<   2010年 05月 ( 17 )   > この月の画像一覧

アナログ vs. デジタル

 5泊7日の旅行に、全部で7冊の本を持って行った。正味5日間、うち半日はAla Moana Shopping Centerでの買い物三昧を予定していたので、たった4日半で7冊。読めるわけはないのに、そのときの気分にできるだけ合うものを気分よく読むためには、多少の選択肢が必要だ。結果的に、読み終わったのは3冊。悪くない。しかも、残る4冊は文庫本か新書。意図したわけではないが、せっかく重い思いをして持っていったのだから、かさばって重たいハードカバーから読み終えた方が、より達成感が大きい。

 ハワイ島からホノルルへのフライトの中、4冊めにチャレンジしようと「ちくま文庫」を広げる私の横、通路を隔てたシートに座った50代後半とおぼしきブロンドおかっぱの女性が、老眼鏡で平たい液晶に見入っている。つい首を伸ばすと、Amazonのロゴ。逆隣にいる友達に顎でしゃくると、  「プールサイドにもいたよね、電子ブック見てる人」
 ふうん。電子ブックという手があったか。あれなら7冊どころか千冊以上も入る。「日本の名随筆」の「夏」と「海」と「女心」のどれを借りようか、図書館でちまちまと迷う必要はない(昭和58年発行のこのシリーズが、キンドルのダウンロードリストに入っているかどうかは別問題だが。ちなみに、めでたくハワイ渡航の栄誉に浴したのは「女心」だった)。キンドルの向こうを張っている日本メーカーのガイジン社長は、老眼にとって文字の大きさが変えられる電子ブックは誠に素晴らしいと、一時潰れかけたプロジェクトを復活させた経緯がある。
 確かに、あれこれ色んなメリットはあるだろう。あと10年もすると、ハワイ島のプールサイドは、ペーパーバックやタブロイド版のローカル紙や、あるいは(ガイジンにとっては極めて奇異なことに)右側に頁を開く文庫本が姿を消して、一律にA4タテののっぺりした液晶でいっぱいになるのだろうか。(その頃には親切なMicrosoftがキンドルにメール機能をくっつけてくれちゃって、村上春樹の1QQ4とかを読んでると、右下にぽわわ~んとincoming mailの件名と発信者が浮き上がってきたりするのだ、きっと)

 でも。多分、そのときになっても、私は出発前に真剣に7冊を選んで、律儀にハードカバーの本から順に紐解いていると思う。そういえば、同世代女性の最近の発言を思い出した。
 「文庫の中では、新潮文庫が一番好き。だって匂いがいいんですもの。読んでる時、たまにこうやって(開いた本の間に鼻を突っ込む)ふふふんっって匂い嗅ぐの」
 お気づきでしたか?本には匂いがあることを。特に昭和に発行された本は、出版社ごとに微妙な違いがある。フォントに関しては、私は講談社文庫に我慢がならない。紙質で言えば、岩波文庫のぺらぺらした音に独特のノスタルジーをおぼえる。
 我々アナログ人は、五感で本を「読んで」いる。「本」を「コンテンツ」と呼ぶデジタルな人達には理解できないだろうけれど。
[PR]
by miltlumi | 2010-05-31 21:32 | 私は私・徒然なるまま | Comments(0)

ハーゲンダッツアイスクリーム

 水平線に沈みゆく太陽のように、バケーションはあっという間のはやさで終わりを迎えた。
 「いつまででもこうやってのんびりしていられそう」と言いつつも、「健康的な小麦色」から「土方のおっさん赤銅色」になりそうな気配の腕を見て、そろそろ潮時かな、とも思う。名残惜しいくらいがちょうどいいよね、と自分に言い聞かせながら、荷作りをする。
 
 リムジンバスから見る夕陽は、同一人物のはずなのにどこか素っ気ない。どうして帰ってきてしまったんだろう。Mauna Laniのメインダイニングのポークチョップは絶品だったなあ。道路が空いてるのは、木曜日のせいかな。今度のバケーションはどこに行こう。ギリシャに行きたいけど、今年は無理だな。株式市場はどうなっているかしら。そういえば、あの契約書の返事が来てなかったから催促しないと。。。

