7年ぶりに地球に帰還した「はやぶさ」のことが報道された。地球の大気圏内に突入する直前に「はやぶさ」のカメラがとらえた、ちょっとぼやけた地球の映像を見て、TVのアナウンサーが、「ほらあ、涙で曇っているじゃないですか」と言っていた。無人探査機も、7年の長きにわたってお務めを果たすと、もう立派な英雄人である。
それにしても、計画より3年遅れというのはすごい。それでもちゃんと地球に帰ってきたからすごい。アナウンサーじゃないけど、「はやぶさ」君は、「還る場所は地球だ」と信念を持って宇宙を漂っていたとしか思えない。 しかも、正確に言えば、地球に無事帰還したのではなく、大気圏突入のときに燃え尽きてしまったのだ。ちゃんと着陸したわけではなく、その忘れ形見のカプセルを放り出して、自分は大気の藻屑と散った。それでも、たとえ燃え尽きるとしても、誰も知らない冷たい宇宙の果てではなく、地球の上で燃え尽きたかったのではないか。せめて、その閃光を地球上の誰かが確認できるような場所で。 1957年にライカという雌犬を乗せたスプートニク2号も、地球の大気圏に突入するときに消滅したという。彼女は、自分がふたたび生きて地球に帰ってこられないことなど知っていたはずはない。 狭い空間に押し込められて、大きな爆音とともに重力を感じなくなって、ふわふわと浮いた。そして(彼女にとっては)ある日突然(正確には162日目に)あっという間に光になった。円錐型の宇宙船の丸い窓から首をかしげて真っ暗な宇宙を見ながら、ライカはさぞかし地球に帰りたかっただろう。犬のことだから、きっと還る場所はその匂いでちゃんとわかっていただろう。 1年半前に癌で亡くなった父は、最後の1ヶ月半を病院で過ごした。大きな手術をした後、ずっと小康状態を保って自宅で普通に生活していたのに、ちょっと調子が悪くなってタクシーで病院に行ったら、その場で入院。だから、まさか再び自分が自分の足で我が家に帰ることがないなんて、父は想像もしていなかっただろう。 亡くなる当日の朝、私と母と兄夫婦が揃って見守る中、父は突然大きな声を上げ始めた。最初は何を言っているのかよくわからなかったのだが、それは「かえりたい!かえりたい!」という必死の訴えだった。 たとえもうあと少しで燃え尽きるとも、最期は自分が建てたうちに、自分のお気に入りの本に囲まれた煙草くさい部屋のベッドに還りたい。父の、最期のはっきりとした言葉だった。 お通夜の日、母と兄が父に付き添っている斎場から一人自宅に戻った私がベッドに入ったとき、天井にぼんやりと白い光が浮かんでいた。あれは父の最期の帰還だったと、私は今でも信じている。
by miltlumi
| 2010-06-14 21:41
| 私は私・徒然なるまま
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