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博多の神社

a0165235_22154036.jpg博多といえば太宰府天満宮、
と思っていた私は認識不足だった。

923年創建の筥崎宮。
海辺の三の鳥居から本宮まで
一直線につながっている。
海の神様、玉依姫命をお迎えした、
軌跡そのまま。
巨大な楼門の宙高く掲げられた宸翰には、
「敵国降伏」の文字。
すわ、靖国神社か、と思いきや、
この「敵国」は「元寇」を指すという。

                      757年創建の櫛田神社は、博多祇園山笠の本拠地。 
                      真田幸村の人形を擁する山笠の脇には、歴代力士の力石。
a0165235_22161793.jpg樹齢1000年の大銀杏の恵みを受けた雌樹には、
びっくりするほど大きなギンナンがたわわに実っていた。

そうだ、博多、行こう。
…というのが、これからしばらくのMy標語になりそう。
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by miltlumi | 2011-07-30 22:23 | フォトアルバム | Comments(2)

鹿児島名物!

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「きりしま」特急からの桜島は、雲もかかってなくて頂上まできれいに見えた。

「しろくま」の由来は、上に乗った果物や寒天が白熊の顔みたいだから、というのに、今日の顔は「福笑い」みたいだった。

大河ドラマ「篤姫」が始まる前は、西郷隆盛や大久保利通らの資料館に、篤姫の記載はB4 1枚分しかなかったという。
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by miltlumi | 2011-07-29 18:13 | フォトアルバム | Comments(0)

朝陽の中で微笑んで ・・・@宮崎

ハイファイセットの「朝陽の中で微笑んで」という歌がとても好きだ。

池田晶子という哲学者が、ある本に書いていた。
「現代人は、世界遺産とか宇宙とかあれこれ神秘を求めるけれど、
そもそも、私がここに存在することが、神秘以外の何物でもない」

友人が、昔上司に習ったという簡単な瞑想の仕方を教えてくれた。
10分間「赦す」、10分間「感謝する」。10分間「願う」ことだけを考える。

毎朝、繰り返し、空は朝焼けに染まる。
宇宙の片隅の、ここに私がいて、誰かに出会うこと。その奇跡、に感謝する。
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by miltlumi | 2011-07-29 09:05 | フォトアルバム | Comments(0)

天孫降臨の地、宮崎!

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生まれて初めての宮崎。
空も海も広い!! 
東京と同じような気温だけど、
すがすがしい風が防砂林を渡る。
神様が降り立った、
高千穂の峰はどのあたりだろう。






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by miltlumi | 2011-07-28 23:14 | フォトアルバム | Comments(0)

コミュニケーションツール

Eメールのいいところは、何度でも好きなだけ繰り返し読めること。
小さくならない飴玉みたいに、ずうっと舌の上でころがして味わう。
でも、こちらから投げたボールの全部が返ってくるとは限らない。
本当に答えが聞きたくて尋ねた問いが、ブラックホールに吸い込まれる時、少し悲しい。

電話のいいところは、線のあっちとこっち、物理的に繋がっていると思えること。
同じ瞬間に、同じものを一緒にさわっている感じがする。
それから、何もしゃべらないほんのわずかな時間さえ、何かを語ってくれる。
その沈黙が重くなることも、あるのだけれど。

手紙のいいところは、筆跡に触れることができること。
相手が選んだ便箋と封筒、それにインクの色にまで、メッセージを読み取ってみる。
黄ばんでも、破れても、ずっと手元に残っていて、いつでも手に取ることができる。
それに、燃やす、びりびりに破く、古新聞に混ぜる、捨てる手段が色々ある。
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(人と犬のコミュニケーションツールは、Eメールでも電話でも手紙でもなく、1個のボール!)
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by miltlumi | 2011-07-26 10:11 | フォトアルバム | Comments(2)

最適なオトコを選ぶ確実な方法

 従姉の子供が適齢期に達していて、数か月前に写真と釣り書きをことづかった。「どんな人が好み?」と聞くと、
  「背が高くてかっこいい人」
 だめだこりゃ。道乗りは遠い。18やそこらの小娘ならともかく、三十路を超えたら、こんな幼稚な回答はいただけない。ケッコンは恋愛とはちがう。表参道の欅並木を腕を組んで歩きながら、FENDIのショーウィンドーに映る二人の姿に自己満足してるだけではすまされない。ながーい時間一緒にいていつも楽しい、とまではいかなくとも、気持ちよく過ごせる相手でなくては。それを見極めるには、それなりの場数と経験が必要だ。
 けれど、女子大在学中にお見合いをして卒業と同時に結婚した母親(=私の従姉)に育てられ、自らも短大を出て自宅で家事手伝いをしている箱入り娘には、難しい注文かもしれない。

