カテゴリ:サラリーマンの生活( 23 )

時効のノート

 何を隠そう、「整理整頓コンサルタント」が本業(のひとつ)である。クライアント数はものすごーく少ないけれど、実は一番お気に入りの仕事。最近ちょっと没頭していた。

 一旦「整理整頓」のスイッチが入ると、自分のうちも気になり始める。プロの沽券にかけて、日頃から絶えず整理整頓しているつもりだが、案外長期間手つかずで放置されているモノがある。その最たるものが、物置の中にしまいこまれた、アレ。
 会社勤めをしていたときの、109冊のノートと10年分のダイアリー、である。

 勤続20年のうち、後半半分は本社経営戦略部というところにいて、エラいおじさんたちの会議に出て議事録をとるのが重要な任務のひとつだった。このブログで何度も書いているように、私はノートをとるのが得意である。与えられたミッションと自分の得意技が思いっきりハマって、とにかくノートをとりまくった。結果、10年で109冊。

 最初は会社支給のB5サイズ30枚ノートを使っていたが、これだとすぐになくなってしまう。出張先のNYの文房具屋で、100枚綴り、しかも表紙と裏表紙が硬い段ボール製で、机の上でなくてもふにゃふにゃしない理想のノート(しがない書記係は立ったままノートをとらねばならないこともあるのだ)を発見。以来出張のたびに購入、それでも足りないときはNY赴任者が東京に来る時に買ってきてちょうだいとお願いし、不興を買った。
 ダイアリーは、毎日のスケジュール管理用である。サイボウズもOutlookスケジュールもない時代、会議予定などはダイアリーに手書きだった。こちらは自腹を切ることはほとんどなく、年末になると業者さんたちがカレンダーとともにご立派なダイアリーを持ってきてくれたから、よりどりみどりだった。

 退職する時、会社支給のPCはもちろん使っていた文房具類も返却を義務付けられ、機密情報の持ち出しは厳禁だった。でも、このノートたちは「私物」と勝手に判断し、宅急便で自宅に配送。
 別に、懐かしい思い出の品として愛でたかったわけではない。いつかバクロ本を書いてやろう、と密かに野望を抱いていたのである。10年間の長きに亘り、世界のビジネス界で知らぬ人のいないグローバル企業のお歴々とのトップ会談の生メモ。ジャーナリストには決して手に入らぬインサイダー情報。

 しかし、ふと気づけば会社を辞めて10年余り。それらのノートを開いたのは、1回きり。バクロ本なんて品がないわ、と思うまでもなく、旬を過ぎていく一方である。
 この先、本当に単なる「懐かしい思い出」として、ノートを紐解く日が来るか。否。そんなことするヒマがあるなら、もっと前向きな楽しいことをやりたい。
 「時効だな」
 そう一人ごちると、気の変わらぬうちにと、荷物紐とハサミを持ってやおら立ち上がった。物置から段ボール箱を引っ張りだして、ノートを取り出してみると、さすがに圧巻である。

 ということで、記念撮影。これまでお疲れ様。さようなら。
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by miltlumi | 2016-02-20 17:07 | サラリーマンの生活 | Comments(2)

更新プログラムの失敗

 ここしばらくマイクロソフトがウィンドウズの更新をへくっている。1日が終わってPCをシャットダウンしようとすると、「更新プログラムをインストール中(8個中1個)」と表示され、最後の個数が2個、3個と増えていって、8個まで行くと、ようやくしゅうっと画面が暗くなる。少し前は16個だったが、残る8個に手間取っているようだ。
 翌朝、PCをオンにすると、「Windowsを起動しています」のあと、普通ならすみやかに「ようこそ」と言ってくれるのに、突然ブラックアウトして「更新プログラムなんちゃら、22123中1」から目まぐるしく数字が進み、18331のところで止まる。動体視力検査のように、毎朝私はこの数字を凝視する。これが22123まで行けば更新プログラムが無事稼働準備OKになるはずだが、あえなく途中で挫折する。まただ。
 案の定、次の画面で「更新プログラムなんちゃら」が35%まで完了したところでハタと止まり、「更新プログラムの構成に失敗しました。変更を元に戻しています」となる。

