朝の虹

サンキャッチャーを買った。
東向きの窓から部屋に差し込む朝陽が、きっともっときらきらになる。
突然、そう思いついたのだ。
ネット注文が届いたのは雨の午後。翌朝の天気予報は、晴れ。
目覚めて、わくわくしながらリビングに足を踏み入れたら、
全然きらきらしていない。
カーテンレールをするすると行ったり来たりさせると、
ようやくプリズムの光が壁に散乱する。
意外に角度に繊細なのだ。

しかも、朝の太陽は思った以上に動きが速い。
ちょっと経つと、スワロフスキと太陽の位置がずれて虹が消えてしまう。
またするするとレールを滑らせる。
そして、太陽の光、キャッチ。その、繰り返し。
朝から夢中で、私の太陽を追いかけている。

名前も忘れてしまったある詩人が、細かい言葉は忘れてしまったが、
こんなことを書いていたっけ。

 -ほんのささやかな植物でも、鉢植えを買って庭に置く。雨が降る。
 -ああ、私のあの花に、雨が降っている、と思う。
 -鉢植えがないときは、外に雨が降っていることなど、気にも留めなかったのに。

そういえば、そういうものがもう一つあった。
昔からベランダの物干しにぶら下がっている、JFKのお土産屋さんで買った
アメリカインディアンの風鈴。
少し風が強いと、窓を閉めていても、リンリンという澄んだ音色が聞こえてくる。
ああ、私の風鈴に、風が吹いている、と思う。
もっと吹いてくれないかな、とも思う。

今朝はその風鈴がそよとも動かない穏やかな日である。
サンキャッチャー越しに外を覗いたら、
アロエの花にちょうどメジロが飛んできたところだった。

サンキャッチャーで太陽とつながり
鉢植えで雨とつながり
風鈴で風とつながり
アロエの花で鳥とつながり
からだじゅうで、私は自然とつながる
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# by miltlumi | 2017-02-14 20:18 | フォトアルバム | Comments(2)

節分の日の出来事

 節分。快晴。春の訪れ。暦の上で、新しい季節が始まる。
 「八方塞がり」だった昨年からようやく解放される、と心も軽く、出雲大社分祠でいただいた福豆の豆まきを、朝からいそいそと執り行った。歳の数だけ豆を食べているうちに出掛ける時間が迫り、急いで支度を整える。今日は朝から晩までてんでばらばらな用事が目白押し。あの会議にはこのノート、この会議にはあの資料。忘れ物しないようにしなきゃ、と思いながらも、電車の時刻を気にして家を飛び出す。

 駅への道すがら、夜の勉強会の参考図書を忘れたことに、早速気づく。あ、やっぱり。何か忘れてると思ったんだ。でもこれならたいしたことない。隣の人に見せてもらえばいいや。他力本願、である。
 地下鉄への階段を降りる前に、2番目の忘れ物に気づく。最初の会議に必要な書類を印刷し忘れた。あいたっ。これはちょっとマズい。自分で作った資料を説明する立場なのに。でも、事前に相手方にメールで送ってある。秘書さん、優しそうな人だったよね、とスマホからメールで印刷依頼。即レス。ありがたいことである。
 2度あることは3度ある。というけれど、まさかまだ他に忘れ物なかったっけ。

 やっぱりあった。次の会議、非常勤で働いている会社の従業員用セキュリティカード。あああ。これは結構マズい。総合受付に行くと、いろいろ職務尋問されて紙を書かされて厄介なのだ。ここでも頼るは秘書さん。電話をして、わざわざゲートまでお迎えに来てもらう。ホント、お手数おかけします…。

 会議が終わり、彼らは全社員総会で別の場所にある会議室へ移動、というので、私もとっとと退散する。…と、エレベーターの中で、ゲートを出るにもカードが必要なことを思い出す。げげげっ。これはかなり本格的にマズい。とりあえずゲートに行くも、1カード1タッチで1人ずつ、ピッピと出入りする中、紛れて出て行くことは不可能。テナント企業社員専用ゲートだから、警備員もいない。
 策のないまま再びエレベーターを昇る。当然ながら、オフィスに入ることもできない。カード不要の秘密の出口はないものかとうろうろするが、ドラえもんじゃない限り、そんなもんあるはずもない。

