はっぴいえんど

今朝はまだ台風の雨が本気じゃなかったから、
日経新聞はビニール袋にくるまれていなかった。
松本隆の「はっぴいえんど」と「ロングバケーション」の記事が載っていた。
全部のページにゆっくり目を通してから、週末のルーティンであるスポーツジムに向かう。

***

もしも今ここで、私の一生が終わってしまったなら、ハッピーエンドだったね、と言えるんだろうか。
ハッピーな人生に必要な、あれやこれや、今の私はどのくらい持っているんだろうか。

あのとき、この手のひらの中に持っていたものは、今の私が欲しいものだったのだろうか。

台風の雨が強まる中、真っ白なベンツが水しぶきを上げて私を追い抜いて行く。
私の愛車、水色のママちゃりは今日はお留守番だ。

でも。
四つ輪のクルマがなくても行けるスポーツジムが近所にあって、
じゃばじゃばの雨でもへっちゃらな最強のハンターのゴム長靴があって、
それを履いてぶかぶかと歩ける2本の足があって、
エアロバイクをこぎながら読むお気に入りの本がある。

もしも今ここで、クルマにはね飛ばされて、突然人生が終わったとしたら、
オレンジ色の布バッグと分厚いハードカバーが、車道に飛び散って私の「はっぴいえんど」を飾る。

後悔があるとすれば、もう少しちゃんと化粧をしておけばよかった。
でもまあそれでも、きっと雨で化粧が流されたと思ってもらえるかもしれない。

もちろん、クルマにはね飛ばされることも、車道に転んで顔を雨で濡らすこともなく、
いつものプログラムをこなして普通に帰ってきて、「ロングバケーション」を聴いてみる。


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# by miltlumi | 2017-10-29 18:26 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)

最上の「○○ファースト」

 「○○ファースト」という名称は、小池氏の専売特許ではないことを先週知った。ニュージーランドで最大野党と組んだ第3党が「NZ First」。なぁんだ。ということは、私の兄の先月の「名言」は受け売りの孫請けということだ。

 先月、というのは、甥っ子の結婚式のことである。社会人5年目の27歳、相手は大学時代のサークルの同級生。絵に描いたような結婚、と思うのは私たちの世代だけで、今や早過ぎるくらいの年齢だ。その理由が、高校の同級生だった両親(つまり私の兄と義姉)が28歳で結婚したから、だなんて、くぅ、泣かせるじゃないか。

 彼と3歳年下の弟は、両親の愛情を一身に受けてすくすくと、身長179㎝まで育った。二人とも決して私を「おばさん」と呼ばず、常にファーストネームで呼び、お年玉を受け取るときは「お姉サマ」と敬った。
 だから、挙式の前の両家親族紹介の場で、新郎の父が私のことを「新郎の叔母の○○です」と述べたときは、マジで驚愕してしまった。ウソだろ。叔母さんって誰だよっ。思わず隣に座る下の甥っ子に「どういう意味?」と怒りをぶつけると、「まぁまぁ、形式上は一応そういうことなんで…」と宥められた。
 そんな私の不服をよそに、華燭の典はつつがなく進んでいく。お色直しの退場は、新婦新郎の兄弟がエスコートするのが最近の流行りらしい。さっき「叔母」を宥めた子が、今度は花嫁の真似をしてなよなよと新郎にしなだれかかり、新郎友人からやんやの喝采を浴びながら、腰をふりふり出て行った。

 そして迎えた最後の挨拶。両家を代表して新郎の父がマイクを握る。家族水入らずのときは冗談ばかりかましている人が、胸ポケットの原稿も取り出さずによどみなく挨拶をする。花嫁の父でも花婿の母でもない私が、ひとりぐすぐすし始める。そして決定的な一言。
 「○○(息子のファーストネーム)、これからは○○(新婦のファーストネーム)ファーストで行きなさい」
 うゎ~~んっ ついに涙腺全開。
 新郎の学生時代友人のテーブルからも、「おぉお~」「かっこいい~」とどよめきの声が上がる。彼らにとって、おそらく生まれて初めての友人の結婚披露宴出席。「オレもケッコンするぞ~!」と大いに鼓舞されたにちがいない。最高の晩婚化対策である。

