カテゴリ:私は私・徒然なるまま( 214 )

ごみ収集車の「オーライ」の声

 近頃わりと規則正しい生活をしている。朝はTVもつけず、東側の窓から射し込むぴかぴかの朝陽を眺めながら朝食をとり、ゆっくり身支度する。TVをつけないから、窓を閉めていても鳥の声が聞こえる。鳥や私以外に、規則正しい人が活動しているのもわかる。
 ごみ収集の清掃員さんたちである。燃えるごみ収集日の水曜と土曜、8時27・28分になると、必ずマンション地下のごみ置き場に入っていく「オーライ、オーライ」という声が聞こえて来る。

 ごみ置き場は24時間365日いつ出してもいいが、夏の間は生ごみが気になって、収集日の朝に出そうと努力した。しようとしたが、ぐずぐずしているうちにいつも「オーライ」が聞こえて来て、「あ、今日も間に合わなかった」と思いつつ時計を見るようになった。じきにごみは前夜に出す作戦に切り替えたが、「オーライ」の声と時間チェックはもう癖である。それがいつも必ず8時27分か28分。
 その時々の道路状況やごみの量で、まちまちになっても当然と思うのだが、電車やバスでもないのに、判で押したように、とはまさにこのこと。すごい、と思う。

 そういえば、一軒家の実家の近所でも、町内会のごみ収集場所のすぐ横の家が「臭い」と言ってごねまくったら、町役場が7時45分に収集車を回す手はずを整えてくれたという。そしてそれが守られる。まれに時間に遅れると、件の家が騒ぐらしい。
 収集ルートをわざわざ変更した上に、ちゃんとその時間に来るとは、なんと律義なことか。本当にすごい、と思う。

 年末に初めて訪れたバンコクで長距離電車に乗ってみた。始発のファランポーン駅を出発したのは7分遅れ。もちろん、「遅れます」のアナウンスもなければ、騒ぎ出す乗客もいない。そして、目指すアユタヤ駅には、なぜか定刻より3分早く到着した。
 帰りがけ、時刻表どおりに上り電車がホームに入ってきたときは、かえってびっくりしてしまった。周りのタイ人は、もちろん誰も騒がなかった。

 日本人の几帳面、丁寧さは今に始まったことではないが、例の「お・も・て・な・し」発言以来、一気に加速したように思う。デフレ経済下で熾烈な競争を強いられる消費者向け商品・サービスはもとより、モンスター〇〇を恐れる役所や学校、2020年に向けて外国人を呼び込まんと英語表記やウォッシュレット設置に奔走する鉄道各社から、道路工事で迂回路案内をする誘導員の方々も。全く以て、すごい、と思う。

 でも一番すごいのは、それを当たり前と思ってしまう日本人である。しかも、世界一の「おもてなし」大国で、俄然日本人が幸せになったか、というと、そうでもない。
 人間は環境適応能力があるので、改善されてもすぐ慣れてしまう。環境改善による幸せは長続きしないのだ。これは心理学でしっかり証明されている事実である。

 慣れないようにするには、変化が大切。
 たとえば、駅構内や電車内での親切なアナウンスを1日いっさい止めてみるとか。
 12月25日は清掃員さんがサンタさんの服を着て、ごみを収集するかわりにどかどか袋を置いていくとか。
 そしたら「当たり前」が「有難い」になって、皆ささやかな幸せを感じられるだろうか。


[PR]
by miltlumi | 2017-01-25 21:59 | 私は私・徒然なるまま | Comments(0)

ぬくもりプレゼント

 最近ボクは、とっても疲れていた。
 新しく始めたビジネスを軌道に乗せるためになんやかんややることはたくさんあるし、超後期高齢者の母が入院して毎日愚痴を聞きに見舞いに行かないといけないし、娘は受験だし、おまけに寒い。
 暖冬のはずがこの寒さ。オトコだって手足は冷えるのだ。近頃、男性にも更年期障害があるとかないとか言われるようになり、これって…、と思うことがないでもない。母でなくとも、歳を重ねると心身ともに色々つらいことが増えるのだ。

