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箸置き

 「箸置きも置かずに夕飯をかきこむ生活にもう疲れちゃったのよ。」
 あるエッセイの中の言葉。筆者より年上の先輩サラリーウーマンが突然会社を辞めることにしたときにぽろりとこぼした台詞だった気がする。この言葉に出会って以来、日常生活のふとした瞬間にふと思い浮かんでくる。

 生まれて初めて箸置きを買ったのは大学3年の秋、友人と訪れた金沢の忍者寺の近く。お土産屋さんの軒先に並んだ野菜形がかわいらしく、茄子、人参、大根、と選んでいるうちに9個になった。当時はまかないつきの下宿生活だったから、実際にその箸置きを使うことはなかった。
 就職して一人暮らしを始めたとき、最初に買い揃えたキッチングッズのひとつがランチョンマット。真っ赤な、お醤油がこぼれてもしみにならないビニール製のマットが、野菜たちの最初の檜舞台となった。
 結婚して、自分以外の人間と毎晩のように夕飯をともにするようになると、野菜の箸置きだけでなく、旅先で二人で選んだものや親戚からのもらいものもラインナップに加わった。季節やその日の献立に応じて箸置きを選ぶのが、ささやかな楽しみだった日々。

 離婚して一人暮らしに戻ったとき、財産分与の結果箸置きのラインナップも半減した。それさえ自分だけのために並べるのが億劫で、仕事の忙しさを口実に登場機会が減って行った。何カ月も替えていないランチョンマットの上に、かすかな良心の呵責をチクリと感じながら、カラリとじかに箸を置くようになっていた頃。ふとあの言葉を思い出した。ああ、そうだ。粗雑な生活を送っていると心まで粗雑になる。丁寧に生活しよう。久しぶりに訪れた京都で、桜模様の清水焼の箸置きを買ったのはそれから間もなくだった。
 ところが、ここ数年本当に仕事が忙しくなり、箸置きどころか、料理もろくにできず、夜中にありあわせの野菜で作ったお雑炊をすする毎日。またもやあの言葉が頭をかすめる。まさに食事をかき込むような生活はいやだ。そう思いながらも、そうせざるをえない自分。忙しく仕事をこなしながらも、きちんと生活できる有能な女性はいるだろう。けれど、残念ながら私はそれほど器用ではない。ついに会社を辞めた。

 今、マイペースで仕事をしながら、友人との約束がない夜はあれこれと料理を作り、引き出しに整然と並んだ箸置きコレクションから一つをとりだす。気が向くと友人を食事に招く。丁寧に盛り付けたサラダを見た友人は、「赤ピーマン、こんなにきれいに薄く切ったりできないわ」と賛嘆してくれた。「ヒマだからね」と笑う私に、彼女は「私だったらどんなにヒマでもこんなことしない」
 私にとっての「箸置き」は、人生のプライオリティーの問題なのかもしれない。
by miltlumi | 2010-04-09 00:04 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(2)
Commented at 2010-04-09 22:21 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2010-04-10 15:36
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