 止めてあったはずの新聞が郵便受けにぎっしり詰まっている。かすかに眉をひそめ、玄関のドアを開けると、ほんの少し澱んだ空気が私とスーツケースを包みこむ。新聞屋に電話をしてから、そそくさとスーパーに向かう。休み前に空にした冷蔵庫を速やかに補充しなくてはならない。とりあえず最低限のものを、と思うけれど、ハーゲンダッツが「3日間限り!1個198円!!」という貼り紙に思わず冷凍庫のドアを開ける。ふうん、メープルクッキーなんて出たんだ。マカデミアナッツにハワイを懐かしみつつ、季節限定クリームチーズラズベリーもぬかりなくカゴに放り込む。
 成田着陸3時間にして、既に日常に復帰し始めている。

 
a0165235_21401168.jpg

[PR]
by miltlumi | 2010-05-28 21:44 | Vacation in Hawaii ! | Comments(1)

漂う

a0165235_17242097.jpg昨日、ついに海がめを発見。
目を離した隙にいなくなってしまうかも。
心配しながらも、砂浜を駆け出す。
友達を呼んで戻ってくると、
まだ同じ場所にいる。
そのことに感動して、しばし呆然と眺める。

今朝同じ場所に行ってみたら、
1匹のみならず4匹も。
引き潮の浅瀬を、
波に揺られるままに漂っている。
人間が近づいてもあたふたと逃げるでもなし。

          波が寄せれば、私のすぐ足元にまで漂って来て、
            波が返せば、ざざざっと向こうの方に漂って行く。
              何を考えているのだろう。ゆらゆらゆらゆら。

          彼ら4人(匹?)は、結局一日じゅうずっと、
            椰子の木がはり出した木陰の岩場で
              潮の流れのままに漂っていた。

          私たち2人も、結局一日じゅうずっと、
            水玉模様の浮き輪につかまって
              波のおもむくままに漂っていた。
                何も考えず。ゆらゆらゆらゆら。

a0165235_17131640.jpg

[PR]
by miltlumi | 2010-05-25 17:30 | Vacation in Hawaii ! | Comments(2)

Imagination

                    敬虔な魔法使いの祈り
                   雄ライオンのライフル射撃
                 カヌーに乗った「日傘をさした貴婦人」
                    背の高いネズミと聖書
                   口から火を吐くマルタ十字軍

              みんな 気まぐれな雲による 束の間の芸術作品

a0165235_1711185.jpg

[PR]
by miltlumi | 2010-05-24 17:18 | Vacation in Hawaii ! | Comments(0)

American Family

夏休みにはまだ少し早いBig Islandに、日本人の影は少ない。
その代わり、まるで中国人のように親族一同、数家族が集ってバケーションを楽しんでいるアメリカ人が多い。

眺めているだけで身体じゅうがすっからかんになるような青い空と青い海。
日焼けを一応気にして長袖のパーカーにUVカットのサンバイザーを着けて泳ぐ私たちを尻目に、
白人の彼らは、お天道様の恵みを一身に浴びている。

a0165235_17101934.jpg

[PR]
by miltlumi | 2010-05-23 17:17 | Vacation in Hawaii ! | Comments(1)

Aloha from Mauna Lani !!

Aloha !
Arrived at Kona Air port at 9:00am on May 21st.
Straight to the pool side.
Read, sleep, eat, walk, swim, sleep, read ...