 その日も、仕事で遅くなったついでにちょいとアルコールをひっかけて、夜中近くに帰宅した。しばらく前から妻とは寝室を別にしている。仲はいい(とボクは信じている)のだが、娘のお弁当作りが毎朝の日課になっている彼女の安眠を、宵っ張りのボクが邪魔してはいけない、という気遣いからだ。
 疲れてシャワーを浴びる気にもならない。寝静まった家の中、足音をさせぬよう、元夫婦の寝室に入り、急いで冷たいパジャマに着替えると、空しく広々としたダブルベッドにもぐりこんだ。

 …と、布団の中、足元に異物感がある。硬いような柔らかいような、丸いような平べったいような、ほんわかと温かい。猫?(って、飼ってないだろ) ちがう。これは…。
 酔っぱらった脳みそが、触覚と記憶と言語中枢のシナプスをつなげて正しい単語を導き出すのに、3秒かかった。

 湯たんぽ。

 うわあぁ。冷え切った足先がほかほかと温まっていくその感触と、言葉の持つ懐かしい昭和な響きが呼応して、心の底から幸せな気分がわき上がる。
 何年ぶり、いや、何十年ぶりだろう。この温かさ。子どもの頃は、母が毎晩用意してくれた。今は彼女は病院だ。じゃあ、一体誰が? 娘、なわけがない。受験勉強真っ盛りなのだから。
 妻だ。あいつ。くぅ。やるなあ。
 銀婚式も過ぎ、お互いのやり口はバレバレ、のはずの相手に、今更ながらノックアウトである。

 すっかり温まった足の裏で、何度もすりすり湯たんぽを撫でているうち、眠りに落ちた。朝、目覚めて、寝ぼけながらもまたすりすりすると、湯たんぽはまだほんのり温かい。
 起きて着替えてダイニングルームに行くと、とっくの昔に娘を送り出した妻は、コーヒー片手に新聞を広げている。
 「ありがとね」
 わざとちょっと素っ気ない声を出すと、ちらりと目だけ上げる。
 「…何が?」
 「湯たんぽ」
 ふっ、と、笑いとも揶揄ともつかないかすかな音を発して、彼女はそのまままた紙面に視線を落とした。
 今夜も、入れてくれるかな。湯たんぽ。朝から、夜を楽しみにしている自分がいる。

***

 先シーズン、知人から聞いた実話をもとに、私が勝手な脚色を加えたものです。
 その場に一緒にいたもう一人の男性は、「うちの女房なんか、そんなことありえない」と羨ましがることしきり。そこで私が提案。
 「それだったら、奥様にやってさしあげたらどうですか? 湯たんぽ」
 やってあげても、やってもらっても、二人とも、ほかほか、にっこり。



[PR]
by miltlumi | 2016-11-19 13:14 | 私は私・徒然なるまま | Comments(0)

ボブ・ディラン、もしくは学生街の喫茶店

 ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞した、というニュースを聞いて、最初に浮んだ歌は「風に吹かれて」ではなく、「学生街の喫茶店」だった。
 ♪学生でにぎやかなこの店の 片隅で聴いていたボブ・ディラン♪
 そして、この歌はすみやかに、小学校5年生のときにもらった初めてラブレターの記憶につながる。 

 送り主は、フィンガーファイブの晃みたいなさらりとした長髪の、でもぽっちゃり系の、隣のクラスのN君だった。親戚の伯母さんからの手紙のような縦書きの便箋に書かれていたのは、テスト問題まがいの3択。問題文は憶えていない。「ぼくと友だちになってください」だったか、「ぼくとつきあってください」だったか。そのあとの選択肢だけ、はっきりと記憶に刻まれている。
 ①はい
 ②いいえ
 ③その他( )
 明快といえば、明快。これほどすっきりしたラブレターはなかろう。11歳の男の子にしては、クールなセンスだ。

 解答を出す前に、母親にその問題用紙、もといラブレターを見せた。1年生の頃からずっと、返ってきたテストや友達とのおしゃべり、その日の学校の出来事は残らず母親に報告するのが日課だったから。
 ガスストーブの熱気でむせるような部屋で、母は洋裁の針を動かしながら、娘の一大事に前のめりになるでもなく、いつものようにその人となりを尋ねた。
 「N君って、どんな子?」
 「んとね、2学期に三重大学フゾク小学校から転校してきた子」
 神奈川県の西の端にある市立の小学校で、中学受験をする子は学年に2・3人、という暢気な環境にどっぷり浸った私たちにとって、なんとか附属小学校、という響きは斬新だった。ただ、母には告げなかったが、私としてはちょっとキューピーっぽい体型がどうもひっかかっていた。
 だから、というわけではないが、①と解答しなかったことだけは確かだ。でも母がどんなアドバイスをくれたのか、最終的に私から彼に、いつどこで何と返事をしたのか、肝心なところがぼやけてしまってうまく思い出せない。

