彩香ちゃんのこと

 年末は何かと慌ただしくなりそうなので、今のうちから少しずつ大掃除に取り掛かることにした。手始めに、ぬいぐるみを洗濯する。中のスポンジが存分に吸ってしまった水をさっぱりと乾燥させるには、今どきのからりとした空気に晒すのが一番である。

 そのぬいぐるみの犬は、彩香ちゃん、という今風の立派な名前を持っている。もう30年近く前、トロントに赴任する私のお餞別にと、大学の友だちがくれたものだ。タグに「彩香」としっかり書かれていた。数年前、プレゼントしてくれた当人にこの話をしたら、ぬいぐるみのことさえ、すっかり忘れていた。

 もらった私がちゃんと憶えているのは、小学校6年のときに好きだった男の子が当時既に「彩香ちゃん」という女の子の父親になっていたからだ。
 …実は今こうやって書いていて、「彩香ちゃん」の父親は小学校のときの彼ではなく、大学時代に付き合っていた男の子だと、これまで思い違いをしていたことに気づいた。よく考えてみれば、大学の彼は、その頃はまだ結婚していなかった(私とは大学卒業後しばらくして別れたけど。って、関係ないか)。私がトロントから帰任した後に生まれた彼の娘は「彩美(あやみ)ちゃん」だったっけ。
 小学校の彼とは、赴任する直前に久しぶりに再会した。そこで彼が結婚して娘がいることを聞いたのだった。トロントと東京で、しばらく文通していた。でもある時から音信不通になってしまい、今に至る。

 彩香ちゃんを筆頭にして、ぬいぐるみをたくさん集めていたことがある。家には、イースター間近に訪れたグアム島のスーパーマーケットに並んでいたピンクや水色や色とりどりのうさぎ全色大人買いで5匹、100円ショップで一目惚れしたたぬき・となかい・くまの3人組、その他大勢。
 オフィスには、ゲーム事業を担当していた隣の部署から盗んだナムコの景品ぬいぐるみや、フジTVからもらった子犬のラフちゃん。アメリカから出張してきた外人が見て、その次に来たときミッキーとミニーのぬいぐるみをくれた。ああいう原色使いより、パステルカラーのほうが好みだったのだけれど。

 あるとき、かさぶたがぽろりとおちるように、ぬいぐるみへの愛情がなくなった。全部まとめて洗濯機に放り入れて、「ていねい・おしゃれ着洗い」モードで洗濯して、近所の保育園に寄付してしまった。
 でも、彩香ちゃんだけは、手元に残した。何しろ「彩香ちゃん」なんだから。

 今日の洗濯は、ちゃんと手洗いである。自慢の握力で頭と胴体をぎゅうぅっと握って、出来るだけ水を絞る。一瞬へちゃむくれ顔になるが、きゅっきゅと形を整えると、元のほんわかした表情になる。
 窓際にハンドタオルを敷いて、その上におすわりさせる。風も弱く穏やかだから、窓を開け放しておいても寒くはない。しばらくして様子を見たら、ハンドタオルがじっとりと濡れていた。

「彩香ちゃん、おもらししたね~」と言いながら、持ち上げたときの、その軽さ。
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by miltlumi | 2017-11-06 13:00 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)
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