カテゴリ:初秋のヨーロッパ( 17 )

石畳の道

 イギリス大使館は、内堀通りの両側を彩る桜並木を望む絶好の場所に位置する。高くて長い塀沿い、桜の木の下の歩道の一部は、今どきには珍しく「土」が露出している。アスファルトでも砂利道でもなく、ところどころ石ころが埋もれているような、土の道。雨が降ると水たまりができる。私は好んでこの土の道を歩く。

 そういえば、日本ではあまり石畳をみかけないな、と思う。東京はいわずもがな、古都京都でも、石畳が現役の生活道路として活躍している道が思い浮かばない。もしかすると、中世以来、馬車がポピュラーな移動手段として発達しなかったせいかもしれない。
 時代劇を見る限り、合戦の際はともかく、平時に人々が馬車に乗る光景には馴染みがない。大名でさえ、人が担ぐ「籠」に乗ってのんびり東海道五十三次を移動していた。わらじや地下足袋を履いた人の足には、やわらかな土が一番だったのかも。

 プラハは、旧市街もプラハ城下も街じゅうが石畳だった。3㎝角の正方形が敷き詰められて、白黒きれいな市松模様を描いているところもあれば、10㎝角くらいの大きさも高さもふぞろいな石が、長年踏みしめられてすっかりつるつるになったようなところもある。
 キャスターつきのスーツケースを引きずって歩くには適していない。ピンヒールはもってのほか。バリアフリーどころか、そこらじゅうに段差があって、車椅子はもちろん健常者でも、油断するとつまづいてころびそうになる。

 やはり石畳は、がっちり蹄鉄を撃ち込まれた馬のためのものだったのだろうか。今、馬から置き換わった4輪車は、いかにも新参者といった遠慮がちな面持ちでスピードを落とし、石畳の上をごとごとと走る。
 彼らが入ってこられない路地は、夜になるとその陰影がことさらに深まっていた。異国から帰って、もうひとつき。すっかり日常にうもれる東京の秋、ふとした瞬間にあの街並みを思い出している。
a0165235_14142718.jpg

[PR]
by miltlumi | 2011-10-14 14:17 | 初秋のヨーロッパ | Comments(0)

チェコ・トイレ事情

 海外旅行の醍醐味は、風光明媚な景色や壮麗な歴史的建築物を愛でたり、その土地の美味しい食べ物を味わったりすることだけではない。異文化、というには大げさすぎる、異国の地に住む人々の生活を垣間見ること。
 でも、これだけ物資や情報の国際流通が発達すると、どの国に行っても似たようなモノが似たような店で買える。しかも、ベルリンの壁が崩れてソ連が消滅してから20年余り。「東欧」という言葉には、もはやかつてのように「大国ソ連の傘下にある、社会主義的独裁政権に虐げられた、物資の窮乏にあえぐ人々」といった響きは感じられない。
 実際プラハでは、「ららぽーと横浜」と見まごうばかりのショッピングセンターが共和国広場にそびえたち、世界中の観光客でごった返す旧市街広場にもStarbucksが進出していた。

 それでも、人々の「生活」を感じたのは、トイレの紙。トイレットペーパー、と言わないのは、それがあたかもニッポンの高度成長時代における、まだ水洗トイレが一般家庭に普及していない頃「ぽっとん」式のトイレ(というより「便所」もしくは「お手洗い」)の隅に置かれたB5サイズの「ちり紙」を思い起こさせたからだ(蛇足だが、トイレットペーパーという単語が、日本で押しも押されぬ市民権を得たのは、第一次オイルショックで「トイレットペーパー買占め事件」が起こった時ではないか)。