 ただ、彼とはそのあとずっと平和な関係が続いた、ということはやはり答えは②ではなかったのだろう。じきに彼は、キューピー体重はそのままでぐんぐん身長が伸び、私を軽く追い越した。6年の秋、八幡様の本殿の裏で初デートめいたことをしたとき、京都土産のちりめん梅花模様の小さな玉手箱をもらった。
 中学1年の2学期に私が転校してからはしばらく、今となっては死語である「文通」をした。おそらく最初に①の答えで関係を固めなかったおかげだろう。苦いピリオドを打つことは決してなく、何年かに1度、思い出したようにデートとも言えないデートを重ねた。
 音信不通になったのは、初めてラブレターをもらってから実に18年後、私のトロント赴任中。毎年欠かさずやりとりしていた年賀状が宛先不明で海を越えて戻ってきてしまった。それきり、である。

 赤い玉手箱と2・30通の手紙や葉書は、今も手元に残っている。一番大切な初ラブレターだけが、ない。
 あの頃はまだ、あの最初の手紙がこれほど大切なものになるとは知らなかった。未来には、もっともっと華々しくドラマティックなものが待っていると信じていた。
 ♪あの頃は愛だとは知らないで サヨナラも言わないで 別れたよ♪
 ガロの歌声が、脳裏に響いている。


[PR]
by miltlumi | 2016-11-02 21:44 | 私は私・徒然なるまま | Comments(0)

やみくろの道

  最初は何気なく歩いていた道なのに、近頃はほとんどまったく通らなくなっている道がある。それは、うちから駅に行く路地だったり、公園に行く坂道だったり、あるいはスーパーから帰ってくる道だったりする。
 左に行って右折するか右に行って左折するか、どちらにしてもほとんど同じ距離で、ここに引っ越してきた当初は何気なく「右に行って左折」だったのが、今ではもっぱら「左に行って右折」だとか、そういうささいなちがい。でも、無意識のうちに「右の道はダメだ」ということに感づくときがあるみたいなのだ。一旦感づいたら、もう右に行く道は通れない。自然と足が遠のいてしまう。

 そういう道のことを、ひそかに「やみくろ」と呼んでいる。
 「やみくろ」というのは、村上春樹の「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」に出てくる、地下に生息する邪悪な生き物である。彼らの縄張りに間違って人が近づくと、姿こそ見えね、その邪悪な気配は耳や肌で感じられる。本を読んでいて「やみくろ」の存在を知ったとき、合点がいった。地下鉄や地下道を通っていてなんとなく嫌だな、と感じる場所、あそこには「やみくろ」がいたのだ。やみくろがひそむ場所には、ネガティブな気配が漂っている。
 地上も同じことだ。「右の道はダメだ」と思った、その場所には「やみくろ」がいる。「やみくろ」は、その「場」が持つ負のエネルギーなのだ。散歩好きな友人は、そういうふうに出来れば避けたい道を「気分が盛り下がるから」と表現していた。

 一方で、そこにいると気分が盛り上がるというか、清々とする場所もある。古くからある神社仏閣、大きな木が繁っている並木道。「気」がいい、と思う。そういう場には、ポジティブなエネルギーがあふれている。
 「場」にはそれぞれエネルギーがあって、良きにつけ悪しきにつけ私たちに影響を及ぼしている。普通は気づかないけれど、ふとした拍子に強く感じることがある。それは人間には如何ともし難い自然のパワーだから、へたに逆らってはいけない。建物を新築する際にいまだに行われる地鎮祭は、この「場」のパワーをなだめるための大切な儀式なのだと思う。