 はは、また今日もへくった。阿呆め。しっかり仕事をせんか。
 何の更新をしているのか知らないが、マイクロソフトが丹精込めた(?)最新鋭プログラムにアップデートされなかったのは他でもない、自分自身の大切なPCであるという事実そっちのけで、私はかのシアトルの会社を小馬鹿にするのだ。

 意地悪な気持ちは、「変更を元に戻しています」という台詞を見た途端に脳みそのどこかでスイッチが入り、どわっと噴出してくる。なんでだろう。ふと気になって考えてみた。
 答えはすぐに出た。昔働いていた会社で、世界一の金持ちが経営するあの会社と仕事上の付き合いがあったのだ。私のカウンターパートは、カリブ海のどっか出身なのか、浅黒い顔にスタイリッシュな眼鏡をかけて、私より若いくせにぼってりメタボな身体をイタリアンブランドのスーツとネクタイで包みこんでいた。
 そして、慇懃な態度のそこここに「オマエなんかWindowsの『う』の字もわかってないだろ」と言わんばかりのすごく不遜な影をちらつかせていた。その指摘は奇しくも的を射ていた(プログラミングのセンスのなさは大学時代のFortranで証明済みだ)ため、私は不都合な真実を突き付けられた屈辱と、それなのにわかったふりをして仕事をせねばならない精神分裂的ストレスに、憤死しそうになりながらその仕事に取り組んでいたのだ。

 その仕返しに、更新プログラムのインストール失敗を蔑み、罵倒していたのだ。こんなところで、サラリーマン時代のねじくれた鬱憤を晴らすなんて、我ながらしつこいというか性格悪いというか器がちっちゃいというか。いや、恐ろしいのは、M社への逆恨み感情が無意識の底に潜り込み、今の私の平穏な生活の中で時折ひょっこりと悪魔的な顔を出している、ということだ。ネガティブな感情は、持たないに越したことはないのに。
こうしてようやく原因がわかったからには、もうこの下らない感情からは卒業しよう。
 そう思った翌朝、PCをオンにすると、「更新プログラムの構成」は22123中17750まで行って、止まった。前日の18331より581のBehindである。M社エンジニアは、日本時間の真夜中、確実に試行錯誤していたようだ。
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by miltlumi | 2014-07-17 10:00 | サラリーマンの生活 | Comments(2)

反省

 就活を控えた経済学部の3年生に、メーカーにおける文系の仕事の内容や就職の際の心構えを話す機会を、年に1度いただいている。先日はその5回目、講義の時間は出席者が多くて質疑応答が少なかったので、そのあとにカフェで雑談タイムを設けてもらう。
 近頃の大学生は大変だ。「インターン」と称して、1日でも2週間でも企業の中に身を置くシステムが充実していて、夏休みはそのハシゴで忙しいらしい。ひとつのバイトを長く続けていると面接のときに「好印象」を持たれます、とハウツー本に書いてあるらしい。「学生時代に取り組んだこと」の二大巨頭は「バイト」と「ボランティア」なので、これから慌ててそのどちらか(あるいは両方)を始める学生も多いらしい。

 古き良き(?)男女雇用機会均等法も施行されていなかった前世紀に就活をした私は、ちょっと絶句してしまう。私の頃は、インターンどころか会社情報だって4年の夏にリクルートからどーんと送られてくる電話帳みたいな本1冊で、しかも4大女子が応募できる会社はそのうちのごくわずかだった。
 選択肢が限られるというのは、考えようによってはかえって恵まれている。HPを開設しているあらゆる会社の情報にアクセスが可能な今、そこから就職先を見つけろなんて言われたら、途方に暮れるだろう。

 アルバイトは、面接で好印象を持たれるためではなく、洋服や外食をするお金を稼ぐことだけが目的だった。当然、一番効率のいい家庭教師だけしかやらなかった。寮生活をしていたとき、サンジェルマンでバイトをしている友達が売れ残りのパンをたくさん持ち帰ってきて、皆で大騒ぎして分け合った。焼き立てパンの香りに包まれて、おまけに売れ残りのパン食べ放題なんて、と憧れたが、何せ時給が安かった。就職に有利になるならないなんてことは、バイト先を決める上で考えもしなかった。
 仕事、という意味で、彼女のように接客のバイトをしておけばよかったと後悔したのは、20年勤めた会社を辞めて転職したときである。転職先の業界は、コールドコールと称して一度も会ったことのない会社に突撃アポを入れて売り込みに行くのが定石だった。そんなこっ恥ずかしいこと、40過ぎのオトナができるわけがない。「ポテトはいかがですか?」などと言わされる恥ずかしいバイトを、若いうちにやっておけば、飛び込み営業の勇気を培えたかもしれない。

