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キンチョールもしくはアースジェット

 寝苦しい熱帯夜、不快指数を瞬間的に押し上げるのは、寝返りをうつ耳元で徐々に大きくなる「ぶぅぅううう~~んんっ」という蚊の羽音。暗闇でやみくもに手をたたいても、蚊を仕留められる確率は0.0037%。何度か空しい努力をしたあと、たまらなくなって枕元の明かりをつけ、浮かび上がった宙に目を凝らす。たまさか白い壁にのほほんととまっているところを見つけ、渾身の素早さで手を振り下ろして撃ち落とした時の快感(は滅多に味わえない)。
 「あれ、やだよね~」と話していた相手が「だからキンチョールは必需品だね」と言うのを聞いたとき、私のまぶたの裏に、久方ぶりに由美かおるの脚線美(若人のためにあえて説明すると、昭和うん十年代、片足を折り曲げてすらりと座る彼女が大写しになった看板が、田んぼの中の納屋の板塀などに恭しく掲げられていたのだ)が甦った。

 日本の夏。金鳥の夏。キンチョール。忘れていた。おそらく、マンションに引っ越したのが冬だったせいで、殺虫剤を常備するという発想がないまま、今日にいたってしまったのだ。
そう言えば、トロント赴任にまで持参した「はえたたき」も、うちにはもはや存在しない。先日、このうちで初めてゴキブリに遭遇したとき、仕方なく新聞紙を丸めて3回目で仕留めて一人どや顔を浮かべたが、キンチョールさえあれば、あれほど苦労する必要もなかったか。

 一人で暮らしていると、知らず知らずに自分の思い込みに囚われて、それ以外の選択肢を検討することさえまれになる。長すぎるLANケーブルをテーブルの上にも下にもずるずる這わせている私に、「ワイヤレスのルーター、最近は安いよ」と教えてくれたのも友人である。
 底にひびの入ったバケツをそのまま長い間使っていて、ある日突然「買い替える」という発想が頭に浮かび、往復5分で近所の100円ショップから調達したときは、それまでどうしてそう思わなかったのだろう、と思考回路の柔軟性のなさが情けなかった。
 
 本人は、十分効率よく生活していると思っていても、どこかで発想の固定化が起こっている。常識的に暮らしているつもりで、どこか世間の常識から離れていっているかもしれない(キンチョールを常備する家庭が、もはや日本国内で平均的なのかどうかわからないが)。
 一人暮らしのメリットはある。自分が使いやすい場所に置いてあるはずのハサミが、知らないうちに別の場所に移動してしまい、家人に向かって「もうっ、使ったら元に戻してって言ってるでしょっ」と叫ばないといけないストレスとは無縁とか。でも、もっと使いやすい場所を発見する、という可能性からは遮断されている。

 というわけで、目からウロコを落とした私は、昨日ケーヨーデイツーで一般家庭の常備品を買い揃えた。でもキンチョールの半分近い値札に惹かれて、ついアースジェットのほうを買ってしまった。
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by miltlumi | 2012-08-05 11:28 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(2)

シングルの時間の使い方

 伯父が亡くなったので急遽関西に行った。もう90歳近く、ここ数年は認知症を患っておられたので、天寿を全うしたと思いたい。東京から新幹線で片道3時間、一族郎党が参集する。ふと、結婚してたらこうした機会が2倍なんだな、と思う。実際、夫がいた頃はお正月も両方の実家に行ったりして2倍忙しかった。今や海外旅行のお土産選びも格段にラクである。

 シングルアゲイン初心者の友人が、「24時間全部自分のものなんて、こんなラクでいいのかな」と嬉しそうに戸惑っていた。この道でははるかに先輩である私は、冷静に悪魔の宣託を下す。「いえ、どっかで帳尻は合うのです。」
 1日24時間1年365日自分のことだけなんて我儘放題して、そのまま天国に行ける訳がない。どこかでおつりを返さねばならないに決まっている。特に、近しい人間の永遠の旅立ちに立ち会うと痛感する。自分のお葬式のことは、ちゃんと事前準備しとかないと。