 最近は少し落ち着いたようだが、ポケモンGOで大挙して押し寄せる人波に業を煮やした各地の神社仏閣、名所旧跡が禁止令を出した。歩きスマホは危険だから、といった皮相的な話ではない気がする。恐山が、霊場はポケGOに「ふさわしくない場所」と称したように、その「場」が持つパワーとか本来の「意味」みたいなものを無視した振る舞いは、「場」に対する敬意を忘れている。「やみくろ」を怒らせるだけである。

 こういう話を人にすると、その反応はたいがい2つに分かれる。「あー、わかる。そういうの、ゼッタイあるよね」というタイプと、一瞬口をつぐんで、「何わけわかんないこと言っちゃってるの?」という表情を浮かべるタイプ。まあね。「科学的」じゃない、ということはわかっているけれど、ね。
 かくして私は、やみくろと遭遇しないよう、平安時代よろしく「方違え」をしながら毎日を過ごしている。



[PR]
by miltlumi | 2016-09-29 10:26 | 私は私・徒然なるまま | Comments(0)

日曜日の夕方に

 日曜日だというのにちょっと仕事をしていたら、夕方になってしまった。昨日DMが来たパワーストーンのお店の閉店セールに行くには中途半端な時間だし、近くのカフェで一息いれようにも既にコーヒーはめいっぱい飲んでしまった。仕事をしたご褒美にケーキを買いたいが、昨日「プラチナドンキ」でチョコとアイスとブラウニーを仕入れてしまったので、これ以上の追加購入は控えねばならない。
 第一、今更着替えて化粧をする気にもなれない。とりあえず最低限アイライナーと口紅だけぬって、バリで買った下駄(正確には木製ヒールのサンダルだが、歩くとカランコロンと思いっきり下駄の音がする)をつっかけて、ふらりと外に出る。

 あてもなく大通りをぶらぶら歩く。前方には、キャスターケースを2つ両手でがらがらと引っ張っていく人がいる。もっと大きなスーツケースひとつにまとめればよいものを、なんとなく不思議な光景である。
 赤信号で立ち止まり、ふと気が変わって、道を渡らずそのまま左折する。知らぬ間に出来たハワイアングッズのお店を覗いたり、歩道脇に生えているトロピカルっぽい木の葉を触ったりしながら、次の交差点まで行く。
 今度はどちらに曲がろうか思案していたら、さっきのキャスターケースの人が隣に並んだ。いつの間に追い越したのだろう。ふと視線を向けようとしたら、あちらから声をかけてきた。
 「エキ、ドッチデスカ?」
 外人だ。思わず「You mean the subway station?」と英語が口をついて出る。ガイジンのカタコト日本語よりは、私の英語のほうがマシである。
 -そう、地下鉄。
 -この道をまっすぐ、それから左。私も駅の近くのスーパー行くから、一緒に行きましょう。
 買い物は今朝済ませたばかりなのに。その時点で、あてのない散歩にピリオドが打たれる。聞けば、住んでいる鵠沼に帰るのだという。
 -私の高校の近くね。 
 -高校の名前は? 
 -湘南High school。
 -ああ、聞いたことあるよ。
 嬉しくなって、日本人相手だったら決して訊かないであろうのに、ついWhat are you doing?と訊いてしまう。「I’m musician.」「Wow!」
 -何の楽器? 
 -ギター。
 -どんな種類の音楽? 
 -いろいろ。主にロック。
 -ギターケースがないけど? 
 -別送したから。
 -ああ、じゃ、この近くでライブやってたの? 
 -そう。明日からアメリカに行って、ツアーなんだ。サンフランシスコ、シカゴ、ニューヨーク…。
 ロックに興味のない私は、アメリカの都市の名前を聞いてセドナのことを思い出す。
 -じゃあ、セドナに行ったことある? 一度行ってみたいの。 
 -あるよ。すごくいいところだよ。
 -どの季節がいいかしら。
 -冬はけっこう寒くなるから、来月あたりかな。ところで、英語、上手だね。 
 -トロントに住んでたから。だから私の英語はカナダ訛りなの。
 -そんなことないよ。

 ようやくメトロのマークが見えるところまで来る。彼は右手をキャリーケースから離して、すいっと差し出す。別れ際は典型的なアメリカンスタイルだ。
 「Thank you very much.」
 「My pleasure. Have a safe trip.」