 つまり、ペーパーの目が粗いのだ。ごわごわしている。柔らかさを増すため表面に細かい凹凸をつけているせいで、必要以上にかさばる。日本のロールと同じ直径でも、長さは絶対日本の半分くらいのはず。それが証拠に、ひとつのホテルに滞在中、みるみるペーパーが減っていった。
 しかも空港などの公共の場では、ペーパーが白ではなく灰色なのだ。まさに昔の、古新聞を再生させたちり紙みたいに。あの頃(って、あのちり紙を現役で使っていたわけだ、私は…)は気づかなかったが、灰色っぽい紙を使用すると、(あからさまな話で大変恐縮だが)水分に濡れた部分の色が濃くなるのが、如実にわかる。そんなもんいちいち見るなよ、と言われそうだが、コトを済ませた後に、ロールシャッハテストのようなその暗い水染みを眺めたときほど、「元社会主義国の東欧」にいるのだなあ、という感慨を強く感じた瞬間はなかった。

 衣食足りて生活雑貨のファインチューニングにまで精を出す日本では、灰色のトイレットペーパーなどお目にかかることはない。ピンクやブルーのペーパーは流行遅れで、代わりに花柄やリボンがパステルカラーで描かれ、ほのかな香りまで漂う品のいい商品があふれる。人々はその好みに応じて「シングル」か「ダブル(この2枚重ねは、「ちり紙」の時代に最低2枚は使わないとマズイことになった記憶の名残ではないか)」を選択する。
 
 日本の商品開発力には脱帽させられる。そこまでやるか、という気がしないでもない。ルズィニェ国際空港における白くて薄いトイレットペーパーは、果たして「プラハの春」の必需品だろうか。
[PR]
by miltlumi | 2011-10-07 07:57 | 初秋のヨーロッパ | Comments(2)

鉛筆を削る仕事

 ヨーロッパ旅行中、合計5つのホテルを泊まり歩いた。その中でも由緒正しいローマのSt. RegisとプラハのGolden Wellは、2か所ともベッドサイドのメモパッドに添えられていたのが、鉛筆だった。久しぶりに「鉛筆」という文房具を見た。

 今日び、ホテルの室内に備えられる筆記用具は、ほとんどの場合ホテルのロゴが入ったボールペンである。特注のボールペンと鉛筆と、どちらの原価が安いのかはわからない。しかし人件費という観点では、明らかに鉛筆のほうがコスト高であろう。
 何しろ「鉛筆を削る」という作業が必要なのである。電動鉛筆削り器を使うにしても、あの細い穴の中に鉛筆を差し込み、器械が木肌を削る速度に合わせて確実かつ柔らかに鉛筆を押していく手間は、結構なものである。
 小学生の頃、うちにあったのは、取っ手をぐるぐると手で回す昔ながらの鉛筆削り器だった。友達の家にある電動式が羨ましくて、何度か使わせてもらったことがある。鉛筆を支える指につい力が入って、せっかく尖りかけた芯の先をぼきりと折ったり、逆に木肌がうまく刃先にあたらなかったりして、苦労した。もとより、カッターで削るのは至難の業だった。

 プラハのホテル。金糸が織り込まれた紗のカーテン越しの西陽が、ベッドにきちんと置かれた大中小3つの枕と筒型のクッションを照らしている。その上に座って、テーブルに置かれた鉛筆をぼんやりと眺める。このホテルには、鉛筆を削る仕事をする人がいるのかもしれない、という思いが、ふいに心に浮かぶ。

 この部屋のような西陽が差し込む小さな部屋で、老眼鏡をかけた白髪の老人が、来る日も来る日も鉛筆を削っている。
 19の客室と、ゲストが集うアフタヌーンティールームやロビーのソファ脇に配置される30本近い鉛筆を、小さなナイフで削る。指で持ったとき角がどこにも感じられないよう、電動削り器よりも滑らかに、限りなく曲線を描くよう精細に削り込んでいく。
 最後に鉛筆の芯を完璧な円錐形に削るのは、一番神経を使う工程だ。木肌を削っているときの「ざっざっ」と「しゅっしゅっ」の中間のような感触が、芯になると、「しゃしゃしゃ」という、軽いかすかな音に変わる。
 仕上がった数十本の鉛筆を両手で束ねて、その直径と同じ大きさの丸いクッキーの空き缶に差して、手の平で上からそっと押えて芯の先を確認する。尖り具合に不揃いがないか、慎重に点検するが、ここ数十年彼の手先が狂ったことはない。

