マンモスの干し肉、もしくはパンパース―その6

「その5」を読む~

 さて、この「干し肉」を現代に当てはめて考えてみれば答えは見えてくる。そう、週末ランチと称して昼間からワイン片手に5時間もおしゃべりに興じる我々が、仕事の傍らで編み物やビーズ通しや絵描きに夢中になるのは、つまりは「干し肉」の代償行為」なのである。Hが典型だが、彼女は平日の昼間(夜中までだけど)はXY動物に交じって健気にマンモスを狩っている。男性ならそれこそが人生最大の目的であるからにして、夜はがああっと寝るか、マンモス狩りの手柄話を披露するための宴席を設けるか、あるいはマンモス狩りのご褒美として奥様(あるいはそのオルタナティブ)の褥に迎え入れてもらうか、つまりマンモス狩りの「ついで」もしくは「派生的」作業しか残っていないが、Hにしてみると、XX遺伝子が求める「人生の目的」に「取り組んでいる感」が全然ないのだ。だから残業の後でも徹夜で編み物にいそしんでしまうのである。しかも異常と思えるほどに。
 生物学的に見れば、人生最大の目的が子孫繁栄であることは間違いない。が、その目的遂行の顕在性という観点で言うと、女性の方があからさまである。つまり「子供のいる女性」と「子供のいない女性」の区別は、男性に比べてより容易である。というか、そもそも先述のとおり男性が「人生最大の目的」に参画する度合いは女性の比較にならぬほど軽微なわけだから、むしろ男性は「最大の目的」が欠落していて「第二の目的」であるマンモス理論によってのみ制御されていると言っても過言ではなかろう。
 本来なら参画資格十分の女性が、たまたま「人生最大の目的」に参画していない場合(あるいはしたくてもできない場合)、「干し肉理論」に傾倒する度合いが強くなるのもむべなるかな。しかも幸か不幸か、マンモス理論に比べると、干し肉理論の実践手段は格段にそのバリエーションが豊富なのであるから、女性は無限に「干し肉を干す」ことができる。我々3人の例はもとより、「趣味」と言われるもの全て、VERY世代の奥様方のファッション競争やカルチャーセンター通い、今や井戸端代わりの病院の向こうを張っているスポーツジムでのお婆様方の「プール歩き」や皇居周辺の「歩きんぐ」軍団、エトセトラエトセトラ、もう干し肉の代わりになる行動は枚挙にいとまない。
                                                ・・・「その7」(最終回)に続く

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by miltlumi | 2010-01-26 23:29 | マンモスの干し肉 | Comments(0)
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