Perfect sun set scene from the ocean view room.

a0165235_1730395.jpg
[PR]
by miltlumi | 2010-05-22 17:32 | Vacation in Hawaii ! | Comments(0)

旅先で読む本

 海外旅行の前は、バケーションを思い切りバーケーションらしくするための準備が色々ある。準備をしながらワクワク感を醸成していき、出発日当日に気分の高揚が最高値に達するよう、十二分に注意を払う。あまり早くから準備を始めると出発前にピークアウトしてしまう。ぎりぎりに準備すると不完全燃焼で離陸しちゃうみたいで、かつ忘れものをする可能性が高いという実利的なマイナス面もあり、よろしくない。
 数ある準備のうち、洋服選びは例外として(女性たるもの、どんな服を何枚持っていくかは最大のHeadacheかつPleasureである。…こうやって英語を使い始めること自体、既に気持ちが国境を越えつつある証拠だ)、最大に留意するのは、何冊どの本を持っていくかということ。

 椰子の木が茂るプールサイドで、あるいは石畳の路地の奥のカフェで、時間に追われることなく心行くまで読書にふけるのは、バケーションならではの醍醐味。期待に胸ふくらませながら開いた本がつまらなかったら、目も当てられない。特に重くてかさばるハードカバーは、絶対に面白そうなものを選ばないと、旅先のゴミ箱に突っ込んでしまいたくなる悲劇を免れない。
 幾多のTrial & Errorの結果、リスクヘッジのために、ほぼ安全牌と思われる作家(江國香織・村上春樹など)の新刊か、一度読んだことのある文庫本を1・2冊リストに加えることを基本ルールとした。それでもカナリア諸島では、アフターダークがあまりに面白くなくてすごいショックだった。同行した友達に、不幸の手紙よろしく「面白くないからあげる」と渡し、2日後に「何書いてあるのかわかんない」と差し戻された。一方、面白いかどうかわからないから上巻だけ持って行った「ダヴィンチコード」でリカバリーショット。やはり友達に渡して、「どうして下巻持って来なかったの?」と怒られた。

 初めて読んだ本は、その内容とそれを読んだ場所が分かち難く結びつく気がする。ダンス・ダンス・ダンスは、マルタ島で読んだ。だから今でも、北海道の吹雪のシーンを読むたびに脳裏に浮かぶのは、地中海の燦々とした太陽とライムストーンの城塞だ。逆に去年行ったローマには、塩野七生の「ローマは1日にしてならず」上・下を持参した。ひねりもウィットもないが、観光ガイド代わりにも使えて、それはそれで結構面白い。沖縄で読んだ吉本ばななの「アムリタ」もTPO的にしっくりきた。

 今年は、一定の出来栄えが期待できる「1Q84 book3」があったが、4月の発売から1ヶ月以上もの「つんどく」に耐えきれず、既に読み終わってしまった。初めての作家だから冒険はすまいと、自宅で読み始めた領家高子の「鶴屋南北の恋」は大穴。あと半分近くだが、中断してハワイ島に持って行きたいくらいだ。でもやはり明日くらいには読み終えてしまうだろう。今回の安全牌は、ディケンズの「荒涼館」になりそうだ。
[PR]
by miltlumi | 2010-05-19 21:21 | Comments(0)

食い物の恨み

 食い意地が張っているわけではないが、細かいことに拘る性格ゆえか、食べ物は常にしかるべきタイミング・熱さ(冷たさ)・量をいただくことを是としている。

 先週の夜は約束が立て続いてほとんどうちで夕飯を食べなかった。今週はちゃんと料理しようと、スーパーで食材を選ぶ。普段めったに手にしないはんぺんが、どういうわけか私を呼んでいた。
 夜。ホームパーティー用に仕入れたパルメザンチーズが残っているので、こしこしとおろす。愛しのはんぺんチーズ焼き。ご飯と同時に出来上がるよう、オーブントースターのタイマーは3分後にセットしよう。とそのとき、ベッドルームの鞄の中から携帯のくぐもった音。「仕事の話ですけど、今、ちょっといいですか?」
 「あと7分」という電気釜の表示を横目で確かめてから、「…5分くらいなら」と低い声をだす。海外赴任した久しぶりの知り合いなのに、ご無沙汰の挨拶もしない。「あ、すみません、じゃあ後にしましょうか。でも、5分だけ」と言われ、結局10分かかってしまった。
 トースターから出て3分たったはんぺんは、終日水分をとらずに空調の効いたオフィスでPCに向かっていた50代女性の午後6時の目尻のように、干乾びたしわが情けなく寄っていた。Sxxt。
 Nさん。ごめんなさい。電話がそっけなかったのは、こういう事情なんです。でも、とても食べたかったんです、熱々のはんぺん。
 
