ボブ・ディラン、もしくは学生街の喫茶店

 ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞した、というニュースを聞いて、最初に浮んだ歌は「風に吹かれて」ではなく、「学生街の喫茶店」だった。
 ♪学生でにぎやかなこの店の 片隅で聴いていたボブ・ディラン♪
 そして、この歌はすみやかに、小学校5年生のときにもらった初めてラブレターの記憶につながる。 

 送り主は、フィンガーファイブの晃みたいなさらりとした長髪の、でもぽっちゃり系の、隣のクラスのN君だった。親戚の伯母さんからの手紙のような縦書きの便箋に書かれていたのは、テスト問題まがいの3択。問題文は憶えていない。「ぼくと友だちになってください」だったか、「ぼくとつきあってください」だったか。そのあとの選択肢だけ、はっきりと記憶に刻まれている。
 ①はい
 ②いいえ
 ③その他( )
 明快といえば、明快。これほどすっきりしたラブレターはなかろう。11歳の男の子にしては、クールなセンスだ。

 解答を出す前に、母親にその問題用紙、もといラブレターを見せた。1年生の頃からずっと、返ってきたテストや友達とのおしゃべり、その日の学校の出来事は残らず母親に報告するのが日課だったから。
 ガスストーブの熱気でむせるような部屋で、母は洋裁の針を動かしながら、娘の一大事に前のめりになるでもなく、いつものようにその人となりを尋ねた。
 「N君って、どんな子?」
 「んとね、2学期に三重大学フゾク小学校から転校してきた子」
 神奈川県の西の端にある市立の小学校で、中学受験をする子は学年に2・3人、という暢気な環境にどっぷり浸った私たちにとって、なんとか附属小学校、という響きは斬新だった。ただ、母には告げなかったが、私としてはちょっとキューピーっぽい体型がどうもひっかかっていた。
 だから、というわけではないが、①と解答しなかったことだけは確かだ。でも母がどんなアドバイスをくれたのか、最終的に私から彼に、いつどこで何と返事をしたのか、肝心なところがぼやけてしまってうまく思い出せない。

 ただ、彼とはそのあとずっと平和な関係が続いた、ということはやはり答えは②ではなかったのだろう。じきに彼は、キューピー体重はそのままでぐんぐん身長が伸び、私を軽く追い越した。6年の秋、八幡様の本殿の裏で初デートめいたことをしたとき、京都土産のちりめん梅花模様の小さな玉手箱をもらった。
 中学1年の2学期に私が転校してからはしばらく、今となっては死語である「文通」をした。おそらく最初に①の答えで関係を固めなかったおかげだろう。苦いピリオドを打つことは決してなく、何年かに1度、思い出したようにデートとも言えないデートを重ねた。
 音信不通になったのは、初めてラブレターをもらってから実に18年後、私のトロント赴任中。毎年欠かさずやりとりしていた年賀状が宛先不明で海を越えて戻ってきてしまった。それきり、である。

 赤い玉手箱と2・30通の手紙や葉書は、今も手元に残っている。一番大切な初ラブレターだけが、ない。
 あの頃はまだ、あの最初の手紙がこれほど大切なものになるとは知らなかった。未来には、もっともっと華々しくドラマティックなものが待っていると信じていた。
 ♪あの頃は愛だとは知らないで サヨナラも言わないで 別れたよ♪
 ガロの歌声が、脳裏に響いている。


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# by miltlumi | 2016-11-02 21:44 | 私は私・徒然なるまま | Comments(0)

秋の日

久しぶりに会った友達に、最近幸せだなあって感じたのはどんなとき?と尋ねたら、
あ、うん、あったあった、と言いながら、顎に手をあてて考え込んでしまった。
視線で促すと、えと、なんだっけなあ、たいしたことじゃないんだけど、というので、
そうだよね、ちょっとしたことだよね、と助け舟を出す。

私なんて、朝起きてすぐテレビつけるのやめて、窓開いて朝ごはん食べてたら、
マンションの植栽の木でたくさん鳥が鳴いてるのが聴こえて、あー幸せって思った。
それが、木を剪定したらね、途端に鳥が来なくなっちゃったの。あれ、巣があったのかも。

そうそう、この前犬と散歩してたら、雉の親子が道渡ってたんだよ。母鳥の後、何羽も。
犬、びっくりしちゃってわんわん吠えるもんだから、
鳥もびっくりしてうわあっと飛び上がっちゃってさ、ちょっと悪いことしたなって思った。