 その他、学生との1問1答。
 「尊敬する人、目標とする人は誰ですか?」
 「あまり考えたことなかったけど、思い浮かぶのは桃井かおり。妻でも母でもないけど、その分、自分の人生を楽しませてもらいます、とインタビューで言っていた、その姿勢が好き」
 (ちなみに桃井かおりを知っている大学生はほとんどいなかった)

 「学生時代、やってて一番楽しかったことは何ですか?」
 (間髪入れず)「彼氏とのデート」

 「これまでの人生で一番感動したことは何ですか?」
 「誕生日に彼から自作自演の歌のCDをプレゼントされたこと」

 全然就活に役立つアドバイスが出来なかったことを、深く反省している。
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by miltlumi | 2014-07-05 11:44 | サラリーマンの生活 | Comments(0)

久しぶりの入社式

 入社式に出席した。もちろん、入社する側ではなく受け入れる側である。考えてみれば、入社式というものに出席するのは30年近く前の自分のとき以来だ。しかつめらしい顔で式次第に臨まなくてはと思いながらも、心の中ではつい目の前に並んだ新入社員とあの頃の自分がオーバーラップしてしまう。
 緊張で背中の筋肉を張りつめている男の子と女の子(申し訳ないが、差別でもなんでもなく、「男性(もしくは女性)社員」などと呼べるシロモノではない。厳しい就職戦線を勝ち抜いてきた精鋭とはいえ、醸し出す雰囲気はどう見てもまだコドモである)は、あの頃の自分と同じような気持ちを抱いているのだろうか。

 新入社員13人というちょうどいい人数で、一人一人が辞令を受け取ってから一言抱負を述べる。一同怠りなく事前準備をしていたものと見えて、「持ち前の明るさで」「未熟者ではありますが」「一日も早く戦力になれるよう」などなど、極めて簡潔にはきはきと声を出している。可愛い。
 手元に配られたそれぞれのプロファイルには、出身大学はもちろん出身地や誕生日に趣味まで記載されている。12月生まれが多いなあ。「字を書く」のが趣味って、話が合いそう。このくらいの人数だと、同期の結束も築きやすいだろう。
 部屋の後方に座っているお母様方(そう、今日日の入社式には父兄も参加するのだ…)よりも年上である確率が限りなく高い自分の立場を棚に上げて、なんだか自分も新入社員の一員のような気がしてくる。
 役員(実際には私はこちら側の一員である)の祝辞も、自分に向けて発せられているような気がしてくる。志を持て、か。23歳の頃はおろか、天命を知るべき年齢になっても未だ志なかばの自分を戒められているようで、思わず身が引き締まる。みんな、頑張ろうね。
 気づくと、13人の名前を暗記しようとしている自分がいた。

 うん十年前の入社前研修のとき、私は同期の桜の大卒女子新人45名の名前をつらつらと暗記した記憶がある。
 あの頃、一日も早く学生を卒業して働きたかった。具体的にやりたい仕事があったわけではなく、単に学生をやっているのに飽きただけだが、とにかく社会に出たかった。その最初の一歩を共に踏み出す同志は、当時の大卒女子の就職希望ランキング1、2を争う会社だっただけあって、みなピカピカに輝いていた。この人たちと友達(同僚、と思わないところがコドモである)になるんだ、という期待でほとんど舞い上がらんばかりだった。
 若かったせいもあるが、1日で45人全員の名前と顔を憶えることができた。面食いの私は、ついでに「ぜひお友達になりたい」特別可愛い子に心の中で密かに花丸をつけた。余談だが、花丸組の多くは人事部に配属された。

