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フェアの反対語

 フェアじゃないことがすごく嫌いだ。
 卑近な話だが、お酒を飲まない私が、がんがんワインを開ける輩と飲みに行って、最後に「ワリカンね」と言われると、「それはないでしょー」と思う(だけでなく、顔に出てると思う)。自分が飲んだ分まで人に払わせるのは、フェアじゃない。
 もちろん、「飲み放題」の場合は、こちらは慎ましくジンジャエール2杯のところ、まわりが何杯ビールを飲もうがサワーと日本酒をちゃんぽんにしようが、どうでもいい。だって、「飲み放題」コースに乗ったのは自分なんだから。

 まあ、この程度のフェアネスなら、話はラクだ。けれども、社会の(というより会社の?)中における「フェアネス」となると、俄然フクザツ怪奇、意味不明。少なくとも私及び私の周りにいる女性にとっては。
 幸い私は「会社」という組織から中途退出してしまったが、そこにまだいる女性たちと話をすると、たいがい「会社って、フェアじゃないよね」という話になる。
 曰く、こっちが一生懸命働いてるのに、どうして〇〇さんは一日中新聞読んでるだけで私より給料が高いのか。
 曰く、こっちが会議で正しいことを言ってるのに、どうしてスルーされちゃって、後から同じような発言をした〇〇君が褒められるのか。
 「女性活躍推進」とか言ったって、所詮こんなもんよね。
 その場に居合わせた女性一同、ほぉっとため息をつき、遠い目をする。

 こうして近頃もやもやしていたら、尊敬して止まない内田樹氏の本がAmazonから届いた。いそいそとページをめくって、いきなり目ウロコをくらった。
 まず、「フェア」の反対語は「アンフェア」ではなく、「ファウル」。
 野球で、ダイヤモンドの中に飛んだ打球はフェアだけど、その外だとファウルという、あれ。
 で、フェアかファウルかの境界線は、人間が恣意的に決める。
 決めないと、ゲームが始まらないから。
 そして、例えば個々の能力差に応じて「ハンディ」をつけるのがフェアかどうか、客観的な基準は存在しない。
 なぜって、その判断は恣意的だから。
 でも、ひとつだけ明らかなことがある。
 それは、フェアかファウルかを決める目的は、「ゲームをするため」だということ。
 そう決めたほうが、ゲームがより真剣に、愉快にできる、と判断されれば、それが「フェア」と見做される。
 そう決めたほうが、ゲームプレイヤー全員の総和として、利益が大きい、と判断されれば、「フェア」なのだ。

 ものすごく納得してしまった。

 今の会社は、なんだかんだ言ってまだまだまだまだ男社会である。資本主義に基づく経済ゲームの参加者のマジョリティーを占める男性が、より愉快にプレイできること、総和としての利益が大きいこと。これが、ゲームのルールの判断基準である。
 時給や勤務時間の算数計算やら事業戦略戦術上の効率やら、「『客観的に見て』フェア」と思われることを主張しても、ゲームのルールに則っていなければ、「ファウル」になってしまうのだ。

 さすが、内田先生。深い。
 たしかに、相手がガンガン飲んで支払は全額こちら、でもフェア、なこともある。後輩と飲みに行くときとか。自分の中で、全く別のルールが適用されている。なるほど。

 じゃあ、ルールも知らないままゲームに放り込まれたマイノリティーたちはどうすればいいのか。最近、真剣にこのことについて考えている。


by miltlumi | 2016-12-15 22:50 | マンモス系の生態 | Comments(0)
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