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バリ旅行記-熱帯のスコール

 ワルンを出て、夕飯の後のデザートを食べようとカフェに立ち寄る。
 道路側に長くシェードを突き出した2階の窓側、いかにもバリ風にたくさん置かれたクッションに身を沈めると、期待通りの土砂降り。

 出発前、インターネットの天気予報で見事に並んだ雨マーク。はずれることを祈りながらも、期待に似た覚悟をしていた。熱帯のスコール。
 だから、夜のアスファルトにたたきつけるように降る雨に、思わずわくわくして身を乗り出した。
厚い雲の向こうから空一面を揺るがす稲妻と、その直後に響き渡る雷は、宗達の風神・雷神図を思い起こさせる。そういえば、あの風神の顔は、バリのバロンにとてもよく似ている。

 店の軒先に駆け込む、ランニングとショートパンツ姿の金髪の観光客。
さっきまで道端で「タクシー?」を連呼していた無免許のドライバー達は、とうの昔に姿を隠してどこかで雨宿り。
 ああ、なるほどそうか、と思う。もう、人間はなす術もなく待つしかない。ただこの神の饗宴が鎮まるのを待つだけ。自然崇拝、と言ってしまうと平べったくなってしまうけれど、この激しい雨に、自然の偉大さを感じない人間はいないだろう。そしてそれは、私たちに敵対するのではなく、稲に実りをもたらしてくれる。
 だから、人々は黙って、空を見上げながら、待つ。自然は征服すべきもの、と考えていた西洋人との根本的なちがい。アジア人にとっての自然は、共生するもの。自然は、神そのもの。

 ふと店内に目をやると、こんな気持ちのいい雨がこんなに大きな音を立てて降っているのを知ってa0165235_924885.jpgか知らずか、アメリカ西海岸風な痩せた男性が大きなMacの画面にくぎ付けになっている。その横のテーブルでは、ドイツ人のようにでっぷりと太った中年女性が、ハンドヘルド型のPCのキーボードを慎重にたたいている。
 私たちの目の前には、ベルギー製と見紛うばかりの完璧なチョコレートムースケーキと、ちょっと目の粗いラズベリーチーズケーキが並んでいる。

 雨は一層強く、暗い道を滝のように流れていく。                  
                             <翌朝は晴天、雨で潤った棚田がきれいでした>
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by miltlumi | 2011-01-31 09:08 | Vacation in Bali | Comments(0)

バリ旅行記-バリのみどり

 「バリと言えば?」と自分に問いかけて最初に思い浮かぶのは、Puri Lukisan美術館の庭の緑。圧倒的だった。むせかえるようだった。絶対的に空気が濃い、と感じた。それはそうだろう。これだけ緑が繁茂しているのだから。

 ちょっと押され気味に、負けそうになる。まだ身体がついていけていない。少しずつ馴染まないと、本当に圧倒されてしまう。大丈夫。落ち着いて。静かに深呼吸する。
 蒸し暑いだけ、と思ってしまえばそれまでだけれど、これは明らかにバリの神様の独特のおもてなし。「気」を感じる。

 沖縄の斎場御獄を訪れた後、ものすごく眠たくなったときの感じと通じるものがある。

 展示室には誰もいない。100年近く前の、やはり圧倒的な緑が、なぜかダークな色調で綿密に描かれている。そこには常に、活発に動いている人や動物や神が共にある。みんなみんな自然の一部ですよ、と、そう物語っている。
 そういえば、ユトリロの絵には決して人間が描かれていなかった。窓さえ開いていないのが、精神を病んだ彼の絵の特徴だった。ゴーギャンみたいに、南の島に移住すればよかったのに。

 美術館を出ると、木琴の単調な調べがしじまを破る。ドレミファソラシドと♯・♭だけでは表現し尽くせないバリの音色。無限の濃淡を織りなす緑の木々に似ていた。
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by miltlumi | 2011-01-30 13:21 | Vacation in Bali | Comments(0)

