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Expectation Control

 とある金融機関の話。テーマに興味のある社員が年齢性別本支店問わず応募して、抽選で20名強が週末1日缶詰になるという、比較的緩い形式の研修を行った。メンバー参加型プログラムなので、U字型に座ってもらうのが定形なのだが、先方が教室型しかできないと言い張る。いまどきテーブルが固定の研修ルームなんてあるはずないのに、何ばかげたことを言うのか。理由を質したところ「U字型だと、役職順に席順を作るのが難しい」という。
 ばらんばらんな部署からの自主参画型研修で、役職順!? こちらが「いや、席順はフリーでお願いします」と言った途端、電話の向こうで教育担当の部長代理は胸をなでおろし、明るく了承した。

 ここまで役職に拘るなんて、草食系の定義にもある「役職に興味がない」私には全く理解不能。と思ったが、後日別の筋から、その理由が明らかになった。
 銀行の人事部には、社員全員の成績表があるそうだ。ABCDEとか大雑把なものではなく、同期300人いたら1番から300番までばっちり序列がつく。そのように厳密に評価しながら、本人には知らせず、なんとなく同じように昇給していく。そして、40歳前後になると、やおらその成績表が役職となって顕在化するのである。
 言い換えると、40歳になるまでは、同期の桜達は内心「オレもいいとこまで行くかも」という淡い期待を抱き、日々是業務に邁進する。たまさか開催される週末研修で、アイツがオレの右に座ったのは、もしかしてオレのほうが評価が低いせいだろうか、なんてどきどきしながら。
 その「Expectation control」が非常に重要らしい。あまりあからさまに甲乙を示すと、トップのやつは慢心して仕事を怠けるし、トップと思ったのにNo.3だったやつは「けっ」とばかりに外資系投資銀行に転職して会社は貴重な戦力を失うし、下の方は働き盛りのうちからやる気なくして「大樹」にぶら下がり状態になるし。甲乙丙丁、夫々が全身全霊で会社に尽くすよう、そして40歳が近付いたら、来るべき最後の審判への心の準備(=諦めて定年まで勤め上げる)もできるよう、微妙に人参を見え隠れさせる。Expectation controlの極意。

 これを聞いた非金融機関系人間、「あっそれ、女性がその気もないのにぎりぎりまで男を引っ張る手口ですね。 ケッコンしてくれるかどうかわからないけど、もしかしたら、って男はイタリアンとか指輪とか散々貢いで、挙句『じゃあ』って去られちゃう。でも今更他の相手を見つける気力もないから、そのまま虚しく独身生活を送る、とか」
 わっはっは、と笑うマンモス系男子の前で、銀行マンの笑顔がひきつった。
 でも、近頃のニッポンの文化人類学的情況に鑑みるに、女性が引っ張ろうとしても、草食系男子はするりと縄抜けして、イタリアン招待どころか自分のためにケーキ教室に通っちゃうんじゃないだろうか。銀行のExpectation controlがマンモス系甲乙丙丁を引っ張っていられる時代も、そう遠くない将来に機能しなくなるのではないか。
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by miltlumi | 2010-05-15 21:42 | サラリーマンの生活 | Comments(0)

雑草抜き

 以前住んでいた一軒家の北側は、どくだみの巣窟だった。どくだみ茶が健康にいいとか、質素な白い花は風情があるとか、ハートともスペードとも見える葉っぱの形がかわいいとか人は言う(言わないかもしれない)。でもそれはあくまで隣の庭のことである。自分のうちに、いかにも陰気そうな紫と灰色とモスグリーンが混じった色の葉っぱがごわごわと生えているのは、あまり感じのいいものではない。
 というわけで、引っ越してほどなく、どくだみ抜きが始まった。地下茎であるどくだみは、根っこが地中に3cmでも残っているとひょいひょい芽を出す。だから地上部を抜くときは力任せに引っ張らず、そおっと持ちあげながら、地下茎までずずずっと掘り出すようにしなければならない。このテクニックを最も効率よく実行できるのは、土が湿ってほぐれやすい雨上がりの午後であることに気付いてからは、最適なタイミングを狙って撲滅作戦を決行するようになった。
 たかが雑草抜きである。しかし、地中に眠る(陰気な葉を茂らせるという)潜在的脅威を徹底的に掃討するという行為は、始めて見ると結構やみつきになる。萌芽シーズンがあるため、ほぼ満足行く状況になるまで数年がかりだった。

