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バリ旅行記-青い鳥

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 「ほら、あそこ、青い鳥が飛んでいます」

 朝食のテーブルごしに、Taekoさんが声を上げる。チェックインのときから丁寧にサポートをしてくれている、ホテル唯一の日本人従業員。黒土色のバリコーヒーと、やはり独特の風味を持つバリティーのポットを両手に持って、夫々を注いでくれたときだった。
 もう幾度となく見遥かしている棚田に視線を投げると、点のような鳥がちょうど木の枝にとまった。ここぞとばかりに光学24倍のカメラをズームアップさせる。わお、本当に鮮やかに真っ青な鳥。ぶれないよう慎重にシャッターを切る。

 「カワセミの一種らしいんですけど、たまに飛んでるんです。私があの鳥を見て喜んでいると、こちらの人はなんのことかときょとんとしていて、ちょっと寂しい思いをするんですけどね」
 よほど強力なSPF化粧品をつけているのか、バリに似つかわしくない白くて滑らかな肌を輝かせながら、Taekoさんが続ける。言われて初めて、それが「青い鳥」であることに気づいた。

 見つけようとしても見つからない。
 追いかけようとすると逃げる。
 探そうとあせってはいけない。
 ゆったりと待つ、ことさえ、多分、いらない。

 「君が自由だと思えばもう君は自由なんだ」
 バリに持って行った本の1冊、リチャード・バックの「イリュージョン」に出てくるお気に入りの台詞。
「自由」のところを好きに置き換えてみる。「幸せ」でも「愛されている」でも。

 チェックアウトの最後まで見送ってくれたTaekoさんの言葉が忘れられない。
 「着かれた夜は厳しい顔をなさっていたけど、だいぶ表情がほぐれましたね」
 
 バリの青い鳥。東京まで持って帰って来られただろうか。
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by miltlumi | 2011-02-08 09:25 | Vacation in Bali | Comments(1)

バリ旅行記-路地

a0165235_22321191.jpg ウブドにあるホテルに到着したのは、夜8時近くだった。窓ガラスのない吹き抜けのフロントの建物を出ると、もうそこは点々と続く足元灯以外、真っ暗な熱帯の夜。案内人のあとを必死で追って、両側にほの白い壁が迫る細い路地を右に左に曲がり、ようやくヴィラにたどり着く。

 翌朝。明るい日差しの下でもやっぱり迷路のような細い路地が、しっとりと苔むしている。オープンして5年もたっていないホテルなのに、と思いかけて、ここが2期作・3期作が当たり前のウブドであることを思い出す。バリでは、日本みたいに千代も八千代も待つことなく苔むしてしまうのだ、きっと。
 
 勇んで繰り出した町も、メインストリートから一歩入れば、人が2人ようやく並んで通れるくらいの路地だらけだった。舗装されていない、いかにも肥沃そうな黒土の泥道を、ひと抱えもある果物籠を器用に頭に乗せた女たちがまっすぐに歩いて行く。
a0165235_22344736.jpg もう少し広い(といっても3人並べるくらいの幅の)路地は、バイクに乗った子供達の通路になっていた。礼儀正しく、曲がり角ではクラクションをならす。
 小さなお祝事があるのか、民家の門の上にチャナンが多めに供えられ、玄関の奥には七夕のような華やかな飾りが見える。どこからともなく漂ってくる夕餉の香りは、さすがにお味噌汁のそれではなくエスニック調だった。
 ウブドで一番の目抜き通り、Raya・Ubud通りから歩いて徒歩3分。あっけないほどに、観光ムードから切り離された日常空間。

 ある高名な地球物理学者によると、地球本来が持つ物質循環メカニズムの速度を異常に速めることによって、人類の繁栄がもたらされているという。例えば、日本とオーストラリアはプレート運動の結果数千万年かけてようやくぶつかるのに、飛行機はそれを何千万倍も速める。太古の昔、人類と地球の速度が一緒だった頃、ポリネシアの人々は何万年もかけて徐々に、舟と徒歩でマレー半島からアジアを経由して日本列島にたどり着いた。
 それが今、成田からデンパサールまで7時間半。地球システムから見ると、異常としかいいようのない速さ。