 伯父の子供は1男2女。晩年は一番近くに住む末っ子が毎日のように介護に訪れていた。
だだっぴろい伯父の家は、伯父の父の代からの膨大な荷物がいつもあふれていた。これから、3人の子供と成人した5人の孫達が、埃だらけの部屋々々を何ヶ月もかけて整理するのだろう。

 翻って我が身。全ての時間が基本的に私だけのものとは、私のために時間を使ってくれる他人がいないということの裏返しである。因果応報。だから、認知症になっても毎日介護に来てもらうなどという期待を持ってはいけない。
 写真だって、最近はデジカメだからほとんどプリントアウトせずにPC(誰も知らないパスワードつき)の中に格納されている。従って、祭壇に飾る写真をあれこれ物色してもらえる可能性は低く、あらかじめ自分で一番お気に入りの写真をわかりやすいところに置いておかねばならない。しかも、3年に1度くらいはUpdateしないと、告別式で「あの写真はちょっと若すぎない?」と陰口をたたかれる。
 また、このマンションの荷物もどうにかしないといけない。質屋に出して(昨今はヤフオクに出す、というべきか)まともな値段がつくものは限られている。甥っ子が、港区認定ごみ袋を大量に購入して引き出しの中身を片っ端から突っ込むという手間をかけずにすむよう、無駄なものは日頃から早め早めに処分して、身辺を簡素に保つようにしておかねばならない。あと1年くらいで死にそうだなあ、と思った時は、衣替えでクリーニングに出したりせず燃えるごみに直行させる。春に死んだときはクローゼットに春の服しかなかった、というのが理想である。

 自分のお葬式の準備について、やるべきことはまだまだ沢山ある。これを全て記載すると、読者が滅入って死にたくなるといけないので、この辺で止めておく。
 でも、シングルが回りに迷惑をかけず葬式を出すというのは、ことほどさように入念な準備が必要なのである。シングルの特権は「24時間自分のもの」というけれど、そのうち30分くらいはこうした特殊な準備に充てねばならない。
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by miltlumi | 2010-05-11 10:52 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(3)

箸置き

 「箸置きも置かずに夕飯をかきこむ生活にもう疲れちゃったのよ。」
 あるエッセイの中の言葉。筆者より年上の先輩サラリーウーマンが突然会社を辞めることにしたときにぽろりとこぼした台詞だった気がする。この言葉に出会って以来、日常生活のふとした瞬間にふと思い浮かんでくる。

 生まれて初めて箸置きを買ったのは大学3年の秋、友人と訪れた金沢の忍者寺の近く。お土産屋さんの軒先に並んだ野菜形がかわいらしく、茄子、人参、大根、と選んでいるうちに9個になった。当時はまかないつきの下宿生活だったから、実際にその箸置きを使うことはなかった。
 就職して一人暮らしを始めたとき、最初に買い揃えたキッチングッズのひとつがランチョンマット。真っ赤な、お醤油がこぼれてもしみにならないビニール製のマットが、野菜たちの最初の檜舞台となった。
 結婚して、自分以外の人間と毎晩のように夕飯をともにするようになると、野菜の箸置きだけでなく、旅先で二人で選んだものや親戚からのもらいものもラインナップに加わった。季節やその日の献立に応じて箸置きを選ぶのが、ささやかな楽しみだった日々。

 離婚して一人暮らしに戻ったとき、財産分与の結果箸置きのラインナップも半減した。それさえ自分だけのために並べるのが億劫で、仕事の忙しさを口実に登場機会が減って行った。何カ月も替えていないランチョンマットの上に、かすかな良心の呵責をチクリと感じながら、カラリとじかに箸を置くようになっていた頃。ふとあの言葉を思い出した。ああ、そうだ。粗雑な生活を送っていると心まで粗雑になる。丁寧に生活しよう。久しぶりに訪れた京都で、桜模様の清水焼の箸置きを買ったのはそれから間もなくだった。
 ところが、ここ数年本当に仕事が忙しくなり、箸置きどころか、料理もろくにできず、夜中にありあわせの野菜で作ったお雑炊をすする毎日。またもやあの言葉が頭をかすめる。まさに食事をかき込むような生活はいやだ。そう思いながらも、そうせざるをえない自分。忙しく仕事をこなしながらも、きちんと生活できる有能な女性はいるだろう。けれど、残念ながら私はそれほど器用ではない。ついに会社を辞めた。