バリ旅行記-短すぎた真冬の夏休み

a0165235_1642454.jpg初めてのバリ。初めてのウブド。
ほんの3日半、瞬く間のバケーション。

アジアの町を散策したのも、生まれて初めて。
多分、奥が深い。

まだ入り口に立ったばかり。
次はいつ行こう。a0165235_16424547.jpga0165235_16473034.jpg
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by miltlumi | 2011-01-29 16:56 | Vacation in Bali | Comments(0)

わーい わーい わーい

1月10日から23日まで、連続14日間休みなしでフル稼働(叔母の個展を見に行くのも「稼働」のうち!?)。 そのご褒美に、明日から28日まで、ちょこっとバリ島に行ってきます。
インターネット接続が有料みたいなので、PCは持っていきません。
だから、ブログも5日間お休みします。

友達の友達で、私が直接会ったことのない人がブログを読んでくださって、「会ったこともないヒトの私生活をこんなに知っちゃっていいのかしら…」とおっしゃっていたそうです。
そーだよねーー。小さい時の家族との思い出から、ティーンエイジャー以来の恋愛遍歴(?)、そして今現在のバケーション情報、みいんなオープン。何やってんだか。

でも、面白いことや楽しいことはみんなとシェアしたほうが楽しいよね。
エネジーチャージしてバリから帰ったら、また笑顔とパワーのおすそわけ、たくさんします!

というわけで、1月28日以降、また来てくださいね~~~ 

とりあえず今日のところは、去年5月のハワイのおすそわけを。。。
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by miltlumi | 2011-01-23 20:20 | Vacation in Bali | Comments(2)

ノルウェイの森・映画評(下)

(上)はこちら。。。
(中)はこちら。。。

 その4。逆に、本で書かれた台詞の中でとってもお気に入りだったのに、採用されなかったんだ、残念、という言葉。
 それは、ワタナベ君が緑に向かって「春の熊くらい好きだよ」という台詞。冬眠から覚めた春の熊と野原をころころ転がりっこをしたいくらい、好きだよ。これぞ村上春樹、と拍手したくなる。自分では決して発想し得ない・でも読むと「うわ、すごい!」と思える・でもよく読むとどういうことかよくわからない、独特の修飾句。他にも緑に向かって異口同音な表現を口にしている。多分、ワタナベ君は、緑のことを本当に好きだったのだ。

 こうしてつらつら書いていくうち、初めて気づいた。映画を観た直後には明示的にわからなかったことが見えてきた。
 映画化された作品の、原作との一番の違いは、「死」というメインテーマを「死」だけに絞ったところなのではないか。つまり、「死」と必然的に共にある「生」や、生き残った者の「記憶」といった広がりを、潔く切りとってしまったのだ。限られた上映時間を効果的に使うために。

 あからさまに「性」を次々と口にし、父親の死に直面した直後にポルノを観たいという緑は、言うまでもなく「生」を象徴している。
 だからこそ、緑に対するワタナベ君の感情は、前面に出さなかった。「春の熊」を言わせればそれが暗示できたかもしれないが、そうすると直子への感情との違いを説明しなくてはならなくなり、ストーリーが複雑になりすぎる。

 それから、「記憶」に関してほのめかすたったひとつのシーンは、直子がワタナベ君に「私を憶えていてね」という場面。直子は、自分が死ぬことを、その先はワタナベ君の心の中だけで生きていくことを、そして無常な時の流れが、ワタナベ君の記憶の中の自分をいつしかフェイドアウトさせることを、知っていた。だからこそ、「憶えていてね」とささやかざるを得なかった。

