カテゴリ:アインシュタインの言葉( 5 )

Intimidated

 Intimidate、という単語を、昔トロントに赴任したての頃に覚えた。日本にいる頃からつきあいがあったGregが、オフィスのメンバーの人と成りを教えてくれるのに「Dennisは見かけはIntimidatingだけど実は優しくて…」と言いかけて、「Intimidateの意味、わかるか?」と尋ねたのだ。正直に首を振ると、私が理解できる平坦な英語で説明してくれた。
 人を威嚇する、怯えさせる、という意味。「ate」で終わる動詞は、aから遡って3つめの母音にアクセント、という受験英語の知識を思い出し、前から2番目の「i」にアクセントを置いて、Intimidate、Intimidating、と何度もつぶやいてみた。

 最近、その単語をあのときのように、でも受け身形で、Intimidated、とつぶやくことが多い。駅コンコースの両側にずらり並んだ何十台もの液晶ディスプレイに、一斉に航空会社やPCメーカーの広告が映し出されるとき。Eメールの受信ボックスに、「今だけ70%OFF!」とか「ポイント5倍キャンペーン!!」「アンケートに答えて○○GET!」といった件名がずらり並んでいるのを見たとき。バナー広告をついクリックしたら「実感できなかったら全額返金!」「今すぐお申込み!!」という執拗な文句とともにしつこく点滅する「申し込み」マークが目に飛び込んでくるとき。
 マーケティングという名のもとの、強迫に近い暴挙のように感じるのは、私が被害妄想気味だからだろうか。世の中、不況でモノが売れなくなったという。それと反比例してIT技術やネットワーク環境が格段に発展した。モノやサービスを売る人たちは、この文明の利器を駆使して、消費者の物欲を煽るだけ煽ろうとしている。

 近頃の若者たちは、不要な宣伝メールは視界に入れることなく自動振り分けしたりして、煩わしさを感じたりしていないのかもしれない。カカクコムや口コミサイトの使い方を熟知して、効率よく必要な情報だけを入手する手立てに長けているのかもしれない。ましてや、毎日何通も飛び込んでくるあの手のEメールにいちいちIntimidateされるなんて、私一人よほど神経質な人間なのかもしれない。
 それでもやはり、「ネットワーク社会」と言われるこの時代、ターゲット広告とかポイント制による顧客囲い込みとかリコメンデーション機能とか、消費者の財布のひもをひたすら必要以上に緩ませようとするタクティクスに多くの企業が血眼になっている(ように見える)現状を見るにつけ、生活の本当の豊かさとは何か、ということを考えざるを得ない。見方を換えれば、IT・ネットワーク技術という素晴らしい手段を手に入れたというのに、それを活用して人間がやることといえば、単なるモノ売り。人間から物事を考える時間を奪い、欲しくもないものを欲しい気分にさせて、24時間ひたすら消費を煽る。
 今の時代の流れそのものに、私はIntimidateされている。

 Perfection of means and confusion of aims seems, in my opinion, to characterize our age.
 (思うに、手段は完全になったというのに目的が混乱している、それが今の時代の特徴ではないか。)
 アインシュタインの言葉である。
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by miltlumi | 2012-12-07 07:22 | アインシュタインの言葉 | Comments(0)

ルチルクォーツとアインシュタイン

a0165235_1138023.jpgルチルクォーツの透明な空間には
針のような金色の線が無数に詰まっている
太い針もあれば、細い針もある
交差しているものもあれば、
平行線をたどるものもある

数えきれないほどの真っ直ぐな線による、小宇宙

過去、たったひとつの接点しかなかったのに、
どういうわけかその後も、
お互いがふと交差する瞬間が何度もある

確信的に太くて、ずっと近くを走っていたはずなのに、
突然途切れてしまった線がある

ほとんど1本の線に見えるくらい近いと思っているけれど、
よおく見ると、DNAの二重螺旋構造みたいに、2本の間に厳然たる距離がある

真っ直ぐに見える線も、実は曲がっているという、アインシュタインの法則
そうでなければ、他の線と何度も交われるわけがない
それでも、一瞬だけでもぴったりと接触できるのは、おそらく奇跡
だから

Only a life lived for others is a life worthwhile
 (出典:Compiled by Jerry Mayer & John P. Holms “Bite-Size Einstein”, St. Martin’s Press)
本当に価値のある人生とは、誰か他の人のために生きることである。
 (Translated by みるとるみ)

追記:
「誰か」が the other ではなく、others となっているところがポイントである。 
「誰か一人」のために生きようとすると、自分の人生を生きられなくなる。
賢明なるアインシュタイン氏は、それについても名言を残している。


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by miltlumi | 2011-10-23 11:45 | アインシュタインの言葉 | Comments(0)

絵を描くこと、ものを考えること

 友人がTWITTERで「あなたは何をやっているのですか、というインテリぽいかっこいい質問」に「『・・? 絵を描いているのです』」というのは、「もっともまともな答えのひとつ」とつぶやいていた。
 彼女は「是蘭」という雅号を持つアーティスト(是蘭のブログはこちら)だから、上記の答えはしごく真っ当なものにちがいない。けれど、それをあえてTWITするということは、この答えがややもすると「まともでない」と受け止められる風潮が世間に存在するせいだろうか。 