 今、マイペースで仕事をしながら、友人との約束がない夜はあれこれと料理を作り、引き出しに整然と並んだ箸置きコレクションから一つをとりだす。気が向くと友人を食事に招く。丁寧に盛り付けたサラダを見た友人は、「赤ピーマン、こんなにきれいに薄く切ったりできないわ」と賛嘆してくれた。「ヒマだからね」と笑う私に、彼女は「私だったらどんなにヒマでもこんなことしない」
 私にとっての「箸置き」は、人生のプライオリティーの問題なのかもしれない。
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by miltlumi | 2010-04-09 00:04 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(2)

整理収納について

 整理収納がとても好きだ。
 オフィスでのファイリングは何よりも好きである。個人所有の書類やPC上のファイル整理はもちろん、社内のメンバーが共有する物理的・電子的スペースの整理も、自ら買って出て整理する。これまでの会社生活で社内外の異動を10回くらい経験したが、私が着任するまでおざなりだった部署のファイリングに手をつけた回数は7回を超えている。
 当然プライベートでも趣味は整理と言っていい。引っ越してしばらくは、暇さえあれば引き出しの整理。日ごろの動線や収納グッズの使い勝手とその物の使用頻度・形状など要素から総合的に判断して収納場所としまい方を決定する。基本A4ペーパーのみのオフィスに比べ、家にあるものは形も材質も使用目的も全くちがうものの集合体だから、やりがいは段違いである。とはいえ、所有物は有限だから、いつかは整理が完了する。その後は新しい物を購入するか、既存の物を廃棄するかしない限り、大がかりな再調整が不要なので、これだと永続的な趣味にならない。
 だから、最近は友人に対して「整理してあげる」としきりに誘いをかける。これまで出会った人々の中で「整理が好き」という趣味を共有できたのは2人くらい。つまり、世の中の需給関係は圧倒的に需要過多、つまり私の出番なのである。

 私の整理収納の原風景はどこにあるのか。三つ子の魂百まで、を座右の銘とする私は、幼い頃の自分をつらつらと思い返し、6歳くらいのところで、はたとある光景に思い当たった。平屋の社宅の3軒隣に住んでいた2つ年下の聡子ちゃんが、桜の木が植えられた四つ角を左から右へ、お母さんに付き添われて、ぎゃあぎゃあ泣いて私の名前を呼びながら歩いている。どうしたのかと近寄っていくと、お母さんが少し恐い顔で言った。「お片づけをしないで帰っちゃったでしょう。聡子のおもちゃを一緒に片づけてちょうだい」

 聡子ちゃんが持っている、ゴムでできた高さ7cmくらいのものすごくリアルな動物達が私のお気に入りだった。あの頃はどこのうちにも「おもちゃ箱」があり、そこに子供の全財産が雑多に投げ込まれている。聡子ちゃんのうちに行っては、そのおもちゃ箱からゴム動物をひとつずつとりだして並べるのが私の楽しみだった。
 いつものようにゴム動物をとっ散らかして遊んでいた私は、それらをおもちゃ箱に戻すことなく、とっとと聡子ちゃんのうちを後にしたらしい。後に残された聡子ちゃんは呆然として、自分の手に余るおもちゃの山を見て泣きだしたにちがいない。
 やばい。私は素直に彼らの後に従い、6畳間の3分の1くらいのスペースにばらまかれたおもちゃたちを黙っておもちゃ箱へと戻したのだった。
 今、友人のクローゼットやキッチンの片づけを手伝うのは、聡子ちゃんへの懺悔かもししれない。
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by miltlumi | 2010-03-31 19:26 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)

ものが動かない

 当たり前なことだが、一人暮らしをしていると、自分がどこかに置いたものは自分が動かさない限り永遠にそこに置かれたままである。休日の午前中に下駄箱の上に鋏を置いたまま忘れてしまって、夕方になってまだ鋏がそこにあるのに気付いた時、気が遠くなりそうになることがある。「おもちゃのちゃちゃちゃ」の兵隊のように、夜中になったらやおら鋏に足がはえて、えっちらおっちらリビングルームのキャビネットの引き出しに戻ったりすることはありえない。