 「この鉛筆、すごく書きやすいよ」
 連れの声に、おじいさんの面影が消える。プラハで合流した文房具好きに、St. Regisから失敬してきた鉛筆を3本、プレゼントしていたのだ。
[PR]
by miltlumi | 2011-09-25 21:09 | 初秋のヨーロッパ | Comments(0)

イタリア人の色好み

 イタリア人が陽気なのは、「色」のせいではないかと思う。
 スペイン階段を下りて、ラグジュアリーブランドが立ち並ぶコンドッティ通りをひやかして歩く。今年の秋は、ボルドーやチャコールグレー、焦げ茶といったいかにも秋らしい色が流行のようで、フェンディもフェラガモもマックスマーラも、似たような渋い色彩のバッグが品よく並んでいる。いいわねえ、他の色はないの?もう少し小ぶりのほうが使い易そう。愛想のよい店員にわがまま放題言って、奥の倉庫にしまってある品物まで引っ張り出してきてもらいながらも、実のところ私のお目当てはそんな高級品ではない。
 ポメラートやボッテガヴェネタを擁するサン・ロレンツォ・イン・ルキナ広場から路地に入ると、とたんにこじんまりしたローカルな感じのお店が現れ始める。赤、オレンジ、黄、緑、青、目にも鮮やかなカラーバリエーションを一つ一つのアイテム毎にきちんと展開している文房具屋さん。派手な(でも気品を損なわない)花柄のワンピースや原色のシャツブラウスを並べたショーウィンドー。見ているだけで浮き浮きしてくる。
 毎日こんな色たちを目にしていたら、自然と気持ちも陽気になるだろうな、と思う。
 
 色は光、つまり波動である。目に見えるだけでなく、身体で感じるものなのだ。小さい頃、冬になると「おぽんぽんが冷えるといけないから」と言われて穿く毛糸のパンツは、決まって赤だった。ヨガでいう第1のチャクラ(車輪・円の意味)の色は赤で、ちょうど下腹部を指す。赤の波動がおなかに伝わって冷えを防いだ、ということを知ったのは10年ほど前である。
 愛情を感じたいときは第4のチャクラ(胸部)にピンク、冷静に話をしたいときは第5のチャクラ(喉)に青、という考え方を知ったのも同じ時。身に着ける色は、知らず知らずのうちに自分の身体はもちろん気持ちにも影響する。またそんな迷信を、と思われても、信じる者は救われるわけで、以来私はチャクラのルールを信じて、密かに実行している。
 
 好きな色、というのは、自分が持って生まれた強みであり、ついついその色を選んでしまう。でも一番健全なのは、7つすべてのチャクラのバランスがとれている状態。
a0165235_15332448.jpg イタリアのポップな色たちは、いやでも目から飛び込んできて、何かしらの色が足りない人々を満たして、元気にしてくれているにちがいない。
 日本の女性誌では、グレーとかベージュとか曖昧な色ばかりがクローズアップされ、原色は「指し色」と呼ばれて脇役だけど、みんな遠慮せずにもっと色好みになっちゃえばいい。
 最終日のローマで、自分用に黄色いPCケースと赤いバッグ、家族用に6色のペンケースを買い込んだ。
[PR]
by miltlumi | 2011-09-18 15:34 | 初秋のヨーロッパ | Comments(0)

ふたたびのローマ

東京に帰るフライトがローマ発のため、9月13日ローマに戻る。
爽やかな初秋の風が吹いていたプラハとちがって、ローマはまだ30℃以上。暑い。
でも、このうっとうしさは暑さのせいばかりではない。 
はたと気づいた。
ヒトが多い! 同じ世界遺産でも、やはりローマの観光客の多さはちがう。
だけでなく、クルマやバイクの騒音。うるさい。道端のカフェで寛ごうにも、耳をつんざくクラクション。