 今年はたった13人だから、加齢による記憶力の低下があるとはいえ、あっという間に頭に入ってしまった。
 式後、役員と新入社員の記念撮影があった。笑って笑って、と言われ、思い切り微笑んだ。もしかしたら、後ろに立っている20代の若者たちより嬉しそうな顔をしていたかもしれない。
 社内報でこの写真が配られたら、Facebookのタグ付みたいに名前を書き込もう。一ヶ月の研修を経て部署に配属される彼ら彼女らと、オフィス内で再会するのが楽しみだ。
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by miltlumi | 2014-04-06 17:05 | サラリーマンの生活 | Comments(0)

社会人の下敷き

 新入社員フォローアップ研修なるものの講師アシスタントをやった。4月の新入社員研修のとき、社会人の心得から名刺の渡し方・電話の取り次ぎ方まで教えたメンバーもちらほら混じり、半年前はほやほやだった彼らの顔が、少しは社会人らしくなっているのが微笑ましかった。
 それでも4月と変わらないのは、男女みな一様に紺もしくは黒のスーツに白いシャツを着用していること。地方の経営者協会が会員企業向けに主催する研修プログラムだから、参加者の所属会社はバラバラである。それなのに皆申し合わせたように、大学3年生の頃からもう2年近く着古しているであろうリクルートスーツに身を包んでいる。
 私なんて、入社式に続く1週間の集合研修が終わった配属1日目は、綿ニット(一応、色は紺)のノーカラージャケットに灰白ギンガムチェックのフレアスカートだったけど。何十年も前の服装を記憶していることに我ながら感心しつつ、最近の子たちの習性の違いを実感する。

 けれど、ワークに取り掛かった彼らのテーブルを見回り始めたとき、「わあ、おんなじだ」と思わず頬をほころばせる光景に出会った。下敷きを使っていたのだ。
 下敷き。憶えていますか? ぴっかぴかの小学1年生にとって、ランドセル・筆箱・下敷きが3大耐久財だった。鉛筆や消しゴムやノートは消耗品だが、この3つはそうそう壊れるものではない。それでも下敷きは、何度も使ううちにノートの裏の鉛筆の跡が写って、学年が終わる頃はずず黒くなってしまうから、新学年で新しいのに買い替えるのが楽しみだった。今でも憶えているお気に入りの図柄は、白地に鮮やかな青を基調にしたサンリオの「ZIGGY」キャラクターだった。
 大学に入ると、さすがにサンリオものは卒業したが、教授の講義をせっせと書き写してはノートの頁をめくるたび、律儀に下敷きも敷き直す、その習慣は変わらなかった。

 社会人になって、ラフな格好で出社した配属先の部署で、A4の大判ノートやホチキスやボールペンといった文具一式が入った封筒を渡された。その中には下敷きまでは入っていなかったから、会社の帰りに文房具屋に立ち寄って、社会人に相応しい透明なのを購入した。
 仕事始め。チューターと呼ばれる専属指導先輩の説明を一言も聞き漏らすまいと、しっかとノートを開いて下敷きを敷いたとき、いきなり言われた。
 「下敷き…。使ってるの」
 きょとんと眼を上げた私に、彼はくすりと笑いかけた。…社会人って、下敷き使わないの?せっかく買ったA4の下敷きは透明だから、皆既日食を見るときに使うこともできない。しばらく本棚の隅に置いていたが、入社3年目に引っ越しするとき捨ててしまった。

 某メーカーに勤める彼女は、先輩に下敷きを見咎められることなく半年過ごしたのだろう。やがて、ノートをめくるたびいちいち下敷きを差し込む手間ももどかしいくらい忙しい日々を迎えるのだろうか。出鼻をくじかれた私の分も、きちんと使い続けてほしい気もする。
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by miltlumi | 2012-10-30 21:11 | サラリーマンの生活 | Comments(0)

最近ちょっと疲れた出来事

 近頃、すぐに疲れやすくなってしまったな、と痛感させられることが立て続いた。体力とか気力の劣化ではない(それらはとっくの昔に弱ってしまった?)。社会的、というより、より正確には、会社的耐性の減衰。