 もっとあからさまなのは食器である。夕食が終って、ダイニングテーブルからキッチンに食器を運ぶ。そこで私は自動的に、というか無意識に食器を洗いだすことができない。洗うか放っておくか。ほんの3秒ほど、頭のCPUはフル回転する。小学生の頃は「いやなことは先に片づける」をモットーとしていて、8月31日に夏休みの宿題に追われて泣きべそをかくなんて不名誉な所作とはまったく無縁だった。なのに最近は怠け者になって、きびきびと動くことができない。でも、そのままにしたら。翌朝、朝陽に照らされて完璧にα化したご飯粒のついたお茶碗、ムニエルの油と小麦粉がこびりついて固まったウェッジウッドの大皿、シーザーサラダドレッシングがひからびた青いガラスボールとかが、うらめしそうに台所にうずくまっているのだ。
 青春小説に、彼の下宿に初めて行った彼女が、台所の流しにうず高く積もった食器をかいがいしく洗う、といった場面がでてくる。現実社会では、鷹揚な旦那様とのんびり屋の奥様の家庭で、リビングルームにやたらめったら脱いだ靴下や雑誌や飲みかけのコーヒーカップなどが撒き散らされる。足の踏み場もない状態になり、それでもお互い意地になって片づけず、さらに数日たって、とうとう我慢しきれなくなった旦那様が片づけ始めると、奥様は満面笑みで「私の勝ちね」などとほざくらしい。
 
 しかし私は、突然エプロン持参で無料奉仕にくる彼氏はいないし、もちろん家事サービスも契約していないし、ましてや楽しく我慢比べをする伴侶はいない。だから、夕飯の食器は、夜も翌朝も無視したら、24時間たっても1週間たっても1ヶ月たっても、私が洗わない限り(そして地震が起きない限り)、私が置いたその場所から1mmも動くことなく、やつれたお岩の亡霊のようにずっとそこに沈黙したまま座り続けるのだ。
 ここまで考えると、この絶望的な事実に圧倒されて立ちくらみしそうになり、あああ、やはりさっさと洗ってしまおう、と自分を奮い立たせて洗剤に手を伸ばす。

 既婚の友達が「旦那も子供も出したものを片づけない。片づけてもちがった引き出しに入れる。皆で使う鋏はちゃんといつもの所に置いといてもらわなきゃ困るのに」などと愚痴をこぼす。けれど私としては、いつもの場所から鋏が消えて、隣の引き出しに入っていたりする魔法のような場面に一度くらいは遭遇してみたい気がする。
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by miltlumi | 2010-03-06 22:44 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)

Widow

信じられないのは
ミルトがこの世からいなくなったことではなく
ミルトがこの世からいなくなったというのに、世の中が1mmも変わりなく動いているということ

NHKの7時のニュースは時報通り始まるし
バンクーバーオリンピックの閉会式は行われた

何よりも、この私自身が私自身であり続けていることが信じられない
耐えきれないと思いながらも
きちんとドライヤーで髪を乾かして、駅の階段を踏み外さずに地下鉄に乗って
会議の最中、瞬間的にミルトのことを忘れている

私と一緒にあとに残されたルミは
私が帰宅すると、一人きりでいつものようにしっぽをぶんぶん振りながら出迎えてくれる
14年間連れ添ったミルトの不在を不思議がるでもなく
Widowになったことを理解しているのだろうか

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(手前がルミ、奥がミルトです)

***

ブログを見て、メールを下さった皆様、本当にありがとうございました。
友達は、犬の次にかけがえのない存在です。

 
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by miltlumi | 2010-03-01 23:04 | フォトアルバム | Comments(0)

