木のちから

 鎌倉の鶴岡八幡宮の大銀杏の根っこから若芽が芽吹いたという。樹齢800年。ニュースを聞いて、何の根拠もなく、ほらね、やっぱりね、と思った。

 小さい頃から漫画っ子だった私は、今でも憶えているいくつかの場面がある。そのひとつが、気位が高くて高慢ちきでやり手の女主人公が、2cmくらいに育った銀杏の若葉にくちびるをよせて「本当はこのくらいが一番かわいいのだけれどね。早く大きくおなり」と言っているところ。そしてその主人公に想いをよせる男脇役がつぶやく。「彼女にはこんな面もあるというのに。皆、本当の彼女の姿を知らないのだ」とかなんとか。

a0165235_0522034.jpg 大手町への通勤途上、毎朝のささやかな楽しみの一つは、永代通りの銀杏並木を眺めることだった。この季節、なんとはなしに枝先の色がぼんやりとし始め、じきに若緑色の葉が芽吹く。くちびるを寄せることこそしなかったものの、ちょうど2cmくらいになると決まって私もつぶやいてみた。「このくらいが一番かわいいのだけど」 
残念ながら、そんな私の姿を温かく見守ってくれる男脇役は絶えて登場しなかったが、銀杏は毎年小さな葉をぐんぐん大きくし、秋には黄色く色づき、そして散って行った。そういえば、行幸通りの銀杏たちは惜しみなく銀杏の実を落とす。一度昼休みに散歩に行ったことがあるが、さすがにあんな臭いものをオフィスに持って帰るのは憚られて、もったいないと思いながらもただ眺めるだけで我慢した。

 銀杏は、いつも私に元気をくれた。だから、一旦は根こそぎ倒れた八幡宮の銀杏が芽吹くのは、きっと彼らにとって普通のことにちがいない。木の生命力は強い。木は、「気」に通じる、というのを聞いたことがある。
 太い大きな木があると、私はその幹にこっそりと手を当てる。中を流れる「気」の元をいただくために。
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by miltlumi | 2010-04-12 00:54 | フォトアルバム | Comments(0)
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