 でも忘却は人間の必然なのだ。生きている限り、その自然現象に逆らうことはできない。生きることを選んだワタナベ君は、ノルウェイの森を聞くたび、直子の顔や言葉や肌の感触の思い出が薄れていくことを実感する。
 もしかすると、直子が死んだのは、あんなに好きだったキズキ君の姿が、よちよち歩きの頃から17歳までずっと一緒にいた恋人のことが、いやおうなく自分の心から遠のいていく、薄れゆく記憶に耐えきれなかったからかもしれない。
 こんな発想は、原作を読んだときにも思い浮かばなかった。本と、映画と、両方比べて初めて。

 人は生きている限り、生きていかないといけない。
 なのに、誰もが、いつかは死ぬ。
 生き続けることは、死ぬことより難しいかもしれない。
                                      (おわり)
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by miltlumi | 2011-01-22 20:32 | 私は私・徒然なるまま | Comments(0)

ノルウェイの森・映画評(中)

(上)はこちら。。。

 その2。逆にどうしてここを映像化しなかったのかな、という場面。それは、緑の父親の病室シーン。映画では一瞬だけだが、原作の中では、あの枕元の場面は結構長い。末期癌で何も食べられなくなっている父親の看病に疲れた緑を思いやって、ワタナベ君は「少し散歩しておいで」と送り出す。
 おなかがすいたので、果物と一緒に置いてあったキュウリを食べると、それを見た父親も食べたがる。薄く切ったキュウリに海苔を巻いて醤油をつけたキュウリを何枚も食べながら、父親は唇だけで「うまい」と言う。

 今、不本意にも消えかからんとしている命。それでも、生きている証として、食物をうまいと思う。ポリ、ポリ、という明快な音をたてながら。これは、全編の縦糸のテーマとなっている「死」に対する、唯一の、直接的な挑戦である。
 ただ2時間13分の映画にとって、この場面に時間を割くことのリスクは、そうすることによるメインテーマの深堀りというメリットを上回ってしまう。ややもすると観客を混乱させ、よくて「ファニーな場面が一つだけあった」という気晴らし程度にしか受け止められない危険性がある、と判断したのかもしれない。

 その3。お気に入りの台詞をちゃんとピックアップしてくれてありがとう、トラン監督!と言いたい場面。
 「私を抱くときは私のことだけを考えてね。私の言ってる意味わかる?」という緑の言葉。それに続く「…傷つけることだけはやめてね。私これまでの人生で十分に傷ついてきたし、これ以上傷つきたくないの。幸せになりたいのよ」とともに、1文字さえ変えずに採用されている。
 大写しになった二人の横顔を観ながら、この映画でただ一度、泣けた。
 
 「よくわかる」と答えたワタナベ君、わかっていると思っていても、実はわかっていないよ。それに、緑のことだけを考えるなんて、できないでしょう。
 一方まだ19歳の緑。もちろん十分傷ついてきただろうけれど、あなたは、これから先もっともっと傷つくんだと思うよ。幸せになるためにワタナベ君とつきあおうとしても、その行動そのものが自分を傷つける結果になるのだから。
 彼らより、ほんの少したくさん経験を積んだ私は、心の中で意地悪をつぶやいた。つぶやきながら、そのことを知らない純白な彼らを、羨ましいと思って、泣けた。

                                     ・・・(続く)
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by miltlumi | 2011-01-21 20:04 | Comments(0)

ノルウェイの森・映画評(上)

 観てから読むか、読んでから観るか。あまり映画を観ない私は、必然的に後者のケースが多くなる。20年以上前の大ヒット作品の初の映画化となれば、本の方はもう5回くらい読んで準備万端。ところが、好きな本の映画にはよくあることだが、どうしても原作と比較対比してしまって、映画そのものに入り込めないというところが遺憾だった。
 言い換えれば、厳密に比較できるほど、映画は原作の基本トーンを忠実に反映していた。生きることをごまかすことのできない不器用な若さが醸し出す、静かな静かな哀しみ。私が空想していた光景が、空想していた以上にリアルに画面いっぱいに広がる。