しあわせになる方法

 しあわせの定義は人によってちがうけれど、一番手軽にしあわせになれる方法。それは「笑う」こと、「微笑む」こと。腹を抱えてゲラゲラ笑うことなんて、そう毎日あるもんじゃないけれど、そこまでしなくても、微笑むだけでいい。かわいい赤ちゃんとか綺麗な花が目の前にないのにただ微笑むなんてできないよ、と思う人は、単に口角を上げるだけでいい。
 10年くらい前、雑誌で「成功するハリウッド女優」みたいな特集があった。そこで大胆に言いきっていたのは「口角が上がっている女優は成功する!」キャメロン・ディアスとかメグ・ライアンとか、ね。(その後メグ・ライアンは、40歳過ぎたのを気にしすぎて整形手術しまくったので、天然口角上がりの幸せを自ら手離したと思う) 
 こんなつまらないことをなぜよく憶えているかというと、ちょうどその頃、まさに「面白くないのに笑えるか」的な鬱モードだったせい。この記事をみて、結構真面目に鏡に向かって口角を上げる練習をした。これは単に筋トレみたいなもんなので、わりと簡単にできる。朝起きたとき、道を歩いているとき、会社でつまんない会議に出ているとき、とにかく思い出すと口角を上げてみる。そのうち、自然といつでも口角が上がるようになる。
 そうすると、同僚から「最近表情が柔らかくなった」と嬉しいことを言われる。さらに不思議なことに、よく道を聞かれるようになった。犬とのんびり散歩しているときはもちろん、オフィス街の真ん中の朝の通勤途上とかでも。きっと「この人ならちゃんと教えてくれそう」と思われたからにちがいないと、これまた嬉しくなる。こんな小さなことが、毎日のささやかな幸せにつながる。

 もう少し上級編。リフトアップ専門のエステティシャンが教えてくれたのだが、元々人間の顔は左右非対称だけど、左側の方がリフトアップしやすく、年を重ねると口元の左側のほうが上がってる人が多い。鏡に向かって自然に微笑んでみると、確かに左の口角のほうが上がりやすい。いつも会う人達の顔を観察してみるといい。
だから、口角を上げる練習をするときは、努めて右側を意識して上げるようにすると、左右対称なきれいな笑顔が作れる。

 歴史に残る元総理大臣(故人)の娘に「口が曲がってるおっさん」呼ばわりされた政治家がいたが、彼は思いっきり右側が上がっている。普通の人と真逆な状態ということは、余程無理な表情を作って人生を渡ってきたのではないかと、ぞっとするような、ちょっと可哀そうな気がする。現政権の中で結構イケメンの前原国土交通相が、発足直後に比べると顔が曲がり始めていて、しかも右側が上がっているように見えるのが、妙に気になる。
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by miltlumi | 2010-02-25 19:18 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)

マウスピースとアートメイク

 歯医者さんに勧められて、マウスピースを作ることにした。奥歯のでこぼこがすり減っていて、睡眠中の歯ぎしりが原因ではないかとのこと。自覚症状はないが、小さい頃から寝言・歯ぎしりは母に指摘されていたので、さもありなん。友達が「安眠できるようになって、もうマウスピース手離せない」と言っていたのも思い出し、型をとった。
 しかし実は、マウスピースがどんな形で何色なのか、全然知らない。プロボクサーが装着する、石膏みたいにがっちり白くてバットマンの歯みたいなやつを想像し、まずいと思った。そんなものが「手離せなく」なったりしたら、旅行の時どうしよう。恋人との部屋付き露天風呂・隠れ家温泉旅館1泊の旅。ゆっくりお湯につかって、地元の山の幸・海の幸に舌鼓を打って、寝しなに「こういうのつけてるからね」と断っても、普段は生活を共にしていない他人。彼が夜中にふと目覚めて寝ぼけ眼で隣の布団を覗いたら、青白く光る歯をにかっと見せながらぎりぎり歯ぎしりする生き物!? 心臓麻痺でも起こされたらそれこそ寝覚めが悪い。絶対まずい。自慢じゃないが、私はその類の旅行中に母とけんかする夢を見て、思いっきり大声で「いい加減にしてよ!!!」と寝言を叫び、相手を飛び上がらせた実績を既に持っているのだ。

 ところで、アートメイクというものがある。化粧に疎い男性向けに説明すると、簡易刺青みたいなもので、眉毛やアイラインにアートメイクを施すと、3・4年は化粧なしで、お風呂で顔を洗っても海に潜ってもいつでもキレイな線が維持される。初めてアートメイクをして、嬉々として女友達に披露したとき、彼女の第一声は「なるほど。それなら朝、化粧せずに新聞取りに外に出ても大丈夫ね」 …あのお、私、露天風呂対策なんですけど。

