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2013夏・ガムラン@新宿

 芸能山城組のケチャ祭りに行った。二年半前にウブドで初めてガムランとレゴンダンスを観て以来、あの独特の響きと指先や目線にまで神経を届かせた複雑な動きにすっかり魅了されているのだが、それを新宿で無料で体験できるというので、すごく楽しみだった。

 ジェゴグ(竹でできた木琴のような楽器)の手ほどき、山城組の十八番のグルジア男声合唱・ブルガリア女声合唱に続き、ようやく舞台にガムランの楽器が次々運び込まれてくる。ウブドと同じ、複雑な曲線模様を施した赤と金の楽器。白と黒のギンガムチェックの布で覆った太鼓。
 ところが、おもむろに登場した肝心の奏者は、もろにジャパニーズなハッピ姿。しかもなぜか、ボール紙に螺旋の切れ目を入れて立体状にした帽子をかぶっている。町内の七夕祭りで笹の葉に飾られるようなシロモノ。ちょっと興醒めだなあ、と思いながら、最初の音が鳴る瞬間を待つ。

 カーン。来た。鋭い金属音なのに、なぜか耳をつんざくキツさがない。何人もの奏者が奏でる音が重なり合って、速く遅く、高く高く(ガムランにはコントラバスのような低音のイメージがない)、まさに天に向かって神に奉げられるようだ。
 思わず空を見上げると、ウブドの漆黒の闇の代わりに、暮れなずむ空に屹立する新宿副都心の高層ビル。舞台の反対側には、素足に短パン姿で一眼レフカメラを構える西欧人観光客の代わりに、仕事帰りとおぼしきワイシャツの襟元を開いたおじさんたち。不思議な気分。

 もう一度舞台に視線を戻して、風景やギャラリー以上に決定的なウブドとの違いに気づいた。奏者たちが互いの顔を見合いながら演奏しているのである。譜面も指揮者もコンサートマスターもないガムランは、お互いがお互いの音色に合わせながら一つの音楽を創り上げていく。この楽器のリズムに合わせて、とか、あの楽器があのフレーズを叩いたら、いうふうに、キューを出しあっているのだろう。いかにも皆で支え合いながら合奏をしている光景は、それはそれで微笑ましい。
 しかし、私が記憶している限り、ウブドのガムラン奏者はお互いの顔など見合わせていなかった。ひたすら宙を、あるいは自分の手元を見ながら、それでもぴったりと息が合っている。たまに、自分のパートが休みの時に観客席を見回す余裕をかます人もいる。それでも、タイミングがくれば、ぴっと弾かれたようにカナヅチのようなバチを滑らせ始める。
 踊り手も、瞳を左右に動かすバリ舞踊独特の視線とは明らかに異なる、隣で踊るパートナーの動きを確かめるための横目線が何度か見受けられた。
 やはり年季のちがいか。生まれたときからガムランを聞いて育ち、ヒンドゥー教がすっかり日常に溶け込んでいる。最初に観たガムランの観客はたった四人だったけれど、その五倍以上いる奏者たちは、興行料を気にする様子もなく美しい音色を聴かせてくれた。彼らにとっての演奏は、観光客のため以前に、神様に奉げる祈りなのだ。

 それでもやはり、ひとつのものをみんなで創り上げて行く現場を自分自身の目と耳で体験し、その時間と空間を共有する醍醐味は何物にも代え難い。心配された夕立はなく、ビルの谷間を時折涼風が吹き抜けていく。
 第二部は、紺のハッピから臙脂色のバリ風の制服に替わった。目を閉じて、ウブドの空気と香りを思い起こす。耳に響くガムランは、本場よりもほんの少しお行儀がよくて整った感じがした。
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by miltlumi | 2013-08-02 12:00 | Ubud in 2013 | Comments(0)

ウブド・三夕(さんせき)

2年ぶりのウブド。
街の中心から少し離れたサヤン通りからアユン川までの広大な敷地に立つホテル。
ガラス張りのベッドルームからは、渓谷をはさんで向こう岸の崖に生い茂る熱帯の木々を見晴るかす。

雨季の今、毎日3時を過ぎると青空が曇り始め、4時過ぎには必ず雨が降った。
大粒のときもあれば小粒の時もあり、ぽつんぽつんのときもあればざざざぁ~の時もあり、
でも7時前にはだいたい小降りになって、向こう岸の空が茜色に染まる。