 先週行った、歌舞伎座近くの蕎麦屋。愛想のいい主人が、旬の野菜をカラリと揚げて個性的な器に盛って、熱々のタイミングで出してくれる。ところが、肝心の〆のせいろで問題が勃発した。私の葱と山葵だけが、他の5人の半分くらいしかない。突然口数が少なくなり、蕎麦とのバランスを慎重に計算しながらちょびちょび薬味を蕎麦ちょこに入れる。
 そして2枚目。お盆に乗ったおかわりの薬味皿には、やはり量がまちまちな葱と山葵。一番多いお皿が来ますように。祈りも虚しく、またもや(どう客観的に見ても)一番少ない皿が私の前に置かれる。「も少し葱ください」と一言言えばよいのだが、初めてのお店でそんな図々しい要求をつきつけることはさすがに憚られる。筍天ぷらの余韻が一気に冷めてしまった。

 食べ物に関する子供時代の一番の思い出は、デパ地下で母が買ってきてくれたたこ焼き。ソースと青海苔と鰹節と紅ショウガが最もふんだんにのっかっているヒーローたこ焼きは、パックの真ん中に位置する。半分だけソースをかぶった、端っ子の情けないたこ焼きから口に運び、最後までとっておいたヒーロー君をいただこうとした矢先、兄が横からかっさらって、ぱっくり口に入れてしまった。私のヒーローがっっ 思わず涙がこぼれる。泣き声を上げながら兄の背中をぼかすか殴る。けれど、彼の胃の腑に納まったたこ焼きは戻ってこない。
 兄18歳、妹15歳のこのエピソードは、「たこ焼きで泣いた中学3年生」として、甥っ子にまで語り継がれている。
[PR]
by miltlumi | 2010-05-18 22:53 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)

忘れる

 ようやく五月晴れが続くようになった。ランチタイム、丸の内仲通りをスキップしたくなる。印象派の絵具でも決して表現できないような透明感のある新緑。葉がきらきらと照り返るビルのそばを通りかかったとき、ふいに、金曜日に友達(そのビルに勤めていたのだ)に出したメールの返事がまだ来ていないことを思い出す。と同時に、その事実を今の今まで忘れていた自分を、そして返事が来ないことにも、来ないことを忘れていたことにも、全然くよくよしていない自分を見つけて、さらに晴れやかな気分になる。

 「記憶」をテーマにした随筆集を読んでいたら、掲載されたエッセイの半分以上が「憶えていること」ではなく「忘れること・忘れやすいこと」についての記述だった。しかも、それらが揃いも揃って「まあ、仕方ないじゃない」モードで統一されている。
 読むことを専門とする高名な評論家が、「本などは読んだ端から忘れてしまう。…読書は、読んだという記憶だけを手に入れるようなもの。…それなりにいい時間つぶしで、楽しくないこともない」などと、のうのうと書いておられる。

 以前、私の自慢は記憶力がよいことだった。友達の誕生日とか他部署の内線番号4桁とか、あるいは旅先の街の道とか、仕事でいつ誰が誰とどこで会って何の話をしたかとか。メールも、いつ頃誰に何の依頼をして、誰からの回答を待っているのか、いつまでに何をしなければいけないか、Things to do listにメモったりメールを検索したりしなくても、自然に頭に入っていた。だから、出したメールへの返事が来ないと、かなりイライラした(絶対に上司にしたくない、マイクロマネジメントタイプね)。
 さらに、ある出来事があった後、人間不信に陥った。メールの返事が滞ると、あんなメール出して迷惑だったんじゃないかとか、相手が自分を嫌ってるんじゃないかとか、あれこれ妄想を膨らませて、自家中毒にやられる。