 ところが先日、友人から朗報を得た。より強い遺伝子を後世に残すのに最適なパートナーとは、自分の遺伝子と最もかけ離れた遺伝子を持つ相手、という進化論的仮説にまず納得してほしい。そして、「かけ離れた遺伝子」の持ち主のかぎ分け方が、文字通りニオイをかぐこと。かけ離れているほど、その人の体臭が好ましく感じられる、というのである。
 逆に言えば、「くっせえ~~」と思う相手は、自分と似た遺伝子を持っている。小学校の頃はいつもまとわりついてきた可愛い娘が、年頃になった途端「お父さん、クサい!」と顔をしかめるのは、アナタの加齢臭のせいではない。わが娘が間違いなく自分の血を引いている、有難い証拠なのだ。とはいえ、物理的にクサいと感じるものに近寄りたいとは思えない。
 かくして神様は、近親相姦を起こしにくくして、劣勢遺伝子の発現による種の弱体化を防いでいるわけだ。素晴らしい自然の摂理。

 このかぎわけ能力は、女性だけに備わっている。そう、選ぶのはいつだって女性の側。選ばれるために、オスは文字通り必死で、きれいな尾羽を広げたりたてがみを振りかざしたり、でかいマンモスを捕まえたり、色々と努力しないといけない。
 努力する気も起きない女性に、満員電車の中で「くさっ」とばかりに顔をしかめられても、逆ギレする必要はない。この子の遺伝子配列はボクと似てるんだなあ、ご先祖様のどっかでつながってるかも、と思えば、見知らぬブスにも愛おしさが湧くだろう。

 話を戻すと、女性が男性を選ぶ際の最も原始的かつ確実な方法の一つが「におい」による判断。もちろん、結婚は子孫繁栄だけが目的ではないから、このやり方が万能というわけではない。でも、一緒にいて気持ち良く過ごせる、という観点でも使えることは使える。これなら、経験豊富でない彼女でも判断できる。
 というわけで、まあ誰か紹介しようかと、引き出しの中から取り出した彼女の写真に、同じ場所に入れてあったサロンパスの移り香が。まいっか、男性の判断基準はにおいじゃないから。
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by miltlumi | 2011-07-24 18:49 | マンモスの干し肉 | Comments(1)

断捨離できないミシン

 梅雨明け以来の猛暑が嘘のような、ひんやりした風が吹き渡る。仕事も、これといった用事もない平日の午後、思い立ってクローゼットからミシンを持ち出す。やらなきゃ、と思いながら後伸ばしにしていた、ジーンズの裾上げと、テーブルクロス用に買っておいた裾の三つ折り。ミシンワークには、布の感触が素肌に懐かしい、こんな日が一番。

 電動式ミシンは、まだ大学1年だったときに母が「花嫁道具ね」と買ってくれた。母自身は、花嫁になる前から使っていた足踏みミシンを今でも使い続けている。
 小学校を卒業するまで、私はいわゆる既製服を着た記憶がない。ずっと母の手作りだった。あの頃は、専業主婦のお母さんが子供服を手作りすることが、さほど珍しいことではなかった。小学3年の秋、シーズンの流行りだったのか、袖ぐりが脇腹のところまで大きくくられた赤白の千鳥格子のジャンパースカートを、同学年の女の子4人くらいが着ていた。子供心に、おんなじ服を着るなんて、いやだな、と思った(人と違うことに抵抗を感じない性格はあの頃形成されたのか。今では何百万枚も出回っているユニクロTシャツを平気で着てるけど)。