 別れたあと、スーパーに入ってレジの横にある料理の本を眺めながら、ふと気づく。全米の大都市をいくつもツアーで回るって、もしかして有名なミュージシャンだったのかも。あのときセドナの話なんてせず、名前を訊くべきだったか。でもロックバンドの名前なんて言われてもわからないし。まあ、ライブのあとに一人で大荷物抱えてえっちらおっちら電車で帰るってことは、そんな有名でもないのかも。
 手ぶらでスーパーを出ると、あたりはもう夕闇が迫っていた。秋も間近、見知らぬガイジンとの10分弱は、パワーストーンよりカフェよりケーキより、いい時間だった。


[PR]
by miltlumi | 2016-09-04 21:39 | 私は私・徒然なるまま | Comments(2)

NGな8月

 昨日、区立図書館に行ったら、子供向け本のコーナーが賑わっていた。夏休み最後の日であることに、そこで気づいた。長かった夏休み。楽しかった思い出。…というほっこりした気持ちには、私の場合、残念ながらつながらない。

 もともと8月は好きではない。小さい頃は学校が大好きで、友達と会えない夏休みなんて全然面白くなかった。高1の夏休みはほとんど毎日学校に通うことができたが、それは運動音痴で泳げない生徒向けの25mクロール・平泳ぎ(体育の単位取得に必須だったのだ)特訓補講のためだった。大学1年もやっぱり毎日のようにキャンパスにある「計算機センター」に通って、今度は数学の単位をとるべくフォートランのプログラム(パンチカードの読み取り式!)を走らせた。
 体育や数学から解放され、社会人になり、結婚してからも、やはり泳ぎは不得意だし、砂塵の舞い飛ぶ海水浴場はハードコンタクトレンズ着用者にとって拷問以外の何物でもなく、バケーションはもっぱら秋、と決め込んでいた。

 8月が決定的に嫌いになったのは、長らくの結婚生活にピリオドを打つ事件が終戦記念日に勃発してからだ。お盆に終戦、加えて個人的敗戦にむけた開戦(?)記念日。あの日を、心穏やかに過ごせる(というより「今日は15日だ」と意識せずスルーできる)ようになったのは、ここ数年のことだ。
 去年の8月、別の出来事が起きたとき、算命学をよくする友人に見てもらったところ、「アナタ、今の時期はへたに動かないほうがいいですよ」と言われた。日繰りの「天中殺表」を作っていただいて、毎日それとにらめっこしながら行動の可否を判断した。

 そして今年8月。新たな開戦の火ぶたを切るような事件は幸い起きなかったが、なんとなく毎日がブルーである。東京は猛暑日・熱帯夜が少なくてしのぎやすいはずなのに、どうもエネルギーレベルが下がっている。
 たまたま例の算命学の友人と会ってそういう話をしたら、あっさり言われた。
 「Miltlumiさんは8月はだめな月なんですよ」
 あれは、去年に限ったことではなかったのだ。8月嫌いは、持って生まれた運命だったのだ。考えてみれば、上述の2つの事件に限らず、10代最後の失恋も8月だったし、アレもコレもソレも…。14年間、誰よりも何よりも私の心の支えになっていた最愛の犬を亡くしたのも8月だ。
 8月は、ダメなのだ。
 そう思ったら、かえってすごく気が楽になった。

 図書館で宿題に追われる小学生を尻目に短編小説を2冊借りた後、友達のうちに行ってさんざんおしゃべりをして、イタリアンレストランでサマートリュフをたっぷりかけたタヤリンをいただいた。
 8月とは思えない涼しい夕風の吹く中、ちゃりをこぎながら、あと数時間で8月が終わってくれることをしみじみ嬉しく思った。

 というわけで、今日。9月1日。September。新しい季節が始まる。心も衣替えして、しばらくご無沙汰だったブログもちゃんと書こうと思う。


[PR]
by miltlumi | 2016-09-01 11:27 | 私は私・徒然なるまま | Comments(2)

原理主義と村八分 (上)