 ところが、ここ数年は記憶力の減退が著しい。いよいよかと思ったのは、会議中に誰かが、日本の有名な銀行3つを挙げたとき。ノートに2つまで書いたら、30秒前に聞いた最後の名前がもう思い出せない。カタカナが7つ以上続くローマ時代の皇帝の名前を5つ挙げられたわけでもないのに。
 そうなってくると、記憶力の良さなどどうでもいいことのように思えてくる(タダの開き直りか)。3つめが思い出せなかったら、聞き返すだけのこと。何より、X月X日に出したメールの返事が来ないなどと、イライラしなくてすむ。かえって、忘れた頃に返事が来ると、ゼロベースで素直に嬉しかったりする。
 自分が既に信じられない存在になった以上、人間不信もへったくれもない。きっと相手も忘れてるのかなあ、と暢気に流せるようになる。
 自分の記憶力に期待しないし、人が返事をくれることも期待しない。かの評論家のように、それさえ楽しむ。そうすると、心はいつも五月晴れ。年を重ねるのも悪くない。
[PR]
by miltlumi | 2010-05-17 22:38 | 私は私・徒然なるまま | Comments(2)

Expectation Control

 とある金融機関の話。テーマに興味のある社員が年齢性別本支店問わず応募して、抽選で20名強が週末1日缶詰になるという、比較的緩い形式の研修を行った。メンバー参加型プログラムなので、U字型に座ってもらうのが定形なのだが、先方が教室型しかできないと言い張る。いまどきテーブルが固定の研修ルームなんてあるはずないのに、何ばかげたことを言うのか。理由を質したところ「U字型だと、役職順に席順を作るのが難しい」という。
 ばらんばらんな部署からの自主参画型研修で、役職順!? こちらが「いや、席順はフリーでお願いします」と言った途端、電話の向こうで教育担当の部長代理は胸をなでおろし、明るく了承した。

 ここまで役職に拘るなんて、草食系の定義にもある「役職に興味がない」私には全く理解不能。と思ったが、後日別の筋から、その理由が明らかになった。
 銀行の人事部には、社員全員の成績表があるそうだ。ABCDEとか大雑把なものではなく、同期300人いたら1番から300番までばっちり序列がつく。そのように厳密に評価しながら、本人には知らせず、なんとなく同じように昇給していく。そして、40歳前後になると、やおらその成績表が役職となって顕在化するのである。
 言い換えると、40歳になるまでは、同期の桜達は内心「オレもいいとこまで行くかも」という淡い期待を抱き、日々是業務に邁進する。たまさか開催される週末研修で、アイツがオレの右に座ったのは、もしかしてオレのほうが評価が低いせいだろうか、なんてどきどきしながら。
 その「Expectation control」が非常に重要らしい。あまりあからさまに甲乙を示すと、トップのやつは慢心して仕事を怠けるし、トップと思ったのにNo.3だったやつは「けっ」とばかりに外資系投資銀行に転職して会社は貴重な戦力を失うし、下の方は働き盛りのうちからやる気なくして「大樹」にぶら下がり状態になるし。甲乙丙丁、夫々が全身全霊で会社に尽くすよう、そして40歳が近付いたら、来るべき最後の審判への心の準備(=諦めて定年まで勤め上げる)もできるよう、微妙に人参を見え隠れさせる。Expectation controlの極意。

 これを聞いた非金融機関系人間、「あっそれ、女性がその気もないのにぎりぎりまで男を引っ張る手口ですね。 ケッコンしてくれるかどうかわからないけど、もしかしたら、って男はイタリアンとか指輪とか散々貢いで、挙句『じゃあ』って去られちゃう。でも今更他の相手を見つける気力もないから、そのまま虚しく独身生活を送る、とか」
 わっはっは、と笑うマンモス系男子の前で、銀行マンの笑顔がひきつった。
 でも、近頃のニッポンの文化人類学的情況に鑑みるに、女性が引っ張ろうとしても、草食系男子はするりと縄抜けして、イタリアン招待どころか自分のためにケーキ教室に通っちゃうんじゃないだろうか。銀行のExpectation controlがマンモス系甲乙丙丁を引っ張っていられる時代も、そう遠くない将来に機能しなくなるのではないか。
[PR]
by miltlumi | 2010-05-15 21:42 | サラリーマンの生活 | Comments(0)