どっちが好き?

 「(サンドイッチは)たまごのとハムのと、どっちが好き?」
 「あかとあおは、どっちが好き?」
 5歳と9歳の女の子が初めて出会ったときの会話に、胸がきゅんとした。といっても、現実の話ではなく、江國香織の小説の中の一節。この人の書く物語の手触りは、いつもあまりに懐かしい。
 具体的な記憶はないけれど、小学校に入って間もない頃、きっと私たちも似たようなやりとりをしたにちがいない。
 「チョコパフェとプリンアラモード、どっちが好き?」
 「ブランコと鉄棒、どっちが好き?」
 「国語と算数、どっちが好き?」
 何を訊かれても、即答していた。選ぶのはカンタンだった。そして同じ質問を相手に返す。その答えが、自分と同じでも違っていても、別にどうでもよかった。単純にその子のことを、知りたいだけだったから。

 カンタンでなくなったのは、中学3年生のときだ。
 「ベイシティーローラーズとクイーン、どっちが好き?」
 別にどっちも好きじゃない、とは言えなかった。何しろクラスの仲良しグループは大体いずれかのファンで、もっと発展家はキッス、というご時勢。さだまさしのカセットテープをひそかに交換し合えるのは、隣のクラスの桃子ちゃんだけだった。
 高校になって、「トシちゃんとマッチ、どっちが好き?」と訊かれたときは、ゼッタイに決してデートできない相手より、同じクラスのK君かT君かのほうが重大でしょ、と思った。でもそんなことを言って、この場に水を差すべきではではない、という常識は、理解していた。

 明らかに苦い「どっちが好き?」クエスチョンは、大学入学早々。新しいクラスメートからこう尋ねられた。
 「トルストイとドストエフスキー、どっちが好き?」
 …。ドストエフスキーという名前は、父の本棚に並んだ全集の背表紙でしか見たことがない。しかし、卑しくも文学部系進学者の面子として、「読んだことないからわからない」と言うわけにはいかない。唯一読んだアンナ・カレーニナを心のよすがに、「トルストイ」と答えたときの忸怩たる思いは、いまだに生々しい。

 「お酒と家電と、どっちが好き?」
 大学4年、就職先の候補会社についての自問自答。自分の好き嫌いより、世間の評判や会社の将来性に女性活躍度合、そして何より、相手が自分を選んでくれるかどうか、がモンダイだった。ちなみに、お酒の会社は1次面接であっけなく落ちた。

 そして今。訪問先でのシンプルな質問。
 「コーヒーと紅茶、どちらがお好きですか?」
 「いえ、どちらでも。手間のかからないほうで結構です」
 答えになってない、っちゅーの。

 「どっちが好き?」というシンプルな質問は、こうやって大勢の意見や常識や面子やはったりや忖度が絡みついて、どんどんフクザツになってくる。
ひと様から見れば、好き勝手やりたい放題に見えるであろう(というか、実際よくそう言われる)私でさえ。
 もしかすると、好き勝手やるからこそ、かもしれない。自分の気持ちに耳をそばだて、好きか嫌いか、すごく考える。ゼロか100でなくても、30:70か55:45か。最終決断はゼロサムにならざるを得ないから、ちょっとだけちがうな、という感覚が残る。でも、この感覚を、私は嫌いではない。
 忙しすぎて、自分の気持ちを知る時間がなくて、もはや何が好きかわからなくなっている人の耳元で、こっそり囁いてあげたい。
 「心の底に眠ってる正直な気持ち、早く起きてくださーい」


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# by miltlumi | 2017-07-02 10:15 | 私は私・徒然なるまま | Comments(2)

風に締め出される、またの名を1Q84事件

 部屋には開け放した窓から涼しげな皐月の風が流れている。爽やかな土曜日。夕方からのホームパーティの料理作りがひと段落したところで、バゲットを買いに玄関を出る。扉が閉まりかけたその隙間。10㎝ほどの隙間に風圧がかかり、ひゅうぅ、と風が強まったと思うと、ガチン、バタンッ。 …? ガチン? まさか。