 リオオリンピックが目前に迫ってきた。開会式は、いつも掛け値なしに感動するものだが、今回注目すべきはなんといってもロシアだろう。本来出場すべき選手が歯抜けになったチームメンバーは、どんな表情で行進をし、他の国々はどんな表情で迎えるのか。
 「ロシア全面排除せず」というIOC決定の見出しが新聞の1面に載った日、折しもその横には「EU離脱 混乱回避へ連携」という記事があった。
 IOCがロシア選手の参加をすべてNGにしなかったこと。イギリスのEU離脱という現実の前にG20が連携を強調したこと。いずれも賛否両論いろいろあるようだが、国際的なこの2つの現象を目の当たりにして、ふと思い浮かんだのは、「原理主義の終焉」という共通項だった。

 「原理主義」という言葉を初めて耳にしたのは、大学入学直後。銀杏の若葉眩しいキャンパスには、学生運動の立て看板がずらりと並び、講義を受けに大教室に入っていくと、独特のフォントで書かれた藁半紙が机上に舞い飛んでいた。
 今思えば、その大学を目指して必死に受験勉強をしていたその前年の夏に、スポーツの祭典が政治的原理主義に翻弄された、あのモスクワオリンピックが開催されていたのだ。
 東西冷戦、南北問題、第三世界、等々、世界をくっきりと二分(もしくは三分)する概念で全てを語っていた当時の規範がもしも今も生きていたとしたら、ドーピング問題を出しにして(東の)ロシアを懲らしめてやろうという原理主義的思惑が、それ以外の論理にすべてうっちゃりをくらわせたであろうことは想像に難くない。
 リオからロシアを全面排除しないという判断は、1980年代の常識からすれば、まさに言語道断。逆に言えば、あれから30余年が過ぎた今、世界は冷静になり、All or nothingの原理主義に突き動かされないだけの判断力を身につけ始めている、ということではないだろうか。

 1993年に発足したEUに関して言えば、超国家主義という、東西対決とは真逆な意味での原理主義を体現して発足したと言えるかもしれない。有史以来明に暗に敵対と合従連衡を繰り返してきた民族たちが1つにまとまろうという歴史的意義は、「3億人の巨大市場誕生」と持てはやされた経済的意味合いと相俟って、域外の一平民である私にとっても十分インパクトフルであった。
 それが、EU第二の大国であるイギリスが離脱するとは。原理主義的な考えに基づけば、これまた言語道断。コミュニティの理念に背を向けた国など野垂れ死んでしまえ、と罵倒されるかと思いきや、G20もEUも、離脱は前提としつつもどうにか連携しようという姿勢を必死に打ち出している。

 ここでも、原理主義は影を潜めている。もちろん、世界経済の不確実性が自国に悪影響を及ぼさぬように、という手前勝手なご都合主義もあろう。言い換えれば、もはや好むと好まざるとに関わらず世界は複雑に絡み合い過ぎて、原理主義を貫こうにも貫き通すことができなくなっているのだ。貫こうとすれば、それはエンドレスの戦闘になる。       
                    ・・・(下)に続く


[PR]
by miltlumi | 2016-08-04 17:51 | 私は私・徒然なるまま | Comments(0)

コメさえあれば

 以前、うちの中に食材が何もないときどうするか、という主婦的重要課題について友人と語り合っていたとき、彼女が名言を吐いた。
 「コメさえあれば何とかなる!」
 すごい。そうなのだ。食材が「何もない」と言ったって、本当に全然まったくなんにもない、ということは実際にはあまりあり得ない。たいがい、少なくとも米びつには何がしかの米粒は残っている。さらに言えば、冷凍庫には、かちかちに凍って霜まみれになったミックスベジタブルやラップで包んだツナ缶の残り。乾物の引き出しには、封を切って茶色くなってしまった切り干し大根やぽきぽきと折れてしまった春雨。
 コメさえあれば、そうした食材の切れ端と炊いたご飯を一緒に炒めて塩コショウを振り、あるいはお湯を沸かしたお鍋にまとめて放り込んで味噌醤油で味付け、なんちゃってチャーハンでもお雑炊でも、とにもかくにもどうにか主食兼副菜を作ることができる。
 コメさえあれば、ニッポン人の生きるエネルギーは確保できるのである。
 
 最近、冷蔵庫の中にはふんだんに食材があり、コメもパンもパスタもなんでもござれというキッチン環境であるにも関わらず、この言葉の有難味を深く味わう機会があった。ただし、「コメ」の代わりに置き換わった言葉は「自分」。つまり;
 「自分さえあれば何とかなる!」

