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天国でまた会おう

 久しぶりに、読み終えるのが惜しいと思うような小説に出会った。最後の20頁を心して読もうと、あえて途中で本を閉じた。ベッドの中で読んだエンディングの頁、最後の1行までもが神経の行き届いた、というか、読者の想像を裏切る、著者の見事な演出が続いた。
 物語は、終戦を間近に控えた第一次大戦のフランス軍の情景から始まる。血がどばどば出たり手足がもげたりするバイオレンス物が苦手な私は、早々に途中退出しようかと思ってしまった。でもあとちょっと試してから、と読み進めると、幸い生々しい戦いの場面はすぐに止んだ。
 …とほっとしたのも束の間、戦争の後のむごい傷痕(文字通りの、キズ痕である)が、二次元の頁から立体的に立ち昇ってくる。のみならず、その匂いや肌の感触までも。思わず眉をひそめながらも、もう途中退出は不可能だ。次は、次は、と頁をめくる手も文字を追う目も逸っていく。

 フランス人現代作家と言えば、知っているのはサガンとかカミュ(もはや現代ではないか)とかくらい。一昨年ノーベル文学賞を受賞したパトリック・モディアノは、その代表作を読んでみたものの、どうにも性に合わなくて途中で挫折した。
 だから、フランス人作家についてとやかく言う資格は全くない。それでもやはり、この小説家は色々な意味で凄いと思う。その「意味」のひとつ、ストーリーのメインストリームではないものの、さすがフランス男性、わかっておられる、と思わず一人ごちてしまう場面に遭遇した。
 ひとつは、ハンサムな男性が、その放蕩ぶりを黙認していた妻に事業の失敗を打ち明ける場面。妻の包容力ぶりに改めて感動し、ようやく本当の夫婦になれたと思いきや、男の子供をお腹に宿した妻が、ゆったり微笑みながら口にする一言。これがなんとも…。男性にとって不可解な、女性ならではの心理描写は、多くの日本人男性作家には不可能な芸当だ。どんなに著名な作家でも、こういう段になるとつい男性のご都合主義が顔を出すのだ。フランス男性は、男性の弱さをきちんと心得ている。
 そしてもうひとつ。悪事を働いて巨万の富を得た男性に、逃避行を誘われた女性の決断の場面。瞬時に来し方行く末を見据え、深慮遠謀巡らして、というのではなく、たった一つの事実にのみ心を奪われ、首を縦に振る。大局観がないと言われる女性の中でも、特に木を見て森を見ないタイプの私は、大いに納得してしまった。

 ともあれ、フランス男性ならではの女性に対する繊細な観察眼は、この作家の凄さのほんの一部に過ぎない。父と息子、姉と弟、大人と子供、お金持ちと貧乏人、没落貴族と成り上がり者、さらには同性愛者のフレーバーまで、様々な関係性の織り成すストーリー展開に、片時も目を離せない。

 時節柄のコメントを一言付け加えるならば、ここに描かれた官僚や実業家同士の駆け引きは、西洋の政治の長い歴史の中で培われた一筋縄ではいかない権謀術数を垣間見せてくれる。中世以来ほんの百年前まで戦い続けてきた独仏が、今、EU存続をかけて共同戦線を張るのを見るにつけ、極東の島国の政治家の底の浅さには諦念を抱かざるを得ない。



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by miltlumi | 2016-06-29 14:15 | 私は私・徒然なるまま | Comments(4)

友&愛

 その昔、通っていた大学の近く、裏門を出て電車のガードをくぐって少し左手に歩いたところに、「友&愛」というレンタルレコード屋さんがあった。もちろんCDではなく、LP(!)。1枚いくらでレンタルできたのか、もう全然記憶にない。

 友&愛に初めて足を踏み入れたのは、1つ上の先輩の案内だった。確固たる足取りで借りたいLPを目指して店内を進んでいく後ろ姿に、私は呆然としてしまった。何を借りようか。
 それまで、音楽といったら3つ年上の兄が買ってきたフォークソングやニューミュージック(!)の類を横で聴いているうちに好きになる、というパターンがほとんどだった。だから、今更LPを借りる必要はない。
 あとは、小学校6年のときに3択式のラブレター(!)をくれて以来、私が転校したあともなんとなく文通(!)していた同級生の強いお勧めによる、さだまさし。カセットはもちろん、手書きの楽譜(!)まで送ってくれた。その後はさだファンの高校の同級生からLPを借りて自分でダビングしていたから、やはりレンタルの必要はない。

 数週間前の、八王子セミナーハウスでの新入生歓迎合宿のことが思い出された。うちの大学では、1つ上の同じ語学クラス番号の先輩たち(つまり2年のドイツ語4組、とか)が「オリター」と称して、入学後間もないぴっかぴかの1年生に公私さまざまなオリエンテーションをしてくれる。1泊2日の合宿は、その一環、といってもつまりは終電を気にせず飲み明かしましょう、というイベントだった。
 宴もたけなわとなった頃、オリターの一人が、ホールにあったピアノのふたを上げて弾き語り(!)を始めた。オフコースのYes-No。フォークソング好きなはずの兄のレパートリーに、なぜかこの歌は含まれておらず、初めて聴く旋律だった。