 その1。ある業務を頼まれた。受けるかどうかわからないけれど、とりあえずお話を聞きましょう、と打ち合わせを設定した。まず送られてきたのは、たくさんの四角の枠が書かれた組織表だった。ふええ。こんなにいっぱい人がいるところで仕事するなんて…。
 本質的な仕事の内容はさておき、そういうところで既にびびっている。昔はこの四角い枠をたーっくさん書いて、ジグソーパズルのようにあれこれ動かしまわっていたのに。組織表、というものを見ただけで、既に疲れ始めている私がいた。

 その2。見積をとりたくて、とある会社の営業にアポを申し込んだ。きちんと対応していただくため、ちょっと偉い人経由で紹介してもらった。明日以降3日間のうちどこかで、と連絡したら、先方の答は5日後と7日後。
 どうも偉い人の効果がありすぎたようで、わざわざ役員Aを同席させようとしている。あのお、提案書は8日後にはいただきたいんですけど…。と言ったら、アポは明日に早まった。でもそこにはちゃあんと、役員Bが真面目くさった顔で座っていた。彼を含め総勢4名が、節電のせいで西日に燃える部屋の中で、しっかりスーツとネクタイ。
 私は営業担当一人と会えればよかったのに。結局、最後まで、4人のうち誰が私に見積書を出してくれるのか、聞けずじまいだった。気が小さい、のではなく、その質問をしようと思う気力がなくなってしまったからだ。

 その3。大企業2社との調整。トップの了解は既にとってある。しかしA社の現場責任者は、内部調整にできれば3日欲しいという。72時間…? その感動的なゲタのはかせ方に、しびれた。結果的には24時間以内にやってくれたけど。昔は私もそうだったなあ。
 一方B社からは、先に聞いている話より24時間遅いことを言ってきた。トップはその24時間前と言ってますけど、と言うと「私たちは遅らせてほしいので」。誰がどこで何を決めているのだろう。久しぶりに午前様でPCに向かいながら、眠気とは別種の眩暈を感じた。

 3週間近くもヨーロッパをほっつき歩いた後のことだから、そのつけが回った、あるいは時差ボケがまだ治ってない、と言うこと。でもないような気がする。もう、大きな会社で働くことは一生無理だな、と思った。
 気持ちを鎮めるため、ミルクパンでココアを淹れて、ゆっくり飲んだ。美味しかった。
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by miltlumi | 2011-09-28 21:02 | サラリーマンの生活 | Comments(0)

エスカレーターの手すり

 旅行先で時折やってみる実験がある。デパートや地下鉄のエスカレーターに乗って(日本のように、動く階段をとっとと駆け下りるなんて慌ただしい挙動はとらない)、しっかり手すりにつかまってみる。すると、たいがい面白いことが起こる。
 最初身体の真横に置いていた手が、だんだん前の方にずれていくのである。つまり、エスカレーター本体の階段部と手すりのベルトのスピードが、微妙にずれているのだ。
 海外ではエスカレーターの手すりがずれる。この法則を知ったのは、ずっと昔に赴任したトロントだった。かの地に5年以上前に赴任した先輩が、「やつらは万事いい加減なんだよ」と吐き捨てるように言った、その「万事」の1つがエスカレーターだった。

 その後(おそらく)技術は進歩し、人類は21世紀に突入した。今回訪れたプラハで、地下深く潜っていくエスカレーターに乗っている時、前世紀の法則がまだ通用するか、ふと試したくなった。既に半分以上降りた地点からだったが、私の左手は階段1段分、しっかりと前に先走った。ちょっと嬉しかった。

 日本ではありえないことである。南北線や半蔵門線の長ーいエスカレーターでも、あからさまに身体と手がずれるなんて経験したことがない。
 日の丸メーカー魂の誇りに賭けて、日立や三菱がモーターを調節しているわけでもなかろう。国内でエスカレーターに乗るたびにメーカーを確認したりはしていないが、手がずれる経験なんてした覚えがないから、OTISやシンドラー等の海外メーカーだって、日本国内に設置された機械は整然と動いているにちがいない。
 しかも、デパートや空港で「しっかりと手すりにおつかまりになり、お子様の手を離しませんよう…」と馬鹿丁寧に注意を促すくらいだから、しっかりとつかまった手すりがどんどん前の方に流れてつんのめったりしたら、大問題になるかも。