 それでもやはり、人間が本来持つ速さは太古の昔と変わっていない。クルマの入れない路地を見つけるとほっとする。生来の移動手段で、気の赴くまま散策する。
 そういえば、パリでもローマでも京都でも、車が入ってこられない路地を好んで歩いた。その町を肌で感じるには、路地を歩くのが一番いい。
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by miltlumi | 2011-02-05 22:37 | Vacation in Bali | Comments(0)

バリ旅行記-日本語ガイドによる詳細なヒンドゥー教の説明(下)

(上)はこちら。。。

 もっと驚いたことには、子供たちは学校が終わった後、ガムランやバリ舞踊、絵画の専門学校に通うということ。日本で言えば「お稽古事」に、伝統文化がしっかり組み込まれている。
 能や歌舞伎に笙・篳篥とまではいかなくとも、日本舞踊やお琴や尺八の教室に、どれだけの子供が通っているだろう。なぜピアノやフルートやバレエ、あるいはフラダンスばかりが人気なのだろう。
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 かくいう私も、目の動きや指の反りが独特なバリ舞踊に魅了され、日本に帰ったらレッスン教室を探してみよう、と思ってしまった。祖母から受け継いだ琴は、実家に置いたままになっているというのに。 
 「舞踊とかは、子供の頃から習わないとできないのかしら」
 自信なげに尋ねた私に、ガイドはきっぱりと言った。
 「いえ、できます。なんでもやろうと頑張れば、できます。努力すれば、できます」

 そして、さらにバリの底力を痛感させられたのは、私立の小学校では日本語や英語を教えているという話を聞いた時。
 「バリは観光でもってますから、言葉たいせつ。この島で生活するには、言葉を学ばないといけない。私も日本語3年習ってますが、まだまだ。東京、一度行ってみたい。憧れてます」
 観光疲れも手伝って、こちらがうとうとしているというのに、語尾に「っ」をつける特徴のあるインドネシア語訛りで歯切れよい日本語を、彼が次々しゃべり続けるのは、歩合制のガイドにとって日本語の実地訓練をするまたとないチャンスだから。
 バリに来た日本人観光客と友達になって、メールのやりとりもしているという。
 「日本語のいい勉強になるね」

 日本の小学校での英語教育をめぐって、語学を始めるのは早ければ早い方がいいという友人に、日本語もろくにできないうちに英語を教えるのはいかがなものか、と議論したことがある。英語をいつ始めるか、ではなく、英語と一緒に何を学ぶか、ということをお互い見落としていたのだ。
 バリの子供たちは、バリの宗教や文化をみっちり学ぶからこそ、外国語を(生活の手段として)抵抗なく受け入れつつも(日本を含む)西欧文化に盲従することなく、祭りの日には白いターバンを巻いて祖先を敬うことができるのか。

 愛想のいいガイドに、つい私のメールアドレスも教えようかと思いかけて、踏みとどまった。彼と異文化交流をするには、まだ私には日本の知識もバリの経験も少なすぎる。
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by miltlumi | 2011-02-04 17:10 | Vacation in Bali | Comments(0)

バリ旅行記-日本語ガイドによる詳細なヒンドゥー教の説明(上)

a0165235_972826.jpg 今回、フライトとホテルのJTBパッケージを利用したおかげで、空港とホテルの行き帰りは日本語の達者なインドネシア人ガイドが随行してくれた。

 空港からクタのあたりまでは都会的な街並みが続くが、そこから先は道路脇の店もまばらになり、街灯のない暗さが鬱蒼としたジャングルを予感させる。でも目を凝らすと、無数の石像が並んでいる一画が、そこここにある。
 「石像は売っているんですか?」
 スパルタという、なぜかギリシャ風の名前のガイドの背中に尋ねた。普通の人が、庭に置くために買って行くという。家に置かれれば普通の装飾品。でも寺院に置かれれば、お坊さんが魂を入れるから神様になる。見れば、石像屋さんだけでなく、ヒンドゥー寺院の特徴である複雑な彫刻が施された割れ門が、暗闇にそびえている。
 ヒンドゥー教は仏教ととても近しくて、ブラフマ(創造)・ヴィシュヌ(維持)・シヴァ(破壊)の神が三位一体を成すとともに、仏陀もいるそうだ。人間は神にはなれないが、仏陀にはなれる。仏教の教えそのもの。
 うかつにも忘れていたが、イスラム教を国教とするインドネシアの中で、バリ島だけはヒンドゥー教を信仰する特別な島。スパルタさんの流暢な日本語に、バリは特別、という誇らしさが交じる。