 配役もはまっていた。緑の唇が分厚過ぎて、サングラスをかけた顔にちょっと違和感があったこと(目が可愛いおかげで、サングラスをはずせば気にならない)、永沢さんがちょっと年食っていたこと(どう見たって大学4年には見えない)以外は、絶妙だった。彼らの声で、私のお気に入りの台詞が一言一句変えられずに再現される。

 ならば、というわけで、原作 vs.映画、徹底比較。

 その1。さすが映画、文字だけでは現わしきれないニュアンスを画像にしてくれたね、という拍手ものは、ワタナベ君と直子が再会して散歩をする場面。本では、四谷から飯田橋、神保町を超えてお茶の水・本郷経由駒込、という具体的な経路がしっかり書かれている。それを読んだ時、私は1万分の1東京都地図で道筋を確認し、なるほどこれは異常だ、と確認した。
 映画で出てくる地名は駒込だけだが、緑の公園を直子がどんどん歩く姿を、カメラがいささか速過ぎるスピードで追う。目まぐるしい画面に、直子の異常さの片鱗が示される。
 同じ手法は、京都の療養所の近くの草原で、直子がキズキ君とのことを告白するところでも繰り返される。腰までの草をかき分けながら、じぐざぐに足早に歩く直子。そこでもやはりワタナベ君はなす術もなく、朝露に濡れて身体を震わせながら彼女を追いかけるしかない。

 直子の心の中の葛藤を、カメラの速さだけでこれだけ表現できるものか。

                                    ・・・(続く

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)
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by miltlumi | 2011-01-20 21:40 | 私は私・徒然なるまま | Comments(0)

「一応」という不思議な言葉

 在日歴30年、大学で教鞭をとっているスペイン人男性に、「奥様は日本人ですか?」と尋ねたら、「一応」という答えが返ってきた。
 「What does it mean?」
 一緒にいたバイリンガル女性と、同じ言葉を同時に発して笑ったが、彼は違う話で切り返した。
 「『一応』という日本語は、面白いですね。東大生に『どこの大学ですか?』と聞くと、たいがい『一応、東大です』と答えるんだよね。」
 早稲田出身の日本人ビジネスマン、「それは、東大のやつらが謙虚なんじゃなくて、傲慢の裏返しなんだよ」と歯に衣着せぬ批判。

 そうかな。白状すれば、私は東大卒である。数年前まで、入学試験直前なのに日本史も世界史も全然できてなくてあせりまくっている夢や、大学3年でもう一度受験しなくてはならなくて「1回受かったんだから、もういいじゃん」と困惑している夢を見た。東大に入ったのはラッキー、もう1回やれと言われてもできないかも、という深層心理の現れだ。
 だから、「一応」東大生です、という若者の気持ちがわからないではない。120%自信満々で東大生になる人なんて、ごく一握りしかいないはず。「こんなオレ(もしくはワタシ)が天下の(?)東大生を名乗ってよいのかしら」という戸惑いが「一応」の接頭句に含まれているのだ。
 でも一方、「一応」の実力しかない人間が東大に入るために、相当の努力をしたことは間違いない。少なくとも私は高校3年生のとき、すごーく一生懸命勉強しました。受験3ヶ月前から朝型にして22時就寝、5時起床。Z会の英数国2年分のテキストを3回復習した。やることはやったという自負はある。

 もう一つの心理として、日本人特有の「お勉強ができる」ことへの屈折した軽蔑(小学校の先生である友人が「運動ができる子は褒めるけど、勉強ができる子を褒める傾向は弱い」と言っていた)をかわす方便として、つい「一応」と言ってしまうのだ。東大生か否か、白黒はっきりしているのに、「一応」と無意味な曖昧さを強調するところに、早稲田は「傲慢さ」を見いだすのかもしれない。
 この手の意味不明な謙遜は、日本人の得意とするところである。「あなたは美しいね」と、恋人でもない人から言われたら、大多数の大和撫子は反射的に「そんなことないですよ」と肩をすくめるだろう。相手が「美しい」と言っているのを否定したら、相手にとって美しいものが、自分から見ると美しくない、という意味になる。言い換えれば、相手の「美の基準」が自分より劣後していると断言しているようなもの。それこそ失礼な話ではないか。同様に「東大卒ですか」と言われて、「いやあ、大したことないですよ」と応じるのは禁句である。