4日間のうち、3日間はそうした夕焼けに出会った。
毎日、同じ時間。毎日、ちがう雲。ちがう赤、ちがう青。やがて漆黒の闇。
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1月20日
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1月21日
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1月22日
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by miltlumi | 2013-01-27 20:34 | Ubud in 2013 | Comments(2)

バリ旅行記-青い鳥

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 「ほら、あそこ、青い鳥が飛んでいます」

 朝食のテーブルごしに、Taekoさんが声を上げる。チェックインのときから丁寧にサポートをしてくれている、ホテル唯一の日本人従業員。黒土色のバリコーヒーと、やはり独特の風味を持つバリティーのポットを両手に持って、夫々を注いでくれたときだった。
 もう幾度となく見遥かしている棚田に視線を投げると、点のような鳥がちょうど木の枝にとまった。ここぞとばかりに光学24倍のカメラをズームアップさせる。わお、本当に鮮やかに真っ青な鳥。ぶれないよう慎重にシャッターを切る。

 「カワセミの一種らしいんですけど、たまに飛んでるんです。私があの鳥を見て喜んでいると、こちらの人はなんのことかときょとんとしていて、ちょっと寂しい思いをするんですけどね」
 よほど強力なSPF化粧品をつけているのか、バリに似つかわしくない白くて滑らかな肌を輝かせながら、Taekoさんが続ける。言われて初めて、それが「青い鳥」であることに気づいた。

 見つけようとしても見つからない。
 追いかけようとすると逃げる。
 探そうとあせってはいけない。
 ゆったりと待つ、ことさえ、多分、いらない。

 「君が自由だと思えばもう君は自由なんだ」
 バリに持って行った本の1冊、リチャード・バックの「イリュージョン」に出てくるお気に入りの台詞。
「自由」のところを好きに置き換えてみる。「幸せ」でも「愛されている」でも。

 チェックアウトの最後まで見送ってくれたTaekoさんの言葉が忘れられない。
 「着かれた夜は厳しい顔をなさっていたけど、だいぶ表情がほぐれましたね」
 
 バリの青い鳥。東京まで持って帰って来られただろうか。
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by miltlumi | 2011-02-08 09:25 | Vacation in Bali | Comments(1)

バリ旅行記-魅惑のバリ舞踊(上)

a0165235_95477.jpg バリに来たからにはやっぱりバリ舞踊、ということで、スコールを心配しながら、曜日毎にそこここの会場で開催されているプログラムに目を通す。水曜夜7時半からのヤマサリグループ。ガムラン楽隊の実力に定評とのこと。町の中心からはちょっと離れているけれど、きっとタクシーを拾えるだろう。
 当日の朝、市場の向かいにあるインフォメーションセンターでチケットを買う。開演30分前にセンターから無料送迎があるらしい。ラッキー。人気の演目は早目に行かないといい席がとれないとガイドブックに書いてあるけど、まあいいか。

 7時10分前にセンターに赴く。送迎バスらしきものはもちろん、お客もいない。カウンターで聞くと、「そこで待ってて」と指差した目の前のソファには、イギリス人らしい痩せぎすの初老の紳士が1人。
a0165235_9563714.jpg 予想していたことだが、7時を10分過ぎても送迎の動きは全く生じない。隣のイギリス紳士がだんだんいらだってくるのがわかる。7時15分。彼が立ち上がる。カウンターのお姉さんはひとかけらの罪の意識もなく、バスは「On the way」と繰り返す。

 あと数分で7時半、というときに、グリーンの制服に帽子をかぶった小柄な男性が突然現れ、「ヤマサリ?」と叫ぶ。立ち上がった3名が足早について行く。待っていたのは、バスどころかドライバーを除くと定員ぴったり3名の小さなジープ。
 ラヤ・ウブド通りをがたごと進み、アルジュナ像の交差点で右折。え、ヤマサリ・ステージは左折じゃないの? 連れが不安げに尋ねるが、ドライバーは動じず。