 金融機関の、いわゆるミドル・バック業務について語り合う機会があった(短い期間だったが、私もこの業務に携わったことがある)。「金融業界に対する偏見」に描いたマンモス狩人がひしめくフロント業務に比べると、ミドル・バックは地味な仕事である。完璧なポートフォリオ管理を目指してデータ入力ルールを設定したり、コンプライアンス規程を策定したり。しかし、マンモス狩りがへたなオトコがいるように、ミドル・バック業務がへたな人間は必ずいる。というより、上手な人間のほうが少ない。彼いわく、 
 「あの業務は雑草抜きみたいなもので、エンドレスなんだけど絶対大切。でもへたなやつがやると、まだらに雑草抜き忘れるし、抜き方が汚いし」
 「そんなやつに抜き方教えるヒマがあったら、オレがやったほうが早い!ってことになる」
 「雑草の萌芽にいち早く気づくのが優秀なリスクマネージャー」
 「(リスク管理の行き届いた)美しい庭のために、雑草抜きどころか雨乞い踊りまですることになる」

 熱のこもった一連の発言を聞いて脳裏をよぎったのは、あの「どくだみ抜き」であった。そういえば、私はあの短い期間のミドル・バック業務が好きだった。そして、それが得意でかつ好きな社員を採用するのにとても苦労した。
 数日後、在来種の動植物を守るため、外来種のスイレンを撲滅する活動についてのニュースがあった。「スイレンは地下茎なので、ほんの10cmくらい根が残っていても芽がでるから…」と熱心に泥水の池に手を突っ込んでいる人達がクローズアップされていた。
 あの中から銀行のミドルバック要員を選抜すると、結構いいチームができるのではないか、と思った。
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by miltlumi | 2010-05-02 21:45 | サラリーマンの生活 | Comments(1)

読書の経済価値

 最近とみに頭の回転が悪くなって、本を読んでいても何が書いてあるのか2・3回読み直さないと理解できないことが増えた。そんな中、理解できても理解できない文章に出くわした。 古井由吉氏の「人生の色気」の一節。
 「変な話ですが、日当が500円の時と日当が千円の時では、読書の意味が違ってくるのではないでしょうか。時間が金に換算されるようになれば、読書という行為ほど無駄なものはありません。」
 前後の脈絡からすると、日当が千円になると、1日本を読んでいるよりも働いたほうが明らかに金になるから、読書が経済行為として相対的に意味を持ちにくくなる、ということのようだ。最初に読んだとき、日当が500円から千円になれば同じ1時間で効率的に稼ぐことができるから、その分余裕ができて読書に割ける時間も増える、と言いたいのかと思ったが、そうではないらしい。
 友人の中には、とてもたくさんの年収があり、従って本を買い放題買っているけれど、肝心の読む時間がない人がいる。一定の年収を得るからには、読書したくても仕事に追われざるを得ない責任ある立場なのだろう。でも裏を返せば、結局のところ読書より働くほうにプライオリティーを置いているのだ。

 これまた頭の悪い話だが、以前勤めていた会社で、EVA(Economic Value Added)という概念を導入して各事業ユニットの評価を行うことになったとき、愕然とした記憶がある。うちの会社の価値が定量的な経済価値だけで表せるわけないじゃない、と本気で思ったのだ。20世紀型株主資本主義を全然理解していない、ナイーブな感情論。
 
 しかし。たとえ株式会社だとしても、ましてや読書というものの価値が、単に経済価値だけで測れるのだろうか。経済合理性だけで人間の行動を規定していったらタダのロボットになってしまう。しかも、経済合理性に基づいて純粋に経済価値向上を志向した挙句がリーマンショックだとしたら、なんともやるせない。
 誰だったか忘れたが、「経営者を目指す者は、経済書やノウハウ本を読むより、むしろ小説を読むべきだ」とおっしゃった経営者がいる。会社や経済を動かすのは人間。その人間の心の動きを理解せずして、経営ができるか。人情の機微や微妙な人間関係の揺らぎを学ぶにはフィクション・小説を置いて他にない。