 実際私はそのような経験をした。
 サラリーマンを辞める決意を固めた頃、久しぶりに大学のクラス会があった。近況報告の中で私が「もうすぐ会社辞める。そしたらエッセイ書いてパン屋で働く」と素直に言ったところ、その場にいた15人が全員固まった。「それで食べていけるの?」「やだ、冗談ばっかり」といった揶揄さえ出なかった。
 会社を辞めて、さすがにパン屋のバイトは時給が厳しいことに気付き、とりあえずぶらぶらしながら、かのアーティストにコラージュを教わった。BOOK OFFの美術書売り場に入り浸って素材を集め、頁をめくっては気になるオブジェを切りぬき、はさみとのりを丁寧に使用するのは純粋に楽しい。何かの拍子で、我ながら面白いと思う作品ができたりして、自己満足に浸る。そうこうするうち、別の友達が「どうしてるの?」と心配して電話してきてくれた。「コラージュ作ってる」と答えたら、外資系金融機関でばりばりと働いている彼女は電話口で一瞬凍りつき「…で、それ作ってどうすんの?」と低い声を出した。
 
 話はちょっとずれるが、高校時代の男友達が、確か大学卒業して間もない頃「休みの日は何してるんですかっていう質問に、休んでますって答えると変な顔されるんだ。休みの日には休むものだよな」と憤慨していたのを鮮明に憶えている。これまた至極まっとうな答えではないか。
 それから最近の電車の中。皆一様にケータイにむかってしゃかしゃかと指を動かしている。あるいは自動扉の上の液晶ディスプレイに次々映し出されるニュースや占いに見入っている。昔は電車の中といえば、数分の短い間であれば「物思いにふける」のが一番ポピュラーだったと思うのだが。最近、人々はどこで物思いにふけっているのだろうか。
 経済的に生産的な結果を産むとは限らない何かに、あるいは積極的に何も作りださない行為に、時間をかけることは、いい年した大人の「やること」ではないのだろうか。

 でも、アインシュタインはこう言っている。この”music”の後に”art”も加えてはどうかと思っている。

Thought is an end in itself, like music.
(出典:Compiled by Jerry Mayer & John P. Holms “Bite-Size Einstein”, St. Martin’s Press)

思考は、それ自体が目的である。音楽と同様に。
(Translated by miltlumi)


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by miltlumi | 2010-02-23 21:18 | アインシュタインの言葉 | Comments(2)

期待

 失望するのは、期待していたせい。
 期待しなければ、裏切られることもない。
 それは、もうわかっていることなのに。

What a strange thing must be a girl's soul! Do you really believe that you could find permanent happiness through others, even if this be the one and only beloved man? I know this sort of animal personally, from my own experience, as I am one of them myself. Not too much should be expected from them, this I know quite exactly.
(出典:Compiled by Jerry Mayer & John P. Holms “Bite-Size Einstein”, St. Martin’s Press)

女性の心は何と不思議なことか!たとえ彼が唯一人の愛する人だとしても、彼があなたに永遠の幸福をもたらしてくれると、あなたは本気で信じているのですか? 
私は経験上この種の動物を個人的に知っています、なぜなら私自身がその一人なのだから。男性にあまり多くを期待してはいけません。まったくもってそういうことなのです。
(Translated by miltlumi)


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by miltlumi | 2010-02-08 23:00 | アインシュタインの言葉 | Comments(0)

アインシュタインと干し肉

 ご存知の方もいらっしゃると思うが、「アインシュタイン150の言葉」という本がある。相対性理論とは必ずしも関係ない(あるものもあるが)彼の発言集の中には、いくつも私のお気に入りのフレーズがあり、しかも読む時々によって「!」と膝を打つ台詞が違っていたりして(つまり、その時々に私自身が直面している様々な問題にRelevantな言葉を、私が無意識のうちに選択している、ということだろう)、いつ読んでも面白い。

 最近、その日本語訳を読みながら、ふと英語の原文に触れたくなった。Amazonで探したら、案の定「Bite-Size Einstein」があって早速購入した。
 読み始めて驚いたのは、原本は150どころか300近い言葉が掲載されていたことだ。
ヒマにあかせて、かつ(一応自分の行動の正当化のために言えば)最近衰えの激しい英語力を少しでも持ち直させるため、これを和訳してみることにした。少なくとも「アインシュタイン150の言葉」で取り上げられている言葉のほうは、自分の和訳の答え合わせもできるし。
 この無目的な試みは、まだ三分の一くらいしか進んでいない。その中から、先の「干し肉理論」に呼応するであろう、そして「アインシュタイン150の言葉」の訳者の選から漏れた言葉をひとつ。

When women are in their homes, they are attached to their furniture. They run round it all day long and are always fussing over it. But when I am with a woman on a journey, I am the only piece of furniture she has available, and she cannot refrain from moving around me all day long and improving something about me. 
(出典:Compiled by Jerry Mayer & John P. Holms “Bite-Size Einstein”, St. Martin’s Press)

「女性はうちにいるときは家具に執心している。彼女らは日がな一日家具の周りを走り回っていつも大騒ぎしている。しかし、女性と一緒に旅行をする時、私が彼女の手元にある唯一の家具ということになってしまい、彼女は日がな一日私の周りを動き回って私のどこかを改善しようとする気持ちを抑えることができない。」

 この場合、インテリアコーディネート=干し肉。
アインシュタインを煩わせているこの女性の最大の失策は、マンモス(狩りをする男性)を干し肉の対象に据える、ということ。ただ、旅行中だけだからまだ許されるのだ。日常生活においても家具と旦那を混同してしまうと、悲劇が始まる。

アインシュタイン150の言葉
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by miltlumi | 2010-01-28 10:44 | アインシュタインの言葉 | Comments(0)