 しかし、私の心中は複雑である。
 小学生の頃は、妹の顔を見ればブスだのバカだの言って小突き回していたやんちゃな兄が…。
 その兄にそっくりな天パーのくりくりくせ毛を、高校に入った途端必死にヘアアイロンで延ばしていたあの甥っ子が…。
 でも何よりも、これまでは血を分けた両親から「ファースト」扱いされていた甥っ子が、これまで全く別の家庭に生まれ育った女性を、「ファースト」として扱っていく、その事実に、私は圧倒されていた。
 いや、それはまだ「事実」ではなく、単なる「決意」でしかない。でもだからこそ、その決意をした若い彼と彼女が、正直言って、ものすごく眩しかった。
 
 新郎新婦とその両親が退場し、招待客を見送る準備をする間、スクリーンには二人が生まれたときからの写真が次々映し出される。
 その中に、毎年お正月に撮る家族写真が何枚か紛れていた。兄一家と、まだ元気だった父(今日はバッグに写真をしのばせてきた)と母と私と、父の後を追って逝った私の犬たち、総勢7人と2匹。
 今年のお正月写真は6人きりだったけれど、来年から7人に増える。その人数がさらに増えるのも、そう遠くはないだろう。


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# by miltlumi | 2017-10-23 21:39 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(2)

丁寧な生活 (すり切れたパジャマ編)

 ここのところ整理整頓好きが過熱している。狭いうちの中、クローゼットも食器棚も仕事の書類も、みーんなあるべきものがあるべきところに納まっていて、しかもそこここに余白の美まで登場し始めているのに、整理したい欲求は留まるところを知らない。

 次はどこを整理しようか。家じゅうをぐるぐる見回し、収納スペースの扉を開け、しばし黙考。はたと思いついたのは、幅140cm 高さ2mのどでかいワードローブ。
 遠い将来、ワンルームの介護付き老人ホームに引っ越す可能性を考えると、大きな家具は早めに処分するに越したことはない。ワードローブにはシーズンオフのスーツが入っているが、ベッドルームに作り付けのクローゼットの服を減らして、そちらにまとめてしまえば、家具は不要になる。

 しかし、既に捨てるべき不要な服は全て処分済み。服はもちろん、下着も靴下もパジャマも、(コンマリさん風に言えば)ときめく物ばかり。生来のケチ根性も相俟って、擦り切れたり破れたりしない限り、ぽいぽいステるには忍びない。
 であれば、とっとと擦り切れてくれれば諦めもつくというもの。

 千里の道も一歩から、というわけで、服を地道に着倒して心置きなく捨てられるよう、この夏は同じものばかり繰り返し着用した。おかげで、まずパジャマ(14年前に購入。赤地に白黒の縞々服を着たブタさんが何十匹も飛んでいる)のウェストゴムの部分が、擦り切れた。
 うはは。捨てなきゃ。と思うのだが、お気に入りのブタさんを見るたび、ゴミ袋に直行させる気持ちが萎える。そうだ。擦り切れた部分をカットして股上を少し短くして縫い直したら、まだ着られるんじゃないか。
 ワードローブ撤去に向け、服を擦り切れさせて捨てる作戦はどこへやら、やおら「モッタイナイ」作戦に切り替わる。

 そういえば、同じような断捨離作戦で冬のタイツを履き倒そうとしたときも、無事(?)穴が開くと、反射的に手縫いで穴かがりをしてしまった。
 ロングだったスカートの丈を短く詰めたり、身ごろの幅をかえてシルエットを整えたり、自分で手を入れた服は少なくないし、裾が擦り切れた麻のバギーパンツも、丈を短くしてガウチョ風にすればいいと、いまだにクローゼットの中でスタンバイしている。

 洋裁が好きなのは、母譲りだ。「ときめく服」の中には、母のお手製のコート(高校1年のときに作ってくれた)とフレアのジャンパースカート(同・大学1年)。いずれもシンプルなデザインで飽きの来ないベージュ色だから、いまだに現役だ。

 服のリフォームが得意なことと、整理整頓・断捨離好きは、どうにも相容れない。
 共通点があるとすれば、やっている最中は作業に没頭できることと、やり終わったあと「丁寧に生活している」という感覚を味わえることだ。
 駆け足急ぎ足、スピードアップが常態になりがちな中で、お気に入りの時間、ではある。

 こんな調子では、いつまでたってもワードローブは捨てられそうにない。
 でも、洋裁で手先を使っていればボケずに済んで、ワンルームの介護施設とも無縁かもしれない。であれば、ワードローブを捨てる必要もない。


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# by miltlumi | 2017-10-08 11:40 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)