 帰りがけのガイドは、スパルタさんに比べると日本語がカタコトっぽかった。
 ヒンドゥー教の寺院には3つの種類があり、ファミリーが属する寺院(菩提寺、ですね)、村を守る寺院、そしてヒンドゥー神自体を祀る寺院。人々は毎日神様に祈りを捧げる。
a0165235_965347.jpg 10cm角の小さな籠に花と草と食べ物を乗せたチャナン(供物)が、寺院はもちろん、家や店の軒先、私たちのヴィラの門前にまで、毎朝供えられていた。足元に注意を払わずに歩いていて、間違えて花をけちらしてしまうと、なんとも罪深い気持ちになった。ヒンドゥーの神様、ごめんなさい。

 村ごとの祭りは年に2回あり、時期もやり方も村独自、他の人にはわからない。サレン・アグン宮殿の隣で出くわした祭りには、男たちは皆簡単な白いターバンのようなものを巻きつけていた。きっとあれが村祭りの主人公である印だろう。
 村人たちは皆、若い人もちゃんと参加する。強制ではないが、祭りに参加しないと悪いことが起こるような気がする。「気持ちの問題、ね」とガイドが笑う。

 その裏には、小学校からの宗教の授業がある。学校でちゃんとヒンドゥー教を教えている。勉強しないと落第する。キリスト教的・西欧資本主義的な情報過多の現代社会にあっては、やはり宗教は小さい頃からちゃんと教育することによってのみ、ようやく人々の価値観として根付くのだろう。
                               ・・・(続く)
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by miltlumi | 2011-02-03 09:10 | Vacation in Bali | Comments(0)

最大幸福社会の実現を目指して

 旅行中TVも新聞も見なかったから、世の中の動きについていっていなかった。月曜日からようやく日経の配達を復活させ、いつものように通勤電車の中で朝刊を開く。
 一番びっくりしたのは、エジプトの厳戒態勢(インドネシアでなくてよかった)でもNECとレノボの合弁(S社もこのくらい大胆な発想すればいいのに)でもなく、ダボス会議における管首相の「最小不幸社会」発言。

 政治経済は得意でないから、背景や経緯をちゃんと理解しないままの浅墓な発言をお許し願いたいが、民主党政権発足間もなく、この単語が飛び出した時には耳を疑った。世界でも有数の「豊かな国」であるわがニッポン国の宰相が、キーワードに「不幸」を入れるか!? そもそも、何を好き好んでこのようなネガティブな言葉を使うのか。
 どうせなら「幸福」を「最大化」するって言えばいいんじゃないの? コップに半分入った水を「半分しかない」と見るか「半分もある」と見るか、というのは有名な心理テストだが、前者のようなペシミスティックな(いい言い方をすれば慎重な)考え方は、常にリスクヘッジを考慮せねばならない金融業界の人間がとるべきものだと思っていた。
 それが、1億2000万人の迷える国民を導くべき一国一城の主が、何をそんなにへっぴり腰に。もっと前向きに、将来を切り開くビジョンを打ち出せないのか。
 大体、日本人のくせに、ましてや政治家のくせに、言霊という大切な概念を知らないのかしら。天照大神の耳が遠くなっていて、「不幸」しか、あるいは「最小」しか聞きとれなかったら、どうすんのよ、アンタ。「そうか、大和民族は近頃不幸を所望しておるか」なんて思われた日にゃあ、取り返しがつかないよ。
 と1人で憤っていたら、じきにこの言葉が聞かれなくなった。さすがに良識ある民主党ブレインが存在していて、殿にご衷心したのだろうと胸をなでおろしていた。