 ところが海外では(カナダとチェコを比較するのも乱暴だが)20年以上、この技術的課題が放置されたまま。なぜなら、手すりがずれるくらい、実際には大勢に影響ないから。「しっかり」つかまらずに、なんとなく手すりに手を置いている限り、このずれは認知されないから。
 もともとエスカレーターは、突然止まった際、体を支えるために手すりがある。止まった瞬間にだけ「しっかり」つかまることが主用途だから、平常時に「しっかりとおつかまりになる」ことは、むしろ誤用だろう。誤用したユーザーにいちゃもんをつけられないためにあくせくとモーターを微調整するのは、過剰サービスというものである。ましてや誤用を促すアナウンスを四六時中流し続けるのは、騒音公害のみならず誤解の刷り込みという社会悪である。それでも、エスカレーターから落ちてケガをした子供の母親が逆ギレして訴えても大丈夫なよう、東京メトロも電機メーカーも自己防衛的(過剰?)品質管理に努めている。
 こうして日本人は過保護にされ、自己責任に基づく判断力を失い、国際社会から取り残されていくのだろうか。エスカレーターの本体のように。
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by miltlumi | 2011-09-21 23:05 | サラリーマンの生活 | Comments(10)

大手町地下道、蕎麦屋の湯気の匂い

 例年より10日も早く梅雨入りした関東地方。通勤が一層疎ましい季節である。ただでさえ窮屈な電車の中が、服や傘についた雨粒のせいで体感湿度90%、駅からの出口は、傘を広げる作業のせいで渋滞度悪化。
 その点、張り巡らされた地下道のおかげで、駅からオフィスビルまで傘なしで移動できる大手町・丸の内周辺は優秀である。6年前の3月に大手町に転職したときは、その至便性に感動した。

 しかし、いいことばかりではない。都営三田線大手町駅から東京駅方面に向かう地下道には、立ち食い蕎麦屋さんがあって、朝も早くからサラリーマンたちが蕎麦やうどんをかきこんでいる。小さい頃から朝食はトースト派の私にとっては、きつね蕎麦程度ならともかく、どうして朝っぱらからカレー南蛮とか天ぷらうどんとか、あんなヘビーなものを食べられるのか、不思議で仕方ない。
 まあ、食べたい人が食べる分には文句はないが、問題はその湯気である。当然ながら、蕎麦(うどん)の香りがする。それが、空調のよくない地下道に、朝から充満している。初秋の八ヶ岳の高原道あたりなら、食欲を誘うであろうその香りも、機嫌の悪そうな顔をしたおっさんたちが行き来するオフィス街の地下では、趣もへったくれもない。

 新しく始めた仕事がもしも厭になったら、きっとこの蕎麦の匂いがたまらなくなるんだろうな、と、変な取り越し苦労が頭をよぎった。というのも、前の会社で、公私とも厭なことが続いた時、通勤途上にある目黒川のどぶ臭い匂いが急に鼻について我慢できなくなった経験があったからだ。
 その時は、自転車通勤に切り替えるというウルトラC技で、どうにか乗り切った。さすがに今度は、大手町まで朝晩自転車をこぐ元気は出てきそうにない。

 そして梅雨。仕事への好悪とは無関係に、日毎に蕎麦の香りを好意的に受け止められなくなってきた。今のうちに何とかしないと。
 ある日、素晴らしい回避策を思いついた。地上を歩けばいいのだ。遅まきながら「丸の内OL」(実は大手町だけど)になったステイタスの印みたいに、縦横無尽に張り巡らされた地下道を闊歩していたけれど、空気の悪い地下に潜っている必要はない。
 永代通りに上がると、新緑の色を増した銀杏並木が待っていた。足元が雨に濡れる難点も、蕎麦の匂いに嫌悪するのに比べたら大したことはない。かくして4年間、大手町の会社での仕事はとても大変だったけれど、蕎麦の匂いを逆恨みする愚行だけは避けられた。

 黄泉国から帰った伊邪那岐は、禊をして穢れを落とそうとしたが、嗅覚は視覚よりずっと深いので、鼻から生まれたスサノオノミコトが悪神になったという。さほどに、匂いの持つ力は強い。
 今、うちの玄関にはアロマキャンドルが置かれ、どこへ行くにも必ず私を気持ちよく送りだしてくれている。
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by miltlumi | 2011-06-14 11:23 | サラリーマンの生活 | Comments(0)