 そぉっとドアを開けようとして、予感的中。恐るべき事態が発生していた。中途半端に浮いていたU字ロックが風に煽られ、ロックされてしまったのだ。

 …うそでしょ。あはは。

 って、ここで笑ってどうする。玄関外の物置から棒を取り出し、ドアの隙間からU字ロックを外そうと試みる。もちろん、そんな小手先で外からロックが開くはずがない。っていうか、それで外れたら、ロックの意味を成さないではないか。冷静な思考回路が自分をたしなめる。


 そうだ。セコム。数年前、旅行先のホテルの部屋の金庫に家の鍵を置き忘れ、帰国早々お世話になったことを思い出す。管理人室に行き、かくかくしかじか。しかしあいにく今日の担当は、仲良しのA氏ではなく、保守的なB氏。

 「セコムさんは、マンションとの契約上合い鍵は預かってますが、家の中のことは関知しませんよ」

 「え、じゃあ、どうすればいいんですか!?」

 「管理室は共用部分にしか責任がありませんから」

 むかっ。毎月きちんきちんと管理費を払ってる住民が、自分ちから締め出されたっていうのに、なんだ、その他人事モードは。しかしここで怒鳴ったところでロックが外れるわけもない。冷静な思考回路は、再びウルトラCを思いつく。

 「じゃあ、ハシゴ貸してください」

ベランダの窓を開けたままにしていたのだ。うちは2階なので、1階のうちのテラスからハシゴでベランダによじ登れる。なんたる幸運。って、窓を開けていたから風が通ってロックが煽られ、この悲劇が起こったとも言えるが。ともあれ、B氏はあくまで保守的である。

 「階下のお宅に立ち入らないといけないじゃないですか」

 「これからお断りしてきます」

 「でも、ハシゴ落ちたら危ないですよ」

 「構いません!!」

 とっとと〇号室に行き、いつもテラスで子供と遊んでいる若いお父さんに了解をとると、いやいやハシゴを運んできた管理人と共にテラスに侵入する。


 通常は「く」の字で使うハシゴを一直線に伸ばすと、かろうじてベランダの手摺の1mほど下に届く。

 「普通はこういう使い方しないんですよ」

 あくまでネガティブなB氏は無視。が、足に履いた9.5㎝ヒールのミュールは無視できない。つい最近読み直した村上春樹の「1Q84」の青豆(知らない人は1Q84を読んでね)を思い出す。ぴっぴっとヒールを脱ぐと、バッグにぼんぼんっと突っ込み、はしっとばかりにハシゴを登り始める。どきどき。


 ハシゴの上まで到達。手を伸ばし、1ヶ月前の体力測定で30kg以上をマークした握力で手摺をがしっと掴む。

 「手摺、つかみましたっ」

 不安げに私を見上げているであろうB氏に報告する。ハシゴ最上段に足をかけ、むぎゅっと体を持ち上げて、さらりとベランダに着地。

 「ありがとうございました~」


 妙に新しい気持ちで、見慣れたはずのベッドルームに足を踏み入れる。そこが1Q84もどきの新たな世界だったら。一抹の不安が脳裡をよぎるが、今はそれよりバゲットが先決だ。

 玄関で、閉まっていたU字ロックを開け、今度はしっかりと畳み込み、慎重にドアを開ける。階下のお父さんとB氏にお礼を言い、メゾンカイザーに向かったのであった。


 それにしても、風に締め出されるなんて。U字ロックは最後まできちんと畳みましょう、とマンション掲示板に貼り紙しようとして、こんな記事を見つけた。





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# by miltlumi | 2017-05-29 21:33 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(4)