 一生懸命やっていたことが全然報われないどころか、タダの無駄骨に終わった。結構いい線いってるんじゃない?とひそかに悦に入っていたものが、他人から一蹴された。がっくりぐりこ(死語だね)である。ったくもう、いい歳して何やってんだか、と思わず舌打ちしてしまう。
 あらゆる知識と経験を使い果たしてやったことが水泡に帰してしまった以上、もうネタ切れ、リソース払底である。煮るモノも焼くものももう残ってません。全面的に兵糧尽きました。空腹を抱えて布団をひっかぶってふて寝したくなる。
 しかし、寝て起きたら、頭の中は新たな発想がぎっしり、すべてがバラ色に変わっていた、などという夢物語を期待するほどウブではない。ベッドで仰向けになって天井を睨みながら、結局は自分でなんとかしないといけないんだよね、と気づいた。
 そこで思い浮かんだのが、彼女の言葉だった。
 コメ、改め、自分、さえあれば何とかなる!

 彼女は、とても優しくて楽天的な人だった。人の気持ちに敏感で、私が人知れず落ち込んでいるといつも明るく声をかけてくれた。置かれた環境に抗うことなく、その中でどうにかうまくやっていこうという気概を持っていた。
 コメさえあれば、という彼女は、自分のまわりで使えるリソースがどんなに枯渇しても、ネタ切れになっても、とにかく自分で自分自身をエネルギー源にして、果敢にアクションをとっていた。
 食の多様化が進む今、ニッポン人の台所には必ずコメがある、とは言い切れなくなってきているものの、少なくとも自分には必ず「自分」がある。自分自身が最大のリソースである。  


[PR]
by miltlumi | 2016-07-31 22:05 | 私は私・徒然なるまま | Comments(4)

AI雑感

 近頃ビジネスパーソンの流行り言葉は「AI」らしい。寄ると触るとその話になる。ディープラーニングっていうのか、機械がそれまで蓄積したデータから勝手に特徴を抽出して勝手に学習して、勝手にアルゴリズムを創り出す、っていうのが昨今の急速な発展の秘訣らしい。

 ワトソン君がいる会社の友人が、前に勤めていた会社のエンジニアさんから聞いた話によると、その会社が開発するカメラにも当然AIが使われている。最新機能は、写真を撮ろうとすると被写体が「食べ物」かどうかを勝手に認識するというもの。でも、何を元にどうやって「これは食べ物だ」と認識するのか、そのカラクリはエンジニアさんにもわからない。わからないから、バグが生じてもお手上げ。AIが自分で学習して勝手に解決策を編み出してくれるのを待つしかない。
 で、実際に生じたバグというのは、「牛」を見ると、AIが「食べ物」と認識してしまう、というもの。聞いた途端、私は「ええっ」と声を上げてしまった。脳裏に浮かんだのは、八ヶ岳山麓でのんびり草を食む牛にカメラを向けたら、手元の液晶画面に、広々した緑の牧場をバックにビフテキが浮かんでいる画像。んなバカな…。
 ちがうちがうちがう。「牛」を「食べ物」だと誤解したAIさんは、単に「食べ物」撮影に最適な露出とか絞りとか色調整とかを行って、できるだけ「美味しそうな」画質に仕立てるだけのこと。いきなりビフテキ画像を捏造するのではない(やったらスゴいけど)。

 「…ってことなんだよね?」
 念のため確認すると、理系の彼は、そうそう、とうなづいてくれた。結局のところ、風景写真として最適化されるはずの牛さんが「美味しそう」に写るだけのことだから、大勢に影響はない。ユーザーは多分絶対気づかない。なので、そのAIのバグはそのまま放置され、製品化されているらしい。