 当面そのような予定はないものの、そろそろ薄くなってきたアートメイクもやり直そうかなあ、と鏡をみた。最近近視が進んで眼鏡を作ったのだが、少し遠くから裸眼で鏡を見ると、さすがに顔の細部が見えにくい。その時、驚愕の事実に気付いてしまった。近眼なら鏡を近づければ見えるけど、もしも老眼になったら、鏡を近づけたら余計見えない。老眼鏡をかけたら、眉毛やアイラインの化粧ができない。ということは、必然的にアートメイクに頼らざるを得なくなるではないか。アートメイクが中高年女性に人気なのは、露天風呂対策ではなく、老眼鏡対策だったのか… 朝の新聞取りに次ぐ第三のアートメイクニーズに、私はなんだか暗澹たる気持ちになった。

 1週間後に仕上がったマウスピースは、厚さ1.5mm程度、透明なプラスチックが上の歯の高さ2/3程度をかっぽり覆う極めて控えめな姿。同居している犬に向かって「にかっ」と笑ってみたが、彼は何の反応も示さなかった。よかった。これでアートメイクを予約したら、あとは温泉相手を見つけるだけだ。
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by miltlumi | 2010-02-19 19:00 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)

大原麗子シンドローム

 数日前、いつもメールやTwitterでおしゃべりしている女友達からの返事が、少しの間途絶えた。彼女はネット常時接続でPCのそばにいることが多く、旅行嫌い。しかも私から発信したのは彼女が聞きたがってる話題だったので、即レスしてこないはずがない。でも返事がない。どっか出かけてるのかなあ、としばらくそのままにしておいた。12時間たっても返事がない。どうしたのかなあと思い、ふと彼女のブログを覗くと、私に「聞かせて!」とTwitした直後にUPしたきり。毎日律儀にUPしてるから、次のブログはあと6時間後くらいかしら、と自分に言い聞かせる。彼女のブログUPから22時間後、ブログもメールもTwitterも何にも、アクセス形跡ゼロ
 ついに私はメールをだす。「生きてる?ちょっと心配になったんだけど」 一旦メールを発信してしまうと歯止めが効かなくなり、携帯メールはもちろんTwitterにまで「生きてますか!?」公開捜索開始。翌朝までに何にも返事がなかったら、彼女のマンションに行って管理人に掛け合うしかない。最近リフォームしたばかりのおしゃれなタイル床に倒れている彼女の、第一発見者ということになるのだろうか… 不安を抱えたまま眠りにつく。
 翌朝。枕もとに置いた携帯メールには受信なし。コーヒーも淹れないうちにPCをON。受信ボックスに彼女からの返事。はあ~~。よかった。生きてた。「友達と映画見て食事してました」って。そうだよね、人はそんなにカンタンに死んだりしないよね。

 昨年、大原麗子さんが亡くなった時、マスコミは「孤独死」と大仰に書きたてた。「大物女優の寂しい最期」といった過剰にメランコリックな報道には賛否両論あったものの、いずれにしろ女性にとっては、他人事とは思えない出来事だったのではないだろうか。事実、色々な新年会で久しぶりに会う友人が「大原麗子」を話題にしたのは2回や3回ではなかった。
「あれ、まずいよね。頻繁に連絡とりあおうねっ」と“遠くの親戚より近くの他人”を再確認しあうご近所の友達。
「どうせダンナは先に死んじゃうんだから、最後頼りになるのは女友達」と冷静に将来を見据えている、マンモス系銀行員の妻。
「孤独死っていうのは失礼だと思う。死んだらおしまいなんだし、大騒ぎすることないじゃん」というHere and now型マンモス系女性、パンパース経験あり。
「やっぱり健康が一番。80になっても皆で遊ぼうね」というのは医者の妻(でも干し肉作りが苦手ゆえ金融業界でマンモス狩ってるツワモノ)。
 私は、できれば誰かに看取られて死に、お葬式にはたくさんの人に来ていただきたい。だから、という打算的な意味ではないが、友達は何より大切。24時間音信不通事件(?)が起きれば、最悪の事態に備えてスタンバイをかける。

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by miltlumi | 2010-02-12 18:01 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)