犬の糞

 うちの近所に、昭和の香りをまとったレトロな木造1軒家がある。家主は80代と思しきお婆さん。彼女の何が恐いって、毎日毎日家の前で「犬の糞」の監視をしているのである。
 このあたりは、朝に夕に老若男女が大小様々な犬の散歩をしている。たまさかその中に不届き者がおり、道端に落とし物を残していく。決して許される行為ではないが、人の生死に関わるほどのことでもない。しかし、彼女にとっては言語道断の行為に映るらしい。

 一度、彼女がその憎き落とし物に遭遇した瞬間に通りがかってしまった。見ず知らずの私に向かい 「ひどいだろ、全く。どういう了見なんだか」とぶりぶり怒るので、「そうですねえ」と言わざるを得なかった。翌朝、ガードレールには(撤去されないまま)干からびた糞に向かって大きな矢印が書かれた紙が、さらにアスファルトの上には「通勤の人が踏んだらどうなりますか」という大きな紙が、ガムテープで貼られた。夜、彼女はまた別の通行人をつかまえて、「ねえ、ひどいだろ」と繰り返していた。2枚の貼り紙と犬の糞は、雨でどろどろに溶けてしまうまで、数週間その場に留まっていた。
 しばらく後、手書きの貼り紙の代わりに、「犬の糞は飼い主が始末しましょう。港区」とゴシック体で書かれた黄色いプラスチックプレート(私たちの税金で作られたものに違いない)が3枚、立てかけられた。犬の糞ごときで騒ぎまくる老女の相手をする区役所員の顔が思い浮かぶようだ。
 看板だけで満足できない彼女は、後ろ手を組んで朝に夕に歩道を行き来し、犬を連れた奥さんをじろりとにらみつけるのが日課になった。ところが敵も然る者、再び彼女の目前に犬の糞が。以前の2倍くらいの大きさの紙に、シンプルに「犬の糞」とだけ書かれた貼り紙が、再びガードレールに。はい、これは犬の糞です。明らかに。それが、何か? 

 一体、あの執念はどこから湧いてくるのだろう。犬の糞の監視なんてする暇があるなら、詩吟を習うとか、俳句の一つでもひねるとか、老後の暇つぶしはいくらでもあるだろうに。と思うのだが、おそらく彼女は、街の美化活動にものすごく真剣なのである。暇つぶしの趣味とは次元がちがう。
 ライフワークなのである。それに費やす時間と社会的意義の大きさの比較、といった客観的な指標はカンケイない。自分の信ずる行為に命を捧げる。ある意味、シアワセである。
 けれど他人の目には、その執着度合いが異様に映る。私が彼女に言いしれぬ恐怖を抱くのは、自分がやっていることの客観的な意味を自覚しないまま、その行為にのめり込み、周りの人間全てにその気高い行為への賛同を暗黙のうちに強制しているせいだ。

 ビジネスの世界でも、この手の人間は少なくないように思う。執着は成功するための重要な要素だが、そこに客観的視座がないと恐いことになる。
 俗に言う「思い込みの激しいタイプ」が、私はとても苦手だ。
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by miltlumi | 2011-03-04 14:12 | サラリーマンの生活 | Comments(0)

月曜日の朝

朝刊が休刊日の月曜日の朝は、通勤電車の中がなんだかのんびりしている。

週末にさんざんアクセスしたせいか、携帯にかじりついている若者もまばらで、
文庫本を広げる人の他は、ゆるく目を閉じているか、ぼんやりと視線を泳がせている。

新聞を縦二つ折りにして、がさごそと頁をめくる音も聞こえず、
その当然の成り行きとして、不器用な手つきに背中を押されて舌打ちをする音も聞こえない。

月曜日の朝。通勤時間。
私はほんの12分だけれど、一日のうち、何もしない時間があってもいい。

そして、地下鉄よりは、街の景色が見える電車のほうが何倍も気持ちがいい。
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by miltlumi | 2010-12-13 17:23 | サラリーマンの生活 | Comments(0)