スペイン階段では、ものすごい数の人々が、直射日光を避けて階段の下のほうの日陰に鈴なりに座っていた。
その上では、カメラを向けられた長身のモデル二人がしゃなりしゃなりと階段を下りる。

a0165235_1362990.jpg


a0165235_1310381.jpg7時過ぎ、ようやく暮れ始めたローマの街。
それでもまだ、
人混みとクルマの波はひきそうにない。

旅の終わり。
残った仕事は、母へのお土産選び。
それも翌朝、Mission completed.
[PR]
by miltlumi | 2011-09-16 13:15 | 初秋のヨーロッパ | Comments(0)

プラハ番外編(初公開・みるとるみ出演)

本日、プラハから再びローマへ。一応(?)出張なので、ヨーロッパIN/OUTは同じ都市というわけ。
プラハの復習編として、恥かしながら、みるとるみこと私の姿をついに晒させていただきます。。。

a0165235_4153394.jpgその1。
滞在中、前半3泊は旧市街広場のすぐ近くのホテル、
後半3泊はプラハ城の真下のホテル。
移動は結局、徒歩。
スーツケースをひきずって歩くには、石畳の道は最悪。
キャスター4つ装備のサムソナイトは、
「犬の散歩」形式より、斜めにして引っ張る方が楽。
日頃ジムで二の腕の筋トレに励んだ甲斐があったというもの。
まあ、「スーツケースくらい自分で持つ」タイプですしね。

a0165235_4223576.jpgその2。
5日半、思いっきり楽しんだプラハだったが、
振り返ってみると、観光メッカのプラハ城内の施設に
足を踏み入れる暇がなかった!?
外側だけ2回目に訪れたとき、
第二の中庭からカレル庭園への出口でのショット。
微動だにしない衛兵を、どうにか笑わせたかったんだけどね。
[PR]
by miltlumi | 2011-09-14 04:45 | 初秋のヨーロッパ | Comments(1)

夕暮のヴルタヴァ川

プラハ5日め。日に日にお天気がよくなって、朝から真っ青な空に爽やかな空気。
初めて地下鉄に乗って、プラハの街の発祥の地と言われるヴィシェフラドへ。
プラハ新旧市街の喧騒を忘れさせる静寂の中、緑の公園をのんびりと散策。
木の根元にもたれて憂いにふける少年と、マイナスイオンを胸いっぱい吸い込んで陶酔する幼児。
この先にある聖ペテロ・聖パウロ教会の墓地には、
ドボルザーク・ムハ・スメタナなどチェコが誇る芸術家が眠っていた。
a0165235_2231475.jpg

夕方、トラムとケーブルカーを乗り継いで、ペトシーン公園を擁する丘に登る。
ここからはプラハの新旧市街はもとより、プラハ城まで見下ろせる展望台がそびえている。
夕焼けに染まる街並みを見ようと、300段余りの階段を登る。
高い場所からは、プラハ名物の赤茶色の瓦屋根がひときわくっきり陰影を描いて、文字通り息をのむほど美しい。
日が沈むまでもう少し、街並みがすっかり夕闇に覆われるまでもう少し、
最初のライトが点灯されるまでもう少し、プラハ城がオレンジ色に輝くまでもう少し、
と言っているうちに、すっかり夜景に包まれてしまった。
a0165235_22244491.jpg

a0165235_22455552.jpg

[PR]
by miltlumi | 2011-09-12 22:51 | 初秋のヨーロッパ | Comments(0)

ほんの散歩のつもりが・・・

金曜日は、旧市街広場に面したホテル最終日。明日はプラハ城側のホテルに移動。
中央駅から電車で40分(+徒歩40分)のカルルシュテイン城に行くには、今日がベストなのだが、
朝から天気予報通りになんとなく曇天。
まあ今日はやめようか、とりあえず朝の散歩、と向かった3度目のカレル橋を渡り、気がつくとなんとなく足はプラハ城へ。

a0165235_5374049.jpg朝から観光客で賑わうカレル橋とは対照的に
品よく静まり返る新登城道を登りきると、
ひゃああ、絶景!!
プラハ城の入り口前は、
プラハの街並みを一望できる素晴らしいスポット。