 母がミシンを踏む傍ら、私もぬいぐるみを作ったりしていたので、家庭科は得意だった。大学になって専用のミシンを持ってからは、渋谷109の斜め向かいにあるマルナン(今もある)という布地専門店で生地を見繕っては、袖ぐりの処理やファスナーのつけ方が乱雑だと母に叱られながら、ブラウスやスカートを縫った。
 あの頃、キルティングに紐を通しただけの30㎝×50㎝くらいの袋にノートや筆記用具を入れて持ち歩くのが、大学生の間で流行っていた。当然ながら私も、ボーイフレンドのイニシャルをフェルトでアップリケしたタータンチェックの袋を作った。お裁縫ができる彼女、あるいは彼女そのものがいない彼の友達のためにも、いくつか作ってあげたっけ。
 社会人になってからは、時間のかかる洋服作りとはさすがに縁遠くなったが、結婚する先輩へのエプロンとか、ママ代理として小学校入学時に揃えるうわばき入れ・体操服入れとか、ミシンは色々と活躍した。

 最近はミシンなんて流行らないんだろうな、と思ったら、2人以上の世帯の普及率は62%。意外に高い。何でも安く手に入る今日この頃だけれど、「手作り」という言葉の響きは、いつの時代もあったかい。直線縫いだけのテーブルクロス1枚でも、自分で作ったものへの愛着はひとしお。
 使いもせず「いつかは手作り」と断捨離できず、ミシンを捨てられない人、、あるいは不器用に手作りした服を貯めている人は何人いるだろう。使用頻度が高い私はと言えば、手作りしてしまったウェディングドレスを断捨離できずにいる。「いつかは」もう一度着よう、というのも縁起が悪いし、ましてや、人様に差し上げるわけにはいかない。
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by miltlumi | 2011-07-23 15:13 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)

パスポート更新、10年前とこれから

 昨日の午後、パスポート更新のため有楽町に行った。終業式が終わって夏休みに突入したての交通会館2階は、カンカン帽やかごバッグなど、バケーションを先取りしたような服装の大人に子供たちの歓声が加わり、出張前と思しきサラリーマン姿と混じって独特の雰囲気を醸し出していた。
 受付手前にある証明写真サービス店は、さながら五反田歓楽街のように、通路の左右から客の呼び込み合戦が展開される。10年前のリベンジとばかりに、あのときと同じ左側の店に入る。

 あの頃、私は役所まわりと書類手続きに追われていた。離婚届の提出が済み、苗字を旧姓に戻して戸籍を新設したおかげで、免許証から銀行口座、数あるクレジットカードに光熱費の公共料金等々、変更せねばならないアイテムは20近く。あの手の変更届用紙はただでさえ面倒なのに、もう振り返りたくない過去をいちいち思い出させる記載項目。あの不愉快さは経験した者でないとわからないだろう。

 当時は月に1度は海外出張に行っていたから、パスポート変更はスケジュールの合間を縫わねばならない。氏名変更だけなら手持ちのパスポートの該当箇所を二重線で消して上書きするだけと事前確認した私は、ほぼノーメイク、NY出張中にGAPのバーゲンで買った黒いTシャツをだらりと着て、交通会館に出向いた。
 窓口でパラパラとパスポートを眺めていた係員の表情が、にわかに険しくなった。
  「ここ、どうしたんですか?!」
 真ん中あたりの頁の左下がいびつに破れている。万事がさつな米国の出入国管理局で、ホチキスで留めてあった入国カードを回収するときに破かれたのだ。正直にそう伝えると、
  「これはだめです。もう使えません。新しいパスポートを作ってください」
  「え?そりゃ困ります!」思わず叫んだ。あと6年も有効期間が残っているのに、というのが理由ではない。なんたって今日はスッピンなのだ。こんな顔が向こう10年パスポートにべったりとラミネートされるなんて、非常にまずい。
  「今日、写真持ってないですから」
不用意にも理由を口走ってしまった私に、係員は毅然と答えた。
  「大丈夫。あそこの店ですぐ撮れます。すぐに行ってください」
 最後の悪あがき、とも言えようか。色味(色気、ではない)のない顔を少しでも誤魔化すため、白黒写真を選んだ。以来10年、私は世界中の入国審査官にすっぴん写真を晒して回ったのである。

 待ちに待った有効期限満了。本日は準備万端、Last minutesの化粧直し用にビューラーまで持参して、京橋で仕事を済ませた後、いざ有楽町へ。台風がもたらす湿度100%の空気で、きれいにブローした髪が台無しにならないよう、タクシーで乗りつける。

 10年ひと昔、とはよく言ったものである。あの時荒んだ気持ちで座っていた待合コーナーも、今日は夏休みの海外旅行を前に浮かれている人たちのポジティブオーラが充満しているように見える。
 私だって幸せ、と思う。今日の写真は、成功だし。これからの10年に、乾杯。
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by miltlumi | 2011-07-21 11:35 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)

