うちの最寄りの地下鉄の駅では、不定期でミスタードーナツの出店が出る。 夕方から夜にかけての帰宅時間。幅180cm ほどの仮置きテーブルの前で、5つで600円、あるいは9つ1000円のどちらにしようか、人々が思案している。 ああ、ドーナツ屋さんになりたいなあ、としみじみ思う。 無事どちらかを選んで、横長ボックスを受け取る人は、スーツ姿のサラリーマンだったり、おしゃれなファッションに身を包んだ若い女性だったりする。だいたいがちょっと照れくさそうに、でもちょっと嬉しそうに、箱を抱えて足早にその場を去っていく。 ドーナツを買う。しかも1つ2つではなく、片手に余る数のドーナツ。家族3人分か、友達のホームパーティーへの手土産か、あるいは全部独りでヤケ食いか。いずれにしても、そこには必ずや、アンビバレントな思いが交錯しているにちがいない。 砂糖と小麦粉と油という、最高にカラダに悪い組み合わせの食べ物を大量購入し、消費しようとする、うしろめたさ、背徳感、そしてその禁をあえて破ることへの開き直り、爽快感、Indulgence(耽溺)。 Indulge、という単語は、トロントで働いていたときに同僚とよく行ったDenny’s(日本にもあるあのファミレスは、米国発祥である)で覚えた。ブラウニーの上にチョコレートアイスクリームが乗っかり、さらにチョコレートソースとチョコチップがたっぷり振りかけられた最強のデザートが、「Indulging Chocolate Fudge 」という名前だった。 20代だった私は、メタボ気味な同僚の羨望の眼差しを浴びつつ、「Indulging myself…」とつぶやきながらぺろりと平らげたものである。 会社の近所で韓国人がやっているドーナツ屋さんでは、「オレンジクルーラー」が定番だった。クルーラーといっても、ミスタードーナツにある、菊の御紋が風車になったような、噛むとふしゅふしゅっとする、あれとは全く異なる。サーターアンダーギーのタネを3つまとめてワラジ型にして揚げたような不定バクハツ形で、絶対1,000kcalは越えていたと思う。 カナダ人が皆帰宅してしまった後、静まり返ったオフィスで残業しているとき、ふと思い立ってオレンジクルーラーを買いに行く。「夕飯食べられなくなりそう」などと申し訳程度につぶやくと、お店のおばさんは、「Don’t worry! Be happy!」と、いかにもカナディアンな笑顔を向けてくれた。 日本のミスタードーナツは、昨今の健康志向のおかげで、すっかりライトになってしまった。それでも、寄る年波で「○○食べ放題」で元を取るのが難しくなってしまった一人暮らしの身には、5つセットも、ちょっときつい。 だからせめて、あの香りに包まれて、つややかなチョコレートコーティングや華やかなスプリンクルやこんがりココナッツフレークをまとったドーナツを心行くまで眺めていたい。 嬉し恥ずしの表情で、そわそわ、いそいそと買っていく人たちに、あの韓国人のおばさんのように、「Don’t worry! Be happy!」と声をかける。言われたお客さんは、ぱっと目を輝かせて、にっこり笑う。 それが仕事だったら、毎日楽しいだろうな、と思う。
by miltlumi
| 2017-11-27 09:36
| 機嫌よく一人暮らし
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