 しばらく走ると、ほっとしたことに「ヤマサリ」の看板のある寺院の門へ。そこを入ると、江の島の海の家に置いてありそうな安直な白いデッキチェアが1列、10脚。…観客は私たちだけ? 
 「大丈夫か、これ」と連れがますます不安げな声を出すが、もうど真ん中の特等席に座るしかない。その後かろうじて一人増えて、観客は総勢4名。

a0165235_101559.jpg 定刻を数分回ったところで、グリーンの制服に身を包んだガムラン隊が定位置に着き始める。私たちを迎えに来たおじさんも、太鼓を抱える。「手作り感覚、ね」と隣にささやく。
 と、突然きらきらした音が鳴り始める。鍵盤10個だけのカンティラン、ウガル(鉄琴)に打楽器だけで、これほどきらびやかな調べを奏でられるものなのか。ウガル担当は織田裕二を野性的にしたようななかなかの二枚目。金槌のような道具を時折空中でくるりと回し、(鉄板焼きレストランの)ベニバナばりのパフォーマンス。

 ペンデット(ウェルカムダンス)の踊り手5人が登場すると、4本の指を反り返らせ、首を左右に平行移動させ、くっきりとアイライナー・アイシャドーの入った瞳を左右に動かす、その独特の動きに目が釘付けになる。無謀と知りながら、つい一緒に身体を動かしたくなる。
 レゴン・ダンスでは、まだ10歳にもならないような少女が、先の5人とおんなじ化粧をして、「おしゃまさんね」なんてちゃかすのも憚られるほど本格的なパフォーマンスを演じる。
                                      ・・・(続く)
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by miltlumi | 2011-02-06 10:05 | Vacation in Bali | Comments(0)

バリ旅行記-路地

a0165235_22321191.jpg ウブドにあるホテルに到着したのは、夜8時近くだった。窓ガラスのない吹き抜けのフロントの建物を出ると、もうそこは点々と続く足元灯以外、真っ暗な熱帯の夜。案内人のあとを必死で追って、両側にほの白い壁が迫る細い路地を右に左に曲がり、ようやくヴィラにたどり着く。

 翌朝。明るい日差しの下でもやっぱり迷路のような細い路地が、しっとりと苔むしている。オープンして5年もたっていないホテルなのに、と思いかけて、ここが2期作・3期作が当たり前のウブドであることを思い出す。バリでは、日本みたいに千代も八千代も待つことなく苔むしてしまうのだ、きっと。
 
 勇んで繰り出した町も、メインストリートから一歩入れば、人が2人ようやく並んで通れるくらいの路地だらけだった。舗装されていない、いかにも肥沃そうな黒土の泥道を、ひと抱えもある果物籠を器用に頭に乗せた女たちがまっすぐに歩いて行く。
a0165235_22344736.jpg もう少し広い(といっても3人並べるくらいの幅の)路地は、バイクに乗った子供達の通路になっていた。礼儀正しく、曲がり角ではクラクションをならす。
 小さなお祝事があるのか、民家の門の上にチャナンが多めに供えられ、玄関の奥には七夕のような華やかな飾りが見える。どこからともなく漂ってくる夕餉の香りは、さすがにお味噌汁のそれではなくエスニック調だった。
 ウブドで一番の目抜き通り、Raya・Ubud通りから歩いて徒歩3分。あっけないほどに、観光ムードから切り離された日常空間。

 ある高名な地球物理学者によると、地球本来が持つ物質循環メカニズムの速度を異常に速めることによって、人類の繁栄がもたらされているという。例えば、日本とオーストラリアはプレート運動の結果数千万年かけてようやくぶつかるのに、飛行機はそれを何千万倍も速める。太古の昔、人類と地球の速度が一緒だった頃、ポリネシアの人々は何万年もかけて徐々に、舟と徒歩でマレー半島からアジアを経由して日本列島にたどり着いた。
 それが今、成田からデンパサールまで7時間半。地球システムから見ると、異常としかいいようのない速さ。

 それでもやはり、人間が本来持つ速さは太古の昔と変わっていない。クルマの入れない路地を見つけるとほっとする。生来の移動手段で、気の赴くまま散策する。
 そういえば、パリでもローマでも京都でも、車が入ってこられない路地を好んで歩いた。その町を肌で感じるには、路地を歩くのが一番いい。
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by miltlumi | 2011-02-05 22:37 | Vacation in Bali | Comments(0)

バリ旅行記-日本語ガイドによる詳細なヒンドゥー教の説明(下)