 今、金融資本主義の行き詰まりを目の当たりにして、世界中で変革とか改革が叫ばれている。再び古井氏の言葉。
 「世の中の変わり目に、社会も一度、死をくぐるものです。最近の歴史を振り返ってみても、幕末期から明治初頭や第二次大戦のようなアナーキーをくぐって、はじめて変成が成ったわけです。(中略)文学者は、社会がアナーキーに突入する前に、あらかじめアナーキーの境に住んでいる番人みたいなものだと思っています。」


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by miltlumi | 2010-03-14 12:23 | 私は私・徒然なるまま | Comments(2)

金融業界に対する偏見

 あまたある職業のうち、最もマンモス度が高いのは金融(投資銀行系)とかコンサルティング業界ではないかと思う。
 基本的な彼らの行動プロセスは、まずマンモス(現代用語ではクライアントという)をみつけること。太っておいしそうな(ニーズがあってたくさん金を払ってくれそうな)会社をリストアップして片っ端から営業をかける。毎週の営業会議では、兵卒狩人によるマンモス候補リストを見たリーダーが「オマエ、こんな小物のウサギばっか追いかけてどうするんだ」とか「このマンモスはでかすぎて仕留めるのが大変だ」とかいう。マンモス候補を見つけられなかった落ちこぼれには、「魚影の濃い業界を探すんだ」(このリーダーは哺乳類より魚類を好む大森貝塚系祖先をお持ちですね)などとアドバイスを飛ばす。この前会ったコンサルタントは、文字通り「そろそろ新しい狩場を見つけなきゃ」とのたもうていた。
 時にこのプロセスは、競合他社とのBid=入札になることがある。もともと男には、マンモス狩り以前に「自分の遺伝子をできるだけ多く子孫に残す」という生物としての根源的目標達成DNAがビルトインされている。この目的達成にあたって最終的に重要なのは、別の男のオタマジャクシを押しのけてでもタマゴに到達する、という点。敵に打ち勝つこと。競争原理。従って、男の脳みそは競争環境のもとではより一層のパワーを発揮するように設計されている。この好戦的DNAは子孫繁栄行動以外でもいつでもONになる。だから、誰もいない荒野で昼寝しているマンモスを倒すよりも、同じマンモスを狙っている隣村の別集団が存在するほうが俄然燃えるのである。従ってBidというのは、金融狩人にとって最もアドレナリン放出量の高くなるエキサイティングなシチュエーションなのである。(そう考えると、霞ヶ関あたりをうろついて入札の値段きいちゃうような輩は、オトコの風下にも置けぬ卑怯なやつらですね)
 遺憾ながらBidで敗退したときは、「ふん、あのマンモスは実は年老いてて肉が硬かったのさ」とか何とか負け惜しみを言いながら、とっとと次のマンモスに向かって駆けていく。

 見事マンモスを仕留めたときは、洞穴で待つ女子供(金融業界的に言うとグループセクレタリーやバックオフィス)を含め、一族郎党が獲物を囲んで飲めや歌えやの大騒ぎ。ここで面白いのは、やり手のマンモス狩人は血縁関係者の腹を満たさせるだけでは飽き足らず、マンモスのおこぼれに与る第三者が多いほど満足度を高める習性があることである。投資ファンドの場合、マンモスを倒す、もとい投資案件を成約するにあたって、弁護士や会計士・税理士はもちろん、案件紹介者とかM&Aアドバイザリーとかビジネスコンサルとか人事コンサルとか色んな他人にフィーを支払う。そんなフィー払うのもったいないじゃん、節約すればいいのに、というのは干し肉の発想。マンモス狩人にとっては、仕留めた獲物で食わせる人数の多さが勲章代わりなのだ。アラブの王様が第5夫人まで娶ったり、稲盛氏が10万人の雇用を創出したりすることが尊敬を集めるのと同じ発想。
 もちろん、メーカーとか役人とかサービス業の方々にもマンモス的ビヘイビアは存在する。でも、最も直接的にマンモス系なのはやはり金融業界の方々なような気がする。
 
 地球物理学者の松井孝典先生が、とある講演の中で「ネアンデルタール人とホモサピエンスの大きな違いは言葉をあやつる能力であり、人間は言葉によって時空という概念を獲得し、高度化した」「『今』『ここ』しか考えない金融の人たちは、最もネアンデルタール人に近くて動物的ですね」とおっしゃっていた。松井先生の言葉そのままです。私の言葉ではありません。
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by miltlumi | 2010-02-05 15:15 | マンモス系の生態 | Comments(0)