チャリティーパーティ初体験

 「ドレスコード:ブラックタイ推奨」というパーティに、生れて初めて招待された。ブラックタイ、ということは、女性はイブニングドレス!? やばい。
「ドレス」と言えば、持っているのは四半世紀以上前に着たお手製(!)のウェディングドレスだけ。しかもその後シングルアゲインという決して縁起のよろしくない代物…。というより、そもそもブラックタイのパーティに一人でウェディングドレス着ていくわけにいかないでしょ。
 一生に何度も着ないモノわざわざ買うのもなんだし、レンタルしようかしら、とネット検索する。あ、ドレスだけじゃなくアクセサリーも借りなきゃ、ジェルネイルもちょっと華やかに、ヘアセットはどこでやろう…色々思いあぐねるうち、なんだかヘンな気持ちになった。

 実はこのイベント、全世界で人権保護活動を展開している団体の、チャリティーパーティなのだ。チャリティーが目的なのに、ドレスやヘアサロンにカネを費やしてどうする。その分、寄付金に回すべきではないか。そう思い直して、手持ちの黒のベルベットの膝下丈ドレスで勝負することにした。アップのヘアスタイルだって、自分でやれないことはないと、鏡とにらめっこでねじりヘアの練習をする。

 毎年パーティに出席している人にこの話をしたら、鼻で笑われた。
 「あのなぁ、そんなビンボーくさいこと言うやつは、そもそもこのパーティには来ないの」
 ぐさっ。確かに。イブニングドレスは各色取り混ぜクローゼットにずらり、何はなくとも3日に1度はヘアサロンで髪を整えるような、そういう雲上人の集まりなのだ、きっと。あー、場違いなワタシ。
 しかも、メインイベントのチャリティーオークションでは、1席10万円の円卓を囲む紳士淑女の間で7ケタの金額が飛び交うらしい。うー、レンタル・サロン代かき集めても足りないじゃないか。
 せめてもの彩りに、生花の赤い薔薇をコサージュ(これも手製だ)にして、胸元に飾ることにする。

 当日。紳士淑女はタクシーで、否、お抱えドライバーが運転するベンツやレクサスでホテルまで乗りつけるんだろーなーと思いながら、都営三田線に乗る。
 会場受付に知り合いの顔を見つけ、ほっとする。平日なせいもあり(カクテル・ビジネスも可だったので)ビジネススーツの方もいらっしゃる。さらに、ほっとする。

 400人以上が柔らかな牛肉の赤ワイン煮をナイフとフォークで切り分け、ワイングラスを傾けながら、中東のテロ組織による人権侵害に文字通り命がけで戦う人、アフリカの女性を虐待から救う人の姿が映し出されるスクリーンに見入る。日頃泥だらけで現場を駆けずり回っているその当事者が、隣のテーブルから立ち上がり、タキシード姿で自らの活動報告をする。
 オークションでは、直前に演奏を披露したアーティストが、自らのアリーナチケットを宣伝し、「ついでにあと1名追加しましょう」という大判振舞。有名シェフのお店貸し切り、6ディッシュにワイン飲み放題(?!)のスペシャルディナーは、7ケタの金額で競り落とされる。
 オークションこそ蚊帳の外だが、活動サポートのための寄付金募集は(たったの)3万円から。「ご協力いただける方は、お配りしたパンフレットの裏にある番号札をお上げください」という司会の呼びかけに、連鎖反応的に私も札を掲げた。

 ブラックタイが推奨される意味が分かった気がした。華やかな雰囲気の中で、こうやって着飾って美味しいものをいただける平和の有難味を改めて実感する。その幸せを、少しだけでも、世界におすそ分けする。

#余談ですが、ちょっと嬉しかったこと。イベント後に参加者に限定公開された写真集200枚余りの中に、生花コサージュ写真が♪ 光栄♡

#パーティに出席なさらなかった方も、ネット↓から寄付ができます。





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# by miltlumi | 2017-05-26 15:20 | 私は私・徒然なるまま | Comments(2)