あと、大学時代の先輩たちと行った古民家レストランで、
生牡蠣とかアヒージョとかすっごく美味しくて、
あっちのテーブルでは中近東やロシアがどーしたこーしたって時事問題議論してるのに、
こっちはさっきから美味しいねーって言葉しか発してませんね、って笑い合ったの。

それ以外もなんかあったなあ。忘れちゃったなあ。

お互いしばし沈黙し、それぞれ記憶をたどってみたけれど、
具体的な光景は一向に浮かんでこない。
それでもなんだか、ふんわりあったかな気持ちになった、
そのときの感触だけはちゃんと甦っていて、
差し向かいのふたりの間のテーブルの、その上の空気がほろほろと緩んでいく。

うちに帰って、思い出した。
ベランダに置いた、鉢植えのノボタンが一輪咲いたこと。
年下の女性にメッセージ送ったら、読んでて涙出そうになりました、という返事をもらったこと。

今朝、いつものように自転車で職場に向かっていたら、空が秋たけなわの色で、
耳を切る風が、マッフルを付けたくなる前ぎりぎりの冷たさだった。
昨日の友達にメールしようかな、と思いながら、
いつもより少しだけ頑張って上り坂をこいでいった。
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# by miltlumi | 2016-10-27 14:44 | フォトアルバム | Comments(0)

無印編 塞翁が馬

塞翁が馬。禍福はあざなえる縄のごとし、とも言う。

福)真夜中に素晴らしいクローゼット収納改造計画を思いついた。
禍)そのために必要な無印の収納ケース6個をなかなか買いにいけなかった。
福)ミッドタウンから平日2日間限定ポイント10倍キャンペーン(つまり10%引き)のDMが来て、対象店舗に無印が入っていた。
禍)金曜日に勇んで行ったら、対応してくれた店員が新人の中国人女性で、こちらの質問にひとつも答えられなかった。
福)代りにやってきた中国人男性の店員が、イケメンだった。
禍)送料節約のためちゃりで運ぼうと、ケースの四隅を養生してくれるよう頼んだら、二人の中国人の梱包材の使い方がめちゃくちゃだった。
福)見かねて自分でやり始め、彼らと応援に入った日本人女性の3人が3個やる時間で私が3個仕上げた。
禍)さすがに6個は持ち帰れないので、まず3個だけ受け取って駐輪場に向かったが、途中で彼らの梱包がぼろりと落ちた。
禍)しかも3個だけでもとてもちゃりでは運べない大きさであることが発覚した。
福)3個を持って店に戻り、配送依頼をしたら、対応した日本人女性店員の感じがとてもよかった。
福)しかも配送料金が予想よりずっと安い金額だった。
禍)最速の配送日が当日どころか3日後の月曜日で、週末に改造計画を実行しようとしていた予定が狂った。
福)無印のためを思い、日本人女性店員に梱包材の件を指摘したら、とても丁寧な謝罪と的確な対応をしてくれた。
禍)月曜日に配送されてきた段ボールが、雨でぐしゃりと濡れていた。
福)中のケースには影響がなかった。
禍)ケースを見ると心がときめかず、実は今使っている小引き出しのキャビネットをすごく愛していること、無印は無駄な買い物だったことに気づいた。
福)じっくり考え、洋服ではなく鞄を入れる案を思いついてようやく心ときめき、整理コンサルのサンプルケースにしようと”Before”の写真を撮った。
禍)鞄を入れてみたら、全然すっきりせず、しかもケースごと置くと棚がかしいでしまった。
福)再度考え直して、鞄ではなくジーンズ類を入れる案を思いついて、これなら絶対今よりすっきりすると確信した。
禍)心が逸り、早速ジーンズを引っ張り出してケースにいれ始めてから、”Before”の写真を撮り忘れたことに気づいた。
福)期待どおりジーンズがすっきり納まり、せめても、ということで”After”の写真を撮った。
禍)収納整理などしているヒマはなく、仕事をしなければならないことを思い出した。
福)PCに向かったとき、この話を「塞翁が馬」シリーズとして、ブログに書くことを思いついた。
禍)ブログなど書いているヒマはなく、仕事をしなければならないことを思い出した。

…かくして、禍福はあざなえる縄のごとく、延々と続くのであった。
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# by miltlumi | 2016-10-19 15:29 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(2)