(上)はこちら。。。

 もっと驚いたことには、子供たちは学校が終わった後、ガムランやバリ舞踊、絵画の専門学校に通うということ。日本で言えば「お稽古事」に、伝統文化がしっかり組み込まれている。
 能や歌舞伎に笙・篳篥とまではいかなくとも、日本舞踊やお琴や尺八の教室に、どれだけの子供が通っているだろう。なぜピアノやフルートやバレエ、あるいはフラダンスばかりが人気なのだろう。
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 かくいう私も、目の動きや指の反りが独特なバリ舞踊に魅了され、日本に帰ったらレッスン教室を探してみよう、と思ってしまった。祖母から受け継いだ琴は、実家に置いたままになっているというのに。 
 「舞踊とかは、子供の頃から習わないとできないのかしら」
 自信なげに尋ねた私に、ガイドはきっぱりと言った。
 「いえ、できます。なんでもやろうと頑張れば、できます。努力すれば、できます」

 そして、さらにバリの底力を痛感させられたのは、私立の小学校では日本語や英語を教えているという話を聞いた時。
 「バリは観光でもってますから、言葉たいせつ。この島で生活するには、言葉を学ばないといけない。私も日本語3年習ってますが、まだまだ。東京、一度行ってみたい。憧れてます」
 観光疲れも手伝って、こちらがうとうとしているというのに、語尾に「っ」をつける特徴のあるインドネシア語訛りで歯切れよい日本語を、彼が次々しゃべり続けるのは、歩合制のガイドにとって日本語の実地訓練をするまたとないチャンスだから。
 バリに来た日本人観光客と友達になって、メールのやりとりもしているという。
 「日本語のいい勉強になるね」

 日本の小学校での英語教育をめぐって、語学を始めるのは早ければ早い方がいいという友人に、日本語もろくにできないうちに英語を教えるのはいかがなものか、と議論したことがある。英語をいつ始めるか、ではなく、英語と一緒に何を学ぶか、ということをお互い見落としていたのだ。
 バリの子供たちは、バリの宗教や文化をみっちり学ぶからこそ、外国語を(生活の手段として)抵抗なく受け入れつつも(日本を含む)西欧文化に盲従することなく、祭りの日には白いターバンを巻いて祖先を敬うことができるのか。

 愛想のいいガイドに、つい私のメールアドレスも教えようかと思いかけて、踏みとどまった。彼と異文化交流をするには、まだ私には日本の知識もバリの経験も少なすぎる。
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by miltlumi | 2011-02-04 17:10 | Vacation in Bali | Comments(0)

バリ旅行記-日本語ガイドによる詳細なヒンドゥー教の説明(上)

a0165235_972826.jpg 今回、フライトとホテルのJTBパッケージを利用したおかげで、空港とホテルの行き帰りは日本語の達者なインドネシア人ガイドが随行してくれた。

 空港からクタのあたりまでは都会的な街並みが続くが、そこから先は道路脇の店もまばらになり、街灯のない暗さが鬱蒼としたジャングルを予感させる。でも目を凝らすと、無数の石像が並んでいる一画が、そこここにある。
 「石像は売っているんですか?」
 スパルタという、なぜかギリシャ風の名前のガイドの背中に尋ねた。普通の人が、庭に置くために買って行くという。家に置かれれば普通の装飾品。でも寺院に置かれれば、お坊さんが魂を入れるから神様になる。見れば、石像屋さんだけでなく、ヒンドゥー寺院の特徴である複雑な彫刻が施された割れ門が、暗闇にそびえている。
 ヒンドゥー教は仏教ととても近しくて、ブラフマ(創造)・ヴィシュヌ(維持)・シヴァ(破壊)の神が三位一体を成すとともに、仏陀もいるそうだ。人間は神にはなれないが、仏陀にはなれる。仏教の教えそのもの。
 うかつにも忘れていたが、イスラム教を国教とするインドネシアの中で、バリ島だけはヒンドゥー教を信仰する特別な島。スパルタさんの流暢な日本語に、バリは特別、という誇らしさが交じる。