聖ヴィート大聖堂や聖イジー教会など、有料スポットは後日ゆっくり回ることにして、
裏口の黒塔の下をくぐると、再び、ひゃあああ。
入り口とちがい、ヴルダヴァの川面といくつもの橋まで、さらなる絶景が広がる。
折しも太陽が雲の合い間から顔をだし、赤茶色の屋根がさらに美しい。
a0165235_5525062.jpg

ほんの朝の散歩のつもりが、プラハ城を一周してしまった。いったんホテルに戻ってもまだ11時。 
とりあえずランチ、と思って共和国広場の中華レストランに行った後、
一応下見、というわけで中央駅まで足を延ばすと、ちょうどカルルシュテイン行の電車が30分後。
ガイドブックを頼りに切符売り場までたどり着き、窓口のおばさんに明瞭な英語で指示をもらい、
気づくと2階建ての電車の中。そして1時間15分後、みたびの、ひゃああああ。
カレル4世が創建し、王族の財宝を保管する要塞だった城が、緑の山肌にどっしりと構えていた。

予定外続きの1日。これも旅の醍醐味。
a0165235_615757.jpg

[PR]
by miltlumi | 2011-09-10 06:06 | 初秋のヨーロッパ | Comments(1)

憧れのプラハ!!

「街角のどこにカメラを向けても、絵になるよ」と言われてきたプラハ。
本当にそのとおり。石畳の通りをはさむ建物は、整然とそろった高さ。
その窓の形や壁の装飾、そして何よりもパステルのトーンは同じまま、
ピンクやモスグリーンやクリームなどの色とりどりの壁が、美しいリズムを醸し出している。
初日と二日目はあいにくの小雨まじりだったけれど、雨に濡れた石畳がまたロマンチック。
束の間の晴れ間に撮影した、旧市庁舎と市民会館(というにはあまりに美しすぎる建物)。

a0165235_2333568.jpga0165235_2344381.jpg










夜のカレル橋を見に、旧市街広場を抜けようとすると、
広場の真ん中でたくさんのキャンドルを灯す集団が。
何かと思えば、ロシア旅客機墜落に巻き込まれたアイスホッケーチームのチェコ人選手の追悼。
カレル橋は、夜10時過ぎとは思えない人込みだった。
翌朝、再びカレル橋へ。9時前はまだ人通りが少なく、前夜とは打って変わった静かなたたずまい。
改めて、プラハを感じた瞬間。

a0165235_2364449.jpga0165235_2374498.jpg
[PR]
by miltlumi | 2011-09-09 02:50 | 初秋のヨーロッパ | Comments(2)

そしてミラノへ

a0165235_6254774.jpga0165235_626573.jpg










楽しかった&美味しかったマンゴを後に、ミラノへ。
お決まりのドゥオーモとガレリア。
お買い物したい気持ちを抑えて、翌朝の早起きに備えて地下鉄でホテルに戻ろうとしたら、
なんだか唐辛子臭が漂い、私もほかの人もくしゃみと咳。
と、いきなり地下鉄が閉鎖され、切符の払い戻しもなく、地上に追い出された。
サリン事件?! 仕方なく、夕方のお散歩犬がたくさん群れている公園を横切って徒歩でホテルに戻る。  
TVを見る間もなく、就寝。

そして翌朝、5:15に起床し、ミラノ中央駅からバスに乗って朝焼けを眺めながら空港へ。
今回のもうひとつのハイライト、プラハは次回へ。。。

a0165235_6325879.jpg

[PR]
by miltlumi | 2011-09-08 06:40 | 初秋のヨーロッパ | Comments(3)