 かくして私は、「どこの大学ですか?」と聞かれれば、「東京大学ですっ」とにっこり笑うし、(めったにないが)「かわいいね」と言われれば、「ありがとう!」と素直に喜ぶ。
 それにしても、情熱のスペイン男性が、日本人の奥様を「一応」と表現した理由はとうとうわからず仕舞いだった。
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by miltlumi | 2011-01-19 22:47 | 私は私・徒然なるまま | Comments(0)

親族が集まる日

 日本列島が寒波に見舞われた日曜日。関ヶ原以西の大雪を気にしながら新幹線に乗り込んだ。ピリッと冷えた青空、期待通り富士山が見え隠れする。10日前に届いたパナソニックFZ100を構えて、意味もなく連写なんぞをしてみる。小田原で母が合流する。a0165235_9153643.jpg
 浜松を過ぎたあたりから曇りがちになり、三河安城からは畑に昨晩の残り雪。名古屋に近づくにつれ、予報通り雪が舞い始める。駅のタクシー乗り場手前の青天井から、ぼたん雪がさんさん降っている。雪国生まれの母は、「こんなに雪見たのは7年ぶりだわ」とはしゃぐ。既に積もり始めた雪に足をとられないよう慎重に横断歩道を渡り、ビルの3階に足を踏み入れると、名古屋に住む父のすぐ下の叔母の日本画が40点、ずらりと出迎えてくれた。
 かれこれ30年以上前から日本画を習い初めた叔母は、8年前にも銀座で個展を開いた。といっても親戚や親しい友人だけを招待し、「これいいね」と言えばその場で値段の書かれていない題名ラベルに丸いシールを貼ってくれる、贈与が基本の非営利個展。今回のテーマは「華」。

 個展会場には、3年前に年下の日本人男性と結婚してNZに住んでいる従姉が手伝いに来ていた。前回会った時はまだ私が結婚していたから、もう10年以上たつ。義叔父は今日はお留守番。a0165235_9174299.jpg
 関西にいる父の一番下の叔母とその孫(先週成人式だった)は昨日から泊りがけで、今は松坂屋にショッピングに出かけたという。
 「そういえば、お姉さんも出て来るって今朝電話があってね」
 父のすぐ上の伯母は、息子のお嫁さんの実家の近くに2世帯住宅を建てて東北に住んでいる。東北・東海道新幹線を乗り継いで来るから、85近い伯母でなくても相当な旅だ。
 ほどなく、神奈川県に住む父の兄のお嫁さん(主役の叔母と女学校の同級生である)も、もう一人の女学校の同級生(偶然だが、父の弟のお嫁さんにそっくりだった)と連れ立ってやってきた。
 結局、父の弟のお嫁さんを除き、父方の姉妹・義姉妹全員が勢ぞろいした。6日間の個展期間中の唯一の日曜日。示し合わせたわけでもないのに。
 「いやあ、みな会えてよかったなあ」
 叔母の絵を褒める暇もなく、故郷のなまり丸出しで写真におさまる5人。前回彼らが集まったのは一番下の叔母の旦那さんの告別式で、その前が私の父の一周忌。「葬式でもないと会わへんようになってしもたね」と淡々と語っていた叔母は、今日は自作の花々に囲まれて、満面の笑みだった。

a0165235_918328.jpg 帰りの新幹線のダイヤの乱れを気にした義伯母に急かされて、母と3人で一足先に帰路に着く。来ないタクシーを諦めて、地図が読めない老婆二人を先導しながら地下鉄に乗る。 「私一人だったら絶対迷子になるわ」とうなづきあう二人を、1時間遅れのひかり号自由席に押し込んだ。3分後ののぞみ自由席にどうにか座れた私は、車窓からの雪景色にカメラを向ける。
 いい日曜日だった。
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by miltlumi | 2011-01-17 09:21 | フォトアルバム | Comments(0)