 帰りがけのガイドは、スパルタさんに比べると日本語がカタコトっぽかった。
 ヒンドゥー教の寺院には3つの種類があり、ファミリーが属する寺院(菩提寺、ですね)、村を守る寺院、そしてヒンドゥー神自体を祀る寺院。人々は毎日神様に祈りを捧げる。
a0165235_965347.jpg 10cm角の小さな籠に花と草と食べ物を乗せたチャナン(供物)が、寺院はもちろん、家や店の軒先、私たちのヴィラの門前にまで、毎朝供えられていた。足元に注意を払わずに歩いていて、間違えて花をけちらしてしまうと、なんとも罪深い気持ちになった。ヒンドゥーの神様、ごめんなさい。

 村ごとの祭りは年に2回あり、時期もやり方も村独自、他の人にはわからない。サレン・アグン宮殿の隣で出くわした祭りには、男たちは皆簡単な白いターバンのようなものを巻きつけていた。きっとあれが村祭りの主人公である印だろう。
 村人たちは皆、若い人もちゃんと参加する。強制ではないが、祭りに参加しないと悪いことが起こるような気がする。「気持ちの問題、ね」とガイドが笑う。

 その裏には、小学校からの宗教の授業がある。学校でちゃんとヒンドゥー教を教えている。勉強しないと落第する。キリスト教的・西欧資本主義的な情報過多の現代社会にあっては、やはり宗教は小さい頃からちゃんと教育することによってのみ、ようやく人々の価値観として根付くのだろう。
                               ・・・(続く)
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by miltlumi | 2011-02-03 09:10 | Vacation in Bali | Comments(0)

バリ旅行記-Bali Coffeeは黒土の味

 元来保守的な性格なので、異国の地でも朝食だけはいつもと同じもの、つまりパンとコーヒーを摂らないと落ち着かない。かくしてNYでシリアルを食べることも、上海でお粥を食べることも、クアラルンプールでヌードルを食べることもなかった。

a0165235_1151325.jpg ウブドのホテルの朝食メニューに、コンチネンタル・アメリカンからクロワッサンサンド、イングリッシュマフィンにエッグベネディクトのみならず、インドネシアン(お粥・ナシゴレン・ミーゴレンの3択)に和食まで見つけたときは、んー、さすが年間100万人の観光客が訪れる世界的名所、とうなってしまった。
 もちろん迷わずアメリカンを注文する。卵料理は当然オムレツ。その焼き具合でシェフの腕がわかるというもの。完璧なアーモンド形で、中はふんわりとろーりかなあ。                  <朝食のテーブルに、朝露が光るスプラウト>

 とりあえずサーブされたコーヒーの横にミルクがない。ウェイトレスに頼むと、「低脂肪乳」みたいな曖昧な白色の液体がNarumiのミルクピッチャーで運ばれてくる。ふうん。ヒンドゥー教は牛食べないもんね。牛乳も飲まないのかしら。
 そもそもコーヒー自体がカップになみなみと注がれていて、ミルクの入る余地がない。それでも強引に流し入れ、一口飲んでびっくり。まずい。濃いわけではないのに、苦いというか、眼前に広がる棚田で鋤き返されている黒土みたい。うむむ。

 その後出てきたパンは、食パン・全粒粉パンにミニマフィンとレーズンペイストリーという、完璧なコンビネーション。さらにオムレツは、ハムとピーマンとマッシュルームのみじん切り入りの見事な出来栄えだったから、それらとの対比という点でも、コーヒーは「?」マーク。それでも1杯目を飲み干すと、カップの下のほうに、本当に黒土みたいなコーヒーの粉が沈んでいる。むむむ。

 翌朝。それでもしつこくコーヒーとアメリカンブレックファーストを注文する。スクランブルエッグを頼んだら、例の薄白いミルクを入れたせいか、ぼやぼやとした味だった。そしてコーヒー。やっぱりミルクは頼まないと出てこないので、とりあえずブラックで飲んでみる。
 あれ、わりと美味しいかも。苦みも慣れればどうってことはなく。コクがありすぎてしつこいより、あっさりしていてさらりと飲める。

 3日目。もうミルクがないことにも驚かず、淡々と「Milk, please.」と微笑む。美味しい。味覚というものは恐ろしい。3日で慣れる。
 ウブドの町で最後のショッピング。スーパーマーケットでBali Coffeeを見つけ、迷わずかごに放り込んだ。帰りがけのタクシーでガイドについ「ジャワコーヒー」と言ったら、きっぱりと「バリコーヒーはジャワコーヒーとは違います」と言われた。

