・勇を身につけるためだとか、大学に入るのはスーパーカミオカンデを開発するため、といった答えを期待していたわけでもなかろう。でもこのやりとりは、いまだに私の胸にぐっさりと刻み込まれている。
 「そこまでか」と言われたときの、血の引くような衝撃。ちびまる子ちゃんだったら眉毛が~~状態になって額に縦線を何本も浮かべて、背景には黒と黄色のぐるぐるまわりのみならず稲妻まで光っちゃうような、そんな不穏な衝撃。私って、「そこまで」なんだ… 

 そして実際、「そこまで」だったかもしれない。その7年後、さすがにもう少し分別がついていてもよさそうなものだったのに、大学に入る時に「何をやりたい」のかほとんど全く考えず、数学や物理が好きじゃなくて、法律も政治も経済も嫌いだから文学部系、という見事な消去法で学部を選んでしまった。
 その後の人生、「そこまで」が「どこまで」だったかはまだ結論が出ていない、と思いたい。ただ、あの一言の記憶が、いつも心のどこかから私の選択を見つめていたような気がする。

オイディプスの神託は、アポロンからのみ下されるわけではない。
by miltlumi | 2010-08-26 11:44 | 忘れられない言葉 | Comments(2)
Commented by にこりん坊 at 2010-08-26 18:46 x
ああ…、そういう吹っかけ方をする先生、いました。中学のときかなぁ?ただ、生徒にそういう言い方しちゃう先生って、大人の社会で自分が認められていない、という怨念的な気持ちを持っているタイプが多いと思うのですけれど…。
Commented by miltlumi at 2010-08-26 20:58
にこりん坊さん、いつもアクセスありがとうございます!
そうよね~、今考えれば、彼はそういうタイプだったかも。でも、その怨み(?)を無垢な子供にぶつけるのは、教育者としてどうかと思う。どんな仕事でも、その責任の重さを真剣に考えると、けっこうこわくなることあるけど。

<< 点描・夏の終わり-写真のない風景 終の棲家 >>