<   2016年 05月 ( 4 )   > この月の画像一覧

3つのよいこと

 かの出版社の社名の由来となった論語の「三省」について、とある社会人勉強会で議論が交わされた。曾子が挙げた3つの観点はともかく、毎日どんな振り返りをしていますか?という質問に、口々に答えが飛び出す。
 「その日の学びや気づき、気分を振り返る」
 「気づきや悩みはもちろん、今年の目標や資産計画を10年手帳に書いている」
 「部下に対して不明確な指示を出さなかったか振り返って、誤解されたかもと思ったら夜のうちにメールを出す」
 さすが、ビジネス界の第一線で活躍している方々である。つい一石を投じたくなって、はい、と私も手を挙げた。
 「その日あったよかったこと、幸せだなあと思ったことを、3つ思い出します」

 色即是空、ならぬ人生即是仕事、な人々の場が、一瞬フリーズする。シアワセ…? 口には出さずとも脳裏に浮かんだ彼らの「?」が手に取るようだ。場を取り繕うかのように、一人が無難な問いかけをする。
 「…3つ、なんですか? 2つでも4つでもなくて」
 「はい。3つです。2つしか思い浮かばなくても、無理やりもう1つ考えるんです。ランチが美味しかったとか」
 …ふーん。ランチ、ね。…で?という次の無言のフレーズが、漂ってくる。
 「まあ、ね、ランチのことしか思い浮かばない日は、ちょっと実のある活動が少なかったかな、ということなんですけど」
 一応私も社会人なので、それっぽくビジネスめいた言葉でその場を結んだ。

 でも、正直言うと、ランチが本日の3大イベント、というのは、半分本当なのだ。昼休み時間や社員食堂に縛られない自由業の身にとって、ささやかな幸せは「今日はどこで何食べようかなあ」と悩んで、計画を立てること。「在宅勤務」のときも、気分転換を兼ねて近所のお店にふらりと出掛ける。10年ほど前、最寄りの駅前に大きなオフィスビルが建って以来、じわじわとランチのお店が増えている。
 先日は、人気のベーグル屋さんに初めて足を踏み入れた(これまでどうして知らなかったんだろう)。本場ニューヨークに勝るとも劣らぬ大きさと品揃え、そしてサンドの中身の迫力。でも、何よりも惹かれたのは、店員さんたち。
 「サンドイッチの注文の仕方、おわかりですか?」
 「このエブリシングはしっかりしててホントに美味しいですよ」
 「シチリア島の岩塩が入ったお店のカード、よかったらどうぞ」
 満面の笑顔で親切に、でも決して押しつけがましくない。心の底からベーグル好きな私たちが集まって、皆で力を合わせてやってます、っていう思いが伝わってくる。

 すっかり幸せな気分で店をでる。いいなあ。素敵だなあ。私もここで働きたいなあ。美味しいパン屋さんはたくさんあるけれど、ここで働きたい、と思えるパン屋さんはそれほど多くはない。何かがちがうんだよね。
 その極意の探究が新たなマーケティング手法の開発につながるかも、などと、かの勉強会に出席するビジネスマンたちなら、思うんだろうなあ。そうアタマでは理解しながら、パンの焼けるふくよかな香りに大きく深呼吸をする。今日も幸せな日だ。


[PR]
by miltlumi | 2016-05-27 15:44 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)

私たちの世代

 友だちが、複雑な表情で語ってくれた話。ご両親が、先祖代々のお墓を墓じまいして北の海に散骨してしまった。オレたちの骨も、海に撒いてくれればいいから、とおっしゃっているという。
 「死んだらどうせカルシウムだ」と豪語しているというお父様も大したものだが、この決断、実はお母様のほうが糸を引いたのではないかというのが彼女の見立てだ。
 「そりゃあなた方は撒く人がいるからいいけど、私はどうすればいいのよって言いたい」という言葉は、彼女と同様シングルアゲインの私も思いっきり身につまされる。

 幸か不幸か我が家ではまだ、先祖代々の墓群も父のお墓も関西の片田舎に健在である。しかし、たまのお墓参りでせっせと草むしりに勤しむ母の背中から立ち昇るのは、亡き人々を偲ぶ想いというよりはむしろ「本家に対して次男の嫁の義務を果たさねば」という悲壮な責任感。
 なんだかなあ、と思いながら、旧来の価値観に縛られている母が可哀そうな気もする。今さら「家」とか「嫁」とかいう時代でもないだろうに。

 話は変わるが、先月「ねんきん定期便」を受け取った時、不意に「仕送り」という言葉を思い出した。
夏目漱石の小説に、一家を構えた男性のもとに年取った養父が何度も無心にやってくる場面が出てくる。読むたびに他人事ながら不愉快に思うのだが、あの頃はああいうことが一種当たり前だったのだ。
 私の母も、結婚当初の父の月給が2万いくらだったのに、お祖母ちゃんに何千円も仕送りしていてやりくりが大変だった、と昔語りをしていた。
 結婚以来ずっと専業主婦だったその母は、しかし、今や「仕送り」なんぞに頼らずとも父の遺族年金で悠々自適の生活。聞けば、30年以上せっせと年金を納めている私の受取見込額よりずっと多い。だから、お墓参りに行くときの食事代は、すべて母のおごりである。