 なんの勝算もなく、みたびエレベーターへ。そこに、地獄に仏。警備員さま!! 見た目も明らかな制服姿に、聞かずもがなの問いかけをする。
 「あの、警備員の方ですか?」
 「…? はい。でも、〇〇証券の専任ですが」
 〇〇も△△もカンケーない。かくかくしかじか、出来るだけしおらしい表情を作ってお願いする。
 「つまり、出て行ければいいんですね」
 「はい。すみません。お願いします」
 人目を盗んでピピッとカードをかざした警備員さんに、ゲートの外から深々とお辞儀をしたのであった。

 「八方塞がり」をうまく乗り切るには、まわりをぐるり囲む人たちに助けを乞うしかないという。ということで昨年は色々な人に助けていただいた。最終日の節分の日、まさにその集大成とも言える「人様の情け」オンパレードであった。
 新しい季節が始まって1週間。相変わらず人の助けで生きている、今日この頃である。


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# by miltlumi | 2017-02-10 10:29 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)

ごみ収集車の「オーライ」の声

 近頃わりと規則正しい生活をしている。朝はTVもつけず、東側の窓から射し込むぴかぴかの朝陽を眺めながら朝食をとり、ゆっくり身支度する。TVをつけないから、窓を閉めていても鳥の声が聞こえる。鳥や私以外に、規則正しい人が活動しているのもわかる。
 ごみ収集の清掃員さんたちである。燃えるごみ収集日の水曜と土曜、8時27・28分になると、必ずマンション地下のごみ置き場に入っていく「オーライ、オーライ」という声が聞こえて来る。

 ごみ置き場は24時間365日いつ出してもいいが、夏の間は生ごみが気になって、収集日の朝に出そうと努力した。しようとしたが、ぐずぐずしているうちにいつも「オーライ」が聞こえて来て、「あ、今日も間に合わなかった」と思いつつ時計を見るようになった。じきにごみは前夜に出す作戦に切り替えたが、「オーライ」の声と時間チェックはもう癖である。それがいつも必ず8時27分か28分。
 その時々の道路状況やごみの量で、まちまちになっても当然と思うのだが、電車やバスでもないのに、判で押したように、とはまさにこのこと。すごい、と思う。

 そういえば、一軒家の実家の近所でも、町内会のごみ収集場所のすぐ横の家が「臭い」と言ってごねまくったら、町役場が7時45分に収集車を回す手はずを整えてくれたという。そしてそれが守られる。まれに時間に遅れると、件の家が騒ぐらしい。
 収集ルートをわざわざ変更した上に、ちゃんとその時間に来るとは、なんと律義なことか。本当にすごい、と思う。

 年末に初めて訪れたバンコクで長距離電車に乗ってみた。始発のファランポーン駅を出発したのは7分遅れ。もちろん、「遅れます」のアナウンスもなければ、騒ぎ出す乗客もいない。そして、目指すアユタヤ駅には、なぜか定刻より3分早く到着した。
 帰りがけ、時刻表どおりに上り電車がホームに入ってきたときは、かえってびっくりしてしまった。周りのタイ人は、もちろん誰も騒がなかった。

 日本人の几帳面、丁寧さは今に始まったことではないが、例の「お・も・て・な・し」発言以来、一気に加速したように思う。デフレ経済下で熾烈な競争を強いられる消費者向け商品・サービスはもとより、モンスター〇〇を恐れる役所や学校、2020年に向けて外国人を呼び込まんと英語表記やウォッシュレット設置に奔走する鉄道各社から、道路工事で迂回路案内をする誘導員の方々も。全く以て、すごい、と思う。

 でも一番すごいのは、それを当たり前と思ってしまう日本人である。しかも、世界一の「おもてなし」大国で、俄然日本人が幸せになったか、というと、そうでもない。
 人間は環境適応能力があるので、改善されてもすぐ慣れてしまう。環境改善による幸せは長続きしないのだ。これは心理学でしっかり証明されている事実である。

 慣れないようにするには、変化が大切。
 たとえば、駅構内や電車内での親切なアナウンスを1日いっさい止めてみるとか。
 12月25日は清掃員さんがサンタさんの服を着て、ごみを収集するかわりにどかどか袋を置いていくとか。
 そしたら「当たり前」が「有難い」になって、皆ささやかな幸せを感じられるだろうか。


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# by miltlumi | 2017-01-25 21:59 | 私は私・徒然なるまま | Comments(0)