 友&愛で、Yes-Noの入ったLPは見当たらず、仕方なく無難にオフコースが初めてリリースしたベストアルバムを借りた。それからしばらくして、Yes-Noも収録された2番目のベストアルバムが出て、それもやはり友&愛で借りた。
 ベストアルバムをダビングした2つのカセットテープは、それから30年以上私の手元に生き残り、最近ようやくそのお役目をネットからダウンロードした別のベスト盤に譲った。新しいベスト盤の曲順は、当然ながらLPとは全然違っている。今でも、「眠れぬ夜」のあとはつい「ワインの匂い」のイントロを先取りしてしまう。

 カセットテープとは異なり、友&愛に連れて行っていれた先輩とも、Yes-Noを歌ってくれた先輩とも、いまだにその接点は生きている。さだまさしの彼とは、残念ながら30歳くらいのときに音信不通になってしまった。
 人生、たくさんの人と会ってさまざまな経験を重ねてきたようでいて、意外にスモールサークルな気が、ちょっとする。


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by miltlumi | 2016-06-24 21:22 | 私は私・徒然なるまま | Comments(6)

自分の感覚

 TVのニュースで「食品ロス問題」を取り上げていた。まだ食べられるのに廃棄される食べ物が加食部分だけでも年間約600万トン、そのうち約半分が一般家庭からと聞いて、びっくり仰天した。ほとんどが事業系だと思っていた。賞味期限の取り扱いに神経を尖らせざるを得ない事業者はともかく、一般家庭でそんなに!? 全国5,000万世帯だから、平均すると1世帯あたり年間60kg!?

 可食部分どころか、基本的に野菜の皮をむかずに食べちゃうし、多めに作ったおかずはなんでも速やかに冷凍してしまう私は例外的存在かもしれないが、みなさまどれだけ寛大に食べ物を捨てているのだろう。
 人それぞれ色々と事情はあるだろうが、もしかしてコンビニの店長みたいに、律儀に食品に表示された「消費期限」に従って、ポイポイ捨てているのだろうか。シンデレラのかぼちゃじゃないんだから、消費期限を1分でも過ぎたら突然別物に変身するはずがない。
でもじゃあ、消費期限を何日(何時間)過ぎたらNGなのか。それが素人には判断できないから、消費期限が決められてるんでしょう。そりゃそうだけど、でもそこはほら、じいっと目を凝らして見てみるとか、くんくんと匂いを嗅ぐとか、ちょろっとだけ舐めてみるとか、自分自身の身体を張って判断する、という果敢な行動はとれないものか。
 もちろん私は、コンビニおにぎりのシールに「賞味期限:臭くなったとき」と書け、と主張しているわけではない。あくまで、消費者側の心構えというか、気持ちの持ち方というか。

 だって実際、世の中にこれほどお持ち帰りの「お惣菜」が流通するようになるまでは、そういうお惣菜を自宅で作っていたわけでしょう。作ってタッパにいれて「消費期限」をマジックで書いていたわけではないでしょう(ズボラな亭主のために書く人もいたかも)。冷蔵庫の隅にひそんでいる容器を見つけて、あれ、これ何日前に作ったんだっけ、とつぶやきながら、おそるおそるフタを空けて、変色してなかったら鼻を近づけて、くんくん、ってやってませんでした?
 高校生の頃、母が作った炊き込みご飯が心なし糸を引いていたが、母と私は「昆布入れたからね」と言いながら食べてしまったことがある。あとで、昆布など入れていなかったことを思い出し、慌てて正露丸を飲んだ。あの臭い薬のおかげかどうか、二人とも事なきを得た。昭和の時代はこんなものだった。
 すみません。ミエを張って過去形で書いちゃいました。実際には、今もやってます。陽気がよくなってきたのに、カレーのお鍋をガスレンジに置きっ放しにして、翌日の夜にもう一度温め直して一口食べてみて、「…やばい」とか。正露丸は今でも常備薬である

 劣悪な事業者による虚偽表示問題が後を絶たない中、消費期限・賞味期限の表示の仕方に四苦八苦している事業者のみなさまには、頭の下がる思いである。食品ロスを必要最低限に留めつつ、ぜひ適切なルールを編み出してほしい。
 一方で私たち一般民間人は、モッタイナイ精神を尊重するとともに、もっと自分の感覚を信じ、信じられるよう自分の感覚を磨く努力を怠らないようにしたい。
 梅雨シーズンたけなわ。食べ物は放置せず、すぐに冷蔵庫か冷凍庫へ。


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by miltlumi | 2016-06-19 15:40 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(2)