21世紀の経営者―富士山より高尾山

 ある人(A氏、としよう)が、人も羨む立派な会社のやんごとなき地位を、B氏にオファーした。こともあろうにB氏は、それを丁寧に辞退した。
 憤懣やるかたない、とばかりにこの話を暴露するA氏に、私は感想を述べた。
  「そんな大変な仕事、彼はとてもじゃないけどできないと思ったんでしょ」
 一瞬ぽかんとした彼は、言葉の意味が前頭葉に伝わると、ようやく晴れ晴れとした表情になった。「そういうことだったのか。」
 A氏は、B氏が素晴らしい出世の機会をソデにするなんて、愚の骨頂か、紹介者である自分の顔を潰そうとする無礼者か、はたまたオレ様のことを信じない不届き者か、と、アサッテの理由でムカついていたのである。それが「できない」って、なんだ、しっぽを巻いて逃げるのか。なら仕方ない。

 例によって、マンモス狩りの発想である。目の前に現れたマンモスは狩るべし、が条件反射になっているA氏は、自分の周囲30メートル以内に、ましてや自分が目をかけたビジネスマンに、“正しい”条件反射をしない輩がいるとは思いもしない。
 おそらく、この傾向は今の50歳以上の役員クラス男性に顕著である。マンモス狩りの比喩はちょっと飽きたので、もう少し品のいい表現を借りてみよう。
  「オレの前に山があるから登るのだ」。
 エベレストでもK2でも、勝手に目指して勝手に登ってくれる分には何の近所迷惑にもならない。しかし彼らは、一定の地位に到達すると、自ら寝袋やアイゼンを選んで単独山頂を目指してはいけないことを、幸か不幸かよくわきまえている。
 そして、ヒマラヤ山脈よりもインド洋のモルジブでのんびり日光浴していたい部下を捕まえて、「おまえ、あの山が見えないのか?登りたくないか?登りたいだろう?登れ!!」とけしかける。

 誤解を避けるために言っておくが、私はマンモス狩りやエベレスト登山を否定しているわけでは、決してない。その達成意欲と能力のある人はどんどんやればいい。そして、同様の意欲と能力を(潜在的にでも)持っている後進を鼓舞してやらせるのも大いに結構。
 しかし、気持ちよく高尾山で涼んでいるB氏に対して、「そこまでの能力があるなら、どうして富士山を目指さないんだ!?」と強要するのは、None of your business。ましてや海好きな人を前に「なぜおまえには山の良さがわからないのだ?」と怒るのはおかどちがいというもの。

 50歳以上というのは、つまり「男女雇用機会均等法」施行前、女性という異分子が闖入する前の均一的ビジネス界を「アヒルの子」の時に「刷り込み」された最後の年代。そして役員というのは、平たく言えばビジネスの成功=人生の勝者、と思いがちな人種である。
 人生の価値観は人それぞれ、という地球の真理を忘れてはいけない。マンモスに食指を伸ばさない若輩を十把一絡げに叱咤するかわりに、うさぎやたぬきを追わせたり、狩りの後の宴の準備を頼んだり、あるいはいっそ干し肉作りに専念させたり。21世紀の経営者はより高度な舵取りを迫られているのだ。
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by miltlumi | 2011-07-20 09:35 | マンモス系の生態 | Comments(0)

♪祝♪ なでしこジャパン世界一!!!

大体、なでしこジャパンって、どういう意味よ。
サムライジャパンの対(つい)なら、「くのいち」ジャパンとかにしたほうがいいんじゃないの?

徹底的にスポーツ観戦に興味のない私は、
甥っ子のおかげでようやくオフサイドの意味を3日前に知った。
それでも、決勝戦がいつなのかは知らなかった。
なのに、ひょんなことから今朝は早起き。

平凡な言葉しか浮かばないけれど、素晴らしかった。
スポーツ観て泣いたのは初めてかもしれない。

0対0のまま前半を終えて突入した休憩時間(あ、ハーフタイムか)。
外は、なでしこたちの笑顔を先取りするような、美しい朝焼けだった。
日本女性であることが、誇りに思えた、朝
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by miltlumi | 2011-07-18 21:56 | フォトアルバム | Comments(0)