真冬の青春

 日経土曜版に、「自費で払ったタクシー代の最高、1万円以上は2割弱」という記事が出ていた。すっかり忘れていた思い出が、突然フラッシュバックした。

 17歳の冬、終電近い駅の広場で、宴会帰りのクラスメートと名残を惜しんでいた。そこに合流した別のクラスの集団の中に、2ヶ月前に私に電撃告白したM君がいた。お互いのクラスメートに囃されて、二人は肩を並べて駅に向かう形に。
 「送ってくよ」という彼の銀縁の眼鏡の奥に、黒目がちの瞳があった(昔から、といっても当時は3年前から、私は黒目がちの瞳に弱かった)。
 送って行く、といっても、私の家は1時間もかかる県境のM駅。なのに彼は果敢にも、自宅とは逆方向の電車に乗り込んだ(マンモス狩りモードだ)。サラリーマンの姿さえまばらな夜半の東海道線。みかんの皮でもむきたくなる4人掛けの席、進行方向を向いて並んで座る。こんなに近く、こんなに長い間(といっても20分くらい)一緒にいるのは初めて。狩人の罠にまんまとひっかかった私。2ヶ月間出ていなかった答えが、つい口をついた。
 「私、M君とつきあってもいいと思ってる」
 遠慮がちに私の手をとるM君、ありがとう、とつぶやく。世紀の「両想い」成立の瞬間

 でも、次の瞬間私は現実に戻る。
 「もう降りたほうがいいんじゃない?うちまで行ったら戻れなくなるよ」
 今も昔も、高校生もサラリーマンも、オトコは押並べて刹那的な生き物である。その瞬間の幸せにのみ、酔い痴れる。
 「いいよ、ちゃんと送ってくよ。駅に泊って始発で帰るから
 真冬の駅で野宿。無謀、という単語はマンモス男の勲章。しかし、私も大馬鹿だった。男に基本的に欠落している分別というものを2倍働かせるという、女の基本的な役割に気づきもせず、「まあ、そんなに私のことを…」とますますぽおっとなった。
 しかも、真夜中に見知らぬ男の子を家に連れて帰るなんて大胆な行動は思いつきもしないほど、私は箱入り娘だった。ほかほかの両想い気分で上気した顔で「じゃあ、風邪ひかないでね」などと間抜けな台詞をはいて、無情にも私は彼を駅に置き去りにしたのだ。
 さすがに翌朝は4時42分の始発前に目覚ましをかけて、冷蔵庫のハムでこっそりサンドイッチを作り、駅に走った。しかし、そこに彼の姿はなかった。

 後の説明によると、やはり箱入りの彼は、私と別れてすぐ赤い公衆電話で家に電話をかけたという。別方向の電車に乗って終電を逃したから(さすがにM駅とは言えず、もう少し近い)H駅に泊る、と伝えたところ、母親に「タクシー代出すから帰ってらっしゃい」と一喝された(そりゃ当然でしょ)。素直な彼はすごすごとタクシーに乗り込んだが、自宅近くでメーターが2万円を超えていることに気付いた。H駅からの金額にしては高すぎる。やばい。正直な彼は、タクシーの運ちゃんに全てを白状し、「1万円は後で絶対払いますから、親には1万円だけ請求してください」と頼んだのだ。
 今、気づいたのだが、あの1万円の半分は、私が出すべきだったのだろうか。
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by miltlumi | 2011-01-15 21:20 | マンモス系の生態 | Comments(0)