幸せをめぐる反語的寸言

幸福かどうかなんて、立ち止まって考えない人が、幸福なのだ。
ということは世の中の人たちは、数多ある幸福度調査の結果より、ずっと幸福なはずだ。
あの手の調査は、幸福かどうかをわざわざ考える人が考えたもので、
幸福な人をわざわざ立ち止まらせて、余計なことを考えさせてしまうのだから。

常に高みを目指して、決して満足しないことが人生を充実させる秘訣だという。
そうして、人生の充実は、幸福の必須条件らしい。
ところが、幸福度調査では、満足していることが幸福の条件となる。
本当に幸福な人は、満足していない自分に満足している人なのだ。

幸福になるためには、決して他人と自分を比べないこと。
幸福になるためには、他人との関係性が欠かせない。
他人と接して、比べて、その上で他人と自分を比べない境地に至る。
孤独な人は、他人と接することも比べることもしないから、
幸福かもしれないが、幸福とは言えない。




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by miltlumi | 2016-06-14 21:16 | Comments(2)

慌てない、怒らない

 PCが壊れた。一月ほど前からバッテリー充電されなくなり、常に電源コードをつないで強引に使っていたところ、ついにスイッチオンしてもうんともすんとも言わなくなった。少し前に別のトラブルがあったときバックアップをとっておいたので、慌てふためくことはない。備えあれば憂いなし。

 おもむろに外出専用の超薄型PCを取り出し、「困ったときのQ&A」にアクセスする。バッテリー着脱不能のタイプの場合、本体裏の小さな穴をつっついて1分程度放電してみよ、とある。安全ピンで押して、心の中で1から60までゆっくり数える。どきどきしながらスイッチを押すと、見事復活♪ …と思ったら、「バッテリーがイカれてるよん。OKボタンを押したらPCは休止するから、とっととサポートセンターに連絡してね」みたいな呪いのようなメッセージが画面上にポップアップする。OKボタン押せって、休止したらそれこそ万事休すじゃん。
 慌てず騒がず、メッセージボックスを端っこに寄せて、今朝方使ったいくつかのファイルをメールに添付する。しようとするが、呪いのボックスは貞子のように勝手に画面中央にしゃしゃり出てくる。一瞬むっとする心を抑えて、また端に寄せて、メールを自分宛に発信しようとして、みたび貞子ボックスと鍔迫り合いになる。
 面倒になってOKボタンを押しそうになるが、ここで負けてはいけない。他に救出しておくべきファイルはないか、今一度思いを巡らせ、ようやっと貞子に従おうとして、でも言いなりになるのが癪で、通常のシャットダウン。さよ~ならああ。

 しばしの(永遠の?)別れを告げた後、超薄型PCで修理メニューを見る。電話は最後の手段である。過去の経験から、悠久の時間自動音声を聞かされることは想像に難くない。自分の心が泡立つことは避ける。ということで、メール。とはいえ、これもいつ返事が来ることやら。
 それは、30時間後だった。「しっかりとお調べした上で確実な回答させていただきたく」あと1・2日待て、という。ぷちっ。となりそうになるが、PCをぶったたいても悲劇の上塗り。「5年以上も使ってんだから、バッテリーの寿命に決まってんじゃん。単に交換すりゃーいいだけなんだから、とっとと部品発注してどこの修理センターに行けばいいか教えてちょ」という趣旨を丁寧な日本語にして送り返す。 
 さらに50時間後。「バッテリーの問題かどうかわからないので、本体を預からせてください」 ん? だったら1・2日待つ前にそう言えばじゃないか。が、過ぎてしまった時間は取り戻せない。お預かりの手続はフリーダイヤルまでどうぞ。明朝は、あの電話待ち修業か。。。
 加えて、以前画面がブラックアウトしてSOS電話をしたときのやりとりがよみがえる。「画面に何が映っていますか?」というマニュアル通りの質問に、「だっからあっ、画面が真っ黒になってるって言ってるじゃないですか。何も見えないに決まってるでしょっっ」とついキレてしまった。が相手は「では次の質問です」とひるまなかったっけ…。
 9時過ぎに電話をすると、予想に反して速やかにオペレーターにつながった。しかも血の通った人間のような話し方である。すごい。しかしながら、オペレーターの質とサービスの迅速さは別物らしく、最短のPC引き取り日は2日後。トラブル発生後、実に1週間。…怒らない、怒らない。人間オペレーターさんは滑らかに「お預かりして1週間以内に修理の可否をSMSでお知らせします」 ふーん。Another 1 week、ね。…怒らない、怒らない。

 再び予想に反して、たったの60時間でSMSが来た。やはりバッテリー交換。だからさあ、9日前からそう言ってるんだけどね。速攻で「修理進めてください」と返事すると、「お渡し予定日は6月8日です」 ふーん。バッテリー交換するのに、8日間もかかるんだ。っていうか、人手が足りないのね。っていうか、修理するPCがそんなにたくさんあるのね。
 こうやって、人はトラブル対応に慣れていき、何が起こっても慌てず騒がず怒らない精神性を養っていくのであろう。誠に有用な修業の機会である。


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by miltlumi | 2016-06-03 08:26 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(8)