 画質改善の判断間違いくらいなら笑って済ませられるが、もっと重要な「判断」を下すAIがバグったらどうするのだろう。先日起きたテスラ車の自動運転による死亡事故は、1億3,000万マイルで初めて起きたもので、手動運転なら9,400万マイルに1度だから、それよりは安全なのだ、と記事にあった。事故率が3分の2に減少するのだから、自動運転のほうがいい…? 
 でも、自動運転ばっかりしてたら、その分反射神経や瞬発力や判断能力が劣化するんだよね。ただでさえ致命的に運動神経の鈍い私が自動運転に頼っていたら、それこそ名実ともに運動神経ゼロになってしまうではないか。
 ――そーいうノロマで近所迷惑なやつが事故を起こして周りを巻き込まないよう自動走行システムを開発しているのだ。
 いや、人間として自らの能力を少しでも向上させる努力をするのは、進化の基本ではないか。
 ――バカか。ノロマな私の運動神経が多少よくなることより、AIの技術がぐんぐん発達するほうが、よっぽど人類全体の進化に資するのである。

 牛をビフテキにしちゃう程度の想像力しかない者には、AIの未来をうまく想像することができない。


[PR]
by miltlumi | 2016-07-06 17:18 | 私は私・徒然なるまま | Comments(0)

天国でまた会おう

 久しぶりに、読み終えるのが惜しいと思うような小説に出会った。最後の20頁を心して読もうと、あえて途中で本を閉じた。ベッドの中で読んだエンディングの頁、最後の1行までもが神経の行き届いた、というか、読者の想像を裏切る、著者の見事な演出が続いた。
 物語は、終戦を間近に控えた第一次大戦のフランス軍の情景から始まる。血がどばどば出たり手足がもげたりするバイオレンス物が苦手な私は、早々に途中退出しようかと思ってしまった。でもあとちょっと試してから、と読み進めると、幸い生々しい戦いの場面はすぐに止んだ。
 …とほっとしたのも束の間、戦争の後のむごい傷痕(文字通りの、キズ痕である)が、二次元の頁から立体的に立ち昇ってくる。のみならず、その匂いや肌の感触までも。思わず眉をひそめながらも、もう途中退出は不可能だ。次は、次は、と頁をめくる手も文字を追う目も逸っていく。

 フランス人現代作家と言えば、知っているのはサガンとかカミュ(もはや現代ではないか)とかくらい。一昨年ノーベル文学賞を受賞したパトリック・モディアノは、その代表作を読んでみたものの、どうにも性に合わなくて途中で挫折した。
 だから、フランス人作家についてとやかく言う資格は全くない。それでもやはり、この小説家は色々な意味で凄いと思う。その「意味」のひとつ、ストーリーのメインストリームではないものの、さすがフランス男性、わかっておられる、と思わず一人ごちてしまう場面に遭遇した。
 ひとつは、ハンサムな男性が、その放蕩ぶりを黙認していた妻に事業の失敗を打ち明ける場面。妻の包容力ぶりに改めて感動し、ようやく本当の夫婦になれたと思いきや、男の子供をお腹に宿した妻が、ゆったり微笑みながら口にする一言。これがなんとも…。男性にとって不可解な、女性ならではの心理描写は、多くの日本人男性作家には不可能な芸当だ。どんなに著名な作家でも、こういう段になるとつい男性のご都合主義が顔を出すのだ。フランス男性は、男性の弱さをきちんと心得ている。
 そしてもうひとつ。悪事を働いて巨万の富を得た男性に、逃避行を誘われた女性の決断の場面。瞬時に来し方行く末を見据え、深慮遠謀巡らして、というのではなく、たった一つの事実にのみ心を奪われ、首を縦に振る。大局観がないと言われる女性の中でも、特に木を見て森を見ないタイプの私は、大いに納得してしまった。

 ともあれ、フランス男性ならではの女性に対する繊細な観察眼は、この作家の凄さのほんの一部に過ぎない。父と息子、姉と弟、大人と子供、お金持ちと貧乏人、没落貴族と成り上がり者、さらには同性愛者のフレーバーまで、様々な関係性の織り成すストーリー展開に、片時も目を離せない。

 時節柄のコメントを一言付け加えるならば、ここに描かれた官僚や実業家同士の駆け引きは、西洋の政治の長い歴史の中で培われた一筋縄ではいかない権謀術数を垣間見せてくれる。中世以来ほんの百年前まで戦い続けてきた独仏が、今、EU存続をかけて共同戦線を張るのを見るにつけ、極東の島国の政治家の底の浅さには諦念を抱かざるを得ない。



[PR]
by miltlumi | 2016-06-29 14:15 | 私は私・徒然なるまま | Comments(4)