 ところが。
 こともあろうに世界経済フォーラムでぶち上げるなんて。昔エラい人の鞄持ちでダボスに行ったことがあるけれど、あの会議は、地球を動かしている(と自負している)政財界のおじさん達が集って、自国(自社)の権益や威信・覇権(いかにもマンモス狩りチック)をどう維持拡大するか、権謀術数が渦巻く修羅場なのだ。それを取り囲むメディアも、公式・非公式の場での彼らの発言を鵜の目鷹の目で狙っている。おいそれと不用意な言葉は放てない。コトバの戦争なのだ。
 なのに、「最小不幸社会」なんて、最低にえんがちょな言葉。英語でなんて言うのよ、とググってみたら、BBCの記事にA society with a minimum level of unhappinessと訳されていた。Jesus Christ。
 
 夕方、久しぶりに証券会社の営業のお兄さんとおしゃべりしたら、さかんにインドネシア株の投資信託を勧められた。確かに、バリの人達はみな幸福そうな笑顔だった。今度から投資のリスクヘッジ指標に国民の笑顔度合いを加えるのがいいかもしれない。
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by miltlumi | 2011-02-02 11:30 | マンモス系の生態 | Comments(4)

バリ旅行記-Bali Coffeeは黒土の味

 元来保守的な性格なので、異国の地でも朝食だけはいつもと同じもの、つまりパンとコーヒーを摂らないと落ち着かない。かくしてNYでシリアルを食べることも、上海でお粥を食べることも、クアラルンプールでヌードルを食べることもなかった。

a0165235_1151325.jpg ウブドのホテルの朝食メニューに、コンチネンタル・アメリカンからクロワッサンサンド、イングリッシュマフィンにエッグベネディクトのみならず、インドネシアン(お粥・ナシゴレン・ミーゴレンの3択)に和食まで見つけたときは、んー、さすが年間100万人の観光客が訪れる世界的名所、とうなってしまった。
 もちろん迷わずアメリカンを注文する。卵料理は当然オムレツ。その焼き具合でシェフの腕がわかるというもの。完璧なアーモンド形で、中はふんわりとろーりかなあ。                  <朝食のテーブルに、朝露が光るスプラウト>

 とりあえずサーブされたコーヒーの横にミルクがない。ウェイトレスに頼むと、「低脂肪乳」みたいな曖昧な白色の液体がNarumiのミルクピッチャーで運ばれてくる。ふうん。ヒンドゥー教は牛食べないもんね。牛乳も飲まないのかしら。
 そもそもコーヒー自体がカップになみなみと注がれていて、ミルクの入る余地がない。それでも強引に流し入れ、一口飲んでびっくり。まずい。濃いわけではないのに、苦いというか、眼前に広がる棚田で鋤き返されている黒土みたい。うむむ。

 その後出てきたパンは、食パン・全粒粉パンにミニマフィンとレーズンペイストリーという、完璧なコンビネーション。さらにオムレツは、ハムとピーマンとマッシュルームのみじん切り入りの見事な出来栄えだったから、それらとの対比という点でも、コーヒーは「?」マーク。それでも1杯目を飲み干すと、カップの下のほうに、本当に黒土みたいなコーヒーの粉が沈んでいる。むむむ。

 翌朝。それでもしつこくコーヒーとアメリカンブレックファーストを注文する。スクランブルエッグを頼んだら、例の薄白いミルクを入れたせいか、ぼやぼやとした味だった。そしてコーヒー。やっぱりミルクは頼まないと出てこないので、とりあえずブラックで飲んでみる。
 あれ、わりと美味しいかも。苦みも慣れればどうってことはなく。コクがありすぎてしつこいより、あっさりしていてさらりと飲める。

 3日目。もうミルクがないことにも驚かず、淡々と「Milk, please.」と微笑む。美味しい。味覚というものは恐ろしい。3日で慣れる。
 ウブドの町で最後のショッピング。スーパーマーケットでBali Coffeeを見つけ、迷わずかごに放り込んだ。帰りがけのタクシーでガイドについ「ジャワコーヒー」と言ったら、きっぱりと「バリコーヒーはジャワコーヒーとは違います」と言われた。

 帰国した翌朝、Bali Coffeeを淹れてみた。きめの細かい、やっぱり黒土みたいな粉末。外は1℃近くまで下がった真冬の東京に、Baliのオープンテラスの風が流れたような気がした。
    
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by miltlumi | 2011-02-01 11:55 | Vacation in Bali | Comments(0)

バリ旅行記-熱帯のスコール

 ワルンを出て、夕飯の後のデザートを食べようとカフェに立ち寄る。
 道路側に長くシェードを突き出した2階の窓側、いかにもバリ風にたくさん置かれたクッションに身を沈めると、期待通りの土砂降り。