 帰国した翌朝、Bali Coffeeを淹れてみた。きめの細かい、やっぱり黒土みたいな粉末。外は1℃近くまで下がった真冬の東京に、Baliのオープンテラスの風が流れたような気がした。
    
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by miltlumi | 2011-02-01 11:55 | Vacation in Bali | Comments(0)

バリ旅行記-熱帯のスコール

 ワルンを出て、夕飯の後のデザートを食べようとカフェに立ち寄る。
 道路側に長くシェードを突き出した2階の窓側、いかにもバリ風にたくさん置かれたクッションに身を沈めると、期待通りの土砂降り。

 出発前、インターネットの天気予報で見事に並んだ雨マーク。はずれることを祈りながらも、期待に似た覚悟をしていた。熱帯のスコール。
 だから、夜のアスファルトにたたきつけるように降る雨に、思わずわくわくして身を乗り出した。
厚い雲の向こうから空一面を揺るがす稲妻と、その直後に響き渡る雷は、宗達の風神・雷神図を思い起こさせる。そういえば、あの風神の顔は、バリのバロンにとてもよく似ている。

 店の軒先に駆け込む、ランニングとショートパンツ姿の金髪の観光客。
さっきまで道端で「タクシー?」を連呼していた無免許のドライバー達は、とうの昔に姿を隠してどこかで雨宿り。
 ああ、なるほどそうか、と思う。もう、人間はなす術もなく待つしかない。ただこの神の饗宴が鎮まるのを待つだけ。自然崇拝、と言ってしまうと平べったくなってしまうけれど、この激しい雨に、自然の偉大さを感じない人間はいないだろう。そしてそれは、私たちに敵対するのではなく、稲に実りをもたらしてくれる。
 だから、人々は黙って、空を見上げながら、待つ。自然は征服すべきもの、と考えていた西洋人との根本的なちがい。アジア人にとっての自然は、共生するもの。自然は、神そのもの。

 ふと店内に目をやると、こんな気持ちのいい雨がこんなに大きな音を立てて降っているのを知ってa0165235_924885.jpgか知らずか、アメリカ西海岸風な痩せた男性が大きなMacの画面にくぎ付けになっている。その横のテーブルでは、ドイツ人のようにでっぷりと太った中年女性が、ハンドヘルド型のPCのキーボードを慎重にたたいている。
 私たちの目の前には、ベルギー製と見紛うばかりの完璧なチョコレートムースケーキと、ちょっと目の粗いラズベリーチーズケーキが並んでいる。

 雨は一層強く、暗い道を滝のように流れていく。                  
                             <翌朝は晴天、雨で潤った棚田がきれいでした>
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by miltlumi | 2011-01-31 09:08 | Vacation in Bali | Comments(0)

バリ旅行記-バリのみどり

 「バリと言えば?」と自分に問いかけて最初に思い浮かぶのは、Puri Lukisan美術館の庭の緑。圧倒的だった。むせかえるようだった。絶対的に空気が濃い、と感じた。それはそうだろう。これだけ緑が繁茂しているのだから。

 ちょっと押され気味に、負けそうになる。まだ身体がついていけていない。少しずつ馴染まないと、本当に圧倒されてしまう。大丈夫。落ち着いて。静かに深呼吸する。
 蒸し暑いだけ、と思ってしまえばそれまでだけれど、これは明らかにバリの神様の独特のおもてなし。「気」を感じる。

 沖縄の斎場御獄を訪れた後、ものすごく眠たくなったときの感じと通じるものがある。

 展示室には誰もいない。100年近く前の、やはり圧倒的な緑が、なぜかダークな色調で綿密に描かれている。そこには常に、活発に動いている人や動物や神が共にある。みんなみんな自然の一部ですよ、と、そう物語っている。
 そういえば、ユトリロの絵には決して人間が描かれていなかった。窓さえ開いていないのが、精神を病んだ彼の絵の特徴だった。ゴーギャンみたいに、南の島に移住すればよかったのに。

 美術館を出ると、木琴の単調な調べがしじまを破る。ドレミファソラシドと♯・♭だけでは表現し尽くせないバリの音色。無限の濃淡を織りなす緑の木々に似ていた。
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by miltlumi | 2011-01-30 13:21 | Vacation in Bali | Comments(0)