 年老いたら子供に世話してもらうもの、死んだら先祖のお墓に入るもの、そのお墓は子や孫が守るもの、といったこれまでの価値観、時代を越えて脈々受け継がれてきた日本人の常識は、戦中生まれの世代を最後に歴史的終止符が打たれようとしているように思える。
 彼らを潤している、血を分けた子供に頼らずとも済ませられる年金制度も1代限りの幻想で、私たち世代で早くも変わりつつある。件の慎ましい見込額さえ暢気に満額もらえるなどと思ってはいけないし、仮に仕送りに回帰したくとも肝心の子供がいない。お墓を守るも何も、そもそも自分のお葬式を出してくれる人は誰なんだろう。

 終活ブックから生前葬、回転寿司みたいにぐるぐる回る永代供養墓に「お墓」そのものを不要にする諸サービスまで、続々登場する資本主義的選択肢。
 何もかも、自分で考えて自分で選ばないといけない。ただ粛々と先代の道を踏襲してきた時代は、遠い昔のようでいてほんのちょっと前のこと。選択肢が増えるのは、いいのか悪いのか。


[PR]
by miltlumi | 2016-05-19 09:07 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(4)

今さらの体操服

 衣替えのついでにカットソー関係の棚卸をしたら、白いTシャツが8枚もあることが発覚した。嗚呼。どれも必要性と必然性に基づいて買ったものだし、こんまり流に言えばどれも「ときめく」ので捨てられない。幸い(?)白Tシャツは汚れやしみが目立つので、そうなれば即ステる理由ができる。せっせと着用することだ。

 雨上がりの朝の空気はことのほか暖かかったので、白Tシャツの上に羽織るカーディガンはトートバッグに突っ込んで地下鉄の駅に向かう。地中深く潜っていく長いエスカレーター。ハイヒールをこつこつと鳴らしながらゆっくり降りていたOLが途中で自力歩行を断念して左側に寄るや否や、スニーカーの私は一気にとととととっと駆け降りる。
 向かい側では、口元をへの字に結んだ眠たそうな集団が、律儀に一人ずつ縦並びになって黙々と歩を進めている。白Tシャツにスニーカーなんていう格好は、どこにも見当たらない。
 平らになって床に吸い込まれていく最後のステップを足で蹴って、タンッと小さく飛び降りる。着地成功。頭の中には、フィニッシュを決めた瞬間の内村選手がいる。
 体操服だ。不意に懐かしい言葉が思い浮かぶ。綿の白いラウンドネック。体操服以外の何物でもない。スーツやジャケットで完全武装した働く大人に混じって、自分がひどく場違いな存在に思えてくる。

 運動神経が鈍くて体育の授業はいつも憂鬱だったから、大学2年の冬、一般課程の体育の最後の授業が終わった瞬間、青空に舞い上がるような解放感だった。これで一生、もう二度と、体育をやらずに済む。もちろん、大学には学校指定の体操服などなかったけれど、もしもあったら最後にかいた汗を吸ったままの体操服を道端のゴミ箱にずかっと突っ込んでスキップで立ち去りたいような気分だった。
 それなのに、というかそれだからこそ、そのあとしばしば、体操服を忘れる夢を見た。教室でみんな一斉に着替える段になって(ということは小学生だ)、あるいはロッカーの扉を開けて(ということは高校だ)、体操服を持って来なかったことに気づく。まずい、うちに戻らなきゃ。うちに戻っても洗濯していない、というストーリー展開のこともあった。
 大人になってあの頃の倍近い年齢になっても、同じ夢を見た。音楽の縦笛とか図画工作の絵の具とか、子供の忘れ物ベストセレクションは他にも色々あるのに、そしてそのいずれも、実際はほとんど忘れたことがなかったのに、なぜか体操服だけが夢に出てくる。

 そういえば、最近は体操服の夢を見ていない。運動神経が皆無でもなんとかかっこつけられるエアロバイクと筋トレを目当てにスポーツジムに通い始めたせいだろうか。
 そこで着用するのは白い体操着に紺色のブルマー、…なはずはなく、ユニクロの速乾スポーツウェアだけれど。


[PR]
by miltlumi | 2016-05-15 09:01 | 私は私・徒然なるまま | Comments(0)

春の収穫

連休前半は、母と一緒に実家へ。
兄の家の隣に引っ越してしまった母が、たまに泊りに行くほかは空き家になっている家。

1日目。いまだに残っている亡き父の背広の整理。
カンカンと耳障りな音をたてる衣装箱。
樟脳の香り。

2日目。草木が自由気ままに伸びている庭の手入れ。
久しぶりに地面に触れて、はびこるドクダミと野苺の地下茎と戦う。
土の香り。

家の北側から母の得意げな声が聞こえた。
「ほら」 差し出された両手いっぱいに、蕗。
はんぶんこにして、それぞれ持ち帰る。

「細いやつもちゃんと筋とるのよ。でも指が真っ黒になるからね」
何度も言われた言い付けを守り、鰹節で炊く。
春の香り。

a0165235_11030986.jpg


[PR]
by miltlumi | 2016-05-03 11:22 | フォトアルバム | Comments(2)