 出発前、インターネットの天気予報で見事に並んだ雨マーク。はずれることを祈りながらも、期待に似た覚悟をしていた。熱帯のスコール。
 だから、夜のアスファルトにたたきつけるように降る雨に、思わずわくわくして身を乗り出した。
厚い雲の向こうから空一面を揺るがす稲妻と、その直後に響き渡る雷は、宗達の風神・雷神図を思い起こさせる。そういえば、あの風神の顔は、バリのバロンにとてもよく似ている。

 店の軒先に駆け込む、ランニングとショートパンツ姿の金髪の観光客。
さっきまで道端で「タクシー?」を連呼していた無免許のドライバー達は、とうの昔に姿を隠してどこかで雨宿り。
 ああ、なるほどそうか、と思う。もう、人間はなす術もなく待つしかない。ただこの神の饗宴が鎮まるのを待つだけ。自然崇拝、と言ってしまうと平べったくなってしまうけれど、この激しい雨に、自然の偉大さを感じない人間はいないだろう。そしてそれは、私たちに敵対するのではなく、稲に実りをもたらしてくれる。
 だから、人々は黙って、空を見上げながら、待つ。自然は征服すべきもの、と考えていた西洋人との根本的なちがい。アジア人にとっての自然は、共生するもの。自然は、神そのもの。

 ふと店内に目をやると、こんな気持ちのいい雨がこんなに大きな音を立てて降っているのを知ってa0165235_924885.jpgか知らずか、アメリカ西海岸風な痩せた男性が大きなMacの画面にくぎ付けになっている。その横のテーブルでは、ドイツ人のようにでっぷりと太った中年女性が、ハンドヘルド型のPCのキーボードを慎重にたたいている。
 私たちの目の前には、ベルギー製と見紛うばかりの完璧なチョコレートムースケーキと、ちょっと目の粗いラズベリーチーズケーキが並んでいる。

 雨は一層強く、暗い道を滝のように流れていく。                  
                             <翌朝は晴天、雨で潤った棚田がきれいでした>
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by miltlumi | 2011-01-31 09:08 | Vacation in Bali | Comments(0)

バリ旅行記-バリのみどり

 「バリと言えば?」と自分に問いかけて最初に思い浮かぶのは、Puri Lukisan美術館の庭の緑。圧倒的だった。むせかえるようだった。絶対的に空気が濃い、と感じた。それはそうだろう。これだけ緑が繁茂しているのだから。

 ちょっと押され気味に、負けそうになる。まだ身体がついていけていない。少しずつ馴染まないと、本当に圧倒されてしまう。大丈夫。落ち着いて。静かに深呼吸する。
 蒸し暑いだけ、と思ってしまえばそれまでだけれど、これは明らかにバリの神様の独特のおもてなし。「気」を感じる。

 沖縄の斎場御獄を訪れた後、ものすごく眠たくなったときの感じと通じるものがある。

 展示室には誰もいない。100年近く前の、やはり圧倒的な緑が、なぜかダークな色調で綿密に描かれている。そこには常に、活発に動いている人や動物や神が共にある。みんなみんな自然の一部ですよ、と、そう物語っている。
 そういえば、ユトリロの絵には決して人間が描かれていなかった。窓さえ開いていないのが、精神を病んだ彼の絵の特徴だった。ゴーギャンみたいに、南の島に移住すればよかったのに。

 美術館を出ると、木琴の単調な調べがしじまを破る。ドレミファソラシドと♯・♭だけでは表現し尽くせないバリの音色。無限の濃淡を織りなす緑の木々に似ていた。
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by miltlumi | 2011-01-30 13:21 | Vacation in Bali | Comments(0)

バリ旅行記-短すぎた真冬の夏休み

a0165235_1642454.jpg初めてのバリ。初めてのウブド。
ほんの3日半、瞬く間のバケーション。

アジアの町を散策したのも、生まれて初めて。
多分、奥が深い。

まだ入り口に立ったばかり。
次はいつ行こう。a0165235_16424547.jpga0165235_16473034.jpg
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by miltlumi | 2011-01-29 16:56 | Vacation in Bali | Comments(0)